永遠のライバル・そして盟友 ③
「時間です」と行司。いっきに静寂が歓声に替わる。
まずは椿姫が腰を下ろす。そして妙義山がそれを見てゆっくりと・・・。
「手をついて はっけよい!」
両者一瞬で息が合い激しいぶつかり合い。とても五十女がする相撲ではない。肉体と肉体のぶつかる音は全く現役女子力士と変わらないぐらいの爆発音と云うべきぐらいの・・・。両者廻しにて手がかかる。
椿姫は一気に勝負をかけ妙義山に寄ろうとするが・・・。
(くっ・・・全く腰が動かない重い重すぎる!)
椿姫自身妙義山を甘くなって一切見ていない。何しろ相手は元女子大相撲力士その上絶対横綱の妙義山。相撲経験からして大人と幼稚園児ぐらいの差があるのは当然。ましてやいきなりこの大阪の土俵で相撲を取ろうなのだと・・・。間違いなくこんな馬鹿みたいな提案など山下紗理奈以外だったら激高して一喝していただろう。
「よーい、はっけよーい!」
(くっ・・・相手が絶対横綱であろう負ける気なんかさらさらないから!)
椿姫は外廻しを妙義山は下から廻しを掴み両差しの体制。
(椿姫の得意だった体勢ねぇ。でもそんなものが通用すると想っているの!甘いのよ!)
妙義山は一気に引いて前に出ようとする。
(なにこの引き付け、映見かそれ以上!?)
椿姫はあまりの妙義山の引きの強さに圧倒されようとしていた。なんとか腰を下げ両足を広げ食い止めようとするが足が少しずつ下がっていく。完全に力負けしているのだ。
妙義山とて椿姫を甘くなど一切見ていない。あの大会以降選手としての活動はしていないのだから相手にならないと云うのが普通の話。しかし、弟子の葉月山からアマチュア二人と会ったことを報告をされた時の一言がこの取り組みを実現したいと紗理奈を駆り立てた。
「稽古とはいえ倉橋監督があの稲倉映見を完璧に叩きのめしたそうです。稲倉自身は相当ショックだったようですが・・・」
「倉橋がねぇ・・・相変わらず部員にも負けず嫌いなんだなぁ」と苦笑しながら・・・。
妙義山にとっては女子大相撲において内外問わず幾多の強豪力士と戦ってきた。それでも倉橋真奈美ほどの興奮を覚えるほどの力士はいなかった。優勝確実と云われたあの大会で四つ相撲からの強烈な上手投げで完璧に叩きのめされたのだ。男子強豪実業団相撲部に所属し男子並みの稽古をしてきたはずなのに・・・。
「葉月、今度の大阪でのトーナメントで久々に【栄光の力士対決】をするんだがもう出場選手は決まっているのか?」
「一応決まってはいますが・・・何か?」
「私が出るわけにはいかないか?」
「えっ?」
あまりにも意外な提案に葉月は・・・
「理事長・・・でも相手はどうするんですか?理事長の相手って?」
「倉橋とやるわけにはいかないか・・・無理なことはわかっているが」
「倉橋?・・・倉橋くらはし・・って西経の倉橋さんですか!?」
相撲の流れが一気に妙義山に流れる。椿姫は必死にこらえる。館内がいっきに沸き立つ土俵際の攻防もうすでに椿姫の左足は徳だわらにのろうとしている。ここで一気に押し出すか!妙義山。しかし、ここで妙義山の動きが止まってしまった。時間は一分を超えたところで椿山が押し返し始めたのだ。まるで赤鬼のような形相で妙義山を仕切り線近くまで押し返したのだ。
(この相撲は私の相撲人生のすべてをぶつける真っ向勝負。それが妙義山への礼儀と云うものそうでしょ)
椿姫はそこから技を仕掛けるわけでもなくただ押し返す力勝負。それを向かい打つように妙義山も技をしかけず押し返そうとするがその気迫に押されていた。
組み合って三分以上。通常なら水入りで取り直しのはずだが・・・・。行司は水入りにすることに躊躇していた。土俵下の審判員である大相撲関係者は行司に水入りをするように則しているが・・・。
(水入りにするのが当然だがここで水入り取り直しにしたらおそらく二人とももう立つことでさえ無理かもしれない。しかし・・・)と行司はどうしても決断ができなかった。
すでに五分。全くの膠着状態。館内はいつのまにか歓声が静寂へとそして聞こえのは二人の動物のように荒々しい息遣い。
「う~ん・・・う~ん・・・」
「くぅ・・・あっ・・・ん~ん~・・・」
「・・・・・・くっ!!」
「・・・・・・うあっーーー・・・はぁ~」
「はっけよい」行司は水入りにしないことを決断した。
今回の対決は理事長のたっての希望であり最初で最後の対戦である。それをここで水入りにすることは二人にとって一生悔いが残ることになる。そしてこの館内の雰囲気をぶち壊してしまう。観客のみならず両花道で固唾をのんで見ている女性力士達。二人とも相当に疲労しているのは誰の目にもわかる。このまま永遠に膠着状態が続くかかもしれない。
(椿姫!。私が望んでいたのはこんな相撲なんだよ。力がすべての真っ向勝負あなたをしとめるのは簡単だけどそれじゃ私が納得しない。あなたもそうでしょ?ならば力と力の真っ向勝負でケリをつける。さぁいつまで耐えられるかしら!)
