前哨戦⑤
相撲場での稽古が始まる。生徒達は男女合わせて二十人弱。一斉に四股踏みからはじめ股割・すり足などをしていく。しかしそこには映見も沙羅も見当たらない。
「濱田さんなんで映見と沙羅はいないの?」
「今日はちよっと人数が多いので外でやってもらってるそのうち申し稽古や三番勝負するために来ると思う」
「そう・・・」
相撲場ではそれ以外の生徒達が小・中混じって申し合い稽古から始まっていく。小学生は六年生が中学生は濱田が相手になる。その様子を壁に凭れかかりながら見ている真奈美の顔が何となくほころんでいた。大学での厳しい稽古をさせていることもあるが生徒達が真剣ではあるが何か微笑ましく見えるし好きでやっていると云うのがよくわかる。さすがに中学生となると大人顔負けの稽古になる濱田も真剣にやらないと簡単に負かされてしまう。
濱田は十番ほどやって体の汗を拭うと倉―ボックスからスポーツドリンクを取り出し一口。裸に廻しを締めお腹は出てはいるが高校時代にタイムスリップしたような・・・。真奈美はつい光の汗で光裸の体を見てしまう。
「あんまり凝視するように見るなよ」と照れるように
「あなた自身がちゃんと稽古してあげるのねぇ」
「まぁうちは特別強い選手がいるわけではないし相撲の強豪になるとかはないからでも最近みんな相撲が強くなって正直云うときついんだけどな」とタオルで汗を拭う
「なんか私もやりたいな相撲稽古・・・」
「えっ何云ってんの?」
「なんかジャージ見たいのある?」
「おい本気で云ってるのかよ?」
「本気よ」と真奈美
光は真奈美の顔をまじまじと見ながら
「車に俺の厚手の長袖のベースレイヤーとタイツがあるけど・・・」
「それでいいわそれと廻しある?」
「本当にやるのか?」
「しつこいわねぇやるって云ってるんだからやるのよ」
「わかった」と濱田はいったん相撲場を出て車に三分ぐらいしてドラムバックを持ってきて真奈美に渡した。
「二枚ずつ入っているから重ね着してその上に廻しを締めれば・・・」
「ありがとう。それで悪いんだけど廻しを締めるの誰かに手伝ってもらえないかな」
「神原!ちよっと」と手招きをすると濱田の前に
「女子の主将の神原です。稽古中悪いんだがこちらの倉橋監督に廻しをしめてやってくれ」
「廻しですか?」と一瞬驚いた表情で
「御免ねぇ稽古中。なんかみんなを見てたらちょっと私も体を動かしたくなって・・・」
「はぁ~」
「神原。天下の西経の大監督だからちょっと常識はずれてるから気にするな」と光
「ちよっと・・・常識ははずれてないからそんなこと云うのならいい歳して・・・云うのやめた。とにかく主将悪いんだけど手伝って」
「わかりました。じゃー更衣室に」と主将と一緒に相撲場を出る真奈美。
(あいつ何考えてんだが・・・あぁなんで俺はベースレイヤーとタイツがあるからなんって云ったんだが・・・)
そしてしばらくすると黒のベースレイヤとタイツを履いた上に生成の廻しを締めて戻ってきた。 身長169cm・体重は75チョッと超えるぐらいってところだろか・・・。相撲場には映見と沙羅も戻っていて四股や鉄砲をしているのだがその動きも止めてしまうほどの威風堂々と云うか映見自身、倉橋監督の廻し姿なんぞ初めて見るし大学での相撲場ですらその姿をしたことはないのだ。まずは股割をすんなり上半身を地面につけたのだ。そして四股踏みはじめて映見は股割以上に驚きを隠せなかった。高々とスーッと揺れことなく右足を上げる。そしてゆっくり下ろすと次は左。それを繰り返し次は摺り足とやっていく。一通りやり終えると土俵脇で申し合い稽古で勝ち続け一息入れていた小6の男子生徒に声をかけた。
「あなたの申し合い見てたけど中々の相撲ねどう何番かやってみない」と真奈美。
その生徒は全国小学生相撲大会にも出場し入賞するぐらいの強者。身長は真奈美と同じぐらいだが体重はゆうに80は超えているだろう。
「いいですけど僕は強いですよ」と自信満々な表情で・・・・
「いいじゃないその表情」と真奈美は嬉しくてたまらない。
「何番しますか?」
「そうねー先に二勝したら勝ちでどうかしら」
「いいですよ」
土俵上では映見が生徒達相手に何番も申し合いをしている。本来であれば映見の状態を見るために来たはずなのに・・・。
真奈美は相撲場の端で四股と摺り足を繰り返していると濱田が寄ってきた。
「真奈美なんのつもり・・・倉橋さんなんのつもりなんだよ!」
「あの子なかなか相撲強そうじゃない。でもちょと自信過剰かな・・・」
「そんな話じゃないだろう」
「なんかいいわねこの場の雰囲気」
「倉橋さん・・・」と光はどうするべきなのか全くわからない
「私、あの子に二番先取できると思う?」
