永遠のライバル・そして盟友 ②
女子大相撲トーナメントは優勝まで駒を進めるには、何度も土俵に上がらなければならず、負けの許されない、一戦必勝のトーナメント戦。その意味では混合団体戦の予行と云えもなくもない。当然このトーナメントには百合の花・桃の山の両横綱も出場するので二人の状態がどうなのかも注目の的である。
和樹と映見の二人は向こう正面西側の升席Aに座りながらホテルで購入した発酵バーターサンドに午後の紅茶 エスプレッソ ティーラテを片手に相撲観戦。
「大相撲相撲観戦って初めてだけどこの雰囲気いいよな」と和樹
「こんな雰囲気でやるのねぇ・・・アマの大会とはやっぱり違うのね」と映見
最初は相撲講座と称して初切を力士2名が出演。土俵上にて相撲の技や禁じ手を親方の解説を交えて、実演講座。そのあとは幕内力士達数名のぶつかり稽古を披露する。稽古解説は女子大相撲技術指導部 部長 長谷川璃子(元大関 藤の花)
「映見あの土俵下で解説している人も元力士?」
「そう元大関 藤の花。小柄だけど卓越した技術とスピード。うちの主将とそっくり。あの体で一回優勝しているのと35歳を過ぎても力士を続けていた小さな鉄人。あの方は今度の代表チームの大相撲側の統括コーチなの」
「アマチュア側が映見の監督か・・・でもその方が安心するだろう?」
「それはねぇ知らない人よりはでも監督は女子大相撲側とあまりうまくいっていないって聞くしそれになんか私が油を注いだみたいに云われているし・・・」
「映見意外と気にしーだよな。映見を代表にプロ側が選んだんだからそこはドーンと構えなきゃまして映見の監督が付くわけだから」
「それはそうかもしれないけど・・・」と少し不安な表情の映見。
「そんな事云っておきながらここへきて女子大相撲トーナメント見てるんだからよく云うよ全く。本当に気にしてるんだったら来ないだろう?」
「それは・・・和樹が誘うから・・・」
「なんか俺に誘われたからいやいや来ました見たいな云い方なんですけど?」
「私の心中察していながらその云い方・・・あぁなんか腹が立つ!」
「映見。どーどーど・・・落ち着いたか?」と頭を撫でる和樹
「くぅー腹が立つ」と和樹の首を絞める映見。
そんなことを云いながらも楽しい二人の時間。
その後次代を担う幕下以下でのトーナメント戦を終え。前半戦の最後は栄光の名力士対決。
歴史の浅い女子大相撲でもアマチュア時代から活躍していた選手達が女子大相撲の創成期を支え発展させて更なる飛躍を遂げようとしている。そして今回は三回目。さすがに引退したばかりの葉月山と云うわけにはいかない。トーナメントは今回で10回目。区切りいいところで久々にやることは創成期から見ていたファンからするとこの大会で一番の目玉かも知れない。いつもなら事前に対戦相手を発表するのだが今回は完全にシークレット。
場内アナウンスが入る。
「これより栄光の名力士対決をおこないます。両力士東西の花道から入場いたします。盛大な拍手でお迎えください」
まずは西の花道から入場。一瞬館内が静寂に包まれる。その力士と云うよりアマチュア選手と云うべきなのか・・・。アマチュア女子相撲によっぽど精通しているもの以外「誰?」と云う話になるが・・・。
(えっあぁぁ・・・えぇぇぇぇ)映見はいったい何が起こっているのか理解できなかった。
【栄光の名力士対決】それは元女子大相撲力士同士が対決する話であってよりにもよって倉橋監督が出てくるなど想像ができるはずもない、
「映見、あの力士誰?なんか見たことあるようなないような?」と和樹
「監督・・・うちの」
「監督?・・・かんとく・・・えぇぇ」
となれば当然東の花道からは・・・。館内が一気にどよめく女子大相撲の創成期圧倒的強さでファンを沸かせ始めて絶対横綱という称号をファンから与えられた力士。現理事長であり元横綱 妙義山その人である。そして何より現役当時を知っているファンからするとその表情が現役当時と全く変わらない鬼のように厳しい表情は見ている方が奮い立つぐらいに。
「映見の監督が女子大相撲のOGでもないのに係わらずこんな大会に出場するって二人の権威って凄いよな。映見は監督と女子大相撲の関係心配しているけどこれ見たらそんな心配は無用だよ。ところでこの対決の意義は?」
場内放送がこの取り組みの説明を始める。
「今大会の【栄光の名力士対決】は理事長たっての希望で実現いたしました。まずは二人の簡単なプロフィールから説明させていただきます。
西方、ご存じの方は相当な女子相撲通でしょ?。女子大学相撲においての絶対女王と云っても過言ではない西経大学女子相撲部監督 倉橋真奈美さんです。本日は取り組みをおこなうに際して四股名を「椿姫」と呼ばせていただきます。女子相撲がまだ世間的に認知されていなかった時期から活躍され世界大会でも活躍されました。第一回新相撲全国大会では後の絶対横綱である妙義山を破って優勝したという経緯がございます。
現在は女子アマチュア界の重鎮として活躍されており皆様のなかにもご存じの方も多いと思いますがアマチュア女子相撲の女王といっていい「稲倉映見」選手の育ての親であります。
