中京圏高大校親善試合 当日 ②
元横綱「葉月山」日本の女子大相撲を引っ張ってきた第一人者。どんな状況であれ受けて立つ相撲で日本はおろか世界でも戦ってきた。外国人の大柄な選手であろうと四つ相撲で挑むその姿は日本・世界問わずファンは多い。さすがに晩年は怪我や体力の衰えなどで苦しい相撲もあったが歴史に残る力士なのは誰しもが認めるところである。
中島京子も椎名葉月の功績に異を唱えることもあるはずもなくむしろ純粋な一人のファンとして葉月山を見ていた。引退後の去就が注目されたが京子としては少し時間を空けてまた女子相撲界でとは思っていたがいきなり代表監督には・・・。
「今日は純粋にプライベートで来たかったんだけどなかなかそうはさせてくれなくて・・・」と葉月がぽつりと
「こんなローカルな相撲の大会に何故?」と京子
「中島さんはご存じでしょうが明日の理事会で私が今度の代表監督に就任する予定でその下見ではないんですが注目の石川さくらを生で見てみたいのと稲倉を」
「やっぱりそう云うことでしたか・・・」
「それと私の本当の目的は西経の倉橋監督にお会いしたかったというのが本音だったんですがそれはさすがに無理な状況になってしまったんで・・・中部ブロックの新崎は私の監視役なんです」
「監視役?」
「私が倉橋さんと会うのではと協会が察知されたんでしょくだらないと思いますが・・・・」
「だから私と?」
「新崎なりに私に気を使ってくれたんだと思います。さすがに倉橋さんには会すことはできないが倉橋さんと深い親交がある中島さんならと・・・」
「そんなに女子大相撲の関係者は倉橋を嫌いですか?」
「今まで女子相撲を牽引したことは認めざる得ないと思いますがもうその主導権をプロに禅譲しろと云う事だと思います。これだけ人気が上がり商業ベースとしても成功してきているのにアマチュアの連中がいまだに幅を利かせるようなことは面白くないと云うところでしょうか?その意味では明日の代表監督就任も客寄せパンダの意味合いかと・・・」
「葉月さん・・・」
「プロは学校を力士をスカウトして養成するところぐらいしか考えていないんでしょ?」
「・・・・・」
「石川さくらはプロに来たいようですが稲倉は行かないようですねぇ?」
「石川には先日取材で会いましたがまだはっきりとは決め手はいないようです。稲倉はプロに関心がないと云うわけでもないですがあまり勝負に徹すると云うか厳しい相撲とかはやりたくないと云うか・・・それを監督もわかってらっしゃるので稲倉に関しては本人任せと云うか倉橋さんは部員に対してはあくまでも本人の意向を尊重する方ですから」
「本来はそうあるべきだと思います。ただこれだけ世界的に女子相撲が盛んになり近い将来世界ツアーも考えているようです。正直私はここまでになるとは考えていませんでした特に日本では・・・。それが世界では一気に広がって日本との差が広がってしまった。そこで危機感が生まれ女子大相撲が創設された。それを支えてくれたのは女子アマチュア選手達その中での倉橋さんの役割は非常に大きかった。もちろん今でもです。ただそれが面白くない」と葉月
「倉橋は女子大相撲ができたことには本当に嬉しかったと思いますよ。事実本人も選手をしていたしもし現役時代に女子大相撲があれば間違いなく入門していたと思います。それが叶わなかったら監督と云う立場で相撲に係わることを決めた。ただ本来のアマチュアとしての学生選手は学業が第一のはずなのに相撲が第一になっている現状は彼女には許せないと云ったら大げさでしょうがそこは譲れないと云うかそこは学生の将来にとって何が大事かを考えての相撲なんです」と京子
葉月は引退後はしばらく相撲から離れて自分が行くことができなかった大学での勉強も考えていたことをうちあかし高校の時は西経に行きたかった事も人前で初めて告白したのだ。北海道出身の葉月からしたら名古屋は随分遠かったがそれでもあの当時からすでに最強女王の西経女子相撲部に行きたかったが家庭の事情によりあきらめ今の協会理事長である元横綱妙義山から女子相撲への積極的なアプローチを受け女子大相撲へ入り今に至ることを・・・。
「葉月さんが西経に行きたかった何って初めて知りました。ちょっと意外と云うか・・・」と京子は元横綱の知られざる一面を知ったのだ。
「ただ、結果論で云えば女子大相撲に入りここまで活躍できある意味での名声とそれなりの富と云うほどではないですが得られたのは妙義山さんのおかげですし感謝してもしきれません。女子大相撲に入門したことは正解であることは疑いようもありません。ただ西経に行けなかったことは今でも未練があることも確かで」
「倉橋が知ったら喜ぶんじゃないんですかねぇ」
「今回、代表監督の要請を受けたのは協会と云うより妙義山さんの恩義もありますし断ることはできなかったことともう一つこの機会に倉橋さんと仕事ができるのではと云う想いもあって受けることにしたのです。正直私が監督をやれる器ではないかとは明白です。関係者の方にもあくまでも興行的な顔だけだからと云う方もいると聞きます。そのことに反論するつもりはありません。それは私も自覚していますから実際スタッフのメンバー構想の素案も頂いていますが大相撲からの方が殆どです。私はその素案に倉橋さんを入れたいのです、ですから返事は保留にしています。アマチュアから二人、正選手と補欠選手を入れるのですから当然アマチュア界からも主要なポジションに入っていただくのが当然なんです」と力強く力説する葉月。