「いくら倉橋さんでも無理だと思いますよ石上は小学生とは言え全国大会で入賞してるんですから」
「土俵空いたわねぇ。濱田さん審判やってください」と云うと真奈美は土俵に上がる。そして石上も・・・。
二人とも仕切り線の前で四股を踏んでいく。濱田は仕方ない表情で土俵に上がる。
(監督の相撲が見れるなんって・・・)と映見。
石上は自信満々の表情で真奈美を見ている。それに対して石上からは若干視線をずらす真奈美。いくら相手が小学生と云え体格的には真奈美を凌駕しているうえに真奈美は50歳越えのおばさん。石上がちょろいと思っても無理はないが・・・。
「手を付いて、待ったなし!!」
「ハッキョイ!!」
小学生の石上は低い体勢から素早く真奈美の前褌を狙っていくが真奈美はこれをいなして下手から廻しをとりにいくが石上はさらに低い体制から横褌を狙ってきた。と同時に頭を胸に押し込んで廻しを取らせない。
(ほぉ、小学生のくせして生意気な相撲を取るのねぇでもそんなに甘くないわなよ)と真奈美。
石上はそこから横褌を取り猛然と寄ってきた。真奈美はいっきに土俵際まで・・・。
(小学生だからって舐めてた)
お互い四つの体制から真奈美は強引に石上を前後左右に揺さぶっていくと一気に胸を合わせにいく石上は強引に吊りにきた。
(そんなので吊り上げられてたまるか)と一気呵成に真奈美も吊り勝負にそして一瞬石上の左足が浮きかかった時に一気に潰しにかかる。石上は左足で真奈美の右足を引っ掛けようとしたがそこで万事休す。
真奈美は大きく息を吐き安堵の表情。相撲場にいる男子生徒達は言葉を失った表情だったが女子生徒から大歓声。
石上は真奈美は睨みつける。明らかに取組前の自信満々の表情とは違う
(小学生とは言えやっぱり男ってことかいいじゃない。その表情)と真奈美の相撲魂と云うか学生時代に戻ったような
二人は再び土俵に上がり仕切り線手前に。
石上は四股を踏んだ後自分の顔を両手で引っ叩き気合を入れる。
(石上君。そんなに気合を入れて空回りしているわよ。でもその表情いかにも男の力士って感じね)と真奈美はまるで楽しんでるようにそれはけして馬鹿にしているわけではなく小学生とは云え勝負に拘る力士と云う感じなのだ。
「手を付いて、待ったなし!!」
「ハッキョイ!!」
石上は鋭い出足から真奈美の右肩付近を狙っておもいっきり突っ張ってきた真奈美はその威力に負け土俵際まで一気に持っていかれた。
(なんて威力なのかこれが彼の本気!?)
このまま一気に突き出されるのかと思ったが石上は廻しをとって四つの体制に真奈美はかろうじて右手が横褌にかかっているが・・・。
(もう後がない・・・)真奈美の左足は徳俵に
石上はここぞとばかりに一気に押し倒しの体制にしかしここで真奈美の左手も廻しに掛かった。
(ここしかない)
真奈美は腰を落として石上を腹に乗せるような体制から右へ投げ捨てたのだ。土壇場の体制からのうっちゃりで真奈美の二番先取で勝負はついた。
真奈美は思わず土俵上に大の字になってしまった。意識朦朧は大袈裟としてもこんなに真剣に相撲を取ったのは本当に10年以上前だろう・・・。天井の蛍光灯の明かりを遮るように腕が・・・。
真奈美はその腕の手に右手を伸ばすとぎゅっと掴んで引き起こしてくれた。石上が起こしてくれたのだ。真奈美は立ち上がり
「なかなかいい相撲だったよ」と真奈美
「あっさり二本先取されて・・・」
「悔しい?」
「・・・・」石上は何も答えず心なしか涙目のような
真奈美は石上を引き寄せ耳元で・・・
「泣いてもいいけどクラブでは泣くな。家帰って思いっきり泣け・・・・。こんなおばさんにあっさり負けて悔しいだろうけど私は40年相撲をやってるのたかだか5年ぐらいしかやっていないあなたが勝てるわけないのよ。二番しかしていないけど貴方は考えて相撲をとろうとしたことはわかったわ。相撲は力だけじゃない色々な要素がある。だから相撲は面白い。機会があったらまたやりましょう貴方だって負けばっなしはいやでしょうから」と云うと両手の親指でわずかに零れた涙を拭ってあげた。
石上は一歩下がり一礼をして土俵を下りた。
(あなたは強かったよ。これからどんどん強くなれるから)と真奈美は思いながら土俵を下りる。そして濱田のもとに行くとぬっと手を差し出した。
「うん・・・何?」
「飲み物とタオルを・・・・」
「・・・はっはい西経の女帝様・・・」と笑いながら
土俵上では映見と沙羅の三番勝負が始まった。他の部員達はストレッチや片づけをしながら二人の稽古を見ている。もちろん倉橋も・・・。
(あなたがこのクラブで何を得て何を失ったかも見せてもらうわ)




