中京圏高大校親善試合 当日 石川さくらVS稲倉映見 ①
試合はここへきて高校横綱である石川さくらを中心にチーム全体も急成長している明星高校。女子相撲の絶対横綱と云っても過言ではなく大学横綱稲倉映見を擁する西経大学。女子アマチュア相撲ファンからするとぜひ見たい組み合わせであることは間違いない。高校横綱と大学横綱の直接対決はそうそう実現するチャンスはないのだがこのローカル大会で実現したのだ。
西経大学・明星高校とも一回戦からの出場。西経大学は稲倉が出場していなくとも余裕で勝ち上がってきた。実際午前中の初戦では大将である大野まで回らずして決勝へ。明星高校は石川さくらが何人抜くのかも注目の的でもあったがさくら以外の部員達も奮闘して五人抜きはなかったがそれでもここまでで六人との取り組みそのうちの二番は大学生相手に三分近くの相撲であったことはさくらにとっては大きなハンデではあるがモチベーションの方は最高の状態と云ってもいいかもしれないそれはチーム全体しかり。
たいして西経は順当と云えば順当なのだが大将の大野が二回戦最後の取り組みで三重紅葉大学女子相撲部主将の135㎏の巨漢楢崎に土俵際まで追い詰められたところを楢崎が投げを打ってきて膝が延びた瞬間に右足を楢崎の左足首にかけ仰向けに外掛けで勝ったのだが軸になっていた左足首に痛みが走った。元々痛めていた古傷が再発してしまい。決勝は厳しいと云う事で大将に稲倉映見を据えることになったのだ。
決勝戦のポイントは石川さくらが激戦から昼休憩を挟んでどれだけ回復しているか?元々スロースタータの稲倉映見か゛いきなり石川さくらとの対戦になった場合体が動くか?
試合開始まで30分両陣営は相撲場からちよっと離れた芝生の広場で入念に体を動かす。
股割をしている映見の後ろで四股を踏んでいる瞳。西経の両エース。
「映見。体の方は温まった?」
「大丈夫だよ心配しないで」
「ならいいけど・・・」
「今日は勝ちに行くから・・・」と映見。
瞳にとってその言葉は意外だった。少なくとも映見の口から「勝ちに行く」など聞いたことがない。
監督が濱田の相撲クラブに行った次の日に映見が相撲場に顔を出してきた。映見も監督も何も答えてはくれない。相撲場での映見と監督のコミニケションもほとんどない。部において映見の存在は別格でありながらも監督は部としての秩序を優先するとして映見は正選手としてではなく補欠要員で登録して高大校に臨んでいる。たとえ映見がいなくとも決勝までは順当に・・・。大野が負傷したのは彼女には失礼だが石川さくらに勝てるとは思っていなかったので映見が大将になるのは偶然とはいえある意味当然の選択だと。
「映見、これで石川さくらと対戦できるねぇ」と瞳は両手を後ろから映見の両肩にのせて面白半分に揉んでやろうかと思ったとき異変を感じた。
(震えてる?)
額にうっすら汗を浮かべるほどアップしていたのに体が震えている。単に寒いからとか云う問題ではなく。
(極度に緊張してるの?)
映見がこんなに緊張しているのは見たことがなかった。緊張が震えとして表に出す何って・・・。
「映見、リラックスしていこうよ。石川さくらとの取り組み私も楽しみだし」
「・・・・・」
「彼女のここまでの取り組みなんか絶好調だけどさすがにあれだけ番数とったらきついだろうから」
「甘いね・・・瞳は」
「映見・・・」
「今日は潰すつもりで行く。私自身の為に・・・・」
「潰すって・・・・」
相撲場には既に満員の大盛況。そこに元横綱葉月山と横に新崎一が座っている。コンクリの上にパイプ椅子。
「気を使ってくれてありがとう。色々アマチュア相撲の事知ることができたわ」と葉月
「そうですかそれはよかったです。本当は倉橋さんに会うことを黙認してもよかったのですが誰かに撮られてSNSなんかに上げられると私も困るので・・・」
「あなたがいなかったらこの相撲場で観戦することはできなかったのだから」
「・・・・」
「私が高校生の頃なんか神社の相撲場で県大会なんかやっていたんだから観客何って学校関係者以外いなかった・・・それを思うと雲泥の差ねぇ」
「それをここまでしたのは葉月山さんの功績です」
「そんなこと云ったって何もないわよ」と葉月は俯きながら
「石川さくらも稲倉映見も理想とする力士は葉月山さんだそうです」
「そう・・・」と素っ気なく
「だからこそ葉月山さんには女子大相撲いや女子相撲のために・・・」
「代表監督を受けるのは今までお世話になった方々のお礼の意味もあるのだから今回は受けようと・・・だから監督は今大会で終わり。結果はどうであれ・・・そのあとはしばらく相撲から離れようと思うの相撲以外生きる道はないことぐらいわかるけど・・・」
「女子大相撲に関心がなくなりましたか?」
「そうかもねぇ」と葉月はため息をつきながら・・・。
場内アナウンスで決勝戦が始まる。明星高校・西経大学5人ずつの選手が入場して来る。観客達の大多数は石川さくらに声援を送る。人気では高校生横綱に軍配が上がったようだ。映見とて熱心な相撲ファンからすると映見を葉月山の後継と云う人も多いが本人の女子大相撲の在りかたに異を唱えるようなことを云ったことにわ違和感を感じているファンもいるのも事実。見方によってはふてぶてしく見えるがほんとは繊細で臆病なのに・・・・。
