憧れの力士とかわいい後輩
ー高校一年ながら稲倉映見は女子相撲界でも女子高校横綱と呼ばれるほどの実力の持ち主だった。そしてその圧倒的な強さにさくらは魅せられた。家に帰ると毎日のように稲倉映見の試合動画を見ていた。ネット検索で映見を調べていくうちにじつはそう遠くない大山の出身であることが分かった。さくらは学校や部活が休みになるとネットで調べた映見の家の前をウロウロ。それが何回続いただろうか・・・・。
ーえっ・・・映見さん!。玄関から出てきたのは映見本人だった。思わず逃げるさくら。でもあっけなく捕まってしまった。
「あなた毎日曜日に家の周辺で何をしているの・・・・」
「えっ・・・あっ・・・あの稲倉映見さんにお会いしたくて・・・・・」
「私?・・・・」
「はい!」
「ふぅ~ん」
「あぁああの・・・私・・・私・・・」
「あなたどっかでみたことがあるような?」
「えっ・・・・相撲をしてましてぇえあぁ」
―映見は上から見下ろしながら
「あっ、もしかして郡上大会に出てたよねぇ?」
「はいっ・・・はいぃいい・・・」
「名前は確か・・・石川さくらさん」
―名前を言われた瞬間、さくらの目からは涙が流れてきた。それは憧れの選手を前にし、自分の名前が呼ばれたことによる嬉しさなのか、それとも自分の存在が認知されていたという喜びによるものなのだろう。
ー泣き出したさくらを見て映美は少し困った表情を浮かべ ー ー
「ごめんなさいね。ちょっといじめ過ぎたわ」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
ー映見は少し考えた後
「家に上がって、なんか私がいじめてるみたいな感じになっちゃってるけど」
ーもちろんいじめているわけではないのだけど映見にとってはなんでわざわざと云う気持ちはある。
「いいんですか?」
「いいわよ。だって私に会いに来たんでしょ?どっから来たのか知らないけど」
「岐阜城の近くです」
「そうか・・・とにかくあがって」
「はい!」
ーそう云うと映見より先に玄関へ・・・・
ーあのー私の家なんですけど・・・・と思いながらさくらに親近感のようなものを感じていた。
―映見の部屋に入りまず目についたのは絶対横綱葉月山の特大写真。全紙サイズの特大サイズ葉月山の奉納土俵入りの写真が飾られている。そしてその下には映見自身のトロフィーや優勝盾。
「映見さん葉月山さん好きなんですね・・・・」
「さくらちゃんは?」
「私も好きです。凄いかっこいいし絶対横綱だけじゃなくて美人だし」
「わかる。男勝りのところがあるんだけど優しいところもあるのよね」
―さくらは部屋の中を見渡すと壁に貼っているポスター。そして棚の上には相撲雑誌が所狭しと並んでいる。
「葉月山さんの相撲はいつも正攻法の相撲。全身には硬く鍛えられた筋肉からの圧倒的なパワーを生かした豪快な投げ技が持ち味の「女横綱の完成形」とも称される女横綱。そして絶対に相手の懐に潜り込む技術と並み外れた体力。私の理想とする力士が葉月山」
―映見はちょっと興奮気味に・・・・。
「私も葉月山の四つに組んでからの豪快の投げ技を真似て私の必殺技ですから・・・・でもちよっと優勝から遠ざかっているのは気がかりです・・・・」
ー映見はその言葉に敏感に反応した。
「たしかにここ最近の横綱は優勝から遠ざかっているけど・・・・きっと復活する。負けるのが誰の目にもわかる相撲だってけして姑息な手は使わない。正攻法の勝負をする。色々云う人はいるけどそれは相手に対しての敬意だと思うのたとえ格下の相手であっても・・・」
「敬意?」
「横綱として正攻法で相撲をして負けたとしても姑息な手で勝ったとしても・・・・私はそんな横綱は軽蔑する。プロ力士だから勝たなければならないのわかるけど・・・・。」
「姑息な手って?」
「たとえば張り手。実際には掌の付け根部分ごと相手にぶつける掌底打ちに近い性質を併せ持っているのまだそれなら許せるけど酷い力士はグーに近いような手でその流れで張り差しとかね」
「やったこともやられたこともないし・・・・」とさくら
「アマチュアでは禁止なのよ知らなかったの?」
