支えて欲しい ③
映見が正式に代表に決定してからは心機一転。過去のモヤモヤ感はすっきり晴れた。倉橋との確執とは云えないまでのことも解消した。そんな映見だったが今は稽古より最後のレポートの追い込み。
倉橋の方から今週中にケリをつけろと云う命令が下され。稽古は廻しを締めない基本稽古のみ一時間だけやって後は校内にある学生用ラウンジである意味の缶詰め状態。そんな状態が続いたが木曜日の夜なんとかケリがついた。
(なんとかケリがついたぁー)と椅子に座りながら背伸びをする映見。稽古の何倍も疲れる。
スタンフォード大学で霊長類の神経内分泌学について研究しているロバート・サポルスキー氏によると、対局中のプロのチェスプレーヤーが1日に消費するカロリーは平均6000kcalにもなるとのこと。これは普通に生活している一般人の約3倍で、運動しているプロのアスリート選手に匹敵する量だそうだ。
倉橋から稽古しなくていいからレポートを完全に仕上げて大会に臨む準備をしろと云われたがさすがにそれはと云う事で四股や鉄砲などを入念にしてからレポート作成に臨んでいた。レポート作成のために四股を踏むと云うなんだかよくわからない行動は映見だけかもしれない。
映見はノートパソコンを閉じると一気に疲れが湯水のごとく襲い眠気が・・・。作成し終えた緊張からの解放では無理もないか・・・。そんな時、スマホが鳴る。
(和樹・・・)
「はい」
「あっ俺だけど・・・遅くなったけど代表決定おめでとう」
「あぁありがとうと云いたいところなんだけど実は決定以後今日までレポート作成の至上命令を監督から受けて今何とか終えたところなの・・・」
「至上命令?」
「レポート作成しながら大会の稽古なんかできないから今週中に仕上げろと云う命令で今週稽古らしい稽古はしてなくて・・・」
「倉橋監督って変わってるよないつも思うけど・・・でもそれって逆にプレッシャーかけてないか?」
「なんで?」
「だってレポート作成の時間割いてやったんだからそのあとはわかってるよなぁって」
「あぁぁ、なんか週明けが・・・なんか想像したくないような・・・まぁいつもこんな感じなんだけどねぇ」
「じゃ今週は稽古さぼれるってことか?」
「さぼれるって云う云い方はどうなのよ。でも一応今週は精神的に色々きつかったろうからきっちり休んで来週に備えろと云う命令は頂いております。ハイ」
「映見、今週の日曜、時間作れないか?」
「えっなにそれ・・デートのお誘い」と笑いながら
「まぁそんなところなんだけど土曜日に神戸の大学で研究発表会があってもし時間が合えば会えないかと思って・・・」
「どうしようかなぁ」と映見
「都合悪ければ別に・・」
「なんかあっさりなのねぇ・・・いいわよ。それで名古屋かどこかで会う?途中下車みたいなことになっちゃうけどそれとも私が神戸に行こうかなぁ最近遠出してないし」
「じゃ大阪で会わないか?」
「大阪?あぁなんか美味しいもの食わせてくれるとか?」
「女子大相撲トーナメント見ないか」
「女子大相撲・・・」
「あれ、なんか食いつき悪いけど?」
映見の頭の中に女子大相撲トーナメントの事なんか全くなかった。本来だったら興味津々だしテレビは必ず見ているのだがここのところそんな余裕は殆どなかったどころか自分のことで手いっぱいで女子大相撲トーナメントなんか頭にあるはずもなかった。
「もしもし」と和樹
「御免、ちよっと女子大相撲の事なんか頭の片隅にもなかったほど自分のことでいっぱいいっぱいで・・てっ何で急に女子大相撲って和樹そんなに興味あったけ?」
「ちょっと学生相撲のこと検索していたらたまたま引っかかってそれで」
そのことは本当だ。ただ女子大相撲トーナメントを見に行ってみるかの動機は映見を誘いたかったから・・・。
「チケットは用意してあるの?」
「升席を取ってある」
「和樹、土曜日研究発表会って神戸に泊まるの?」
「そりゃそうでしょわざわざ東京とかに戻るわけないじゃん」と和樹が云った後少し間が空き
「土曜日、私、神戸に行ってもいいかな?和樹が迷惑でなければ」
「えっ」
映見の意外な言葉に少し驚いた。あの日の夜での裏山でのまぐあい。映見の方から誘いをかけてきたことに少なからずショックを受けた。自分の勝手なイメージ像にあのようなことは少なくとも映見からはないだろうと・・・。あの日映見のベットで一夜を共にした。恥ずかしながら映見に主導権を握られてしまった。けして上手いということはなかったがそれでも映見は本能のままにまるでもう一人の自分がいるように・・・。そして和樹はいつのまにかその流れに載せられていたのだ。
「映見いいのかそんな簡単に俺だって映見の両親を知らないわけではないしましてやお父さんとは」
「和樹と交際している。それをはっきり云うわそれなら問題はないでしょ?」
「ないでしょって・・・」
「少なくとも交際することは両親に云うべきだと思った。裏山の出来事は私じゃなかった・・・今でも自分ではないもう一人の自分のようで、だから・・・」
「わかった。それは映見に任せる。俺の携帯番号教えてもいいから両親にそこまで映見が云うのならこそこそすることもないし」
「ありがとう。和樹。突然父からかかってくるかもしれないけどその時は覚悟してねぇ」
「覚悟って・・・映見」
「それじゃ」
「おい、映見」
通話は映見の方から一方的に切られた。
(映見に遊ばれてる?)
