引き際と潮時と ②
「御免なさいね。電話している時に」
「いえ」
(真奈美さんから何時からいたのだろう・・・・もしかして聞いていた?)
「相変わらず雪が降っているのねぇ。名古屋でこれだけの雪が降るのも久しぶり」と真奈美はベランダへの窓辺に立ちながら
「お聞きしたいことがあるのですが聞いていいいですか?」
「なぁーに改まったような云い方して」
「山下理事長とのことを・・・」
「紗理奈さんねぇ。初代絶対横綱・・・。女子大相撲界の母と云われて当然の人だと思うわ。アマチュア時代に一回だけ対戦してどこでどう間違ったが私が勝ってしまった。第一回全国新相撲大会無差別級で紗理奈さんは実業団だったかしら。私はそれを最後に相撲とは決別して結婚して共同で会社を興したのに私の一時の気まぐれでまた相撲に戻ってしまった・・・・」
「女子大相撲に行くチャンスはあったのでは?」と葉月
「紗理奈さんは普通に力士として考えたらピークは過ぎていただろうにそれでも入門してあそこまで登り詰めた。紗理奈さんからは何度も入門の誘いは受けた。ただもう結婚していたし会社を興していたし・・・もし結婚もしていなければ入門もあったのかもしれないけど紗理奈さんのようには・・・」
「女子大相撲に行かなかったことに未練とか?」
「そうねぇ。未練がなかったと云えば嘘かも知れないけど・・・あの当時はそんな決心すること自体想像もしていなかったから・・・それを思うと紗理奈さんいや「妙義山」は先見性があったのよそして引退後ここまでにしたんだから・・・それにあなたを入門させて立派に後継者を育てた。それに異論を挟む者はいないでしょ」
真奈美は普通の表情で淡々と。
「理事長との間に色々確執のようなことを大相撲関係者なことが云っていたので・・・ちょっと安心しました」
「確執はあるわよ。他の学校のように相撲ができれば多少成績が悪くても目をつぶるとか女子大相撲を行くことを前提に指導するとかうちはそんなことしないから。稲倉が大相撲に行くことに消極的なのは私のせいだと云う関係者が殆どだけど私はそれでもいいと思っているのよ。本人の意思が行きたければいけばいい行く気がなければ行かなければいい。それだけの話なのに・・・」
「稲倉がもし女子大相撲に行ったら私は活躍できると思いますよ。私は・・・」
「最近、夢に出てきたりするのよなんでだろうねえ?」
「溺愛ですねぇ」
「私は映見に自分のできなかったことを求めているのかしら?私はそんなつもりないのに・・・」
真奈美は片口から葉月のグラスに酒を注ぐと葉月から真奈美のグラスへ注いでいく。
「本当に今度の大会が終わったら相撲界から離れるの?」
「行くことができなかった大学に行こうかと15年以上力士としてやってきたんだから少しぐらい自分の事だけに時間を使いたいと」
「大学たって何を学ぶの?」
「できれば国際学部に・・・」
「国際学部か・・・うちの大学にもあるけど比較的新しい学部よねぇ」
「私も毎年何回かは海外で相撲の大会に出たこともありましたしもう少し外国の事を理解していればという想いもあったので・・・」
「新相撲がここまで世界的になったことは日本の功績なんだけど世界はその先のプロ化までが早かった。まぁー相撲ではなくアルファベットのSumoなんだけどそれ云い出すとだから日本はとか云われそうだけど」と真奈美は笑いながら
「真奈美さんは女子大相撲の方のから何かしらの依頼をされたら受けてくれますか?」
「依頼って?女子大相撲が私に依頼してくるような案件なんかないと思うけど?」
「受けてくれますか?」葉月は再度尋ねた。
「内容にもよるけど・・・」
「今大会のアマチュア二人のコーチをお願いしたい。と云うより日本チーム全体のアシスタントコーチをお願いしたい」と葉月は真剣な表情で
それに対して真奈美は若干呆れた表情と云うかそもそもの意味がわからない。今度の大会は大相撲主導でそこにアマチュアを入れてもらう形である。監督もコーチも大相撲側から用意すると云う形だとおもっていたのにそれも寄りによって自分を指名してきたのに驚きより呆れの方が強い。
「アマチュア二人のコーチならまぁわかるとしてもチーム全体って私に横綱の百合の花や桃の山のコーチをしろと・・・そんなの私が現役の横綱だったら随分舐められてるなぁと想いますが?」
「自信ありませんか?」と葉月は挑発するような口調で。
「葉月さんは私に何をさせたいの?今度の大会はプロ・アマ含めた女子相撲の国別世界一を決める大会。各国とも本気でやってくる。当然スタッフも選りすぐりの人達。そんなスタッフは女子大相撲にいくらでもいるでしょう?それなのになぜ一大学の監督を起用するの?」