続きましては東方は皆さまご存じであります。現理事長であり初代絶対横綱妙義山であります。女子大相撲創成期から今に至るまでの活躍は説明する必要はないでしょう。今回の取り組みは先ほども申しましたように理事長たっての希望で実現いたしました。女子大相撲と女子アマチュア相撲を引っ張ってきた二人のトップ対決。最初で最後の二人の対決をとくとご堪能ください」
土俵下に両者威風堂々と待機する。西方、倉橋真奈美改め【椿姫】。女子大相撲創設にあたり現理事長である山下紗理奈からの再三のラブコールに際して頑として断った経緯がある。それは致し方ないとはいえ倉橋の相撲人生において唯一はまることがなかったピースだったのかもしれない。
たいして東方、山下紗理奈、元横綱【妙義山】。第一回の新相撲全国大会で真奈美に敗れたあと実業団を経て女子大相撲入りその後の成績は間違いなく初代絶対横綱の名にふさわしい活躍そして女子大相撲界への貢献は誰しもが認めるところ。そんな彼女でも真奈美との再戦の機会を失ってしまっことは唯一の心残りでありそのことがいつのまにか深い溝を生んでしまっていた。
男性呼び出しが土俵に上がる。
「にーしー、椿姫、つばーきひーめー。ひがーし、妙義山、みょーぎやーまー」と二人の力士の気合に負けないくらいに澄んだ声で呼び上げる。
館内から一斉に拍手とともに声援が飛ぶ。妙義山に声援が飛ぶのは当たり前としても椿姫こと倉橋真奈美にも声援が飛ぶ。その中になおさら声を張り上げる人物が・・・。
「椿姫ー!。西経女子相撲部監督倉橋真奈美ー!」映見がこれだけ大きな声で声援を送るなどなかったろう。相撲部の試合でさえどちらかと云うと控えめな声援なのに・・・。
これから妙義山に立ち向かう表情はあの時と同じかそれ以上。相撲クラブで稽古と云うガチ相撲をしたあの日。映見は歳が二回りも違う真奈美に完全敗北したあの日のことを・・・。
(監督・・・・)
倉橋真奈美の腰には本物の絹でできた黒の締め込みが巻いてある。本来アマチュア力士は硬い木綿布でできた物を巻くのだが妙義山が以前使用していた物を用意したのだ。そして同じく妙義山も本物の紫色の締め込みを巻いてある。
土俵に上がりお互い向き合いながら四股を踏む。両者が四股を踏むたび「おぉー」と歓声が上がる。両者足を高々と上げる。まるで現役力士のようにそしてお互いの表情にゆるみなど全くない。
本来、エキビジションとしての対決のなのだが二人にそんな意識は全くない。これはあの第一回全国新相撲選手権の続きなのだ。
西方には西経出身の関脇 伊吹桜(三倉里香)が真奈美に力水をつける。
「監督、力水です」
「監督じゃないだろう四股名で呼べ」
「すっすいません。改めて、椿姫、力水です」と柄杓で渡す
椿姫は力水を一口分だけ口に含み口内をすすぎ吐き捨てると力紙で口の周りを拭き終える。
「里香。おまえは十分三役として女子大相撲を引っ張っているもっと自信をもて、来場所は大関昇進を狙えるんだからなぁ。今日の相撲はお前への椿姫としてのメッセージだと想え。OGである現役力士から力水をつけてもらうなど相撲冥利に尽きる。これからやる相撲よく見とけよ!」
「はい!」
東方には弟子である元横綱葉月山が妙義山に力水をつける。
「倉橋真奈美改め椿姫か・・・あの時と同じ表情をしている。20年前と何も変わっちゃいない」
「紗理奈さん・・いや妙義山、椿姫は本気でぶつかってきますよ・・・」と若干不安そうな表情の葉月。
「なんだその顔は・・・。今日のこの一番はエキビジションなんかじゃないガチ相撲だ。もし椿姫が一瞬でも手を抜いたらもう会うことはないだろう」
「妙義山・・・」
「椿姫・・・いい四股名だな・・・・」
「横綱・・・」
「葉月、椿姫いや倉橋真奈美。彼女から私には教えられない事一杯学ばせてもらえもっと早く真奈美と会って話す機会を作るべきだった・・・くだらない拘りで」
「今日の相撲は伝説になると同時に新しい日本の女子相撲の幕開けだと・・・」と葉月
「幕を開けるのは葉月を筆頭とする若い世代だ・・・期待してるぞ。よっし!」と云うと妙義山は仕切り線の前に・・・。同じく椿姫も仕切り線の前に・・・。
(倉橋真奈美いや椿姫!。その鬼の形相さすがは西経の名将!相手に不足なし)
(絶対横綱 妙義山。その形相まさしく絶対横綱ですねぇ。長らくお待たせしてしまいしたが私は負けるつもりはさらさらありませんよ。アマチュア選手そして西経の監督して私の相撲人生のすべてをこの一番にかける!)
両者仕切り線の前にそして睨みあう二人。そこに演出の欠片もない。
館内が完全に静寂に包まれる。息を飲むほど包まれる緊張感。そしていつのまにか両方の花道に百合の花・桃の山両横綱を前に幕内のトーナメント出場力士が勢ぞろいしてこの取り組みを固唾を呑んで見ている。
「時間です」と行司。いっきに静寂が歓声に替わる。
まずは椿姫が腰を下ろす。そして妙義山がそれを見てゆっくりと・・・。
「手をついて」
椿姫と妙義山の目が合う。そして・・・




