中京圏高大校親善試合 当日 石川さくらVS稲倉映見 ③
----明星高校控え場所-----
部員達は沸きに酔いていた。同体で取り直しになってはしまったがまだチャンスはある。高大校初の高校の優勝と云うのが現実味を帯びてきた。もちろん石川さくらと云う超高校級の選手がいるからと云えばそれまでだが他の部員もきっちり仕事をしてさくらを援護していた。さくらが15人抜きで何って云っている者もいるだろうがそんなので勝てるほど甘くない。稲倉までにたどり着くのに10人。上出来だと云って良い。
「さくらあと一番。みんなのパワーを映見に集中するよ」と主将が手の平を映見に向けると他の部員達も・・・。さくらは目を瞑りながら心のなかは・・・。
(なんか物凄い恥ずかしいんですけど・・・本気なんだが冗談なんだがわからないんですけど)
「はい。私達のパワーを送ましたから・・・はーい!」と主将
「なんか凄いパワーを感じました・・・ここまできたら絶対勝ちます」
「はい、さくらの優勝宣言出ました」と主将が云うと他の部員達は笑い出した。
「えっ・・・そこ笑われるところ?」と云いながら瞳は笑顔で・・・
島尾監督は馬鹿馬鹿しいと思いつつ本当は部員の和の中に入りたいのだがさすがに監督として教員として馬鹿騒ぎはできない。
「さくら」
「はい」
「稲倉映見さんとやってみてどう?取り直しは勝負できそう?」
「やっぱり映見さんは凄いです。まだ本調子でないことは肌で感じます。あんな簡単に万全の体制に持っていかれる何ってかろうじて上手を取れたけど普通の映見さんだったら簡単に切られていたと・・・」
「相手が本調子であろうとなかろうか勝負にはそんなこと関係ない。貴女はまだ稲倉さんの張り合えるレベルにはまだまだたと思う。でも気持ちでは貴女の方が勝ってる。水入り寸前まで行って取り直しは気持ちが強い方が勝つ。変なことは考えないで今持っているすべてを出して稲倉さんに立ち向かいなさい・・・・結果は自ずとついてくるわ」と冷静を装って喋る朋美。本当は大はしゃぎしたいのに・・・。
-----西経控え場所-------
映見は酸素ボンベを口に当てながら息を整えていた。主将の瞳に背中をさすってもらいながら試合直後の過呼吸のような息遣いは収まっていたがもう一番やるにはまだ苦しそうではあるが・・・。映見はボンベを外しスポーツドリンクをゆっくり少しずつ喉に通していく。体中に染み渡るように・・・。
「みんな御免。一発で決められなくて・・・・」
「映見さんまだ終わってないんだから」と負傷交代になってしまった副主将の大野が声を掛ける。
「映見。行けるよねぇ?もし無理そうだったら・・・」と瞳
「どう云う意味ですか?」
「映見のそんな姿見たことないから・・・」
「主将、勝てないと思っているんですね?」
「そんなこと・・・」
「どんな手使っても勝ちますよ。勝って・・・・」
倉橋監督に何とか懇願して映見を補欠要員に入れてもらった。倉橋は最後まで抵抗していたが部員全員の熱意に負けた形で監督に承諾してもらった。瞳は離れたところにいる倉橋を見る。腕組みをして映見を見ているような・・・。けして映見に何か声をかけようとはしない。
(なぜ一言でもいいから声を掛けてあげないんですか?映見は想っている以上に仕事をしているじゃないですが今の映見の状態になんでそこまで厳しくあたる必要があるんですか!)
主将として部を率いていくにあたり監督はけして指図はしないアドバイスもこっちから云わなければ云わない。私に任すと云われればそれまでだが・・・今は監督として何か云ってあげて欲しいのだ。稲倉と倉橋の間には二人にしかわからない溝があるのだろうけど今はそんなことを云っている状況では・・・。
倉橋は瞳の視線が目に入ったわけではないだろうが部員達が集まっている場所に来ると映見に向かって・・・。
「映見。棄権しろ」と一言。
「・・・・」映見は驚きの表情と云うよりまるでそう云われるようなことを想定していたのか倉橋を睨みつけた。
「監督。何故棄権なんですか?確かに疲弊しているでしょうが怪我をしているわけでは」と瞳
「さっきの相撲が精一杯なんだよ。そんなの自分自身が一番よくわかってるはずだ。どんな手使っても勝ちますだぁ。なんだよどんな手って云ってみろよ。変化か張り手かそれともかち上げまがいのぶちかましか?どうせそんな事だろう。自分の得意なスタイルができる余裕がないから多少反則まがいも仕方がないってところだろう。西経としてそんな相撲してもらっちゃ困るんだよ。云いたいことがあるのなら云ってみろ」とあくまでも冷静に喋る真奈美。
「・・・・・勝てばいいんじゃないんですか勝てば!」と語気を強める。映見。
「わかった。そこまで云うのなら出ればいい。そんなにお前の考えているほど相撲は甘くないし自分自身を甘くみてるんだよ。どんな手を使っても勝てるもんなら見せてもらおうか」と真奈美。
