支えて欲しい ②
時刻は午後8時。本来だったら二人とも家路に着いているのだが・・・。
「圭太。家に電話するね、心配されるとあれだし・・・」
「あぁ・・・さくらやっぱり今日はもう帰った方いいよ。なぁ」
「うっうん・・・」
「日曜日かなんか朝から会わないかそうすれば・・・」と圭太。
さくらは少し残念そうな顔に見えたが圭太は今日は一呼吸おいて改めて時間を作ることにした。調子にのって思わせぶりな態度をしたことにちょっと反省。
「行ってみたいところがあるんだけど・・・」
「行ってみたいとこ?」
「女子大相撲トーナメント・・・」
「女子大相撲トーナメント・・・っていつどこで?」
「今度の日曜で大阪府立体育館・・・」
「はぁ~でもチケットとかは?」
「今、検索する」
さくらはチケット検索し
「あっ、タマリがある!でも・・・」とさくら
「じゃタマリでいいじゃん。俺、大相撲見に行ったことないし行ってみたいなぁ」
「でも・・・」
「何?」
「結構値段するんだけど・・・」
「幾ら?」と圭太が聞くとさくらはスマホを見せた。
「タマリ8000円の升席14000円かなるほどでも大丈夫だよ俺は」
「圭太って金持ち?」
「金持ちって・・・なんか云い方が引っかかるけど往復の交通費入れてちょっと飯食って三万もあればダイジョブしょ」
「ホントに?」
「いやいやさくらはダイジョブなのかよ?」
「去年、東京場所だったから行きたかったんだけど稽古とか試合で行けなかったからその分で」
「じゃ決まり。行こうよ。じゃ俺新幹線予約しておくは、席はペア升席のAでいいんじゃないの四人用を二人で座れるみたいだし、タマリがいいんならタマリでもいいけど・・・」
「じゃ圭太の希望で升のAで」とさくらはスマホから購入
「開場は11時だから10時くらいに着けるぐらいの予約しておくよ。それとこれ」と圭太は財布から14000円を渡した。
「私、交通費分のお金、今持ってないんだけど・・・」
「いいよ後で」
「御免、私から云っといて・・・・」
「まぁ大会近いけどちょっと一息入れた方が良いと思う。さくらちょっと精神的になんかつらく見えたから・・・」
「圭太には隠せないか・・・・」
「もう二年近く稽古相手してるんだぜさくらの調子はなんとなくわかるから・・・」
さくらは心底嬉しかった。一見いい加減に見える圭太だけど実は私の事をちゃんと見ていてくれたことを相撲の事だけだろうと思っていたけど・・・。
二人はタワー出て帰路に・・・。
「俺ここから歩いて帰るから」
「じゃー私も」
「私もって30分はかかるだろう?」
「トレーニングだよウォーキングだよウォーキング」と笑いながら
「ウォーキングねぇ」
二人は別に喋るわけでもなく長良橋通りのアーケードの下を歩いていく。相撲をやっている同士。それだけの関係だと思っていたけどいつのまにか惹かれあっていたことに気づかなかった。さくら自身恋心を想ったことは小学生の時にあったようななかったような。そのことを思うと今は圭太に恋心を抱いているいや恋焦がれているのかもしれない。こんな気持ちになったことはなかった恥ずかしいけど。
二人は神田町五丁目の交差点に。
「じゃここで」と圭太
「うん」とさくら
つい圭太を凝視してしまうさくら。明日また会えるのに・・・・。
「何?」
「ううん」
「明日またビシバシと稽古つけてやるから覚悟しろよ・・・あっ」
「何偉そうに云ってるのよそれはこっちのセリフでしょ明日泣きっ面書かしてやるから」
二人は笑顔を浮かべながら
「それじゃ転ばないように帰れよ。じゃ」と云うと圭太は自宅の方に歩いていく。さくらが渡る歩行者信号はさっき赤になったばかり。
さくらは圭太の後ろ姿を見えなくなるまで目で追っていた。
(好き。本当に好きなの・・・真剣に)
信号が青に変わる。交差点を渡り長良橋通りをまっすぐ自宅方向に歩いていく。国道の車は法定速度を優に超えているスピードで駆け抜ける。
女子大相撲トーナメントは本当に云ってみたかったのは確か。年二場所の女子大相撲は、札幌・東京・大阪・福岡を回っていく。今年は札幌と福岡で開催される。来年から年三場所になり興行数も増える。そして世界を回るツアーも再来年から始まり女子大相撲のさらに発展していく。今回の世界大会の意味合いには世界ツアー開催のセレモニー的要素もあるのだ。
女子大相撲トーナメントは本場所開催前の前哨戦の意味合いとその年開催されない都市でのファン向けもあるのだ。