「あっそうなんだ・・・知らなかった」
―映見はちよっと呆れたような表情をしながらも話を続けた。
「葉月山さんを尊敬しているのはどんなに調子が悪くても正攻法で相手と勝負するという姿勢が好きであるし崇拝している最大の理由」
―崇拝ってなんだっけ?正直理解できないんですけど・・・・とさくらの心の叫び
「どうした?」
「ですよねぇ・・・・」と作り笑いの表情のさくら
「でもね、最近気になることがあるの」
「なんですか?」
「今年に入ってからかなぁ・・・明らかに葉月山の体調が悪いの。どこか悪いのかなって思うくらいに‥‥筋肉もだいぶ落ちてしまったような・・・」
「そういえばなんか葉月山はそっぷ型なのにというよりなんかあんこ型になってしまったような・・・なんか単に太ってしまったような稽古ができなくて見たいな・・・」とさくらなりの見解。―それを聞いていた映美の顔つきが変わった。
「そうかなるほどね!稽古不足か・・・そういえば最近の葉月山の相撲が長いことには気になっていた。だから後半戦失速してしまうこともスタミナ不足か・・・・でも頑張ってほしい。」
「葉月山さんなら大丈夫ですよ。だって絶対横綱なんですから!」
「そうだね。なんたって最強の女力士なんだから・・・・・って私達相撲の話ばっかり」
ー二人は顔を見合わせ大笑い。映見の心に溜まっていた灰のようなものは綺麗に洗い流されたような・・・・明日からまた西経の相撲部で厳しい稽古が始まる。西経大女子相撲部。女子学生相撲の女王は輝かしい優勝の歴史からなる。しかしその裏返しは勝利のみが求められるある種の軍隊のような・・・・。そのことに納得できない映見。映見の理想とする相撲とはまるで逆。純粋なさくらと話して余計にそう感じてしまう。
「あっまずいもう五時になる。もう帰らないと・・・・今日は本当にありがとうございました」
「御免、私もつい夢中になってしまって・・・・駅まで送るね」
ー二人は家を出て駅へ向かう。しばらく歩いていくと大きな公園の中を突き抜けていくとさくらの目に飛び込んできたものが
「土俵?」
ーそれは地元の方たちが、子どもたちの健全育成を目的として、公園に自分たちで土俵を作ったのよ。ちゃんと相撲クラブがあって私もこのクラブのOGで楽しかったなー。新春の餅つき大会・夏のバーベキューとか。
「へぇー凄いんですね。こんなところに相撲クラブが・・・」
ーさくらは興味津々で辺りをキョロキョロと見渡していた。
「ちゃんと四本柱があって屋根があって」
「今も週三回夕方から稽古してるのよ。本当だったら私もたまに稽古とかつけてあげることできればいいんだけど・・・・」
「稽古つけてあげればいいんじゃないんですか?・・・・」
「そうなんだけどね・・・・・」映見の気のない返事ような返事が妙に気になるさくら。聞いちゃいけない聞いちゃったのかな?
ー踏切を渡り駅の入り口に辺りはすでに日が落ちて駅の明かりが妙に明るいほど辺りは真っ暗。
「今日は本当にありがとうございました。凄い楽しかったです。こんなに相撲の話とかできるとか思ってなっかたし」とさくらはぺこりと頭を下げた。
「私こそありがとう。なんか可愛い後輩ができたみたいで・・・いつか対戦できたらその時は覚悟してよ」と笑いながら
「はい!。絶対対戦したいですライバルになれるように頑張って絶対対戦したいですし・・・・絶対勝ちますから・・」と急に小さな声で・・・
「はぁぁん。威勢だけはいいけど自信ないなー」と映見
「そんなことはないです。絶対に・・・・正攻法で四つから私の得意な上手投げで・・・」とうつむきながらぼそぼそと
「わかったわ。それじゃ楽しみに待ってる。意外と近い時期に対戦できると思うわ私もその日のために私も稽古を積むわ。楽しみに待っておれよ」とさくらのおでこに人差し指のひらで押す。
「今度は試合で会いましょうその時のためにお互い頑張りましょう」と云うと映見は右手を差し出した。それを見たさくらは少し驚いた。
「凄い皮が厚いけど剝けていたりしていない・・・・」さくらも手を出す。
