アマチュア代表枠 ④
「さすがに今日中に東京に帰るのは無理か」
葉月は応接室の時計を見ながら・・・。時刻は午後8時半をすでに回っている。東京行きの最終新幹線は10時12分の最終のぞみ。どう考えても間に合わない。深夜バスと云う手もあるが・・・。
窓から外を見る。雪はそのまま降り続いていて正門の前の通りは車の流れもない。ファミレスの駐車場には島尾の車が依然として止まっている。
「彼女まだいるのねぇ」
倉橋さんとの話が終わったら送ってくれると云ったがさすがにもう無理だ。葉月は朋美に連絡を入れる。
「椎名です」
「もう終わられたんですか意外と早かったと云うか」
「あぁまだ会えなくて・・・」
「まだ会えてないんですか?」
「だから名古屋駅まで送ってくれなくていいんでもう家に帰ってください。私はどっかホテルでも取りますんで」
その時、部屋のドアがノックされと同時に倉橋が部屋に入ってきた。
「申し訳ありません。ちよっとゴタゴタしちゃって・・・あっ電話中ですか?」と倉橋
椎名はスマホのマイクの部分を指で塞ぎ。
「ここに来るのに明星の島尾さんに送っていただいて・・・」
「島尾?」
「名古屋駅まで送ってくれると云っていただいたのですが・・・・・」
「あぁ申し訳ない。私のせいねぇ・・・・。椎名さんもしご迷惑じゃなければ私のマンションに泊まりませんか?」
「いえ。私はどこかホテルとりますから」
「私のせい何だから・・・ダメですか?」
「私は構いませんが・・・」
「それじゃ決まり。まだ朋美と繋がってます?」
「えぇ」
「ちよっと貸してください」と云うと倉橋は椎名からスマホを受け取り
「もしもし」
「あぁ椎名さん。もう新幹線間に合わないからいいんじゃないんですか?監督も意地悪と云うか・・・」
「そうねぇ」
「歳を取るとなんか・・・」
「歳を取るとなに・・・」
「うん?」
「高大校では完敗だったわ。若き名将とも云ってあげたら満足するのかしら?」
「えっ・・・監督?」
「ちょっと勝つとずいぶん云いたいこと云えるのねぇ」
「あーいや・・・今晩わ・・・先日はなんとか優勝できまして・・・(∀`*ゞ)テヘッ」
「何がテヘッよ舐めやがって」
「監督・・・もう勘弁してください」
「それじゃあなたには反省してもらう意味で罰を」
「罰?」
「悪いんだけどうちの部員3人送ってもらえないかなー?。朋美確か美濃加茂よねぇ」
「はい・・・」
「守山と春日井と犬山。マネージャーと吉瀬と稲倉なんだけど」
「わかりました。私は構いませんよ」
「ありがとう助かるわ。しばらくしたらファミレスに行かせるから」
「わかりました」
倉橋は自分のスマホで海藤瑞希に
「あっ私だけどまだ更衣室か?」
「そうです」
「誰といる?」
「映見と瞳です」
「そうか。それじゃ着替えが終わったら来賓室に三人来るように」
倉橋はスマホを椎名に渡しソファーに座るように云うと自分も座る。テーブルの上に手つかずのモンブランがそのままに・・・・。
「そのモンブラン私のお気に入り何です。どうぞ召し上がってください」
”モンブラン”はフランス産の栗クリームを使ったケーキ。栗風味は控えめに栗クリームの下にはサクッとしたメレンゲが中の生クリームにアクセントを加えその中に入っている酸味の効いたカシスジャムは平板になりがちな味をキュッと引き締めてくれる。倉橋のお気に入りなのだ。
椎名はフレンチプレスに残っている紅茶をすべてカップに注ぎ。モンブランを口に・・・
「美味しいです」
「よかった」と倉橋の頬が緩む。
椎名も倉橋の表情を見てほっとした。東京で会った時の顔とはまるで違う。理事会での倉橋は笑み一つ浮かべず話すチャンスすら作ってもらえなかった。本当はあの日の夜二人で話をしたかった。
「東京では大変失礼な態度をしてしまいました」と倉橋は席を立ち深く頭を下げた。
「ちょ・・・ちょっと待ってください」と椎名も慌てて席を立つ。
「元横綱。それも絶対横綱と云われたあなたにあの態度はない」
「倉橋さん。もうこの前のことは気にしていませんし・・・私にとって倉橋監督は憧れなんです」
「私が憧れ?」
部屋の木製ドアをノックする音が響くとドアが開き「失礼します」と云って海藤・吉瀬・稲倉が入ってきた。三人は応接テーブルの前に・・・。
倉橋は席を立つと椎名も・・・。
「紹介します。左からマネージャーの海藤・主将の吉瀬・そしてうちの横綱格稲倉です」三人はそれぞれお辞儀をする。
「代表監督の椎名葉月です」と云うと軽く頭を下げると続けて
「時間が時間なので端的に・・・。アマチュア代表に稲倉さんを入れたい旨今日はここに来ました。先日の高大校じっくり見させてもらいました。いい試合だったとは思いますが取り直しのあの試合は正直酷過ぎる。あの試合をだけを見ればとても・・・。本来であれば青葉の神崎さんで決定していたのですが彼女が怪我で辞退されて急遽あなたに要請する形になってしまいした。私としては苦渋の決断です」
椎名は自分の本心とは違うことをあえて稲倉にぶつけた。
