カメリア ①
東京ステーションホテル バー&カフェ【カメリア】同じフロアーにある【oak】(オーク)の重厚さとは違ってカジュアルな雰囲気である。
昨日の約束通り倉橋真奈美は雑誌【女子相撲】の記者中島京子と食事を楽しんだ後このバーへ。
「本当は何か用事あったんじゃないの相撲関係者と?」
「京子もひつこいねー。東京に来たのは京子と食事するのが主目的で理事会はおまけ」
「おまけって・・・・」
カウンター席に座りながら真奈美は「ほうじ茶スイーツカクテル」を、ほうじ茶の奥深い香ばしさと優しい甘みが特徴。京子は「抹茶スイーツカクテル」を、抹茶の上品な香りとまろやかな甘みが特徴。
「本当は椎名さんとゆっくり話すべきだったんじゃないの?」
「私の希望は新幹線の車内で伝えてあるしわざわざ理事会で揉めるようなことでもないし私は稲倉を指名されても断ることには変わりはないわ」と云うとカクテルを一気に。
京子もカクテルを一口。
「昨日、椎名さんと食事をして話をしていくうちにふと思ったことがあって」
「何?」
「もし、あなたが大相撲に行っていたとしたら葉月山みたいな力士になっていたのでは?って」
「何云ってるんだが・・・葉月山は女子大相撲のレジェンド。私は大相撲には行く気はなかったし行ったとしても成績が残せたかどうか・・・それを葉月山を比較に出す何って・・・・」
「私は残せたと思っているわ。私の妄想かも知れないけど・・・・」
「くだらない」
真奈美はスコットランドのウィスキーブランド「デュワーズ」のキーモルトをストレートで口直し。
「椎名さんは稲倉を高く評価していたわ」
「だから?」
「貴女は稲倉に対しての拘りが強すぎるのよ。違う意味で溺愛してる」
「溺愛?」
「昨日の取り直し前、あなた稲倉に棄権するように云ったそうねぇ」
「・・・・」
「椎名さんが取り直しで入場してきた時の稲倉の表情を見てちょっと危ないと思ったそうよ。勝ち負けではなく反則まがいの危ないことをしやしないかと」
「・・・・」
「結果的には立ち合いで遅れて石川に一気に押し出された。本人は「ほっと」したって云っていたわ」
「あんな立ち合いをしているようじゃ代表以前の問題だよ」
真奈美はチェイサーでリセットする。
「あなたも葉月山も稲倉もみんなひと回りずつ歳は違うけどよく似ているなぁって」
京子はキリン シングルグレーンウイスキー「富士」をストレートで
「あなたの理想とする力士像は「葉月山」そして貴女が育てたアマチュア女子選手の最高傑作が稲倉映見。葉月山も稲倉映見も単に強いだけではなく女子相撲界にも持論があるそして大なり小なり衝突するその意味ではあなたも同じ」
「何が云いたい?」
「三人とも真っ向勝負しかできない正直者。だから衝突する。稲倉は今ちっょと小競り合いの状態ってところかしら誰かがうまくコントロールしてあげないとそのうち大事故を起こしかねない。だから貴女は稲倉を溺愛するがごとく自分の配下に入れて守ってあげたい」
真奈美は目を瞑りながら京子の話を聞いてる
「今云うべきではないのかも知れないけど椎名さん今度の大会が終わったら監督を辞任して女子大相撲からは離れたいらしいわ」
「・・・・」
「私は、相撲の世界で生きていくべきだと云ったけど・・・」
「女子大相撲で横綱まで行った者が相撲界から離れたい・・・・無理でしょそんなの・・・一番輝いている時を相撲に使ってしまった。私と同じねぇ」
「真奈美それは違う」
「・・・・」
「自分が一番か輝いている時に自分のために使えることが最高の人生であるはずなのに貴女も椎名さんも稲倉もなぜそれを否定するようなことを云うのかしら?」
「その時のことしか見ないからだよ」
「そんなの嘘!」
京子は強い口調で
「自分が一番輝いている時に自分のためだけだけに使える人なんかそうはいない。ましてやその中で輝ける人なんか僅かしかいない。あなたも椎名さんも私からしたら羨ましい。なのにそれを否定するようなことを云う。稲倉だってこれからもっと輝けるのに・・・・」
「稲倉はこのままだったら枯れる・・・。映見はプロに行かないんだからこのまま枯らしても別に構わないと思う。映見は医師になると云う明確な目標があるのだから。それでも相撲を医学部に入っても続けている事ましてや日本でトップにいる事。それは才能だけではなれない。彼女の努力がなければなれない。私はその才能と努力を咲かせてあげるサポートをしてあげたい最高の花を花びら一つ一つシミ一つない」
「彼女はあなたに出会えなければツボミさえつけることができなかった。あなたも映見に出会わなければ・・・もしかしたら監督をやめていたかもしれない。違う?」
「映見がまるで私の女神みたいな云い方ねぇ」
「西経の時代は終わり。倉橋の神通力も終わりと云われた時に突然現れた女神なのよ。稲倉は相撲はさることながら学業も優秀。そして仲間からも慕われて・・・。でも相撲が強くなればなるほど自分の描いている通りに生きてはいけなくなった。女子大相撲を目指している他の選手からしたら理解不能どころか腹立たしいでしょうねぇ。そんな彼女が初めて勝負に拘ったのが昨日の試合。取り直しのあの試合稲倉の稽古不足とてあんな立ち合いはしない。自分の取りたい相撲をすればすんなり勝てたかもしれない。同体にはなってしまったが同じようにすれば・・・」
