アマチュアの強みプロの弱み ④
「にーしー、十和桜、とわざくーらー。ひがーし、桃の山、もものやーまー」
一気に館内が盛り上がる。巨漢の小結 十和桜。そして先場所では全勝優勝を飾った横綱 桃の山。
桃の山は身長175㎝に体重130kg。適度にのった脂肪の内には強靭な筋肉が隠れている。大関の父と横綱の母から生まれた桃の山は女子大相撲力士になるために生まれてきたと云われても過言ではない。高校までは一切相撲をせず卒業後入門。そこから四年で横綱に・・・。葉月山や百合の花と云う強豪力士を凌駕するような相撲は女子大相撲の新たなる幕開けを予感させる。
そんな横綱であるが若さゆえか相撲に波があることが多々見られる。あっけなく負けたり連敗したりとそれでも強い相撲の時は見るものを圧倒するのだが。そんな横綱にとって今回の相手である十和桜はどうも相性がよろしくない。過去五戦においては三勝二敗で勝ち越してはいるが二敗は横綱になってからそれも連敗なのだ。
土俵上では桃の山と十和桜が睨みあっている。両者闘志を剥きだして睨みあっているのとは何か違う。十和桜は薄笑いを浮かべ馬鹿にしたような表情で桃の山を睨みつける。桃の山も睨み返すがどうしてもその視線をずらしてしまう。
対人競技の経験は入門してからの桃の山にとってそれが最大の弱点なのだ。学生時代から相撲をやっていればそんな精神的な潰しあい見たいなことも経験済み。ある意味本番前の試合なのだ。そんな当たり前の経験をしていない桃の山にとっては十和桜のようなタイプは苦手なのだ。
両力士は向かい合いながら四股を踏んでいく。その際も十和桜は薄笑いを浮かべながら桃の山を凝視する。桃の山は単に無視して視線を合わせなければいいものをどうしても気になってチラ見をしてしまうことが余計に自分で気持ちの動揺を誘ってしまう。
(どんなに相撲の才能があろうがどんなに身体的にすぐれていようが精神力はお子ちゃま。ちょろいもんだよ桃の山何って)と十和桜は胸の内の想いが表情になって出てしまう。
(やりにくい。私は横綱なのに・・・私より下の小結なのに・・・連敗していることは認めるけどそれは相撲実力で負けているわけじゃない・・・)と桃の山は相撲では絶対の自信があるし実力もあるでも負けは負けはそれも横綱としてあるまじき同じ力士に連敗していることをどうしても認めたくなかった。
両者、力水をつけ仕切り線へ。リラックスの表情な十和桜に対して桃の山は若干緊張しているような表情が見て取れる。両者蹲踞の姿勢から立ち上がると目を合わせつつ腰を落とすと上体を若干前傾姿勢に・・・。
「はっけよい」
館内が鎮まる。しかし両者なかなか手を着かない。何秒たっただろうか・・・両者手をつく素振りを見せた瞬間館内にどよめきがおこった。
「まてまて・・・・」と行司
桃の花が手つき不十分で立ち合いが成立しなかったのだ。
通常なら下位力士が横綱に合わせていくのが普通なのに十和桜は逆に横綱が合わせろ見たいな感じなのだ。横綱方から乱れる何って・・・。
横綱が立ち合い不成立になり低い姿勢から頭を上げた時一気に桃の山の表情が一変していたのだ。その時館内から女性の大きな声が響き渡った。
「十和桜!もういっぺん云ってみろよ!でかい声で云ってみろよ!このクズ力士!!」
館内がいっきに鎮まる。そして升席の一角で一人立っている女性が・・・。
「映見!?」と隣でその言動に当惑する和樹。
映見は十和桜を仁王立ちで睨みつける。もちろん十和桜も映見を睨み返す。どちらも一歩も引かない。行司が両力士に仕切りのやり直しをさせようとするが十和桜が全くそれに耳を貸さず。まだ映見を睨みつける。映見も全く微動だにせず十和桜を睨みつけている。土俵下の審判部員達から十和桜に早く仕切りに入るようにと注意が入る。
映見はまだ立ったまま。観客の視線は土俵上より映見に集中する。館内が少しざわつきだす。今度の大会のアマチュア代表の稲倉映見だと気づきだしたのだ。
「映見座れよ・・・映見!」と和樹は声を荒げる
「えっ・・・あっ・・・」と周りを見ると観客の視線が自分に集中していることに・・・。
「西経の稲倉映見?」
「今度の世界大会の代表でしょ?」
「十和桜何か云ったか?」
「稲倉映見。十和桜に喧嘩を売る?」
映見自身ここまでのことをするつもりもなかった。ただどうしても女子大相撲と云うプロの世界とは云え同じ力士であるそれも横綱に対しての十和桜の一言が許せなかった。多分ほとんどの人は十和桜が立ち合いが合わなかった桃の山に云った言葉は聞こえなかったろう。でも映見にはあの観客のどよめきの中で確かに聞こえたのだ。
「忖度横綱」と・・・。
相撲経験が皆無の桃の山が僅か四年で横綱になったことに女子大相撲ファンの中でも異論を持っている者は少なからずいるだろうしそれは力士の中にもいるかもしれない。それでも実力の世界。成績が振るわなければ降格になるし場合によっては協会から引退勧告が出る世界。大関になった時母の四股名妙義山に改名する話があった。それは母からの提案だったらしいそれは同時に女子大相撲に強引に入門した娘を許し実力を認める意味だったらしいがその提案を頑として拒否したのだ。