「あくまでも石川と稲倉のサポート的役割をしていただきたいのがメインです。石川も真奈美さんなら精神的に安心するでしょう。横綱二人はプロです。ですが真奈美さんなら違う視点からアドバイスをできると想っています。協会の方から事前にコーチスタッフのメンバー人選は受けていますが保留にしています」
「これはあなたの単なる妄想ってことなのねぇ。そんなことを協会が許すとでも想っているの?」
「想っていませんが監督は私です。全権は私に任されてますから」
「私が理事長ならそんな横暴許さない。即解任ねぇ。組織人としては失格でしょう?女子大相撲協会として今度の大会は動いていてあなたはその中の一員として動くのが当然なのにいくら全権を任されているとしてもちょっと自覚がないと云うかあなたはそれを承知で私をコーチにするとか云うのは確信犯よねぇ。私はそんな依頼受けられない」と不快感を示す真奈美
「それじゃ協会がOKを出せば受けてくれるんですか?」
「そんなことあるわけないでしょ!」
「倉橋さんが受けてくれないのなら私は監督を辞任します。今度の大会で勝つためにどうしても倉橋さんが必要ですがそれを受けてくれないのなら私は辞任します」
「それは何脅迫しているつもりなの?随分子供じみたことするのねぇ。できもしないことを・・・それが絶対横綱と云われた葉月山がすることなの!」と真奈美は声を荒げた。
葉月はそれに動じることなくテーブルに置いてあるスマホを手に持ちどこかに電話し始めた。暫くたち・・・。
「夜分遅く申し訳ありません山下理事長」
「理事長?」真奈美は一瞬何をやっているのか理解できなかった。
「今、西経の倉橋監督と会っています。倉橋さんにコーチの依頼をお願いしているところです。今度の大会においてアマチュア二人のサポート的役割をお願いしたいと思いまして。石川と稲倉を一緒に見て貰えるのは倉橋さんが適任ですし合同稽古するのにも都合がいいと・・・」
(葉月さんは何のつもりなのわざわざ私の目の前で・・・)
「どうしても許可をいただけないのなら私は代表監督を辞任させてもらいます。冗談でもなんでもなく目の前に倉橋さんもいらっしゃるし自分で云ったことには責任があります。保留だとか云う時間稼ぎはやめてください。今度の大会で私は負けるつもりはありませんしそのために倉橋さんが必要なんです。どうしてもだめだと云うのならもう女子相撲界からは追放してもらっても構いません。今度の監督就任は妙義山さんに恩義がありますからお受けしました。しかしやるのだったら自分の考えているやり方でやらせてもらいたいことは云ったはずだしすべて任せると云ってくれたはずです」
倉橋を凝視するように見る葉月。
「わかりました」と云うと葉月は倉橋にスマホを差し出した。
(ちよっと何それって・・・)
「理事長が倉橋さんに代わってくれと」
倉橋は一瞬中途したがスマホを取り耳にあてた。
「もしもし倉橋です」
「山下です。東京での理事会ではあなたと別段話そうとも思わなかったし今更話すこともなかったし・・・。絶対横綱にはほとほとまいっているわ。それであなたは椎名の依頼を受けるの?私は正直いい気分はしないけど椎名に任せると云った以上倉橋を入れることに反対をしたところで彼女の気持ちも変わらないでしょう。異常がつくほどの頑固者なんだから・・・」
「紗理奈さん・・・」
「理事長の私に向かって紗理奈さんか・・・・。私は椎名の意志を尊重する。受けようが受けまいが協会としては異議はないからそれじゃ椎名に替わって」
「紗理奈さん・・・私・・・女子大相撲に行かなかったのは」
「真奈美。もういい終わったことだ。もし真奈美が受けるとなると色々関係者を納得させないとならない。女子大相撲で真奈美のことを好いている人は殆どいないからなぁ」
「すいません・・・」
「アマチュアの二人もそうだが椎名のサポート役も頼む真奈美が稲倉を溺愛しているように私も椎名を溺愛してるんで」と笑いながら
「わかりました」
「それと今度入門した江頭かなかなかい相撲する。桃の山を慌てさせていたよ稽古だけど・・・期待してもいいと思う」
「紗理奈さん・・・」
「葉月に替わってくれ」
真奈美はスマホを葉月に返すとキッチンに・・・・。
水栓ハンドルを最大にする。最大の水流がシンクに叩きつける。その音に紛れるように真奈美を嗚咽してしまった。20年近く意味もなくいがみ合っていた。かたや女子大相撲の絶対横綱としてかたや大学女子相撲の女王を率いる監督として・・・。そこの間には何か見えない壁が存在している。まだまだ崩壊するまでは時間がかかりそうだが・・・。それでもひびぐらいは入ったかもしれない。崩れるまではまだまだかかりそうだが・・・。




