相撲人として椎名葉月として・・・②
のぞみ220号は小田原駅を通過したところだった。
(あぁ富士山見逃した・・・・行きも寝ちゃったから帰りはと思ったのに・・・)
二月早朝の伊勢神宮参拝はさすがに寒かったが夜明け寸前の空は星と月と陽の光が交差し内宮に降りそそぐ。朝の内宮は本当に素晴らしかった。人がほとんどいない静寂のなかに身を置けば何か自分の迷いを洗い流してくれるように・・・。だがそのせいで爆睡してまったのだ。
(もうじき品川だし)と葉月は化粧ポーチをもってトイレへ・・・。
葉月はトイレで用を済ませ洗面台で化粧を直そうとしたが二つともカーテンが掛かっていたのでしばらく待つことに・・・そして左側のカーテンが開くと・・・。
「えっ」思わず声を上げてしまった。
その女性は倉橋真奈美だった。真奈美は葉月を見て動じることなく。
「椎名さんですよね?と云うより元横綱葉月山と云った方が・・・そのグリーンのジャケット映えてましたよ会場で」
「あの私・・・」
「それと大きく口開けて寝てらっしゃいましたよ・・・さすがは元絶対横綱だと」と真奈美は少し笑いながら
「えぇー」と葉月は顔真っ赤にしながら顔を手で覆う。
「冗談はともかくこんなところで会ってしまったのは想定外ですけど一言云わせてもらいます。今日の理事会の議題である代表監督の後任を椎名さんがなることに関しては異議を申し上げるつもりはありませんから・・・。ただ、アマチュアの代表選考においてうちの稲倉映見は除外していただきたい」
「・・・・・」葉月の表情が変わる。
「昨日の試合をご覧になっていたのですがお分かりだと思いますが映見は重症です。なのでそこのところはお願いしたいのですが?」
「たしかに昨日の試合においては私も監督のおしゃっていることに関しては同じです。取り直しの時の彼女の表情は尋常ではなかった。普通の人は気合が入っている見たいなことを云うでしょうがあれは違う。私は稲倉が何かやらかしやしないかと気が気ではなかった」
「さすがは葉月山さんですね。そこまでわかっているのならあえて私が説明するもなくですねぇ。それじゃ」
「倉橋監督。少しお話しできませんか?」
「新幹線降りたらすぐ会場の方に行ってください。私は遅れて行きますので・・・・それじゃ」と云うと真奈美は席の方へ。
(倉橋さん・・・・)
のぞみは品川に・・・時刻は12時49分定刻通りに到着。
------ホテル小会議室-------
急遽の理事会は4月に開催される世界大会で初のプロ・アマ混合の団体戦にあいての代表監督の承認手続きが議題である。本来アマチュアとプロの大会ではあるのだがそのうちの試合に急遽プロ・アマ混合の団体戦の話が出たのが昨年末。女子相撲の更なる発展をと云う事でプロリーグを持つ諸外国から話が出たのだ。個人戦主体の大会に出た急遽の団体戦。そこで出た監督の問題に女子大相撲側から代表監督を出したいと云う意向で別段アマチュア側から異論はなかったのだが形式上は女子相撲協会として手続きをと云うのが今回の理事会である。
団体戦は3人で戦いプロ2人・アマチュア1人と云う構成での勝ち抜き戦。本来ならプロ1人・アマチュア2人なのではと云う異論もあったが外国からもプロ2人でと云うことなのでそれで決まったのだ。当然そうなるとプロ側が主導権を握りたくなるのも当然の流れだしプロ・アマ混合は興行的にも面白い。アマチュア主体の大会は所詮はアマチュアでありプロとは違うと云うのがプロ側の気持ちであることを考えればこれから先はプロ主導での大会になることは容易に考えられる。その一歩目が元葉月山の代表監督就任なのだ。
会議はスムーズに流れ葉月山の代表監督の承認も何事もなくと思われたが・・・・。アマチュアの選考に関して倉橋が意見したのだ。それに対して葉月山はすでに決めてはいると・・・。
「公表できない理由があるんですか?二か月後なんですよ世界大会は当然それに向けての強化もあるのに公表できないなんって」
「該当者には追って部の監督に連絡をいたします」と葉月はばっさりと倉橋の発言を断ち切るように・・・・。
「みなさんどうなんでしょうかそれは納得できますか?少し独断すぎやしませんか?」
ここぞと山下理事長が口火を切った。
「それでは多数決をとりましょう。賛成の方挙手をお願いいたします。はい過半数を超えましたので決定いたしました。ご苦労様でした。これで終わります」
「待って!まだ話は終わってない!」
「もう終わったことです。倉橋さん」山下理事長はぴしゃりと閉める。そして解散となった。
倉橋はホテルのエレベーターで下降りようと待っていると椎名が会議室から走ってきた。
「ちよっと待ってください!」
「会議は終わったのだからもういいんじゃないの」
「今日は倉橋さんに色々相談したいと・・・・」
「私に何を相談!?」
「今度の大会のことで・・・・」
倉橋の視線の遠くに理事長をはじめ理事会に出席してい人達たがこっちを見ているのが・・・・。
「あなたは今の立ち位置を考えた方が良いわ。損得勘定ができなければ組織では生きていけないわよ」
