中京圏高大校親善試合 前日
土曜日の午前中。西経女子相撲部は親善試合の最終調整で軽く体を動かして息を上げると試合形式で相撲を取っていた。その中にはかつてのOGであり女子相撲の現役の力士である「伊吹桜」が来てくれたのだ。伊吹桜(三倉里香)は26歳で関脇まで上がってきたもののそこから先にはなかなか昇進できないでいた。身長170cm・体重は90㎏で突き押し相撲タイプの力士である。どちらかと云うと四つ相撲タイプが多い西経だが・・・。
「もう少し四つ相撲を教わっておくべきでした」
「何を云っているんだ。里香は突き押しでここまで来たんだ間違ってはいないだろうに」
「監督には申し訳ないと・・・」
「自分のためにやっているんだろう私のことは関係ない。最近の成績はかんばしくないが三役を維持しているんだ。私としては里香が活躍していることは何よりうれしいよ」
「ありがとうございます」
「私こそ部員達に稽古をつけてもらって感謝しかない」
座敷上がりに腰掛け稽古が終わりちょっと一服と云う感じなのだ。ノンアルのビールを片手に・・・とそこへ
「どうした映見」と真奈美
「あの伊吹桜関ちょっと相談したいことがありまして・・・・」
「相談?」と伊吹桜
「伊吹桜関に何の相談だ」と真奈美
「・・・・」
「わかった外で聞こう」と云うと伊吹桜は真奈美と相撲場の外へ・・・・
相撲場の前にはもうひとつの土俵がある外にあるせいでだいぶ傷んでしまってはいるがその土俵下で・・・。
「相談と云うのは?」と伊吹桜
「突き押しを教えてほしいと」
「突き押し?」
「張り差しとか張り手とか・・・・」
「・・・・何故?」
「明日の親善試合で・・・」
伊吹桜は映見の意外な相談に困惑した。そもそも協会批判の原因はそれではないのか?
「稲倉の相撲からしたら一番嫌う取り口だと思うが?」
「どうしても勝ちたいんです」
「云っちゃなんだが稲倉は補欠だし監督の性格わかってるだろう?」
「多分出してはくれないと思います」
「稲倉の取り口は四つなんだからあんまり余計なことは考えない方が良いと思うが・・・」
「正直、今の私では水入りしかねない長い相撲はとれません。どうしても速攻で決められる取り口も必要なんです」
「だからと云って・・・・監督が稲倉を高大校に出させないのはまだ貴女が完調ではないからだろうだったら今は自分の相撲を取り戻すことを考えるのが先じゃないのか?」
伊吹桜は監督からここ最近の稲倉のことはある程度は聞いてはいたがあえてその事には触れなかった。そのことは稲倉自身が考えることであって全くの部外者が云う話でないと・・・。
「伊吹桜関は私の相撲は甘いと思いますか?」
「甘いと云うのはどう云う意味?」
「私、どんなことしても勝ちたいとまでは思ったことはありませんでした」
「それでも勝ってきたんだからそれでいいじゃないか?」
「単に運が良かっただけです」
「運ねぇ・・・アマチュア女子相撲の女王らしからぬ言葉だなぁ」
「女王なんって思ったことはありません」
「その意識を持った方がいいんじゃないかな」
「・・・・・」
「世界大会に何回も出場して何回も優勝していながら自分がトップであると云う意識を持たないと云うのはどうなのかなぁ」
「それは結果的にそうなったわけで」
「だったらこれからは辞退したら」
「えっ・・・」
「どうしても勝ちたいから張り差しやらを教えてほしいと云っときながら女王の意識は持ちたくないってなんか矛盾してない?」
「ただ・・・今度の試合だけは」と俯きながら小さな声で・・・・。
伊吹桜は小さくため息をつきながら・・・。
「監督と相撲したんだって」
「えっあ・・・はい」
「羨ましいな―稲倉は」
「・・・・」
「監督と三番勝負の本気相撲何って、少なくともそんな話聞いたことないもの部員と相撲取った何って・・・・」
「でも・・・」
「コテンパンに叩きのめさせられたらしいじゃない」と笑いながら
