ついていけない ③
真奈美は経営学部教授の栗橋恵と学生食堂でランチ中、栗橋とは監督に就任してからの知り合いであり彼女は大の相撲好きいわゆる(スー女)なのだ。
そんな親交が深まるうちに恵の強引の勧めで真奈美は経営学部の客員教授をやる羽目になってしまったのだ。真奈美自身はとても学生達に教える立場にないと断っていたのだが・・・。
「真奈美の講義は本当に学生達から評判よくて助かりますと云うか私の立場が危ういと云うか」と笑いながら
「よく云うわそれを良いことにテレビやら雑誌の仕事で荒稼ぎと云う事ね。さすがは金の亡者」
「そんな言い方しないでよ全く。真奈美が想っているほど貰ってませんから」
「まぁ客員教授やるようになって相撲部以外の学生達と知り合えることはそれはそれで楽しいけど」
「客員教授しながら相撲部監督って真奈美にとっては理想的だと思うけど?」
「理想的?私は客員教授なんってそもそもやる気はなかったし別に生活に困っているわけではないんだから・・・歳を取るごとになんか自分の時間が作れなくなるってどうなのよ」
「とかなんとか云いながら充実した生き方してるくせして・・・ねぇ夜どっか飲みに行かない?」
「御免。このあと岐阜の明星高校に行かなくちゃならなくて今度の大会に出る石川さくらの様子を見に・・・」
「それは残念」
「なんかここんとこ相撲のことで手いっぱいで」
「稲倉はどうなのよ?昨日のトーナメントでは派手に色々やっていたみたいでSNSとかネットとか見た?」
「そんなの怖くて見れないわよどうせ大炎上してるんでしょうから」
「そうでもないわよ。逆に炎上している方は十和桜のほうで桃の山に何を云ったのかが焦点になっていて・・・真奈美聞いてないの稲倉から?」
「聞いてないなぁそう云えば・・・そりより映見が彼氏を連れて見に来たことがある意味のショックで・・・」
「何高校生みたいなこと云ってるんだが全く。ところで元旦那との再婚はいつ?」
「再婚って・・・ここのところ色々忙しくて会う機会無くて・・・」と真奈美は軽くため息をついてしまう。
「あなたの唯一の弱点。そんな事云ったてら違う女に盗られるわよ」と笑いながら
「・・・・そんなことは」
「大会終われば落ち着くんでしょうから・・・なんか羨ましいと云うかふった男とまた再婚したい何って私は想わないけどねぇ」
「私が子供だったから・・・じゃ急いでいるから」と真奈美は席を立ち逃げるように食堂を出る。
別に逃げるつもりのないのだがどうも濱田とのことを聞かれることに自分の弱さを感じてしまう。再婚の意志を持っているのにそれを伝えることに逡巡していて時間だけが過ぎてしまったのだ。本当は濱田から何かしらの言葉を期待しているのに・・・。
駐車場へ向かうために外に出て銀杏並木の広い通りに出る。側溝には銀杏の枯れ葉が風で渦を巻いている。
「監督」と後ろから声が
「瞳」
「さっき食堂で栗原教授に伺ったらさくらのところに行くって聞いたんて゛」
「ごめん瞳に連絡しようとしていて忘れてたわ。ちょっと急に行くことなったんで悪いけど今日の稽古は瞳に任せるから」
「何か?」
「ちょっと大会の事でねぇ」
「そうですか。最近父と会われていないんですか?相撲場ではこんな話できないし・・・最近なにか父も元気がなかったので」
「あぁまぁ色々忙しくて、瞳は会っているの?」
「食事したり週末は父のマンションに」
「そう。血のつながった二人なんだからそれでいいんじゃないの?」
「監督。父との再婚は・・・」
「ストレートな物言いねぇ瞳は」と苦笑い
「監督の方から云ってくるのを待っているの気づいていますよね?」と瞳にはまるで今の私の胸の内をすべて読まれているような・・・。
「大会が終わったら濱田に私の想いを伝えるわ。正直云うと自分に再婚したいと云う覚悟ができていないの若かったら即断できたとが歳を重ねるとでできなくて・・・羞恥心ってわけではないけど何か別れた時のことを時々思い出してねぇ。なんかあまりの子供ぽっさに」
「父をあまり待たせないでください。それと大学卒業したら吉瀬家を出るつもりです。私の希望としてはできたら父と暮らせたらとそして父と監督がまた元のさやに戻ってくれること」
「瞳・・・」
「それと私には相撲部の監督は百年早いです。それでは失礼いたします」と軽く礼をして校舎に戻っていく瞳。
(百年ねぇ・・・)
瞳が濱田と定期的に会っていることは聞いてはいたしその事を聞くつもりもないしそれはあくまでも親子の話で真奈美が云う話でもない。吉瀬家を出ると云うのも相当前から決めていたことなのだろうから・・・。そんなことを考えながら車に乗り込み。一路明星高校のある大垣へ。名古屋高速・名神と走り大垣ICで降り明星高校に。
真奈美自身が他の高校に行くと云う事はほとんどない。今回も圭太に云われなければ行くことすら考えていなかった。
(さくらに対する稽古の厳しさは私への八つ当たり)
真奈美は車は駐車場に入れ外で待っていると白衣姿の朋美がやってきた。
「どうも」と朋美は軽く頭を下げる
「急に話がしたいとか云って悪かったわねぇ」
「いいえ。わざわざ大垣まで来ていただいて。話は応接室で」
「えぇ」
校舎内に入り廊下を歩く二人。六時間目の時間のため廊下に生徒達はいない。教師の声だけが微かに廊下に響く。
二人は来賓用の応接室に入り対面の形で座る。
