相撲クラブ①
映見の家から駅に行くまでの間にあるのが羽黒中央公園。テニスコートやナイター完備の人工芝グランドがある。その一角に子どもたちの健全育成を目的としてに地元自治会や市の補助を受けながらこの場所に土俵を作り既に10年を超えているのが羽黒相撲クラブである。
映見は小学5年からクラブに入会して中学三年の一学期まで活躍。小6の時に初めて名古屋でおこなわれた第1回わんぱく相撲女子全国大会では小6クラスで初代横綱になる。
それまではどちらかと云うと体の大きな引っ込み思案の女の子だった。そのことでいじめられることはなかったが多少なりとも劣等感は抱いていた。
相撲クラブとの出会いは毎月配布されてくる市の広報案内に近所の公園に相撲クラブができ入会希望者を募集しているとのこと。
「甲斐くん、その相撲クラブに入ったんだってお母さんが云ってたわ」と映見の母がキッチンで夕食後の洗い物をしながら
「甲斐くんが・・・」
甲斐和樹は同じクラスで柔道教室にも通っているちよっとぽっちゃりのスポーツ好きの男の子だ。
映見はダイニングテーブルの母が作ってくれた苺の身がゴロゴロ入ったゼリーを食べながら広報誌を読んでいく。
● 練習場所 羽黒中央公園 相撲場
● 稽古日 毎週 火曜・木曜・土曜
● 午後6時から稽古開始
● 連絡先 濱田光 電話090-1424-****
「女の子もいるらしいけどねぇ・・・・」と母
「女も相撲するの?」
「新相撲と云って世界的にも認知されてるんですって」
「新相撲?」
「女子大相撲だって発足したでしょ確か?」
相撲を世界のスポーツとしたいと云う目的のために日本相撲連盟が女子での普及実績が重要なため、女子相撲の普及促進を目指すこととしたことが発祥。しかし日本においては女子が相撲をすることに抵抗感があり想う様には普及しなかったが逆に海外では相撲という日本の国技には人気がありそれは女子であっても同じく新相撲としての女子相撲は瞬く間に広がり各国でプロリーグが立ち上がっていた。日本女子は確かに強かったのではあったのがそれは学生まででそれ以降の活躍の場所がないことは日本女子相撲が普及しないことの一つの要因でもあった。
壁にかけてある時計は午後6時を回ったところ・・・・・。
「お母さん。ちよっと公園に行ってもいい?」
「公園?」
「公園って・・・・何っ・・・・相撲?」
映見は母の顔からちよっと目をそらしながら頭をこくりと・・・・・。
「映見、バレーボールやってるのに?あなた相撲とか興味あったけ?」
母からしたら小学校のバレーボールチームでエースアタッカーとして活躍していながら今度は相撲ってと云う思いが・・・バレーボールの前は水泳をしていて地区大会でも上位の成績を出していながら・・・。飽きっぽいと云うのとは違って一つのことに集中すると他はスパッと切ると云うかあれもこれもと云う性格ではないのは感じていたが・・・。ただ本当はそれだけじゃないのは母としてはわかってはいるが
「見に行ってもいいかな?」
「見に行ってもいいけど・・・・お父さんに聞いてからしなさい」
開業医である稲倉家は診療所も併設されているいわゆる町医者。
父である稲倉啓史は一人息子と生まれ医者になることはある意味当然の成り行きと云われればそれまでだが医師になったことには後悔はしていない。ただ自分の将来やりたかったことを見つけられなかったと云うか見つけることをしなかったと云うのが正解だろう。子供のころから医者になることが将来の夢だったものの自分の子供達が好きなことに熱中していることはうれしい反面羨ましさも・・・・。
子供達には何かしらの将来の夢があるのならそれに邁進して親として助けることがあれば助けたい。それは本心である。
映見はまずはネット検索で新相撲を調べていくうちにますます興味が沸いてくる。相撲は個人競技の面もあるが団体競技の部門もある。映見自身は仲間と何かやるとか云うのは正直不得意と云うか自分の失敗や他人の失敗でとやかく云うのも云われのもやなのだ。じゃなんでバレーボールなのかと云えばテレビで見たと女子バレーの選手が放つ強烈なスパイクに見惚れてしまったから・・・・。映見のスポーツ感は、楽しそうだからやりたいとかではなく躍動感が凄いとかかっこいいとか美しいとかなのだ。
新相撲での女子力士の姿は映見にとって何か刺さるものがあったのだろうし個人競技だけではなく団体もあるのはあまり好きではないはずなのに・・・。
後日、父に相撲クラブに見学に行ってみたいことを広報誌を見せながら説明する。
「相撲クラブ? 映見相撲とか興味あったけ?」
午前の診察を終え診察室でカルテなどを整理しながら広報誌に目を通す
