中京圏高大校親善試合 当日 石川さくらVS稲倉映見 ②
神宮相撲場での観客の熱気は最高潮に達していた。相撲場の中に入れない人は外から中の様子を見ている。こんなローカルの大会が注目されるほど女子相撲は世間一般に認識されてきた。そして女子大相撲の存在。
女相撲の歴史は、江戸時代に始まり、江戸時代中期には女性力士と男の盲人を戦わせたことが始まりとなり人気を集めたが、女性が裸になることを禁止したり、相撲界が女人禁制となった動きを機に縮小される。相撲が女人禁制になった理由には、宗教上の理由が大きいとされ日本には、山や神社など神々が宿るとされる場所は女人禁制とするといった風潮がありました。相撲はスポーツであると云いなが神事と云う側面があるため、女人禁制が根付いたものとされている。それでも歴史を遡れば明治以降から昭和の30年代ぐらいまでは女相撲の一座が存在し初期の頃は甚句踊りや力曲持などの余興が多かったようだがそれでも記録では明治23年には東京は西両国にある回向院において興行がおこなわれ女性力士は肉襦袢、股引きのマワシ姿で取り組みをしていたと云う。
そんな女子相撲も日本以外では相撲はスポーツとして発展し柔道と同じ道を辿っていくのかもしれない。
「椎名さんいよいよですね」
「石川さくらと云う選手は想っていた以上だしちょっと幼く見えるのだけど何か威圧感ではないのだけど」
「吉瀬と云う選手は速攻が得意なのになんであえて石川の得意の四つなんか・・・」
「敢えてそうしたのかそうさせられたのかなんか石川のペースに嵌められているのかな西経らしくないけどそれと相撲場の雰囲気。西経は完全にアウェイって感じだし・・・」
「石川を本当に代表に?」
「できればねぇ。問題は稲倉の状態。彼女も石川と同じく四つのスタイル。彼女の戦歴を辿ればたとえ調子が落ちていたとしても正選手に選ぶべきだと思うけど・・・私はその状態を見れればと思って来たのだから」
「アマは石川・稲倉って云う事ですか?」
「どっちを正選手にするかの問題なの私としては」
「でも石川はまだジュニアですし・・・」
「石川は女子大相撲に行きたいらしいしシニアの世界の強豪に日本の横綱達と戦うのはブラスになってもマイナスになる要素なんか一つもない。その意味で石川を正選手として経験させる。そう云う事」
「それじゃ稲倉は補欠?」
「稲倉は石川のサポートをしてもらう」
「サポート?」
「けして悪い意味ではないのよ。稲倉の相撲はアマチュアでは最強だと思う。でも今はかなり深い沼に嵌っているのよそこでもがいている。そこから脱出できるかそのまま沈むか?その一つの方向がこれからの試合でわかるんじゃないかしら・・・そこで脱出できたとして世界大会で補欠と云う立場で自分を見つめ直すことができればそのあとの相撲に対しての向き合い方が変わると思うわ」
「でも稲倉は女子大相撲には」
「来るか来ないかは先の話」
石川さくら・稲倉映見両選手が土俵に上がる。観客からの声援の大半はスーパー高校生のさくらに軍配をあげているかのような。
若い女性の声で試合が始まる。
「明星高校。石川さくらさん」
「西経大学。稲倉映見さん」
両陣営から激が飛ぶ。
「さくら、高校初の優勝だよ」
「映見、初参戦初優勝だよ」
会場からは・・・・。
「稲倉映見なんか倒しちゃえ」
「アマチュア最強は石川さくらちゃんだぞ」
「女子大相撲将来の横綱!葉月山の後継者」
席に座っている椎名葉月からすると非常に気恥ずかしいと云うか・・・観客の一部からは葉月に視線が集中する。
(勘弁してよ全く・・・。もう)と葉月。それを横からちらっと覗く一花。
「何か云いたそうねぇ」
「流石だなぁと」
「何が流石よ全く。はい試合試合」
二人は土俵上で大きく四股を踏む。両者ぶれることなく本当に美しい。そして仕切り線の前に・・・ 会場中からの期待を一身に背負った2人の取組が始まった。
見合って見合って……、はっけよい!
