アマチュアの強みプロの弱み ②
横綱【桃の山】二十二歳。母は初代絶対横綱妙義山。父は大関鷹の里。まさしくサラブレット。天性の恵まれた才能と体格。容姿含めファンから愛される人気者。絶対横綱妙義山・葉月山の真の後継者は【桃の山】と云うのが女子相撲ファンの間では常識になっていた。
「さすが理事長の娘さんですね。妙義山のDNAをそのまま受け継いだような」と真奈美は改めて桃の山の相撲に感心せずにはいられなかった。
「桃の山にはこれからの女子大相撲を引っ張って貰わないとただそれにはまだ相撲に波がある。確かに先場所は全勝したが・・・」璃子はけして手放しには誉めない
「厳しいんですね。璃子さんは」
「アマチュアなんですよ桃の山は、プロと云う意識がまだ希薄なんですよ。今は楽しいかもしれないでもこんな相撲ばかり取っていては短命に終わるかもしれません。常に全力の本気相撲。見ている方は感動するでしょうがやっている力士はそれだけ選手寿命が短くなる。二十二歳の桃の山に加減しろと云ったところで理解もできないでしょうけど・・・。本気でやる相撲手を抜く相撲その両方ができないと今はプロとしては通用しない・・・私の現役時代とは全く違う。そこをファンにわからないようにやるのがプロに求められている・・・」
「でもまだ二十二歳ですしこれから年齢を重ねるごとに変わってくるでしょうし・・・大きな怪我なさえしなければ葉月山を越える大横綱になれると思いますけど・・・」
「葉月山ねぇ。真奈美さん聞いてますか代表監督後の去就?」
「相撲界から離れるってことですか?」
「代表監督であり偉大なる絶対横綱ではありますが正直がっかりしてます」
「でもそれは椎名さんが想っているだけで本当にそうするかどうかはまだ」
「何をしたいのが知りませんが女子大相撲のためにこれから色々やってもらわなきゃいけないのに・・・」
女子大相撲に入門したのはけして自分の希望でははなかったと聞いてはいたがそれでも女子大相撲史上に残る力士でありそれは世界でも同じく。そんな椎名葉月が女子相撲界から去りたいと想っていることは相撲関係者には理解できないだろうしずいぶん自分勝手なと思われても致し方ない面もあるのだが・・・。
「百合の花と同じく少しリフレッシュすると考えれば・・・」と真奈美
「女子大相撲界からいったん去ってしばらくしたら戻ってくる・・・なんのために?」と璃子
「それは・・・違う世界を見てくればまた違う視点で女子大相撲を見れると・・・」と自信なさげな真奈美
「女子相撲の世界でしか生きていないのにましてや横綱まで行っておきながら・・・これから女子相撲は世界展開で動こうとしている時に・・・離れたいなら離れればいい。そのかわりもう戻ってこなくてもいいと私は想っています。あくまでも個人的な意見ですが」
「そんな云い方は・・・」
「これから先女子大相撲は力士・関係者とも一致団結して事に当たらなければならない局面にいるんです。そんな時に・・・」
女子大相撲が日本国内だけのプロフェショナル競技ならそこまで目くじらを立てる必要もない話しだが今や女子相撲は世界的規模の話。今や欧州リーグなるツアーはすでに開催され興行として実績をあげ始めているそれは欧州での女子相撲のレベル強化と更なる女子相撲人口に厚みを加えていた。独自の文化と興行としての成功を収めている日本においてはそこが男子の大相撲とは違うのだ。男子の大相撲の亜流から始まった女子大相撲は女子相撲としての独自の発展に遅れてしまった。東南アジア諸国では女子相撲の人気が高いしアマチュアの世界選手権などでは上位に入る選手が出てきている。
本来なら日本がそのような地域に相撲としての普及育成に努めプロ組織なるものの構築に手助けをするべきなのだがそこまでの考えも想いつかなかったし余裕もなかった。そんななかにおいて西経出身の何人かの力士達が引退後女子大相撲の組織において特に海外展開においては細々ではあるが重要な活動をしていことは極めて今後の女子大相撲には重要なポジションなのだ。
「真奈美さんに海外から指導者としてと相撲組織全体の構築の依頼もあったと聞いたこともありますが?」
「その話ですか・・・」
西経女子相撲部が低迷していた時期ロシアから女子相撲の指導者としてのオファーがあった。真奈美からすれば独り身であるし海外での相撲指導と云う話も心機一転として悪い話ではなかったしある意味破格の報酬も提示された。そんな時付属高校に稲倉映見が入学してきたのだ。そのことが真奈美の海外への渡航をおもい止まらせた。
「海外に行く勇気がなかった。私は日本の大学で指導しているぐらいがちょうどいいんですよ」と真奈美は本当の事は云いたくなかった。
「西経がなぜ文武両道に拘るのか遅まきながら協会の仕事をして痛感しています。力士を引退して協会で働いている彼女たちをみていると本当にアクティブに働いてくれる。特に海外とのやり取りなど相撲しかしてこなかった者にはとてもできない。小結の伊吹桜もしかりです。海外遠征などでは現地の力士や関係者との通訳をつい頼んでしまう。伊吹桜の出世が遅いのは多分に協会の責任が大きいかと」とまじめに云う璃子
