支えて欲しい ①
明星高校の勝利で終わった高大校。その立役者である石川さくらなのだがどうも調子が上がらない。いつも相手をしてもらっている男子の串間圭太に大苦戦なのだ。
「う~ん・・・う~ん・・・」
「くぅ・・・あっ・・・ん~ん~・・・」
「・・・・・・くっ!!」
「・・・・・・うあっ・・・」
土俵際の攻防三番勝負の五番目。さくらは完全に力負けであっけなく押し出されてしまった。一勝四敗の完敗。試合後二日ほどさくらは監督から休養を命じられ疲労は抜けているはずなのにどうも体が重い。それと体重も落ちてしまっていた。
「さくら調子悪すぎねぇ?」と圭太。
「うーん。けして調子悪いわけじゃないんだけどなんか稽古も不完全燃焼と云うか稽古はできているんだけどなんか物足りないと云うか・・・」とさくら。
「俺もちょっと前より体重増えて筋肉量も増えてパワーは前より出ていると思う。そのせいかもしれないけど・・・ただ確かにさくらと当たると軽く感じる体重がと云うより下半身の安定感がちょとないようなそれに腰が高い」
「それはなんとなく自分でも自覚してるけど・・・・」
「さくらの相撲は差して上手を取る相撲なのに腰高だったら無理だろう?それに当たり負けと云うか上半身だけで受けたら起き上がるの当たり前じゃん」
「・・・・・」
「腰高も一つの要因だけど位置が動いちゃっているからだからちよっと押されたらバタバタしちゃう。腰高でもちゃんと腰の位置が固定できればそう簡単に当たり負けしないと思う」と圭太。
「なんか・・・イラつく」
「何が?」
土俵の外で向き合う二人・・・・
「そこの二人!何さぼってるのよ!さくら手抜いている時間ないでしょう!」と朋美。
さくらは圭太を真剣な眼差しで・・・・。
「なんだよ」
「圭太」
「何?」
「・・・・ありがとう・・・」とさくらは小さな声で
「えっ?」
さくらは土俵に上がると圭太も上がる。そしてもう五番することに結果的には後半五番も二勝三敗と圭太に負け越しで終わった。
土俵を下りスポーツドリンクを飲む二人。さくらの調子の悪さにはさすがに圭太も気がかりでならないのだがなんと声をかければいいのかわからない。さくらにしてみれば思い当たる節はある。高大校にピーク合わせたのち約二か月強の間隔を空け5月後半の世界ジュニアの個人・団体で再度ピークにもっていく云う事は監督とも話し合っていたのだがまさかの4月のプロアマ混合世界大会団体戦は考えていなかった。
ましてやジュニアの自分が選ばれるなど・・・。それよりも高大校での激しい試合をそれも二番したことが想像以上に堪えていたのだ。素人目にはあの女子アマ最強の稲倉映見を倒したスーパー高校生として注目の的になったしましてや世界大会への異例の抜擢は否が応でも注目の的になる。実はそんな目に見えないプレッシャーを感じていたのだ。
「圭太・・・怖い・・・」とさくらは弱々しく泣きそうな声で
「さくら・・・」と圭太
いつも明るく多少天然のさくらからこんな言葉が出るとは思わなかった。さくらの一つの目標選手である稲倉映見を倒しての高大校での高校初優勝で盛り上がっていたのにさくらは全く逆だったのだ。高校でも一躍ヒロイン扱いになりマスコミ取材も、当然話は女子大相撲に・・・。
「さくら、今日一緒に帰らないかぁ?」
「・・・・」
「さくらの家って金華山の下だよな?」
「そうだけど・・・」
「俺の家、梅林公園のそばだから」
「ふぅーん」
「なぁ」
さくらは少し考えたような素振りを見せながら
「いいよ圭太」
「じゃそ云う事で」
さくらも圭太も相撲の稽古相手と云うこと以外別段意識はしてなかった。正直圭太にしてみれば女子の稽古相手には貧乏くじ引かされたと云う印象でしかなかった。男子相撲部からしたら女子相撲を馬鹿にしていたのは確かだったし監督から女子の稽古相手になってくれる奴と云われた時はみんな困惑していた。そんなことを云っているうちに島尾監督から自分が指名され最初は断ったのだが押し切られこんなことに・・・。体格的にさくらといい勝負ができると思って指名したらしいが圭太からすれば正直迷惑だった。
最初はなんとなく稽古もぎこちなく本気で当たることができなかった。それはさくらも同じだったのかもしれない。ただやっていくうちに不思議なもので異性を意識しなくなりあくまでも相撲の稽古相手になっていた。最初は楽勝でさくらに勝てていたのに日を追うごとに苦戦させられそのことが男としてのプライドではないが稽古やウェートトレーニングに駆り立てた。圭太は県大会止まりなのにさくらは世界ジュニアまで行くレベル。最初は劣等感見たいなことも感じだがさくらが日を追うごとにレベルが上っていくことは圭太自身が一番体で体感している。そのことが自分のように嬉しくなっていたそして世界での活躍を見るにつけ一応はさくらの役にはたっているのかと。