ほんとうは圭太とデートしたい口実だったのかもしれない。それでもいきなり大阪に相撲見に行きたいと云うのも初デートにしちゃどうなのよと・・・。でもあっさり圭太がOK出してくるとは正直思わなかった。「ちょっと」と云われても私は納得しただろうし近場でもよかったのだ。
さくら自身も女子大相撲観戦は初めてなのだ。テレビやスマホなどのライブ放送ではいつも見ているが生観戦は初めてましてや初デート。相撲観戦がメインなのか圭太とのデートがメインなのかさくらの心はフワフワと・・・。確かに圭太の云うように大会がもう迫っているのに暢気に相撲観戦&デートなんか云っている場合ではないのは自覚してる。でも何か気持ちが乗らない。初開催のプロアマ混合団体に出場できることは本当ならワクワクして気合も入るのに・・・。
代表監督の椎名さんから正選手として「さくら」で行くと云われた時は嬉しかったと同時に映見さんが補欠でと云う事が何とも言えないプレッシャーに感じてしまっていたのだ。西経への単独の出稽古・高大校での取り直しを含めての映見との激闘。素人目には石川さくらにとって稲倉映見などもう眼中にないのでは?、と思われるかもしれない。さくら自身も映見を超えたと思わないが対等には相撲を取れるぐらいの気持ちは持っているのだがそのことさえもプレッシャーに感じてしまうほどに実は代表に選ばれたことに押しつぶされそうになっていたのだ。
さくらに対しての周りの接し方もガラッと変わった。そして最後は女子大相撲に行くの行かないのの話になる。さくら自身はまだ迷っている。女子大相撲は目標ではあるけどもその前に大学、いや西経に行きたい。その想いは女子大相撲に行きたいのと同じぐらいに。そしてもうひとつガラッと変わってしまったのは島尾監督。代表選手に選ばれてから指導に気合が入り過ぎると云うかさくら自身は少々オーバーワーク気味なの様な気がしても稽古は厳しさを増すばかり・・・。そのことも気持ちが乗らない原因になっていた。
「監督。少し稽古厳しくないですか?」と圭太が監督にちょろっと云って激高されたことがあったのだ。
「圭太。あなたそんな事云うの私に、今度の大会は単なるアマチュアの大会とは意味が違うのよ。実質はプロの試合なのよ。さくらだってプロ相手に戦わないといけないのよ。アマチュア気分で参加する大会じゃないのよ。私もさくらもそのあたりの考え方を厳しくしないと当たり前じゃないの?」と朋美。
「何舞い上がってるんだよ・・・」と圭太は小声で
「今何って云った?」と朋美
「独り言です」
「何って云ったって聞いてんだよ!」
あの時は、さくらが間に入ってなんとか沈静化させたが確かに圭太の想っていることはさくら自身も感じていたがとても監督には云えない。
国内・海外問わず大会に出場する時も厳しい稽古は当たり前としても体も精神もボロボロになるまではしなかったのに今回だけは正直キツイ。ピークからいったん調子を落ちているのに今度の世界大会に再度ピークに持っていくことができないうえにその後のジュニア世界大会には個人・団体の連覇がかかっているそれを考えだけで精神的に身体的にもさくらは疲弊しているのだ。いつもならこんなことにはならないのに・・・・監督への不信感と云うわけではないが。
そんな気分の中での圭太と行く大阪でおこなわれる女子大相撲トーナメントの観戦はさくらにとっては本当に唯一さくら自身を癒してくれるだろうと。たしかに一か月後に大会を控えて気持ちを大会モードにしなくちゃいけないのだろうけどとてもそんなモードにはなれない。今はただ・・・。
長良橋通りから脇道へ入り相撲場のある黒川神社の前を過ぎれば自宅にはもうすぐなのだが・・・。
(神社に寄って行こう)とさくらは鳥居をくぐり相撲場の前に立ち月明かり照らされている土俵を見ていた。
「私にとってこの相撲場は聖地なの。小学校時代ここで相撲場の楽しさも悔しさも色々教わった。今は自分で云うのもなんだけどあの映見さんとまともに相撲はできると思う・・・けど・・・。そのことが私を苦しめている。相撲の本当の厳しさはこんなものじゃない?だとしたら私は耐えられない。女子大相撲なんかとても・・・」
女子大相撲トーナメントに行きたいと思ったのは単に試合を見たかった。大の女子大相撲ファンでも今のさくらはそんな姿勢で見ることじゃないはずなのに・・・。
さくらは相撲場の前で四股を踏み始める。一心不乱に何度も何度も・・・そのうち知らぬ間に両目を潤ましていた。何に悲しくて何に悔しくてさくら自身でさえわからない。
(楽しくて楽しくてちょっとでも相撲ができないとうずうずして堪らなかったのに)