さくらは映見の前みつ狙い。映見は左上手狙い。映見の狙いはすんなり嵌った。両者右は入っている。さくらも前みつを取ることに成功。両者の体制は十分。がっぷり組み合う二人。相撲の経験から云えば稲倉映見の方が上であり体格的にも若干ではあるが有利である。懐の深さも映見の方が上でありここからどうにでもできるのだがいまいち映見の動きがよくない。がっぷり組み合ったまま時間だけが経過する。
相撲場は静まり返っている。女子大相撲にも引けを取らない緊張感。二人の息遣いが聞こえるほどに・・・。
「う~ん・・・う~ん・・・」
「くぅ・・・あっ・・・ん~ん~・・・」
「・・・・・・くっ!!」
「・・・・・・うあっ・・・」
(私が出稽古に行った時よりも体調は上がっているようですけどもう息切れですか)とさくらは映見の表情と荒い息遣いで映見の体調を推し量る
(くっ・・体が重いしもう息が上がってしまう何って・・・。この体制なら私の方が絶対有利なのに次の動きが踏み出せない。くっ・・)と映見は自分自身に苛立っていた。
本来の映見なら実力的に云えばまだまださくらが映見には及ばないはず。懐の深さで云えば圧倒的に映見。上手も取りやすいし差し手も深くいける。ようはどうにでもやれるのだ。たいしてさくらは少しでも有利なように上手を浅く取って頭をつけ、映見の上手を封じたかったと云うよりそれしかできなかった。本来ならこの時点で勝負ありなのだが・・・・。たださくらはここから浅いが左上手をとることに成功。そのことが膠着状態を生んでいるのだ。
「多分普段の稲倉ならさくらの上手を切るぐらい簡単でしょあれだけ懐が深いのだから」と葉月
「そこから引きつけてしまえば・・・」と一花
「でもそれができない・・・稽古不足でスタミナ切れってところねぇ」
「だから倉橋さんは最初から出す気はなかった?」
「この相撲、稲倉は負けるわねぇ」と葉月
膠着状態から動いたのはさくらだった。巻き返しを狙って見事に的中。しかしさすがは映見の相撲勘だけは鈍ってはいなかった。外四つで引きつけの弱いまま押し出させる格好になったがなんとか俵で踏ん張る。さくらも一押しで出せるのだがさすがにきついのか足元がおぼつかない。そして両者土俵外に倒れ込む形に・・・。
主審はさくらに勝ちをあげたが・・・。土俵下の審判団から物言いがついたのだ。あと何秒かで水入り取り直しだったところをさくらの渾身の巻き返しで勝負は決まったと思われたが・・・・。
「同体ってことかしらねぇ?」と葉月
「取り直し?」と一花
土俵下では映見もさくらも膝をつけたまま息を切らしている。特に稲倉は過呼吸ではないくらいに切らしている。さくらは何とか自分で立ち上がったが稲倉は部員の肩につかまりやっとと云う感じで・・・。
「ただいまの試合。主審は石川さくらに上げましたが協議の結果同体と判断して取り直しといたします。なお両者消耗しているようなので再試合は15分後といたします」
場内は一気に湧き上がる。やってる本人からしたらとんでもないが見ている方からしたらもう一度見れるのだから
「あそこまでいって勝てなかったのはさくらにとっては運がなかったわねぇ」と葉月
「稲倉の方にツキが会ったと?」
「どうかしら?次も両者四つの体制はないと思う。どっちかが違うことをするでしょうねぇ。あれだけ二人とも疲弊していたら真面な相撲は無理でしょ」と云いながらどことなく笑みがこぼれる葉月。
「何か嬉しそうですね?」
「やっぱり観る方はこんな相撲を望んでいる。今私自身が体験しているんだもの」
「そうですねぇ・・・・。葉月さん時間ありますけどどうされます?」
「私はここにいるわ」
「あのー」と葉月に見知らぬ男性が声をかけてきた。
「あっすいません。今日はあくまでもプライベートなので」と一花
「写真もダメですか」と男性が聞いてきた隣にいかにも体格がいい女の子が・・・。
「新崎さん。写真ぐらいはどうなの?」
「しかし・・・」
葉月はその男性の隣にいる女の子に声を掛けた。
「いい体格してるけど何かやっているの」と葉月は声を掛けた。そんな女の子は緊張しているのか次の言葉がなかなか出てこなかったがポツリと・・・。
「相撲・・・」と小さな声で
「そう。相撲は楽しい?」と聞くと女の子は「うん」と頷いた。すると葉月は席を立ちその女の子を抱き寄せると父であろう男性に写真を撮るようにと。男性は一眼のデジカメで二人を撮る。
「ありがとうございました」と二人は葉月に感謝の意と一礼をしてその場を離れる。そのあと何人かと写真を撮ることになったがそこはうまく一花がさばいていった。
そして二人は席に座る。
「さすがわ広報ねぇ仕切りが上手いわ」と葉月
「葉月さんこう云うのはもうこれっきりですからねぇ」と念を押す一花。
「はいはい」
場内はあの試合の興奮は全く冷め切っていない。
「石川さくらあそこまで行ったのに欲しいよなぁ!」
「まぁ相手の稲倉もやっぱし強いわ!」
「二人とも女子大相撲に行かないかなぁ」
「もし二人とも行ったら両方とも横綱候補だろう」
「二人の相撲見たらほんと興奮したよ。女子大相撲と遜色ないぐらいに」
葉月は観客達の言葉を聞いて胸に来る想いがした。自分の現役時代は相撲を取ることだけに終始していた。女子大相撲は何回か観戦はしたこともあるがアマチュア相撲それもこんなローカルな試合は初めてだがこんな小さな大会でもこれだけ盛り上がることに感銘を受けた。
女子大相撲だけが相撲じゃないことを改めて知った。プロの相撲人口よりアマチュアの方が遥かに多い。そこをプロはもう少し謙虚に受け止めるべきなのだ。女子大相撲のプライドが何って云っていてわ話にならない。だからこそ倉橋監督を中心としたアマチュア本来の思想も女子相撲発展のためには必要なのだ。
もうすぐ石川さくらと稲倉映見の取り直しが始まる。葉月自身他人の相撲を見て興奮を覚えたのは何時のころだったろうか・・・。こんなに相撲観戦が楽しいことって・・・。