「さくらの手はよくトレーニングしてるんだろうけどところどころ皮膚が破れちゃってるね痛いでしょう?」と手のひらをさするように合わせる。
「トレーニングのしすぎかな・・・・まだ中学生なんだから無茶してはダメよ。一生懸命するのはいいけどちゃんと休まないと」
「休みとかするとなんか・・・・なんか落ち着かなくて体が相撲したくて・・・」
「相撲好きなんだね・・・でも毎週こんなところまでウロウロしていたのはさぼりじゃないのかねぇ?」と笑みを浮かべながらちよっとからかってやったのは映見にとっては心を許せる可愛い後輩というよりも妹なのかも・・・。
ー踏切の警報機が鳴る犬山方面への電車がホームに入線する。
「それじゃ。また会って話をしたいです」と云って一礼して電車に乗り込む。
ー車内から手を振るさくら。映見も軽く手を振る。電車は駅を出ていく。映見は視界から消えるまで電車を見ていた。「また話せたらいいな」と呟く。
ーそして映見も帰路につく。映見の足取りはとても軽かった。西経女子相撲部の一年生でありながら相撲部において横綱という番付はうれしさよりその伝統と責任の重さ・そして勝利のみがすべて・・・・。西経に入りいい成績を上げプロになる者、さらに大学へ進み相撲を続けるもの。ほとんどの女子力士は将来はプロで云うのが殆ど。その中では稲葉は異端児的な存在である。個人開業医の両親の間に生まれた映見の将来の希望は医師になること。だけど相撲もしたい。西経は大学に医学部があり相撲との両立ができる。両親的には他の大学と云う希望もあったのだが映見の意志を尊重して西経に行くこと相撲をやることを許した。
ー映見の家族は医師である両親と兄の四人暮らし五つ上の兄は高校卒業後東京の医学部へ今は両親との三人暮らし。中学生の頃は本気でプロの女子力士への道も考えていたが小さい頃から見ていた医師としての昼夜を問わず地位域医療に尽力を尽くしている姿には中学生ながらにも尊敬以外の何物ではなかった。将来の自分は相撲よりも医師への道を取ったのだがそれでも相撲への未練は断ち切れず西経へという選択を選んだ。
ーしかしそのことは相撲部のなかにおいては少なからず部員との間に齟齬のようなものが生まれてしまう。ましてや一年生でプロ志望でもなく目指すのは医師。他の部員がスポーツ特待生で入る者が殆どになのに映見は通常の試験で合格その上クラスは特Aクラス。他の部員からしたら一目置かれると云うよりも部の空気を乱すような雰囲気で映見を見ていた。そのことに映見は最初は気にしていなかったし別にそのことで部員との仲間意識が希薄だなんって微塵も思ってなかった。でもそれは違っていた。頭がよくて相撲が強くて将来は医師を目指す。
「相撲が好きでもっとうまくなりたくて・・・・それがダメなの? 大相撲に行くことがすべてなの? なんで?・・・・・なんでよ!」
と映見の中で何かが弾けた。
ー映見はそれからしばらく部活に出るのをやめた。ただ勉強だけはきちんとこなして学年トップの成績を常に維持していた。そんな時だった。さくらと出会ったのは。
ーさくらとの出会いは偶然であった。ただ純粋に相撲が好きで相撲に打ち込む中学生に自分は励まさられた。そして彼女が云った「はい!。絶対対戦したいですライバルになれるように頑張って絶対対戦したいですし・・・・絶対勝ちますから・・」映見はあれだけ好きな相撲自体にもいや気がさしていたがさくらの一言は相撲への情熱を再度小さい種火だったが燃え上がらせてくれた。ー映見はあの時のことを思い出していた。
ーそして、映見がもうひとつ相撲への情熱へのきっかけを作らしたのは、小・中と入部していた相撲クラブだった。
「稽古つけてあげればいいんじゃないんですか?・・・・」とさくら云われた言葉。
ーそうだよね。なんで私そんなことに気付かなかったんだろう・・・・・。
ー中三の一学期でクラブをやめた後はほとんどクラブに顔を出さなかった。別に毛嫌いしていた訳でもないのに顔をだしていなかった。高校に入学してからとにかく相撲部の稽古だけで体力的にも精神的にもへとへとになっていた。とても他に相撲で考える余裕がなかった。相撲クラブの恩師に相談すると云うことさえも思いつかなかった。