その後、映見から連絡があり土曜日に大阪のホテルで一夜を過ごすことになった。父親からは電話は掛かってこず。逆にそのことが気になっていた。ましてや映見の父親には小学校時代の相撲クラブでの一件も含め色々お世話になった。だから余計に気になるしそもそも映見は云っているのかでさえ怪しいと思ってしまっていたのだ。
映見にちゃんと両親に云ったのかと聞くのも何か気が引ける。和樹はネットで映見の両親が経営する診療所の番号を調べ電話することにした。
(映見を信用していないわけではないのだが)
そして電話をしようとした時ショートメールが着信していることに気づいた。
「映見をよろしく頼む。稲倉啓史」
和樹をそのメールを読んで何か一気に気が抜けてしまった。これから電話して何をどう喋ろうかと考えていたのに・・・。
(よろしく頼むって・・・)
小学生時代に同学年の映見を体験入部で投げ飛ばしてしまったことは今でも思い出してしまう。それは苦い思い出。頭の中が真っ白になった時映見のお父さんは烈火のごとく怒られるかの想ったが逆に気を使わせてしまうほどに和樹を慰めてくれた。それからちょくちょく家に呼んでもらったりしてもらっていた。高校・大学になると家に行くことは無くなっていた。
ところがひょんなことで名城公園で映見と会ったのは偶然だったはずなのに何か必然的であったような・・・今考えるとそう思えるほどにあの時会うことがなければこんな関係にならなかった。
映見は和樹にとっては手の届かないものだと想っていた。小学生の頃から・・・今でも変わらない。それほどまでに映見に恋焦がれていた。会わなければ私小説のなかのヒロインで終わっていたのに・・。
和樹は研究発表会での資料整理をしながらもそんなことはもう上の空。女子大相撲トーナメントも映見に断られば行くつもりもなかった。そうでなければ関西に泊まらずに日帰りで東京に戻るつもりだった。
和樹は予約した大阪のホテル予約を再度確認した。
ホテルモントレ グラスミア大阪。部屋はスタンダードダブル。
女子大相撲観戦を誘ってしまったがそれでよかったのだろうか?とふと思ってしまった。映見が女子相撲に行かないことに女子大相撲関係者からは面白くないと云うのは自分が大学で相撲をやっている時から云われていた。そのことは映見がはっきり云わないからと云う人がいるがそれは半分正解だけど半分は違う。
女子大相撲に入門するには年齢制限があるのだ。男子の大相撲は特例を認めても25歳まで女子も25歳が上限となっているのだ。映見が医学部卒業で24歳。そこから研修医として2年だとするともうその時には入門資格はなくなっているのだ。そのことを知ったのはつい最近のこと。
和樹は今まで女子相撲入門のことを聞くいたことはなかった。医学部に入った時点で女子大相撲には行かないんだなぁと・・・。そこまでわかっていながら映見を女子大相撲トーナメントに誘ったのは代表に選ばれたそれもプロアマ混合の世界大会という真の意味でも女子相撲最強国を決める大会だからなおの事女子大相撲を見ておくべきだと・・・でもそんな理由は後付けかもしれないが。
和樹は稲倉啓史に電話を入れる。メールでOKは貰っても礼儀としてやっぱり直接云わなければ。
「夜分遅くすいません。甲斐和樹ですご無沙汰しております」
「久しぶりだねぇ。わざわざ電話してこなくても・・・」
「すいません。なんか映見さんを・・・」
「すいませんって云われてもなぁ。映見に和樹君と泊りで出かけたいと云われてちょと何云っていいかわからなかったけど・・・」と笑いながら
「すいません」
「和樹すいませんしかいってないなぁ。まぁ映見を頼むよここ最近元気がなかったけどなんか代表に選ばれて吹っ切れたみたいで・・・ところで和樹、映見といつから付き合っていたんだ?映見そんな素振り見せなかったから・・・」
「昨年の暮れです。偶然名城公園で・・・」
「そうか・・・まぁ頼むよ。もしよかったらいつでもいいから家に来なさい。久しぶりに和樹に会ってみたいし」
「わかりました」
「じゃ」
「失礼します」
電話は啓史の方から切られた。
(そこまで云われるとなぁ・・・。映見・・・俺何も聞いてないよな映見の気持ち。俺も云ってないけど・・・)