「あんな試合を見せられたうえであなたを代表の枠に入れざる得ない。そんなのでもあなたは入りたいですか?とてもそんなことを云われてまでも入りたくないと云うのなら私はそれでも結構です。時間もありませんので明後日までに倉橋監督に返事をしてください。さっき石川さくらには代表をお願いして決定したところです。正直云って神崎と石川で行きたかったところなんですが・・・・」
三人にとっては椎名の物言いは意外と云うより不愉快な態度としか思えなかった。上から目線そのものだと・・・。
海藤がいきなり口を開いた。
「代表監督に無礼を承知で云わしてもらいます。今の云い方はいくら監督と云え失礼じゃないですか学生相手だとかそんなのに関係なく」
「海藤!」と吉瀬が口を挟むが・・・
「海藤さんって云いましたっけマネージャーの・・・」と椎名は表情や声を変えるわけでもなく。
「すいません。椎名さんうちのマネージャーの口が過ぎました」
「( ゜Д゜)ハァ?何云ってんの口が過ぎてるのはこの人でしょうが!」と指を指す海藤
椎名は別にそれに対し文句を云うわけでもなく海藤の顔を凝視するかのように・・・。
「スポーツ心理学を専攻しているあなたからして高大校の取り直しのあの試合の稲倉の心理状態をどう分析するのかしら?」
「えっ・・・」
「マネージゃーとして部員達の心のケアができていたの?」
「・・・・・」
「明星の部員達は心が一つになっていたのに西経の部員達は何か浮足立っていたように感じた。マネージャーの仕事って個々の選手達の心を察知して対処していくことではないのかしら?。主将も石川さくらとあんな組み相撲なんかする必要があったのかしら?。あなただったら得意の速攻でどうにでもできたはずなのに稲倉が大将だからと云う何の根拠もない安心感で勝てもしない相撲をする。主将で勝負を決められたはずでしょ?それをわざわざ稲倉を試合に出すために負けを前提にあんな相撲をしたとしたら随分明星も舐められたものねぇ。それなのに横綱の稲倉で負けた」
「椎名さん」と口を開いたのは映見だった。
「なにかしら?」
「椎名さん。私は何を云われても構いませんが他の部員のことは全く関係ないはずです。仲間を愚弄することはいくら元横綱でも看過できません」と映見は椎名を睨みつける。
「あなたもそんな顔するのねぇ」
「二人に謝っていただけませんか」
「私は二人にこれからのためにアドバイスをしたつもりなんだけど・・・お二人も私に馬鹿にされたと思っているのならそれで結構です。でも事実として高大校で負けた。高校生相手に・・・どんなに強いチームや選手でもちよっとしたことであっさり負けるものよ。チーム内でなぜ負けたのか話し合ったのかしら・・・西経にとってあの試合の負けをちゃんと総括しないと終わるわよ女子相撲部は・・・」
瑞希と瞳は黙ったまま。
「そもそも論で云えば稲倉さんが普通に実力を出していれば負けるはずがない試合。違う?。率直に云えば明らかな稽古不足。私にはそうとしか見えなかったけど・・・・」
映見も黙ったまま。
「倉橋監督の前で部員を罵倒するような感じになってしまったけどもそれは大事なことだから・・」
倉橋は黙って椎名の喋りを聞いていた。まるで自分自身に云われているように・・・・。
「三人とももう上がりなさい。前のファミレスに明星の島尾監督がいるから送ってもらうように約束としてあるからそれと海藤。この封筒を島尾に渡すように」と洋封筒を海藤に渡した。
三人は椎名に一礼して部屋を出た。
「すいません。あんなキツイ言葉を部員達に浴びせてしまって・・・」と椎名葉月は頭を下げた。
「頭を上げてください。私もあなたの言葉を聞いて自ら反省しないとと・・・」
「私はそんなつもりで・・・」
「私もちょうど引き際なのかもと特に最近思うことがあって・・・」
「引き際ってどういう意味ですか?」
倉橋は椎名の問いには答えずトートバックを肩にかけると
「正門の方に車回しますので先に正門の前で待っていてください。ちょっと離れた場所に止めてあるので」と云うと先に葉月を部屋から出し部屋の明かりを消した。
「それじゃ正門の前で待っていてください。守衛所の中で待っていてくださいあそこなら暖房も聞いていますから」と云うと真奈美は正門の反対方向へ。葉月はその反対方向へ
スーツケースを転がしながら冷え切った廊下を歩いていく。こんな形で倉橋さんと話をしなければならないなど考えてもいなかった。西経のエース二人を罵倒する必要はなかったのに・・・。
(引き際って・・・・監督をやめる・・・・ってこと?)
葉月は校内を出ると守衛所の前に人影が・・・。
(稲倉?)
あれだけ降っていた雪は幾分小ぶりにはなってはいたが・・・。依然として降り続いている。
稲倉は黒のロングベンチコートに傘をささずフードを被り稲倉が出てくるのを待っていたのだ。
「なにかしら」と葉月はあえて無表情で
「代表の件の返答をする前に一言云わせてください」
映見の表情はさっきに自分を睨みつけてきた表情と全く同じ。
「私は・・・・」
向かいのファミレスの駐車場出口には送ってもらった島尾の車がスモールライトを点け止まっている。時刻はとっくに午後9時回っていた。
葉月は映見の言葉を待っているがそこから先に進まない。時間が凍り付いたように・・・。