「どんな手を使っても勝つと云ったんだからやれば良かったんだ。それがあのざまだ自滅したんだよ」
「そんなこと想ってないでしょあなた?」
「・・・・」
「西経の相撲部の現役・OG含めてけしてあなたの悪口って云わないし人づてでもそんな話って聞いたことない。頑固でプライド高くてけして相手を褒めたりしないし気難しいしおまけにバツイチで・・・でもみんなに慕われてる。西経相撲部出身者はビジネスの世界では高い評価を受けている。相撲を通して部員達に稽古を通して生きていくことの鍛錬をする。試合の勝ち負けは時の運だし勝つことに越したことはないが負けた時に次への挑戦のためにまた稽古ができるかが重要なのよ。諦めることが一番楽な方法だけどそれでは次の扉は開けない」
「釈迦に説法かい」
「私も相撲記者として第一回の新相撲全国大会から見てる。当然あなたの相撲も見てた。あの頃から女子大相撲の話はあったその後女子大相撲が発足。それに先立って私は悲運な元新相撲選手としてあなたの特集記事を書かせてもらった。すでに女子相撲の指導者として才能を発揮して女子相撲の女王「西経」を築いてた。今読み返すと結構辛辣なことを書いたもんだと・・・・あなたに原稿を送らさせてもらった一応確認の意味でねぇ。あなたは即座に送り返してきて訂正箇所の指摘と補足してほしい内容を記載して・・・」
「そんな記事忘れた」
「貴女がどんな記事を書いても構わないが女子相撲をしている人達と女子相撲を知らない人に誤解を与えるような書き方だけでは修正してくれると・・・それと女子相撲をやっている者に堂々と女子相撲をやっていると云えるような自信を与える記事を書いてほしいと・・・」
「よく喋るねぇ」
「あなたは試合とか相撲の技術的な話とかめったにしてくれない。相撲雑誌の記者泣かせ今もねぇ。女子大相撲の話は私はアマチュアだから大相撲の話は語る資格はないとか云われて・・・」
「色々取材の依頼はある。でもそれはみんな興味本位のつまみ食いみたいな依頼ばっかりでとても受ける気はしないのよ・・・。女子相撲に興味を持ってもらおうとすればそう云う取材も受けるべきなんだろうけど・・・あなたはこんな私にでもちゃんと話を聞いてくれて記事にしてくれる多少脚色は入っいるけどそれは私を納得させる記事にしてくれる。だから基本的にあなた以外の取材は受けたくないのよ」
「私はあなたに認められていると云う事でいいのかしら?」
「そうね。満点は上げられないけど及第点はなんとかつけてあげるわ」と真奈美はにこやかな表情で
「ありがとうございます」
真奈美にとってはここ最近色々な事がありすぎた監督としてもプライベートでも自分でもおかしくなるぐらいに・・・。そんな時に私を理解してくれているであろう中島京子とプライベートの時間を持てたと事に感謝以外の何ものでもない。
「ねぇ。ちょっと気になっていたんだけど」と京子
「何?」
「そのブローチ・・・」
「これ」
五枚のホワイトゴールドの花弁にムーンストーンを散りばめ中央に大粒のダイヤがけして豪華とかきらびやかと云うのではなくさりげなくあくまでもさりげなく。
「カブリエルシャネルのカメリアコレクションなの・・・カブリエルシャネルが追及していたのは、男性と協力しあうけど、甘えすぎない生き方・・・・オペラに椿姫って云うのがあって・・・」
「椿姫?」
「結核を患い死を意識している高級娼婦のヴィオレッタと、南フランスから来たブルジョアの青年アルフレードと恋に落ちる話」
「御免あんまりオペラとかは・・・」
「ヴィオレッタは高級娼婦をやめ、アルフレードと同棲することになった。そこに訪れたアルフレードの父ジェルモンに説得されヴィオレッタは別れることに・・・。ヴィオレッタが突然別れたことにアルフレードは、自分との愛よりもパトロンと金を選んだ、と誤解してしまう。社交場で彼女を侮辱する。数ヶ月後、ヴィオレッタは病気が悪化。アルフレードとジェルモンが駆けつけるが、ヴィオレッタは死んでしまう」
真奈美は一呼吸置き
「カブリエルシャネルシャネルは過去こう云ったそうよ「椿姫は私の人生だった」と」
「私の人生・・・」
「カブリエルシャネルは男性に手を貸してもらうけど、男性に甘えすぎない、頼らない。それが彼女の生き方だったらしいけど今の私にはとてもそんな生き方はできない・・・」
真奈美はそのブローチを見ながら・・・そのブローチは光の加減で虹色に変化するムーンストーンは今の真奈美の心のように・・・。
「このカメリアのブローチはもうつけることはないだろうと想っていたのに・・・このブローチ濱田からプレゼントしてもらった物なのよ・・・」
「えっ・・・」
シャネルカメリア誕生のきっかけは、カブリエルシャネルの理解者・盟友であり最愛のアーサー・カペルからの白い椿だった。
椿の花言葉には「色褪せぬ愛情」「誇り」「至上の美」などの言葉がある。それは女性としての社会的自立・そして女性としての美しさ。カメリアのコレクションについては「自立と反逆精神のシンボル」と云われている。
でも今の真奈美にはそこに男性がいや濱田がいなければもう生きていけない・・・