「そうですか・・・伊吹桜はちゃんと役にはたっているんですねぇ」
協会に入った西経出身の元引退力士とはできるだけ関わり合いを持たないようにしていた。当然会えば協会の話になる。その時に自分が何かしらの意見を云うのは協会で働いている者を悩ませてしまうのではと云う想いがあるのだ。ただ最近は彼女たちの方から一切協会どころか相撲の話もしてこない。それは多分に私の意図を察知しているからだろうが・・・。逆に変な気を使わしてしまっていることは申し訳なくも想っている。
「伊吹桜は今場所二桁なら大関に上がれると思います。多少苦労はしてしまったでしょうが今日、椿姫としてのあなたに力水を付けさせたのはそいう意味もあるんです。何か声をかけましたか?」
「璃子さんと同じような事を・・・・」
「そうですか・・・今度の場所は伊吹桜は期待して間違いないですね」
「そう願ってます」
館内は決勝までの息抜きの時間という感じである。若き横綱桃の山に外国人力士並みのパワー力士新星の小結十和桜。今場所を占う意味でも見応えのある相撲を期待してしまう。
「私が相撲をしていた頃はこんな光景なんか想像もできなかった」と真奈美
「私も含めてあの頃アマチュア相撲をしていた者には信じられない。女版の大相撲ができることは女子相撲選手にとっては悲願だった。そしてここまでの人気興行になったのに世界はその先を行っていた。女子相撲が世界的に認知されオリンピック競技にというのが日本が目指していたのですがそこを超越して一つのビジネスに・・・日本はそこまで予見ができなかった」と璃子
「日本自身が女子相撲と云う物の可能性を甘く見ていた。特にロシアを含め旧東欧の諸国の相撲人気はちょっと想像できないくらいに高いのは知っているはずなのに・・・。アマチュア相撲のレベルも高い。特に重量級以上においては苦戦をしいられていることは事実です」と真奈美
「それでも稲倉映見を含めた選手達は世界で対等に戦っているし・・・アマチュア全体のレベルは高い。他国からすると選手層は薄いかもしれないが個々の能力もそうだけど相撲に対しての意識が高い」
「意識が高いこともそうですがアマチュアはおもいっきり本気相撲ができることが強みだと思います。プロはそうはいかない。アマチュアは土俵に上がるのも辞めて下りるのもそしてまた上がるのも自由。でもプロはそうはいかない。土俵からいったん下りた者はそこでお終い。
もう再度上がることはない。プロをやめたからと云ってアマチュア相撲ができることはない。どれだけ力士として長くやれるかもちろん成績は当たり前ですが・・・ましてやこれからますます場所数や国際大会が増えるのは私としては・・・それを甘いと云われればそれまでですけど」
「その意味では桃の山の今の相撲では長く続けられない。ましてや若くして横綱になったのだから本当はアマチュア時代がない桃の山には相撲特有の奥義と云うかその点の経験と精神的な危うさと云うかまだ若いからこれから積んでいけばいいのかもしれないがもう横綱になってしまった以上ここを維持していくのは精神的に相当苦しいと思う」と璃子
「さすがに高校卒業後相撲経験なしで角界にはいくら妙義山の娘さんだとしてもと思いましたが・・・」と真奈美
桃の山は高校まで相撲経験がないと云うより母である紗理奈に相撲をさせてもらえなかった。本人は女子大相撲に行きたいことは小学生の頃から云っていたのだが頑として認めず。中学・高校と陸上で投擲種目に専念し砲丸投げでは高校生ながら日本記録の距離をただき出していた。当然大学も陸上でと想っていたしオリンピック最有力候補として・・・。ところが突如新弟子検査の会場に現れたのだ。相撲記者達は最初はわからなかったが・・・・。そのことは母である紗理奈は激高するももう入門を拒否することはできない。その後幕内までは多少てこずったが小結になるとそこから一気に横綱に・・・。その間は挫折らしいことはほとんどなく。
「体格や才能は遺伝で受け継がれるかもしれないが経験だけはどうしようもできない。桃の山はあまりにもとんとん拍子にきてしまった。弟子が横綱になりファンから愛されていることは指導者冥利につきるんですが・・・何か大きな落とし穴がある気がして・・・」
「意外と心配性なんですね」と真奈美は笑みを浮かべながら
「私は真剣なんですけどねぇ・・・・ところでアマチュア二人なんですけど余裕しゃくしゃくと云うところなんですか?」と璃子は笑いながら
「えっ・・・」
「二人ともデート見たいだし?」
「あっぁぁ・・・・すいません私の監督不行き届きで・・・」
(なんで私が謝ってのよ全く)と思いながら璃子の顔を見る。少し笑ってるようにも見えるが・・・。