―決勝戦 西経大学対明星高校
下馬評では当然、大将である石井さくらが西経大の大将稲倉までにたどり着いた時の消耗度どれだけかが最大の焦点だった。しかし予想外に明星は二人の西経の選手を撃破しさくらは三人を相手にすることに・・・・。倉橋は激を飛ばすことなく戦況を見ていた。たいして明星の島尾はこぼれんばかりの笑顔で選手達を全身で労い大喜び。大会関係者から注意を受ける場面もあったが観客達もここまで上がって戦っている明星の選手達に大声援を送っている。
ー土俵上では激しいぶつかり合いが一息ついて関係者が土俵を掃いている。
「ここまでよくやったわねみんな」と微笑む島尾
「監督・・・」勝ったもの負けたもの関係なく涙ぐんでいる選手達。そしてサクラを中心に円陣を組む
―主将が「ここからはさくらの戦いになるけど私達の気持ちとパワーさくらに注ぎ込むよ さくらぁ全力前進ファイトさくら・さくらぁ全力前進ファイトさくら・明星魂注入・明星魂注入・はぁ~い完了。笑い出す部員達。これ私が考えんだけど結構恥ずかしいわと笑いながら部長の真奈美が云うと一同全員。確かに・・・・。石川さくらも少し緊張していたのがリラックスできたようだ。
「でもここから先はさくら自身の戦いだから自分の想っている相撲をしなさい」と真剣な表情を見せる島尾。
「はい!」とさくらが答える。
「じゃあ行ってくるね!みんなありがとう!!」と顔を叩き気合を入れる石川。
「行ってこいやぁ!!!」「がんばれぇええ!!!!!!!」と部員達の歓声が響く中、石川は土俵に上がる。
ー場内は静まり返っていた。今までの試合とは違う空気感に会場全体が包まれているようだった。
「あれが噂の石川さくらだろ」「なんか凄い威圧感って云うか」「やっぱりあの子なんか雰囲気違うぞ?なんかプロの力士みたい」等々の声がちらほら聞こえてくる。
西経の中堅をあっさり倒し次は副将の吉瀬瞳。軽量であるが【技師】の瞳をどうさくらが攻略するのか?
「副将戦始めます。はっけよい!!」
再び開始される決勝戦。
ーバシッという身体がぶつかり合う音が響きます。
「ぐっ!」
「くっ!!」
意外にも瞳は四つ相撲を選択したのだ。体格的に優位なのはさくらにも係わらず・・・・。当然さくらの方がやや優位。
「くっ・・・あくっ・・・」
「はぁ・・・はぁ・・・くぅ・・・」
―私の使命はさくらさんの体力を消耗させること。部長としての勝利の方程式は消耗させ映見に決めてもらう。本来だったら得意の速攻で決めるのが定石なのたがさくらのここまでの取り組みを見た時に直感的に速攻でも対応して来ると判断し勝負を捨てさくらを疲弊させることに専念し映見へと云うのが主将としての選択なのだ。そしてその選択は正しかった。さくらの得意の投げを打ってこない。さくらは相当疲弊していて相撲自体もまともにできないと・・・。
「う~ん・・・う~ん・・・」
「くぅ・・・あっ・・・ん~ん~・・・」
「・・・・・・くっ!!」
「・・・・・・うあっ・・・」
土俵際の攻防が長時間に渡り、瞳の頬が朱に染まる。玉のような汗が流れるが瞳は力を緩めない。
ー三分が近づこうとしている。三分を過ぎれば水入りになり再度仕切り直し延長戦に入ることになる。
「はああああっ!!!」
「ああああああっ!!!!」
二人の気迫のこもった声が会場中に響く。
「さくら・・・・」島尾が呟いた時、
ー ほんの一瞬緊張が解けた瞳をさくらは動物的感で見逃さなかった。さくらは腰を引いた瞬間に左下手でさくらを引き付けつつ上手投げを仕掛ける!瞳の左足が耐える間もなく跳ね上がり右足で残ろうとしたが、既に時遅し。瞳の身体は、綺麗に一回転して背中から土俵に叩き付けられた。
「やったあぁぁぁすごいよさくら・・・・」
ー土俵下の明星の選手達は大絶叫。それに感かされたか会場にはさくらへの称賛の嵐。しばらくするとさくらコールが・・・・。
部長の瞳は疲労困憊のうつろな表情で倉橋に礼をすると一言。
「部長らしい相撲だった。お疲れ・・・」
「ありがとうございます」と云うと土俵上のさくらを見ると疲弊しているようには見えなかった。
(私は確かに全力に近かったあんな相撲さくら相手に普通ならするもんじゃないけどここまで連戦してきたんだからと思って・・・・まさか?)
瞳はさくらに遊ばれた・・・と云うより休憩タイムだったのだ。さくらからすれば当然速攻で来ると思っていたのにまさかの四つ相撲。一気に決めることもできたが流石に疲弊したことも事実。ここで一気に力を使うことも考えたが【技師】の瞳が何を仕掛けてくるかわからないそこであえて力を拮抗させて瞳が仕掛けられないようにして瞳の消耗を図りながら自分の回復に当てていたのだ。
(私、さくらに遊ばれていた?)
土俵上ではさくらが余裕の表情で大きく深呼吸をして稲倉映見を待ち構えている。
土俵下、西経の大将である映見は軽く体を動かしていると後ろから倉橋が・・・
「西経として恥ずかしい相撲だけはしないでくれ・・・・」とポツリ
映見は聞こえているのか聞こえてないないのか?はたまた聞こえていないフリをしているのか?
映見は後ろを振り返らず土俵向こう正面のサクラを鬼のような目で睨みつける。 映見にとってさくらはかわいい妹のような存在である。だからと言って負けるわけにはいかない。どんな手を使っても・・・。