(妙義山!。あなたならここまでかからずどんな技でも勝つことができるのにあくまでも力勝負ですか?。悔しいですが完敗です。でもだからと云ってこの勝負を意図的に捨てるつもりは毛頭ありません。それはあなたに泥を投げるようなものですから・・・ここまできたらぶっ倒れるまでやるだけです)
「はっけよい!」と行司が云った瞬間一気に動いた。
拮抗していた力勝負が一気に崩れた。妙義山が怒涛の如く一気に押し返す。椿姫はなんとか押し返そうとするがもうそんな余力は残っていない。椿山の足裏は擦りむけてしまうのではないかと云うぐらいの速さで砂の上を滑っていく。土俵上には深く掘られた二本のすじが・・・。そしてついに俵に足がかかる。最後の攻防もあっけなく椿山は押し出された。
妙義山も椿姫も膝をつき両手をついて動けない。腹回りが激しく動き過呼吸状態に近いほどに・・・。館内は大歓声に包まれる。
「妙義山!さすがは絶対横綱!!」
「さすがは西経の名将椿姫!!」
しばらく立ち上がれなかった二人だが大歓声を受けてなんとか立ち上がり仕切り線に・・・。二人は礼をして椿姫は土俵を下りる。妙義山は勝ち名乗りを受け手刀を切る。
椿姫は大歓声に包まれながら西の花道を戻ろうとした時・・・。
「待て椿姫!土俵に上がれ!」
「・・・・」椿姫は振り向いて土俵にいる妙義山を睨みつける
「土俵に上がるんだよ!!」と土俵には仁王立ちした妙義山が・・・。
大歓声に包まれていた館内がいっきに鎮まる。
椿姫は再度土俵に上がり仕切り線の前に・・・・。
それを見た妙義山は土俵下の関係者にマイクを要求して受け取るとマイクのスイッチを入れた
「今回のこの対決は私の一存でやらしてもらいました。それも二時間前に。私にとって椿姫いや倉橋真奈美は私が初めてライバルとして意識した選手でした。アマチュア時代私の前に唯一立ちはだかって倒すことができなかった。
私は女子大相撲が創設されたことで再度倉橋さんと相撲をできることを望んでいたがそれは叶わぬ夢に。倉橋さんはその後西経女子相撲部を絶対女王として君臨し私もファンの方から初代絶対横綱の称号をいただきました。
ただ、そのことがいらん確執をお互い作ってしまいそれ以上にアマ・大相撲関係者にその印象を鮮明に焼き付けてしまい今日まできてしまいました。
来月プロ・アマ混合の団体世界大会があります。代表監督を務める椎名葉月さんからどうしても倉橋監督を使いたいと申し出があったのですが私としては認めたくなかったのは本音でした。しかし絶対横綱であった葉月山の押しに屈したと云いましょうか・・・」と云うと妙義山は一瞬天井を見上げる。
「今度の大会で初代最強国の称号を取ることが今後の日本女子相撲の発展と繁栄に大きな意味を持つものと思っています。それは女子大相撲にとってもアマチュア相撲にとっても・・・。女子大相撲は単なる色物興行だとか最初の頃は色々云われて苦渋の想いもしておりましたが熱心なファンの方々に支えられここまで来ることができました。
それはアマチュア女子相撲も同じでしょう。そのなかにおいて倉橋監督率いる西経から優秀な選手を輩出し女子大相撲で活躍されている力士も多々おります。女子大相撲を底辺で支えているのはアマチュアの選手たちどいうことは今更ながらでありますが痛感しております」
「紗理奈さん・・・」真奈美は紗理奈を見つめる
「倉橋さん私の隣に」と手招きする
「はい」と倉橋は返事をすると紗理奈の隣に・・・。
「これから女子相撲がさらに認知され発展できるように協力をお願いします。アマチュア・女子大相撲が対等な立場で切磋琢磨しさらに盛り上げていきたいと思いますのでよろしくお願いします」と紗理奈は真奈美に対して深々と頭を下げた。
「こちらこそ」と真奈美も頭を下げる。続けて紗理奈は東西南北の観客に頭を下げると同じく真奈美も・・・。館内は拍手で・・・そして花道で観戦していた女性力士達も・・・。
そして東の花道へ妙義山。西の花道へ椿姫が退場していく。観客達からの声援は鳴りやまずとも二人は威風堂々とまっすぐ前を見て表情すら変えず歩いていき館内から消えていった。
「前半はこれにて終了と致します。幕内トーナメントはこの後午後2時から行われます」という館内放送が流れ昼休憩となる。
映見は一種の放心状態になっていた。倉橋監督と山下理事長のガチ相撲。それは館内で見ていたすべての観客も同じだと思う。世界の中で日本の女子相撲人気はけして高い方ではないそのことは競技人口にも云えることだがその中でもアマもプロも切磋琢磨してここまでになり女子相撲の頂点である女子大相撲がここまで認知されてきた。そのなかにおいて山下紗理奈・倉橋真奈美の存在の重さを改めて知ることになった今日の【栄光の名力士対決】は間違いなく伝説なった。表向きはエキビジションだが少なくともこの大阪府立体育館で見ていた者はガチ相撲以外の何ものでもないことを・・・。
「凄かったな映見」
「うん・・・」
「映見は倉橋監督に指導してもらっているんだよなぁ」
「女子大相撲には行くつもりないと思っていたけど・・・」と蚊の鳴くような声で・・・
「えっ・・・今なんか云った?」
「・・・・」映見はその問いには答えなかった。
偉大なアマチュア力士であり偉大な監督の下で指導を受けていることに改めて映見は想い知らされていた。




