カメリア ②
倉橋真奈美が濱田光と結婚しその後に起業。その中で濱田は真奈美に求めたことは会社の広報としての顔。真奈美をいわゆるフィニッシングスクールに入れ国際儀礼を中心に徹底的に学ばせた。それは真奈美にとっては全くの異質な世界。女子相撲選手としてやってきていきなりでは無理もない。
日常的なエチケットから品格あるゲストとしての振る舞い方、おもてなしをするために必要な社交術やマナーそしてビジネスを通じてエグゼクティブや富裕層との人脈を築くための社交術・・・。そしてスクールを卒業した時真奈美に濱田からプレゼントされたのがシャネルのスーツとカメリアコレクションのブローチ。
海外への出張その他、夫である濱田光と同行することも多かったが単独で出ることも間々あった。そのなかで光が私をフィニッシングスクールに入れ国際儀礼を中心に徹底的に学ばせたのかが痛いほどわかった。海外へはもちろんビジネスで行くのだがそれが終わればプライベートの時間が持てた。特にヨーロッパ出張の楽しみは女子相撲を見ることとかつて数は少ないが国際大会に出た時に知り合った女子相撲の仲間との再会。ヨーロッパでは社会人でも続けて女子相撲をやっている者が多い。現役選手であるもの指導者として携わっている者・・・・。
大学を卒業し濱田と結婚し相撲とはきっぱりっと・・・・。そのなかで日本でもプロとしての女子相撲が現実味を帯びていたことに少なからず真奈美の心は揺れていた。そんな時に取引先である西経の女子相撲部の創設と監督の話。結局その話が別れた原因になってしまった。あれから20年今になってやっと気づいた濱田の想い。シャネルのスーツとカメリアコレクションのブローチに込めた濱田の想い。
シャネルがカメリアを好むようになったのは、彼女の才能を見出したアーサー・カペルから、白い椿をプレゼントされたのがきっかけだったと・・・彼はシャネルの一番の理解者であり、物心共に支えてくれる心強い盟友だった。
濱田が私をパートナーとして選んでくれたのはただ単純にお互い相撲をやっていたからとか云う話ではなく。私の才能を見込んでいたからそしてその才能を開花させるための一つに国際儀礼を中心に徹底的に学ばせた。そして次のステージへ行くためにシャネルのスーツとカメリアコレクションのブローチを・・・・。
「このシャネルのスーツもその時プレゼントしてくれたスーツなのプレタポルテだけどそれでも半端ない金額だと思う。あの当時は何も深く考えたことがなかった。ただ単にブランド物のスーツとジュエリーぐらいでしか・・・」と真奈美
「元夫に貰ったものをいまだに着るって・・・まだ想いがあるのなら」と京子
「この前会う機会があって会ってきた・・・」
「えっ・・・」
「濱田,地元に戻ってきていてねぇ相撲クラブやってた」
「相撲クラブ?」
真奈美は稲倉映見が濱田の出身クラブであり大学での稽古をせずクラブで稽古の真似事の様なことをしていたことなどを話した。
「稲倉映見絡みではなければ多分行くことはなかったと思う。行きたいとしても・・・・私は稲倉の様子を見に行くと云う建前で・・・」
「そう。濱田さんと会ったのか・・・それでどうでした?」と少しからかう様な口調で
「私も濱田も特に意識することはなかった不思議なくらいにいつもそばにいるように・・・一気に高校時代まで戻ったような」
「高校時代ってちょっと戻りすぎでしょいくらなんでも」と京子は笑いながら
真奈美は右手で鼻を覆い隠しなが
「ぶつかり稽古した・・・」と小さく鼻声で
「ぶつかり稽古!?」と思わず声を出してしまった。
廻しを締め高校生として先輩・後輩として青春を過ごしたあの日のことが鮮やかに蘇ったかのように・・・。そして抱いてくれた。
「離婚して女子相撲の監督して人生賭けたそこしかもう私の場所がなかったから・・・それでもやっぱりこの20年の人生は・・・」
「そんな言い方はあなたを慕ってついてきた部員やOG達に物凄く失礼だと思わないのあなたは」
「・・・・」
「あなたが文武両道と云うか女性として部員やOGにどのように自立して生きていくかをあなたは常々解自分に説いていたでもそれをうまく伝えられないと・・・」
京子は真奈美を見る。真奈美はカウンターに両肘をつき両手を顔を覆い隠し・・・泣いているのか泣いていないのか?