真奈美として世界大会云々よりも核心部の話をしたいところだがそこは一端置いといて今週の東京での合同稽古のことそして大会そのものの話などは形式的に話していく。朋美から特段質問もなく話は進む。
「世界大会までの流れをこんなところそれと今週の木曜日さくらを西経で映見と軽く稽古をさせててご両親の許可が得られればだけど私のマンションで一泊させて東京に向かいたいんだけどいいかしら?」
「それは協会としてですか?それとも監督個人の考えですか?」
「アマチュアの責任者としてよそこに協会も個人もないわ」
「さくらのご両親には倉橋監督の方から直接お願いします」
「わかったわ」
「それじゃ私はそろそろ相撲部の方に行かないといけないので」
「それと口出しはしないから稽古の様子見学したいのだけど」
朋美は一呼吸置いたのち真奈美は見学することを渋々ながらオーケーした。
明星相撲部は男子と女子同じ相撲場を使うが土俵が三面あり適度な広さは相撲部としての環境に恵まれていると云っていい。稽古時間が近づくに男女の相撲部員が相撲場に集まっていわゆる基本の稽古を各々し始める。その中には石川さくらも串間圭太もいるが真奈美に対して軽く会釈をする程度で会話は交わさない。今日倉橋監督が来てくれたことそれだけで十分なのだ。
真奈美は別段表情を変えることなく二人の会釈を受け流す。朋美は当然二人に云われて来たのだろうぐらいの察しはついているはず。
稽古は通常通り四股・鉄砲などの基本動作から始まり申し合いから三番稽古へ相手は圭太。すでに申し合いから数えれば二十番はやっているさくら。そして最後はぶつかり稽古で・・・。さくらに対する稽古が特段厳しいとは感じなかった。
大会の直前からしたらそろそろ落として云っても良いとは思うが結局のところは精神的な問題体力的問題と云うよりはただ真奈美が来ていることで当然意識しているだろうからその点は割り引いて考えなくてはならないが・・・。
通常の稽古は終わったがさくらと圭太は居残りの稽古。再度三番勝負をさせるようだ。さくらと圭太は水分補給と小休止で息を整え軽く四股踏みと摺り足をして土俵に上がる。
「連続十番。間髪入れず取り切る。ハイ」と手を叩く朋美。一瞬、さくらと圭太の表情が曇る。
真奈美は相撲場の一番端の角に身を委ね二人の稽古を見ている。通常の稽古が終わりさらにそこから三番勝負で十番やらす意味が真奈美には納得ができないしこの段階で稽古量を増やしていいことは一つもない。ましてや週末は慣れないプロとの稽古なのだ。今必要なのは一番一番きっちり集中して取り切るか・・・。
「何休んでるのよ。ハイ!」と朋美は強い口調で
圭太の表情が何かを云いたそうな・・・
「三番だけやればいい。一番一番全集中してやれその代わり一番でも手を抜くような相撲したら永遠にやらす。だから三番集中してやれ」と真奈美は二人の稽古に口を挟んだのだ。
さくらと圭太は真奈美に視線を集中させた。二人の向こう側では朋美が真奈美を睨みつけている。
「疲れている時でも三番きっちり集中してできない奴が十番やろうと二十番やろうと意味がない。だから三番きっちり相撲をとれ・・・ハイ!」と今度は真奈美が手を叩く。
さくらと圭太は顔を見合わせお互い軽く頷く。
両者仕切り線に、そして二人とも両拳で仕切り線を叩き、一気に突っ込んでいく。
圭太が低い体勢からさくらに突っ込んでいき前みつを狙っていく。しかしさくらはすでにその作戦を読んでいたごとし喉輪で圭太の動きを封じていく。予想外の動きに慌てた圭太だったがなんとか土俵際に回り込み辛くもさくらの攻撃をかわすことに成功すると今度は右上手を引きながら左手を指し返した。たいしてさくらは左手は廻しに掛かってはいるが右手は届いていない苦しい状況。圭太はさらに強引に引きつけて立たせていくがさくらは何とか堪える。そしてその状況下でなんとか右手が廻しに掛かる。
これでさくらは四つの体制に持ち込みここからと云う時圭太は渾身の力でさくらをさらに引きつける。さくらの廻しが股間に食い込む。それは今までに経験したことがないほどに猛烈な感触となって・・・。そして圭太はおもいっきりさくらは投げ飛ばしたのだ。
(これが圭太の本当の強さ・・・・)とさくら
さくらは一本目で圭太に完敗したのだ。その後の二本は一勝一敗で圭太が勝ち越す形になった。
「いい相撲だった。きっちり三本集中していたし圭太、さくらにはああいう相撲してあげな。それとさくらあんたは圭太を一皮剥けさせたと思う。圭太、稽古相手とか云う意識はこれからはもう捨てなさい。いち選手としてさくらと接しなさい男女とか云う概念は捨ててお互い相撲を愛している者としてそのうえでお互い切磋琢磨していきなさいよ。もう上がりなさい」
二人は向かいの朋美に一礼しそして真奈美に一礼をする。二人はお互いを見合わせると表情が緩んだ。
「二人!」と朋美が声を荒げるとさくらは朋美にむかって一言。
「今の朋美監督について行く確信が持てません。感情で動いているような監督には・・・」それだけ云うと二人は土俵を離れ出入り口へ。
二人は相撲場の出入り口で再度一礼して消えていった。
相撲場には真奈美と朋美の二人が土俵を挟んで顔を突き合わせている。
朋美の厳しい表情に真奈美は至って静かな表情で内面の想いは一切出さず。
時刻はすで午後7時を回っていた。