「私は今度の大会のことを真剣に・・・」
「それじゃ、私はこれから人と会う約束があるので」とドアの開いたエレベータに乗り消えていった。
エレベーターの前で立ち止まっていた葉月に理事長である紗理奈が声を掛けた。
「ラウンジで皆さんと懇親会するから・・・今日の主役は貴女なんだから・・・」と肩に両手をかける。
「・・・・」
「若き名伯楽として名高い西経の倉橋監督も考え方を変えてもらわないととても一緒にはやれない。時代は文武両道だとか求めていない。今女子大相撲界に必要な人材はなんなのか優秀なアマチュア力士の方向女子大相撲と云う舞台・・・・違う」
「・・・・」
「貴女は絶対横綱と呼ばれた女子大相撲の歴史に残る人材なのよ。アマチュアの単なる監督とは意味が違う。もう少しその意識を持って頂戴」と云うと懇親会の会場の方へ同じく葉月も・・・。
会議室がある本館から別館一階にそのラウンジはある。大きなガラス越しに見えるベント芝は冬なのに枯れず青々と・・・。女子相撲のアマチュア・プロを各代表がティータイム及び軽い食事をを楽しむ。その中に青葉大の諏訪の姿も・・・。
「すいません。うちの神崎が辞退する形になって」と理事長と葉月に謝罪する。
「こればっかりはしょうがない。世界大会での優勝を考えたら文句なくアマチュア代表になっていたのに・・・でも大相撲入りを考えればそれも賢明な選択かと・・・その意味では稲倉の相撲には失望しましたが・・・」と理事長
「稲倉は怪我をしてましたしそこはしょうがなかったのだろうと・・・でも今度の大会には稲倉は必要かと・・・」と諏訪
「まぁそれはこちらの監督が決めることなんで・・・」
「・・・・」葉月は特に喋ることもなく
「まぁ稲倉はそれでも女子アマチュアでは最強であることは変わりないと」と諏訪
日が暮れ芝生はライトアップされまた違った雰囲気を芝生の片隅にある池は鏡のように周囲を映している。椎名は理事会の出席メンバーと談笑しながらと云うよりもそれは女子大相撲との橋渡し役と云った感じで・・・・あくまでもビジネスと云うか・・・。
葉月自身はあまりこのような場所は好きではない。ラウンジから外に出て池を中心に日本式庭園になっている。池に掛かる木製の橋の上から池を見る。明かりの点いたホテルの各部屋が水面にゆらゆらと・・・。
「椎名さん」と声を掛けてきたのは青葉大の諏訪監督だった。
「あぁ・・・・」と葉月
橋の上で二人は水面を見ながら
「よろしいんですかこんなところにいて」
「私はあまりあのような場は・・・・」
遠くで車や電車の音が聞こえる
「倉橋のこと気になりますか?」
「気にならないと云えば嘘になります。こちらに来る新幹線で偶然お会いしまして」
葉月は倉橋に稲倉を代表にしないように云われたことをなどを話した。
「そんな事云っていましたか・・・事前に神崎は無理だから稲倉を仕上げるようにと云ったんだけど・・・」
「私は、稲倉と石川を入れることで決めているんですが・・・」
「いいんじゃないんですかそれで・・・稲倉は補欠にして・・・真奈美は面白くないかもしれないけど」
「補欠に不満と?」
「そう云うわけではないけど正直彼女からすると今の状態で補欠であれ出したくないと・・・そう云えば葉月さん昨日の親善試合見に行かれていたんですよね?真奈美から聞きましたが」
「えっー・・・試合はそんなに悪いものではなかったと・・・ただ稲倉は稽古不足はしかたがないとしても気持ち的にちよっと・・・」
「倉橋にとっては稲倉は今まで接した選手の中では最高傑作だって常々言っていますしそれはみんな認めているところだと思います。ただその選手が女子大相撲には行かないと云う事は女子大相撲側からすると面白くない。ただそれだけならまだしも女子相撲界全体にケチをつけるような言い回しは・・・稲倉本人には別にそんな意識はなくある種の改善要望なんですけどそれを云わせているのは倉橋だろうと・・・そんなことは全然ないんですけどねぇ」
「私は二人の起用は代えるつもりはないので・・・近々二人の学校に挨拶に行くつもりでいます」
「そうですかそのほうが良いと思います。倉橋は頑固者ですが話せばちゃんと理解してくれると思います。葉月さんいや葉月山と云った方が良いでしょうが倉橋は貴女のファンですから・・・だからと云ってハイそうですかとは云わないかもしれないが貴女が会うべき女性だと思います。それは元葉月山としてではなく一人の素の椎名葉月として・・・」
「素の私として?」
「女子相撲に女性として人生と云うか自分の時間を使ってきたことに後悔はしていないかもしれないがある種の寂しさも感じているようです。私如きが云うのもおこがましいですが葉月さんが裏方として女子相撲に係わるのなら倉橋と話すのも悪くはないと思いますよ」
「会ってくれるでしょうか?」
「それは貴女の気持ち次第です。少なくとも無下に断るようなことはしないでしょう彼女は」
「わかりました。有難うございます」
「倉橋を鉄の女見たいに云う人は多いけど本当は涙もろいガラスのように壊れやすい・・・要は扱いが難しいと云う事です」と諏訪は笑みを浮かべて