「あなただけじゃない濱田さんにとっての20年だってあなたと同じでしょ?会社としては成功したのにその事業を部下たちに譲って第一線から退いた事情は私にはわからないけど・・・・相撲クラブの代表をやっている何って・・・・。濱田さんも結局相撲に戻ってきてしまったそこしか真に戻れる場所がなかったから・・・。腹立たしいほど羨ましいわあなたが」と一気にウイスキー「富士」を飲み干すと真奈美の顔を隠している両手の手首をつかみ無理矢理広げていく。
真奈美の瞳は赤く充血し涙で潤んでいる。
「だらしないぞ倉橋真奈美。もう一度戻ればいいじゃない。ましてや濱田さん独り身って・・・全く似た者同士ねぇ」と云いながら少々もらい泣きをしてしまった。
「戻っていいものなの?私は濱田を裏切ったの・・・私を信頼して期待してくれて私に色々な事を身に付かせてあげようとしていた事すら気づかずに私のわがままで・・・たかが女子相撲で二人で歩むべき人生をぶち壊した・・・だから」
その時、京子の右手平手打ちが真奈美の左頬に飛んだ。
「倉橋真奈美。随分情けないこと云うほどまでに落ちたもんだなぁアッー!。何中学生の見たいなこと云ってるんだよこの糞女。お前会いに行って濱田さんに抱いてもらったんだろうがよそれ以上の何が不安なんだよふざけんなよこの野郎」
「京子・・・・」
「真奈美。そのスーツとブローチして濱田さんのところ行ってもう一度一緒になってくださいって云ってこい馬鹿女・・・・。ぶつかり稽古をしただ・・・おまら二人頭おかしいんじゃないかいい歳して」
と泣きながら・・・。
「ここで濱田さんを逃したらあなたもう一生一人だよ。下手すると今のあなたじゃ自ら命を絶つかもしれない・・・」
「京子・・・」
「少し回り道はしてしまったけど回り道をして改めてわかることなんかたくさんあるわ。20年は長すぎたかもしれないけど・・・あぁぁなんか腹が立つ」と京子
真奈美の前にバーテンダーがカクテルを置く
「これは?」
「ニコラシカです。お隣の男性からです」とバーテンダーが云うと真奈美は隣の男を
歳は70過ぎと云うところだろうか仕立ての良いスーツに身を包む初老の男性。席を立ちコートを羽織ってもらうと真奈美の後ろに立つ。
「盗み聞きみたいで何かいやなんですがどうしても聞こえてしまいまして・・・お嬢さんと云ったらセクハラになるかも知れんが私からするとあなたはお嬢さんだ。ニコラシカのカクテル言葉は「決心」「覚悟を決めて」だそうです。あなたが覚悟を決めれば相手の男性も覚悟を決めてくれるでしょうもしかしたらもう覚悟を決めているかもしれない。それじゃ」と店を出ていく。
「あのー・・・」と真奈美は声を掛けたが初老の男性はそのまま何も答えず店外へ・・・。
真奈美の前に置かれたリキュールグラスの中には琥珀色のブランデー。グラスの淵に厚めのレモンスライスが浮かんでいるようにその上にグラニュー糖が円錐の形で積まれている。見た目と飲み方のインパクトは普通のカクテルとは全く違う。何かで割ることもなく当然シェーカーも使わない。真奈美はレモンスライスでグラニュー糖を包むようにして折り口の中に・・・強烈な酸味と甘み。口の中で嚙み砕いていくようにすると口の中に甘酢ばっさが広がる。そしてその中に一気にブランデーを流し込む。口の中から体全体が燃え上がるような錯覚にとらわれるような・・・。おもわず笑ってしまう真奈美。
「さすがに強烈ねぇ」とさっきの泣き顔は何処へ・・・。チェイサーで口の中をリセットして・・・。
「さぁ帰りましょうか」と真奈美。
「そうねぇ良い頃合いだし」
東海道新幹線14番線ホーム。最終ひかり669号名古屋行きはすでに入線していた。
二人は10号車のグリーン車に乗り込む。中島京子は東横線の白楽にあるので真奈美が新横浜まで乗れと・・。
「新横浜までグリーン車って・・・・」
「私がグリーンであなたは自由席ってわけにはいかないでしょ」
「全くもう・・・真奈美は・・・」
定刻22時03分に出発したひかりは滑らかに走り出す。
「いつものあなたなら東京に一泊するのに日帰りだ何って云ってたから・・・なんかあったのかなって」
「今日はなんか来る前から日帰りするつもりだったからそんな気分にならなかったし・・・」
「話は違うけど濱田さんの相撲クラブって羽黒相撲クラブよね?」
「何あなた知ってるんじゃないの知らないフリして・・・」
「そう云うわけじゃなくてあそこの相撲クラブに中学生で阿部沙羅って云う選手がいてね」
「知ってるわよ」
「えっ知ってるの?」
「濱田のクラブに行ったときに・・・」
「どうなの?」
「そうねぇ技術的にはまだまだだと思うけど身体的には石川さくらといい勝負ができるんじゃないの」
「今度、相撲クラブの取材をお願いしようと思って調べた時に代表者が濱田光って聞いて「うっん」とは思ったけど深くは考えなかったのよ」
「取材記者としては失格ねぇ」
「何偉そうに云っているのよ。あなたなんか真っ先に調べるべきでしょ」
「他の学校とかクラブとか関心ないから」
「ハイハイさすがは西経のボス」
新幹線は多摩川を渡り武蔵小杉のホームの脇をすり抜ける。
「それじゃ今日はごちそうさま。なんか悪かったわねぇ色々」
「色々って何が色々って・・・」と真奈美。
「色々は色々でしょ・・・面倒くさいなぁこの女は顔に取扱注意って張り紙張っておけよ本当に」と京子。
「そうねぇ。京子は私をもう少し丁重に扱ってほしいわね」
「ハイハイ。新大阪まで行かないようにねぇ」
「大丈夫よこの電車は名古屋止まりだから」
「あっそうなんだ」
「それとこれ持って行って」と真奈美は荷物棚から紙の手提げ袋を京子に手渡した。
「何?」
「ステーションホテルのカリーとビーフシチュー。美味しいから旦那に奥さんだけフレンチ食べて旦那さん可哀そうだから」
「余計なお世話だわ全く・・・・ありがとう」と云うと通路側に座っていた京子は席を立ち
「近いうちに濱田さんの相撲クラブに取材に行きたいからその時は是非あなたも来ていただきたいわ」
「絶対行かない」
「楽しみにしているから・・・それじゃ」
「それじゃ」
京子はホームに降りると真奈美の座っている窓の前に・・・。真奈美は見て見ぬふりをしながらも右手を振りながら・・・・。ひかりは新横浜を定刻22時22分出発。終着名古屋は23時49分。
明日からまたいつもの相撲部監督としての仕事が始まる。