二人は最寄り駅の大垣から岐阜へ向かう普通列車に乗車。車内は意外と混んでいて二人は乗降扉の両脇に。二人とも170㎝オーバーの100㎏弱だからまぁー目立つ。それでも別に指を指されることなどは偶にあるけども・・・。
「さくら、世界ジュニアも出るんだろう?」
「迷ってる。混合団体の後中三週間後だしそのうえロシアへの海外遠征だし」
「でも個人・団体の連覇もかかってるしさくらが出ないわけにはいかないだろう?」
「でも調子が戻らないまま混合団体でさえきついのに三週間後の世界ジュニアなんって・・・」と自信なさげなさくら。
「混合世界大会は稲倉さんも出るわけだし・・・・世界ジュニアの叩き台ぐらいに考えた方が良いんじゃないの?調子が出なければ稲倉さんに任せれば・・・」と云った後にマズったと思ったが
「圭太、簡単に云うよね。椎名監督はあえて私を正選手にって云って来たのに調子悪ければ稲倉さんに替わってもらえばいいって」
「御免。そんなつもりではなかったんだけどあまりにもさくらの調子が良くないんで」と圭太は俯き加減で・・・。
電車は長良川を渡る。あと二駅で岐阜。流れる車窓にさくらが鏡のように映し出されている。そこに映る顔は多分高校では見せないであろう落ち込んだ顔。人前ではけしてそんな顔はみせない。いつも笑顔でちょと天然が入っているけどさくらはみんなの人気者。そんな彼女が圭太の前で見せている悲痛な表情。
「圭太、私の稽古に付き合うの苦痛じゃない?」
「えっ・・・なんで今頃そんなこと聞く?」
「圭太、私との稽古がなければもっと自分の相撲に集中できたのに・・・」
「正直云えばそうかもしれないけどでも今は違う」
「・・・・・」
「俺、さくらが俺と稽古してどんどん相撲上手くなっていくの体感しているし自分自身もそれをモチベーションにもっと相撲うまくなって強くならなきゃって・・・・。だって世界大会に行っている選手の稽古相手してるんだもの」
「私、女だよ。女と男は違うし・・・。圭太、相撲の事詳しいし本当は強い男子と稽古を積めばもっと上手くなって全国大会どころか世界だって行けるのに私がそれを・・・」
「さくら、何誤魔化してるんだよ」
「誤魔化している?どう云う意味?」
「調子が悪いなら悪いでしょうがないだろ?そんなの誰だってあることだしいつもベストな状態でいられないんだから。だったらどうしていけばいいのか悪いんだったら悪いなりにとか考えるのが普通だろう。それをなんか違うことに転嫁するような言いぐさって」
「別に私は・・・」と言ったもののさくらに次の言葉がみつからなかった。
電車は岐阜に到着する。通常ならここからさくらはバス。圭太は歩いて帰るのだが・・・。
「さくらタワー行かない?」
「タワーって?」
「シティタワー43」
「あぁ」
「夜景は見たことないしさくら夜行ったことある?」
「ないけど」
「じゃ行こうよ。なっ」
「うっうん・・・」
「で、帰り下のカフェレストランで軽く食事して・・・」
「私、そんなお金持ってないし」
「大丈夫。臨時収入あるからそれもむっちゃ」
「臨時収入?」
「ちょっと笠松でねぇ」
「笠松って?」
「あぁぁはい。深く考えない」
電車から降りると圭太はさくらの左手を握る
「圭太!?」と一瞬さくらは驚いたが・・・
圭太はさくらが戸惑っているのを知ってか知らずかお構いなくさくらを導いていくように・・・。駅を出て一路シティタワー43へ。
二人は43階にある展望台へ直通エレベーターに一気に天空へ。高さ143mから眺める濃尾平野は闇に包まれたなかに見える街の明かり。
二人は手を繋ぎながらガラス越しから街の夜景を見る。何も喋らずお互いを見向きもせず。ただただ手を繋ぎ・・・手のひらからの感触からお互いの心臓の鼓動さえも感じるような。ただそれだけなのに・・・。
「圭太。さっき云ってたこと・・・」
「えっ」
「私、今まで調子とかあんまり崩したことなかったし・・・だからつい・・」
「いいよそれが普通だしましてやさくらは超高校級とか云われているしプレッシャーかかるのはしょうがないけど・・・」
「御免ねぇ圭太。いつも稽古してもらってるのに・・・」
「気にすんなよ。ただ弱音を吐くのは俺の前だけにしろよ他の奴の前で弱みを見せるのよ。俺がお前の捌け口になってやるから」
「圭太・・・」
「お前の悲壮感漂う顔とか他人に見せるな俺の前だけにしろ」
「お前って・・・なんか」
「俺、おまえのこと好きだし尊敬してるし・・・・」
「圭太・・・私も・・・好きだよ」
それを聞いて圭太は握っていた手を放しさくらの後ろに回ると優しくさくらを抱きしめた。フロアーには何人もの人がいたがそんなものは関係ない。圭太はさくらの右肩に顔を乗せるとやさしく頬にくちづけを・・・。
さくらは動じることなくまるでそうしてくるだろうとまるで予見していたようにクスっと・・・。