「監督」と瞳は泣き出しそうな・・・。
「この会場に元横綱の葉月山が来ている。映見。元横綱の前で見せられないような勝ち方して見ろよ。これだけの観客の前でして見ろよ。さっきの試合でどれだけの観客が興奮したかあんな試合もう見せられないだろう。ここにいる選手はみんなプロじゃないだから勝ち負けは二の次で良いんだ。勝てるんだったら勝てる方がいいがそれは結果論であってまずは自分の相撲が取れるかだ。それで負けたらもっと稽古して自分の相撲を磨いていけばいい。映見みたいにどんな手を使ってでも勝つのはプロ行ってやってくれ」と云うと倉橋はその場を離れた。
映見は奥歯を嚙締める表情で倉橋の後ろ姿を睨みつけるように・・・・。
「映見・・・・」と瞳
「土俵に上がるわ。あそこまで云われて・・・・」
-------------相撲場観客席----------------
石川さくらと稲倉映見が場内に入り土俵に上がる。会場は拍手と大歓声に包まれる。
「もう一回四つで行きますかねぇ二人とも・・・」と一花
「なんか嫌な予感がする・・・」と葉月
「嫌な予感?」
「稲倉のあの表情」
「気合が入っているんじゃないですか?まぁあんな表情は見た記憶がないけど・・・」
「気合が入っているんじゃない。怒りと苛立ちって感じよこのインターバルの時間に何かあったんじゃないの?」
「葉月さんそんなに気になります?」
「是が非でも勝ちに行くって気がする。ちよっと危ないと云うか反則まがいのことをしなきゃいいけど・・・」
「それは絶対ないと思いますよ。だってそれは彼女自身が一番嫌いなことですし」
「だといいけど・・・」
二人は土俵に上がり仕切り線手前で四股を踏んでいく。同体からの取り直し。会場は両者の四股の踏み下ろしに掛け声がかかる。ほとんど女子大相撲の横綱の土俵入りのように・・・。
会場内の雰囲気も何か変わったような・・・・。さっきの取り組みまでは圧倒的に石川さくらの声援が多かったのに今は稲倉映見にも声援が飛ぶ。あの取り組みを見て稲倉映見の相撲にも感動ではないのかもしれないが興奮したことには間違いない。
主審が両者を仕切り線の前に・・・・。見合って見合って……、はっけよい!
「まてまて・・・・」と主審
稲倉映見が呼吸が合わず先に立ってしまったのだ。場内にどよめきが起こる。そのうえ手つき不十分を指摘されたのだ。
「稲倉が立ち合いで合わない何って私記憶にないけど・・・」と一花
「確かに相撲での立ち合いで8割は勝負を決するとは云うけど・・・・」と葉月
土俵上ではもう一度仕切り直し。
(映見さんが立ち合いで合わせることができないなんって見たことがないし自分から何って)とさくら
(だめだめ・・・。気ばっかし先ばしちゃって・・・だめ頭のなかがまとめられない・・・・)と映見の頭のなかは混乱と云うより雑音が・・・・。
「さっきの相撲が精一杯なんだよ。そんなの自分自身が一番よくわかってるはずだ。どんな手使っても勝ちますだぁ。なんだよどんな手って云ってみろよ」
「稲倉映見のファンはお前の受け相撲を見たいのにお前がそんなことしたら・・・・」
「私はプロじゃないわ」
「そう云う問題じゃない。おまえが相撲ファンからバッシングされても耐えられのかと云ってるんだよ!」
「耐えられるわ・・・」
「もういいよ!私は勝たなきゃいけないのよ!自分のためにそれと」
「おまえ少しおかしいぞどうしたんだよ!」
「もういいよ!!」
「この会場に元横綱の葉月山が来ている。映見。元横綱の前で見せられないように勝ち方して見ろよ。これだけの観客の前でして見ろよ。さっきの試合でどれだけの観客が興奮したかあんな試合もう見せられないだろう」
「映見には華がある。監督でありながら私は映見の純粋なファンなんだよ・・・」
主審が両者を仕切り線の前に・・・・。見合って見合って……、はっけよい!
(えっ・・・)映見は立ち合いから立ち遅れたのだ。時すでに遅し・・・。一気にさくらに自分の胸に両手を当てられ一気に土俵の外に押し出されてしまった。あっけない結末。映見は結局何もできず。土俵下で大喜びの明星の部員と監督。そして声も一つ出せない西経の部員達。倉橋監督は天井を見上げ目を瞑ると少し笑みを浮かべたような・・・・。
(映見。今日はそれでいいお前は十分仕事はできたと思う。五月から学生相撲もシーズインだそれまでにまだ時間がある)
倉橋の恐れていたのは自暴自棄になって無茶苦茶をするんじゃないかと・・・・でもそれはなかったと云うかできなかったのだろう。これで映見はまたしばらくは相撲ができないかもしれない。
(少し遠回りをしてもいいからゆっくりやろう。相撲が好きそれだけでいいよ映見)
(私は貴女の指導者としては失格かも知れないけど・・・・)