「濱田光?・・・・どっかで聞いたような」と考えて
「横綱かもしかして・・・・」とちょっと驚いたように
「横綱って?」
「小学六年の時、わんぱく相撲という全国大会が三位になったんだよ中学じゃ常に表彰台で高校・大学と続けていたんだけどプロに行かなかったんだよな」とちよっと昔話が懐かしく。
「コンピューター関連で起業して東京の方でやっていると思っていたけど・・・・」
啓史はまさかとは思いながら横綱に会ってみたいとふと
「電話してみようかな間違いだったら間違いでもいいから」と広報誌に記載されている番号にかけてみる。長く続く呼び出し音。切ろうかと思ったその時相手が出た。
「突然電話してすいません。私稲葉と申します。広報誌に載っていた相撲クラブのことで」
「はい」
自分の娘が相撲に興味があって見学したい旨などを伝えるといつでも来てくださいのことと、もしよければ運動しやすい服装できてくださいのことだった。
「それともし間違っていたらすいません。小中の時「横綱」とか云われてませんでした?」
「なんでそれを? あなた誰?」
「稲倉です。稲倉診療所の・・・・」
「あぁー啓ちゃん。医書の息子のくせして頭があんまりよくなくて中学の受験に失敗したと噂になった」
「・・・・・あのさ」と苦笑いしながら
「まぁそんな話は、会った時に話しようやじゃ今週の土曜日」
「俺も楽しみにしている」
「じゃあ」と云って電話を切ると一息入れて
「土曜日、お父さんも一緒に行くから」
「ありがとう・・・お父さん知っている人なの?」
「小・中の時の同級生。相撲が強かったんだけど頭もよかった」
啓史にとっては濱田光は中学時代にいじめにあっていた自分を助けてくれたヒーローである。いじめられていた原因に思い当たる節はなかったのだが・・・・。
突然、ある日いじめが止んだ。あれだけ何かしらの肉体的・精神的に嫌がらせをされていたのに・・・・。事の真相はわからないがどうも光るがそいつらを学校外でボコボコにしたと云う噂がクラス中に広がっていた。そのことで補導されたとか・・・・。
確かにいじめがやんだ直後からしばらく学校に来なかったしいじめていた奴はまるで別人のようで啓史と目が合っても相手の方が目をそらす。
光が学校に登校してきたのはその二日後。彼が教室に入るとクラスメート達がなんとなくざわつく。
啓史をいじめていた奴は光に怯えているような表情を・・・・。しばらくして啓史は意をけっして光に単刀直入にクラスで噂になっているとそのことで自分に対するいじめがなくなったこととの関係を・・・。
「あいつになんかしたの?」
「あいつって?」
「いや・・・ただクラスで噂になってるし・・・・その当人の俺としては・・・・」
「なんか勘違いしてるんじゃないか」
「えっ・・・・」
光はそれだけ云うだけで何も答えてくれなかった。
光は中学では相撲部に所属。そして夕方は神社にある相撲クラブで相撲に熱中していた。
啓史が遠目に神社の土俵に見に行ったのは、光と話した以降どうしても光という人物がどんな人物なのかを知りたかった。学校では光にあまり近寄らなかったのは何となく近づけさせないような雰囲気だったので・・・・。
神社の一角にある土俵は大銀杏の屋根の下にある。だいぶ傷んでいるような気はするがちゃんとしたものだ。
光を含めて小・中合わせて10人程の豆力士たちが稽古をしていた。そこで見た表情は学校ではあまり見せない楽しそうな表情。
光は下級生部員達のストレッチを補助をしたりあと今度は、力士が一列に連なって土俵まわりをすり足する通称「ムカデ」と云われる稽古。足腰の鍛錬には相当効くと云う後ろに付く人の体重が掛かって相当にキツイ。それを右回り左回りと・・・・。
啓史にとっては全く知らない世界だしそれよりも下級生の世話をしている光を見てそれだけで十分だった。
「なんで俺なんかのために・・・・友達でもないしそれどころかろくに話したことにない」
啓史は静かに神社を離れた。自転車に乗りながら家路に向かう途中なぜか目が潤んでしまった。
光がしばらく休んでいたのは自分を苛めていた生徒を学校外で暴行したことを親に云い学校で問題になったことはクラス・保護者の間では裏で話題にはなっていた。ただそのことは表的には話題にはされなかった。光の家庭はひとり親で一人息子。父は嘘か誠か多額の借金残して逃げたとか暴力を振りまくりとか悪い話を大人達が喋っていることは聞くつもりがなくても自然と耳に入ってくる。
「そんな子供だからしょうがない」
「そんな子供って・・・・なんだよそんな子供って。光はそんな奴じゃないのになんで・・・」だとしても光は何か行動をするわけでもなかった。その自分に無性に腹が立つ。