「なんで・・・・」
「今日私が来たのは監督は云わないけど部員達の相撲をと云うよりも貴女の相撲を客観的に見るのと私に気分転換をさせるため・・・かな?」
「監督が?」
「貴女と相撲を取ったことに相当興奮した見たいよ夜寝れなかったって(笑)」
「私は・・・」
「稲倉には相当屈辱的なこともしたとは云っていたけど・・・」
「完敗でしたから・・・」と俯いてしまう映見。
「あなたと相撲を取る何ってよっぽどのことじゃない。相撲やめてしまうのではぐらい思っていたのかもねぇそれを自分と相撲取らして感じて欲しかった。まぁ貴女に勝ってしまったのは想定外だっかもねぇ(笑)。それと私が最近成績が芳しくなくて下手すると辞めてしまうのではと思って私を気分転換させるために呼んでくれた・・・・監督らしいと云うかまぁちょっとめんどくさいよねぇうちの監督」と笑いながら笑みを見つめる
「たしかにめんどくさいです」と映見も笑いながら
「はい、本音出ました。監督に告げ口しておきます」
「えっいゃそれは・・・・」
「冗談よ」
伊吹桜は映見に突き押しの基本的要素を教えた。突き押しの勝負は立ち合いからおもいっきり相手に当たることができるかどうかそこで変化によるリスクもあるがそれが成功すればその時点で勝負のほとんどは決まる。それができなくても相手よりとにかく先に立つこと。一気に押し出すことができなかったとしても、はず、おっつけ、突っ張りなとでしつこく攻めていれば、相手は辛抱できずに必ず引いててくる。そして相手が引いてきたらここぞとばかりに一気にこれで勝負あり。そして張り手・張り差し・かち上げと・・・・。
伊吹桜は映見に要点を教えていく。映見は伊吹桜の説明や動作をすぐ飲み込み実戦稽古に。
「監督が映見に惚れるのも仕方がないなぁ。相撲センスの塊みたいだよ映見は」
「西経出身の女子大相撲の力士にそう言っていただけるのは光栄です」と素直に喜ぶ映見。
「ただ一つ云っておく」
「はい」
「映見に突き押し相撲は似合わないと思う。まして張り差しなどは・・・」
「私のスタイルは四つであることは確かです。でもそこに突き押し相撲も入れることが何か・・・」
「昨年の代表選考会での審判批判との整合性が取れないと思うが・・・」
「・・・・」
「そんなに勝ちに拘るのはなんだ?」と伊吹桜は少々不愉快な表情で・・・
「万が一にも明日の高大校で出ることがあったら今の私の相撲じゃ石川さくらに太刀打ちできません。正直言って今の私のスタイルでは持たない。高大校は5人制勝ち抜きのトーナメントです。それを考えたら今の私じゃ無理です」
「映見は補欠だろう。補欠が考えることか今は映見がやることは高大校じゃなくてシーズンインしてからのためにベストの状態に戻すことだろう・・・なんか勘違いしてないか?私の聞いているのはなんでそこまで勝負に拘るのかだ」と語気が強くなる。
「監督に私が変わったところを見てもらいたい私なりの勝負の拘りをそのためには多少変則スタイルであってもそれは自分のためにも」
「それが突き押し相撲で張り差しやかち上げまがいか・・・なんか映見にはがっかりした。監督がなぜおまえと本気相撲をしたのか考えたほうがいい」
伊吹桜はそれだけ云うと相撲場に戻っていた。映見はしばらくして相撲場に戻るとすでに伊吹桜は帰ったようだが倉橋は座敷上がりに座っていた。
「映見、伊吹桜と何かあったのか?」
「いいえ別に何も」
「ならいいが映見とどんなことをやっていたのかを聞いても答えてくれなかったんで何かあったのかと・・・」
「伊吹桜に突き押しのコツを教えてもらっただけです。お先に失礼します」と云うと映見は足早に相撲場を出た。
映見は家に戻り明日の準備を終えすでに布団の中。
(「そんなに勝ちに拘るのはなんだ?」と伊吹桜は少々不愉快な表情で・・・)
(「それが突き押し相撲で張り差しやかち上げまがいか・・・なんか映見にはがっかりした。監督がなぜおまえと本気相撲をしたのか考えたほうがいい」)
