中京圏高大校親善試合 三日前
中京圏高大校親善試合まで一週間を切り西経女子相撲部は気合が入る。新主将の吉瀬瞳を中心に初参戦での優勝を目指している。その稽古のなかに映見の姿もあるのだが倉橋は基本の稽古である四股・股割・鉄砲・摺り足以外は一切させていない。
吉瀬が持ってきたオーダー表は大将に映見を据える布陣だったが倉橋は一蹴した。吉瀬に任すとは云ったがさすがに大将に据えるなどありえない。部員全員が大将は映見に据えるべきで一致していたが倉橋は断固拒否。映見自身は部の決定には異議は唱えないと云っている。
吉瀬は映見に相撲クラブでのことを聞いても一切答えない。大学の稽古に出てきたのにはそれなりの理由があるはずなのに一切答えない。監督である倉橋も答えてくれない。
映見は黙々と相撲場の端で基本の稽古のみやってる。しかしその表情は真剣そのもの映見にとっては屈辱以外の何ものではないのに・・・。
相撲場の時計は8時を若干回っていた。稽古が終わり部員達は倉橋の前に集合する。
「高大校まで一週間を切ったが今の調子ならいい勝負ができると思う。正選手に選ばれた者は体調面も当然だが気持ちの面も整えるようにうちの初参戦で注目度も高いがそんなことは気にせず。自分達がやってきたことを出し切る相撲をすれば自ずと結果は出てくる。以上」
「ありがとうございました」と部員全員が一礼して解散。
倉橋は座敷に上がりノートパソコンを開ける。
「監督よろしいでしょうか?」と主将の瞳。
「なんだ」
「映見の事ですが・・・」
倉橋はまたかと云う表情をしながら
「オーダーも稽古も変えることはない。何度も云わせるな」
「少なくとも申し合いには参加させてやってください。このまま高大校と云うのはいくら映見でも」
「映見はあくまでも補欠だ。私は補欠でも参加させたくはないけどなぁ」とパソコン操作をしながら
「瞳。映見はあんなつまらない基本稽古でも愚痴一つ云わず黙々とやっているんだ。おまえはあの姿を見て何も感じないのか?」
「・・・・」
「愚痴一つ云わず。相撲も取らさえてもらえずそれでも映見はやっているんだ。悔しくて悔しくてしょうがないだろうよ。でもそれは今の自分がどんな状況なのかそしてどうすればいいのか・・・自ずと考えたら今はあのつまらない基本稽古をやっていくしかないと心に決めたんだ。それをおまえみたいに可哀そうだから相撲を取らしてあげてください。ふざけんな!」
「監督・・・」
「瞳。主将のおまえも何か歯がゆいかも知れない私だって同じだ映見はもっとだろうよ。私も色々悩んだ。勝負だけを考えれば実戦的練習をガンガンさせるのが普通かもしれない。ただ指導者としてはそれではダメだと思っている。ここで映見は高大校には絶対必要な選手だからと甘やかすのは部としても本人のためにもよくない。私は勝利よりこれからの部のことと映見自身のことを重視する。もし高大校で優勝できなくて色々云われたらそれは監督である私の責任だ。部員には責任はない。今まで瞳に任せておいてすまないが今回だけは私の考えを優先させてくれないか?」
「私は今までそんな・・・・監督にはアドバイスを受けていましたしアドバイスがなければ私だけでは到底無理です」
「何云っている瞳。私はお前にそんな大したアドバイスはしていないよ全く・・・。まぁ今回だけは」
「わかりました」と瞳は返事をすると相撲場を出て行った。
(高大校はでの優勝はかなり厳しいかもしれない。私と部員達との溝を広げてしまったかもしれないが特別扱いはどんなものであれしない。それが西経女子相撲部だと信じているんだ)
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相撲クラブで映見が倉橋にコテンパンに叩きのめされた翌日の朝。映見から倉橋の携帯に電話があった。
「濱田先生から番号を聞いて電話させてもらいました。朝早くすいません」
「知らない番号だから出るのをやめようとは思ったが・・・それで」
「大学の稽古に出させていただけないでしょうか?」
「稽古ねぇ・・・・」
「駄目ですか?」
「別に構わないが条件がある」
「条件?」
「基本稽古以外は一切させない。相撲は一切取らせないそれでいいか?それと部員一同がどうしても入れろと云うから補欠で入れたが基本、高大校には出させない」
「・・・・・・」
「返事がないなー」
「わかりました。土台から作り直します」
「高大校もいいな」
「・・・・はいわかりました」
「映見、一から相撲をやり直すつもりで我慢してやってみな。多少遠回りしてもその先のために」
「監督」
「なんだ」
「また三番勝負していただけますか?」
「・・・・・」
「監督の凄さがわかりました。でもリベンジさせてください」
「断る」
「えっ・・・」
「映見が絶好の状態で勝負したら怪我させられるかもしれないらなぁ」
「その時は手加減します」
「舐めやがって・・・」と真奈美は笑いながら
