アマチュアの強みプロの弱み ③
力士控え部屋。コの字の畳敷きの座敷上がり一番奥には準決勝で敗退した横綱百合の花が鎮座して天井から吊り下げられているモニター越しに取り組みを見ている。
トーナメントと云う事で本場所とは違いピリピリするような雰囲気はなくどちらかと云うか和やかな雰囲気であるのだが横綱だけはその雰囲気から浮いているような・・・。
葉月山が引退後百合の花が優勝ができていないことをファンや相撲関係者は云うけれどもそれでも十三勝は維持し決して横綱としてどうのこうの云われる話ではないと思うがそれでもあの葉月山との数々の名勝負を想うと周りは納得できないしましてや先場所では桃の山に全勝優勝を許してしまったことがなおさら百合の花がだらしがないという話になってしまうのだ。
百合の花はモニターから目をそらしたときにふと伊吹桜と目が合った。
「伊吹桜」
「あっ・・・はい」
伊吹桜は百合の花の前に
「脇に座れ」
「いやここは【大関 鷹取山】の場所ですから・・・」
「私が良いと云ってるんだ。それに大関はもう風呂に行って上がっているだろうから構わない。座れ」
「はい」
伊吹桜は百合の花の脇に座りモニターを見る。
「桃の山は絶好調と云う感じだな」と百合の花
「そうですねぇ。心身ともに充実していると云うか」と伊吹桜
モニターには準決勝のリプレーが流されている。百合の花と十和桜の取り組みが・・・。百合の花は表情を一切変えず。ちょっと離れたところでは十和桜がモニターを見ている。百合の花が土俵を割った時に伊吹桜はふと十和桜と目が合う。十和桜は百合の花を見ながら小さくガッツポーズをすると鼻で笑うような表情を見せるそれはあきらかに見下したような表情で・・・。
「さすがは絶対横綱」と耳を澄ましても聞こえないような声で・・・・。
(十和桜。いくら勝ったとはいえ横綱に向かって)と伊吹桜は立とうとした時、百合の花の左手が伊吹桜の右手を掴んだ。
(百合の花さん・・・)
百合の花には十和桜の行動は見えていたはずそれでも表情一つ変えずモニターを見ている。
「じゃ決勝戦行ってきますかねぇ。桃の花さんに勝つのは厳しいけど・・・」とわざと聞こえるように・・・。
(十和桜いくらなんでも!)と伊吹桜の怒りは表情に出てしまっている。そんな時、百合の花の右手は伊吹桜を引き寄せるように・・・。
「伊吹桜。今日はトーナメントだ負けは本番で取り返す。そうだろう・・・」
「横綱・・・」
本場所中であれば横綱と話をするなんって絶対あり得ない。トーナメントというひとつの興行だからある程度は許される。
「私も葉月山に無礼をした方だが横綱はけして表情に出さなかった。その代わり出稽古や本場所で完璧に叩きのめさせられた。恥ずかしいけど・・・」
「横綱・・・・」
「絶対横綱の意味には強いことはそうだけど力士として長く生きて行けるかも大事だと。プロになった以上できるだけ長く力士をやっていきたい。実際葉月山は横綱として十年以上それでも晩年はかなり苦しんだけどそれでも十二勝を割ることはなかった」
「絶対横綱・・・」
「確かに葉月山の晩年は私に勝てなくなったし優勝のチャンスを何回も逃した。それでも引退をかけての場所は初めての本気相撲を見せられた私は絶好調だったのにそれでも私は負けた。本当はあの時引退する格好の場所だったのに・・・それでもまた次の場所に連覇をかけて私に立ち向かってきた。結果は私が優勝したけどあの方はとにかく長く力士続けなおかつ一定以上の結果を出すことそして女子相撲を力士達の力を総動員して盛り上げていくそれがプロフェッショナルだと・・・。プロ力士は常に引退と隣り合わせそれはプロの弱みなんだだからこそ和を大事にしてみんなで女子大相撲を守り盛り上げろとそれは絶対横綱に選ばれた者こそ引っ張っていくことが使命だと・・・」
百合の花の表情は何か寂しげな・・・。常に目標であり唯一無二のライバルであり尊敬の念を禁じ得ないそれほどに百合の花にとっては葉月山の引退はショックであった。いつか来ることはわかっていたのに・・・。これからの女子大相撲を自分が引っ張ていかなければならないことはわかっているのに・・・。
「横綱。今度の世界大会なのですが」
「あぁそう云えば伊吹桜の母校の稲倉映見が出場するんだよねぇ。アマチュアの女王と云われているのに補欠扱いって?」
「本当は出場する予定もなかったらしいのですが出場予定選手が怪我で急遽選ばれたようで」
「予定すらなかったのか・・・」
「彼女も精神的なことで色々あったようで・・・でもだいぶ調子を戻してきたようなので期待していいと思います」
「高大校では残念だったが」