勝ちたい理由は「監督のため・・・」
(「映見には華がある。監督でありながら私は映見の純粋なファンなんだよ・・・」)
ベットの中であのクラブの時のことを思い出しながら・・・。その時スマホに着信が・・・。
「よっ、もう寝てたら悪いかなーと思ったけど」
「だったら電話しないで」
「なんか一言棘があるよな・・・」
相手は甲斐和樹だった。あの日、月夜の下で相撲取った以来の会話。甲斐は毎日でも電話したかったがそこは控えていた。あの日の夜は映見が狂ったように感情をさらけ出して甲斐を求めてきた。それは何か愛とは違うような・・・。そのこともあって冷却期間ではないが落ち着いてから電話でもと・・・・。
「明日、試合だよな。ネットでオーダー表見たら映見の名前があったから・・・まぁ補欠でもねぇ」
「なんか云いたそうねぇ」
「相撲の調子はどう・・・と聞くのもなんか棘があるなぁ」
「補欠と云う事はそう云うことだから」と映見。
甲斐は映見がとりあえず元気そうだったのでそれだけでよかった。
「ネットで中継されるから見さしてもらうよまぁ映見が出ればの話だけど」
「もし出れれば試したいこともあるし」
「試す?」
「四つ以外の取り口も色々試してみたいし」
「四つ以外?」
「今日、女子大相撲の伊吹桜関が来てくれて突き押しの基本的なことを教えてもらったの」
「伊吹桜って多少小柄だけどスピードとパワーは凄いよなー低いところからぐいぐい突き上げて大きな力士を押して倒すあたり・・・たまに張ったりするよな横綱にも」
「私はあまり好きではないけどもし出場できたら非情に勝負に徹してみようと思うの」
「・・・・・」
「勝負に拘ることを・・・」
「映見」
「なに?」
「その考えもうちよっとよく考えた方がよくないか?」
「それはねぇやったこともないしでも実戦で試してみないと」
「そうじゃなくて」
「何?」
「映見、それで協会批判したんじゃなかったけ・・・そのおまえがあの代表選考会みたいなことをやるのか?」
「あそこまでするつもりはない。でも今のスタイルに幅を広げたいの」
「おまえ耐えられのか?」
「耐える?何を?」
「お前があの時やられたようなことをやってファンが納得するかってことだよ」
「別に禁止されているわけではない。私はいままであまりにも勝負と云う事に拘りがなかった。アマチュアだからそこまでこだわる必要はないと思ってきた。そのことを撤回をするつもりはないけど・・・」
「映見が張り差しや突っ張りの応酬・かち上げまがいの技をやったら大炎上だろうな間違いなく」
「・・・・・・」
「稲倉映見のファンはお前の受け相撲を見たいのにお前がそんなことしたら・・・・」
「私はプロじゃないわ」
「そう云う問題じゃない。おまえが相撲ファンからバッシングされても耐えられのかと云ってるんだよ!」
「耐えられるわ・・・」
「・・・・・」
「甲斐に心配されるほど私はやわじゃないわ」
「やめとけ映見」
「・・・・」
「このことは私のこれからに重要なの今の相撲スタイルに行き詰まりを感じているし・・・」
「行き詰っているのはお前の気持ちの問題だろう何すり替えてんだよ」
「もういい・・・」
「何がもういいんだよ」
「もういいよ!私は勝たなきゃいけないのよ!自分のためにそれと」
「おまえ少しおかしいぞどうしたんだよ!」
「もういいよ!!」
映見は自分の方から電話を切った。すぐ着信音がなる。甲斐からだが出る気はない。
国際大会で負けてバッシングめいたことを受けるとは考えもしてなかった。確かに国代表として参加していたとしても・・・。稲倉映見は終わったとか協会批判してたわりには無様なとか・・・なんでそんな云われようをされるのか・・・・。
そんな批判を跳ね返すのには勝つしかない。多少手荒な相撲でもたとえ相手が石川さくらでも・・・・。必ず私が出なければならない局面がくる。