四股名の【桃の山】は自分が考えた。桃の花言葉に【天下無敵】というのがある。一般的には強いとか勝利するとかのイメージだが禅の世界では少し意味が違う。「敵がいないということが、自分自身の安らかな人生につながっていく」
この世の中で敵を作らずそのことが自分の相撲人生において重要だと・・・勝負の世界で生きていくのだから土俵の上では真剣勝負するのは当たり前だがそれ以外では相手がどうであれ敵を作らないと・・・。
幕内手前で足踏みをしてしまって少し腐りかけていた時、横綱になったばかりの百合の花に云われた言葉が天下無敵だった。
「桃の山。世間や同じ力士から色々云われているけどそれは土俵の上で覆していけそれしかないんだ。【桃の山】の桃には天下無敵という花言葉がある。それと英語では「unequaled qualities(比類なき素質)」と云うのもある。お前に相応しい四股名だ。自分で考えた四股名を汚さないように精進しろよ」
両力士再度仕切り直す。
怒りに満ちていた横綱【桃の山】の表情は普段の勝負師の表情にだいぶ戻っていた。対して小結【十和桜】は苛ついているのがわかるほど表情に出ている。
両力士仕切り線の前に・・・。
「はっけよい」
桃の山は立ち合いから突いて出たが攻めきれない。逆に十和桜に右を差されて組まれてしまった。誰が見ても分が悪い。落ち着いたとは云え気持ちの動揺はそうすぐには平常心に戻るわけはない。流れ的には十和桜に・・・。押し相撲主体の十和桜ではあるがあえて組む相撲を選択したのだ。そして完璧に叩きのめして桃の山の心をぽっきり折ってやろうと・・・。動揺が収まり切っていない桃の山の隙をついて・・・。
しかし、不利な体勢だろうと桃の山は一心不乱に前に前に攻める、師と仰ぐ葉月山のように受けて立つ相撲が桃の山の真骨頂だがもうそんなことは関係ない。十和桜の左上手に手がかかると投げを打ちながら左足で相手の足を跳ね上げる「掛け投げ」で30キロ以上重い十和桜をしとめたのだ。強引にそして豪快に巨体を転がすさまはあの初代絶対横綱であり母である【妙義山】と重なってしまう。
「わぁぁぁぁ!!!」と大声を上げる桃の山。とても横綱とは思えない姿。桃の山がこれだけ自分の感情を表に出した姿を見たことがない。それほどまでにトーナメントとはいえこの一戦は負けられなかった。それは自分のためにそれに偉大なる絶対横綱【妙義山】のために・・・・。
館内は桃の山が勝利したことで一気に沸き返る。そして若き横綱に盛大なる拍手。もちろん映見も大声で称賛する。しかし隣に座っている和樹は憮然とした表情で真っすぐに土俵を見ている。その姿に映見は腹が立った。
「なんで桃の山を称賛しないのよ!。みんなこんなに歓喜してるのに!」
「わかってないんだなぁ映見」
「何が!」
「今の相撲がまともな相撲かよ!」
「( ゜Д゜)ハァ?何云ってるの?」
「映見がこの相撲壊したことに気づいてないのかよ」
「何云ってるの?私が壊した?」
映見には和樹の云っている意味が全く理解できない。
「お前が相撲の流れを変えたんだよ。当事者でもないのに」
「・・・・」
「土俵で戦っている二人の力士に水を差したんだよお前それがわかんないのかよ!お前、桃の山に恥をかかさせたんだよ。十和桜が桃の山に何を云ったか知らないがだとしてもそれは相撲の流れの一つの話なのにその流れを止めたんだよ。結果は桃の山が勝ったかもしれないがそれはお前が流れを止めたから勝ったんだよ。お前が流れを止めてなかったら桃の山は負けていたかもしれない。でもその負けるかもしれない流れを桃の山自身で止めて自分の方に流れを持っていたかもしれないのにそれをお前は潰したんだよ」
「・・・・」和樹の云ったことに反論する言葉が見つからなかった。そんなこと考えもしていなかった。
(実力で上がってきた。たとえそれが理事長であり初代絶対横綱【妙義山】の娘としてもそこは勝負の世界。それなのに「忖度横綱」などといういかにも親があれだから若くして横綱になれたのだと云う事を土俵の上で云う何って・・・・私だったらぶっ飛ばしてるあまりに無礼極まりないから・・・でも和樹の云ったことには一理あることも認めざる得ない。桃の山に恥をかかした・・・・)
映見は升席から出ていく
「映見どこに行くんだよ?」
映見は答えず通路へ出ると向かい側に歩いてく。そして、倉橋監督と長谷川指導部長のいる升席に・・・。
二人は映見が近づいてくるのに気付く。そして映見を見上げる
「失礼します。長谷川さんお願いがあるのですが」
「何かしら?」
「十和桜と桃の山に会って謝罪させてください」
「謝罪?」
「私、両力士の大事な優勝決定戦を潰してしまったから・・・」