「えっ・・・横綱」
「アマチュアの試合も一応は見るんだよ意外か?」と百合の花は苦笑いをしながら
「えっあぁ・・・すいません意外でした」と頭を下げる伊吹桜。
「稲倉映見は画面でしか見たことはないがいい雰囲気を持っている。強い力士って云うのはみんな自分だけの雰囲気を持っている。実は稲倉映見と大会に出ることは密かに楽しみにしているんだ。ここだけの話だが」とモニターを見ながら・・・。
モニターには東西花道から入場する【横綱 桃の山】と【小結 十和桜】が映し出されている。
「稲倉すごい喜ぶと思います。でもちょっと嫉妬してしまいますね映見に」と伊吹桜。百合の花は少し笑いながら
「それは認めているってことか?」
「私もそうですが監督も口には出しませんが稲倉を溺愛したいほど相撲選手として認めています。素直に認めればいいんですが監督も多少へそ曲がりのところもあって」と伊吹桜
「椿姫か・・・」
「監督がまさか土俵に上がってよりによって理事長とやるなんって・・・正直あんなことやるとは想像もできなかったです」
「でも本気相撲だったぞ。理事長も相当どうかしてるがでも二人とも本当に充実した表情だったし館内のお客さんも・・・そして私や伊吹桜力士全員あの相撲を見て感動したし色々想うところがあったと思う。あんな相撲を私達力士は見せなきゃいけない。今更ながらおもってしまったよ」
「横綱のおっしゃるとおりです。ちよっと悔しいけど・・・」
「伊吹桜に助けてもらわなきゃならないことも多々あると思うがその時はよろしく頼む」
「そんなの当たり前じゃないですか何云っているんですか横綱」
「ありがとう伊吹桜」
モニターには決勝戦の様子が映し出されている。彗星のごとく現れ一気に横綱にまで登り詰めた【横綱 桃の山】。対するは角界一の若きパワー力士【十和桜】。次の世代を担うであろう二人の対決は間違いなく次の場所の前哨戦と見られるのは当然である。
「天性の相撲の才能と恵まれた体格を含め心技体を兼ね備えたと云いたいところだろうがまだ心の部分は弱いところがある。それは若さからと云えばそれまでだがそこが桃の山の弱点。でもそれとて経験と挫折を繰り返していけばさらに強い横綱になれる絶対横綱の資格は十分だ。その意味では十和桜の神経の図太さは力士としては絶対に必要だ。小さなことにいちいち神経を使っているようじゃ場所は戦えない。持ち前のパワーに相撲の技術が向上したらかなり手ごわい存在だ。見ている方は楽しいかもしれないがなぁ」と百合の花
「でも【十和桜】は・・・」と伊吹桜は何か云おうとしたが
「挑発に乗ったら負けだ。そんな時は鼻で笑って返してやれそして三秒でいい相手との間に時間を作れそうすればこっちの勝ちだ。さっき動こうとしたがあんな子供だましに乗るな」
「すいません・・・」と意気消沈する伊吹桜。
「桃の山もちょっと「カッ!」とするところがあるからなぁ。でもまぁそれも経験を重ねていくしかない。横綱になるのがあまりにも早すぎたことがこれからの桃の山の力士生活どう影響するのか・・・」と百合の花
「でも葉月山さんだって二十二歳の時には横綱になっていたし・・・」と伊吹桜
「女子大相撲の力士はみんな下地がある小中高大とでも桃の山はそこがすっぽ抜けているんだそこからして規格外と云うが相撲は精神的駆け引きの要素が大きいのに桃の山にはその大事な部分が抜けているんだ。それでいながら天性の才能だけで頂点まで登り詰めた全くもって常識では計り知れないある意味力士になるために生まれてきたのかもしれない。でも・・・」
「力士になるために生まれてきた・・・」
「ここから何年横綱でいられるかはそれは天性の才能だけじゃ無理だ。どれだけ強靭な精神力があるかあったとしてそれだけの持続力があるか最も手ごわいライバルだがライバルだからこそ・・・」
葉月山が自分の壁になってくれたように百合の花として桃の山の壁になってやりたい。私とてそう長くは横綱にはいられない。三十を過ぎて体も少なからず悲鳴を上げ始めていることも事実。百合の花にとっての桃の山はまだ真のライバルではないのだ。それは百合の花自身も葉月山と名勝負をしていたあの頃のような闘志みなぎる気持ちを取り戻さなければ桃の山にも失礼だと・・・。
「 散る桜 残る桜も 散る桜 」と百合の花は突然、良寛の辞世の句を歌い始めた
「横綱?」
「桜は咲いた瞬間に散る運命にある。力士も横綱になった瞬間に引退する運命にある」
モニターには両力士が土俵に上がる様子を映し出している。
(桃の山・・・・あなたはまだ横綱になってもつぼみなんだ。こんなところで落ちるなよ!私が散る前に・・・)