「それじゃ今日からお願いします」
「わかった」
あれから二週間、映見は愚痴一つ云わず基本稽古とウェートなどのトレーニングだけを続けていた。体重もだいぶ戻ってきた。何より表情が引き締まってきた。
土俵では申し合い稽古が始まっている。
(映見よく耐えたな。そろそろいいか)
「映見!」
「はい」
「土俵に上がって申し合いに参加しろ」
「えっ・・・」
「ぼっさとしてないで入れ」
「はっはい」
土俵では他の部員から手荒な歓迎ではないが頭や体を叩かれているが・・・。
高大校まで四日。高大校での初参戦初優勝を大事だがそれ以上に大事なのは4月に行われる世界大会団体戦の選考に係わるのはほぼ間違いない。ジュニアの石川さくらを選ぶと云う噂もある。その意味では関係者には重要な試合になる。映見は先の世界女子相撲選手権大会で無差別級でメダルを逃したことで選考から漏れ重量級で金メダルをとった青葉大学の神崎絵里が選ばれるのが順当なのだが・・・・。
そんななか関東の女王である青葉大学監督の諏訪瑠璃子が電話があったのは昨日の話だった。
「今度の理事会で葉月山が代表監督になる流れらしい・・・・」
「そうだろうね、でも代表監督辞めるのには良い頃合いじゃないか瑠璃子」
「他人事だと思って・・・ほんとは真奈美にやってもらいたいところだけどねぇ」
「もう女子相撲はプロ主導の流れになるのは仕方がない。絶対横綱だった元葉月山を代表監督に据えるの意味はそう云うことだよ。まぁ私くらいは最後の抵抗をするけどねぇ・・・他の連中は黙認するんだなわざわざ喧嘩をすることもないだろう」と冷静に喋る真奈美。
「真奈美。稲倉映見の調子はどうだ?」
「何云っているんだが・・・アマチュアの代表はお前のところの神崎に決まってんだろうが嫌味な奴め」
「だとしても稲倉は補欠には選ばれるだろう?真奈美だってそう思ってるくせに・・・」
「それはどうかな?」
「うん・・・」
真奈美はコーヒーを一口啜り・・・
「石川さくらって知ってるだろう?」
「あぁ高校横綱のそう云えば岐阜だったけ?」
「この前うちの大学に出稽古にきて稲倉がコテンパンにやられたよ」と笑いながら
「稲倉が・・・」
「神崎に血だらけにされて以降全くダメだねぇ」と嫌味ではなく
「真奈美あれは・・・」
「別に蒸し返すつもりはないよわかってるくせして・・・前も云ったけど映見には勝負への執念が足りないんだ。足りないと云うか映見にとっては相撲そのものに対する考え方が違うんだよ。勝負事には向いていなんだよ・・・あいつは」
「真奈美に一言云っといた方が良いと思うんだが」
「なんだよ改まった云い方して・・・」
「お前だけに云うが絵里ちよっと怪我してな正直悩んでる・・・・」
「怪我?」
「私としてはもし代表に選ばれても辞退させようと考えているんだが本人がなかなか「うん」と云わなくてな・・・」
「なんでわざわざ私にそんな事云う?」
「真奈美は稲倉を出すつもりはないみたいだけどそうもいかないと思う。膝にくわえ古傷の足首もちょっとな・・・」
「稽古でか?」
「私も神崎が世界大会で金を取って少し舞い上がってしまって・・・」
「らしくないな」
「まぁそんなところなんだ。だから真奈美もそのつもりで稲倉を立て直した方が良いぞ」
「棚から牡丹餅みたいでなんかなー・・・」
「神崎は大相撲志望なんだここで潰すわけにはいかないからなー目先の大会に拘って先の未来を閉ざすようなことはしたくないんでねぇ。真奈美がその立場なら同じ事を考えると思うが?」
「どうかな?」
「とにかく近々に協会の方には云うつもりだ。代表に決定されてからではめんどくさいので・・・じゃ切るわ」
「それじゃ」
土俵上では申し合いの稽古が続いている。映見も好調ではあるがスタミナの点でまだ足りないのかすぐ息が上がってしまう。当然と云えば当然だが・・・・。
神崎が代表辞退となるのなら映見が代わりにと云うのは間違いないかもしれないが・・・・。そうだとしても実戦をせずに代表候補になるにはましてや高大校では石川さくらが参戦する。それにぶつけないと云うのは真奈美自身がたとえ映見が選ばれたとしても納得がいかない。それよりも石川さくらが選ばれるかも・・・。
(神崎が代表を辞退するのなら・・・・いやそれでは補欠にした意味が・・・・)
真奈美はあくまでも高大校に出場させることは考えていない。しかし今度の高大校は石川さくらの参戦で代表選考の意味合いが強い上に神崎が辞退となれば当然映見にも・・・その映見を出場させないと云うのも・・・。
倉橋の想い描いていたシナリオに若干の狂いが生じていた。それは倉橋自身の映見への想いのようなものが冷徹な判断を狂わせようとしていたのだ・・・。高大校は無理だとしても世界大会までにはベストの状態に持っていける自信はある。だとしたら高大校は辞退させて天命を待った方が得策か?あえて調整が不十分のまま石川さくらと対戦さして万が一にも負けたら・・・。