「葉月さんの想いはわかりますが倉橋は受けないんじゃないんでしょうか?もし倉橋がスタッフに入ったとしたら貴女に対しての協会内部のイメージが悪くなるだけだし・・・倉橋はそのことも考えて受けないと思いますよ?」と京子
「それは覚悟しています。私には政治的な能力もありません相撲しかしてこなかったのですから当然です。ただ協会はもう少し倉橋さんに対して敬意をもって向かい入れるべきだと・・・」
京子は椎名葉月がここまで色々なことを考えていたとは想像できなかった。彼女はけして相撲一辺倒でやってきたたげではなく実は女子相撲全体の在りかたについても持論を持っていたこと。京子がふと思ったのは、もし倉橋が女子相撲に入っていたのなら間違いなく横綱葉月山ような力士になっていただろうと・・・。
椎名葉月との昼食は中島京子にとってはとても有意義であったし絶対横綱と云うイメージで見てしまうと彼女の本当の胸の内はわからなかった。
「本当なら貴女との会話を記事にしたいところですが」と京子は笑みを浮かべながら・・・。
「それは、明日私が正式に監督就任が承認されれば構いませんよ。就任すればそう簡単には辞めさすことはしないでしょうから・・・・」
「随分意味深な発言ですが?」
「多分、協会と喧嘩をするような事態になるかもしれません。所詮今回限りの監督ならそれでもいいいかと・・・・」
「すいません云っている意味が・・・」
「私の描いているシナリオでやらしてもらうと云う事です。ですからそれをやるためには就任するまで猫を被っています。就任したら化けの皮を剥がすと云う事です。協会が私のシナリオに不満は云わせません。それじゃ絶対横綱元葉月山を解任する度量があるのか?私はそこまで考えています」
「葉月さん・・・」
「相撲界から捨てられるかも知れませんが」と葉月は特段表情を変えず・・・。
しばらく無言の時間が流れたが葉月の方からその流れを断ち切った。
「すいません。中島さんに聞かなきゃならないことそもそもの本題を・・・」
「本当に猫の皮を被ってらっしゃると云うか・・・ アクトレス (actress) と云った方がお似合いですよ 」
「ダイナアクトレスと云う名馬がいたけど私はメジロラモーヌが好きだわ」
「確か椎名さんのご実家は牧場でしたよね」
「過去のJRAのCMの中で今でも感動するものがあるんです。それを見るとなぜか自分とタブらせてしまうあの入門した時を振り返ればまさか自分がこんなことになると想像もできなかったけど・・・」
86年桜花賞。
その美しき黒い流線形。
嫉妬すら追いつかない。憧れすら届かない。
その馬が史上初の三冠牝馬になることを
まだ誰も知らなかった 。
魔性の青鹿毛
その馬の名はメジロラモーヌ。
「すいません。私、自分のこと何って人に喋ることなんかないのに・・・」
「もう引退されたのだから素の自分を出されても」
「そうですねぇ。でも次の勝負がありますからそれが終わったらですかね」と葉月は照れながら
「それで本題と云うのは?」
「アマチュア選手の起用の問題なのてすが私は正選手は石川さくら・補欠は稲倉映見で行きたいと思っています」
「ジュニアの石川さくらを正選手ですか確かに評価は高いです。私も石川さくらの稽古を見ましたが噂以上です。ただシニアとは違うと思いますが」
「そのための稲倉なんです。稲倉には申し訳ないけど石川のサポートをしてもらいたいそして石川が潰れた時には稲倉を」
「稲倉は評価していないと?」
「正直、稲倉の相撲は昨年の世界大会で負けた試合しか見たことがないので・・・でも今日見れそうになったので来たかいはあったのかなぁと」
「少なくとも私が午前中に彼女が相撲場の外で体を動かしているのを見ましたが状態が悪いようには」
「倉橋監督が補欠にした真意が知りたいところなんです。体調面かそれとも精神的なのか?」
「精神的と云うのは協会批判のことですか?」
「個人的には彼女の云っている事には全面的に賛同はしませんが云いたいことはわかります」
「倉橋さんに会いたいと云うのはそのことで?」
「それもありますが…本心はただ会いたいと云う・・・。でももし稲倉に決めれば学校の方に私が直接会いに行きますけどねぇ」
京子はふと自分の腕時計を見る。1時15分を針がさしていた。
「葉月さんすいませんがそろそろ相撲場の方に戻らないと・・・」と遠慮がち云う京子
「あっ申し訳ない。取材で来てらっしゃるのに私つい・・・」
「いいんですよ。私のことは、ここまで元横綱葉月山のプライベートを聞けたことは絶対横綱と云われた貴女の見方がだいぶ変わりましたと云うか変わってしまったいい意味で」
「私も一人の女性です。女性にとって一番大事な時を相撲に使ってしまった。そしてこれからも女子相撲のために私の人生をすべて使い果たすべきなのか?私にはもう身内はいませんから・・・」
「えっ・・・」
「女子相撲に人生をかけてきた倉橋さんにそのあたりの事を聞いてみたかった・・・・代表監督を受ける前に・・・」
「葉月山・・・」
一瞬、葉月の目が潤んだように見えたが・・・
「京子さんもう出ないと・・・」
「そっそうですね」
「今度会う時はびっちり女子相撲の話をしますねぇ・・・もちろん取材で」
「わかりました。楽しみにしてます」
京子は一礼して部屋を出た。絶対横綱と云われた葉月山も普通の女性…本当は繊細で簡単に壊れてしまうようなそんな女性だった。
(まるで倉橋の生き方をなぞっているような)と想いながら決勝がおこなわれる相撲場へ足を急がせた。




