過去の想い・今の思い・そして未来への想い
瞳はあえて倉橋と濱田の内容は聞かなかった。二人のことは二人にしかわからない。
真奈美は大学職員として働きながら女子相撲部監督もしている。最初は監督は5年契約とことで始めたのだが常勝監督として20年近くもやってきた。と云うよりやってしまったと云うのが本音だと真奈美自身は思っている。今は監督専業見たいな待遇になってしまったが・・・・。
二人はソファーに座りながら自分達の過去・今のことを話ていた。自分のマンションに部員どころか大学関係者など一切招いたことはなかった。それはここが唯一自分自身が安らげる場所であること。そんな空間に瞳を招き入れたことは突発的な事態だったかもしれないが本音は二回り以上年が離れているが瞳には相撲部の部員としてそして主将として全幅の信頼を置いているということなのだ。ただそれと同じくらい裏切られる怖さも持ち合わせている。信頼関係と云うのは意外とそんな緊張関係があって成り立つものかもしれない。
「瞳は就職はどうするの?」
「経営学部 経営戦略学科なんでできればその方面でやりたいです」
「あなた公認会計士の資格持ってるのよね確か」
「一応持ってます。本音は起業してみたいって云うのもありますが・・・」
「起業?」
「濱田さんみたいな・・・本当はそ云う事も話したかった・・・。監督だって共同設立者でしたよね?」
「私は名ばかりのねぇ」と笑いながら
「監督も確か公認会計士の資格持ってらっしゃいますよね?英検一級も・・・」
「なんで知ってるの?」
「栗橋教授がおしゃってました」
「相変わらず口軽いなあの女」
「ちょっと敵わないなって正直思ってます」
「なぁにー、私におべっか使っても何もないわよ」
「正直もったいないなぁと・・・」
「相撲部の監督には必要ないものねぇ」
「後悔してないんですか?」
「どんな選択をしても後悔はするものよそれがベストの選択だとしても少なからず後悔はする。相撲部の監督を選択したことは失敗だったのかもしれない・・・でもねぇ私の好きなことをここまでやれたんだからそれはそれでよかったと思うわ」
「でもまだまだ監督はやられるわけだし」
「どうかなぁ・・・・」
「えっ・・・」
真奈美はソファから立ち上がりキッチンへ行くと氷と鹿児島生まれの芋焼酎「さくら白波」それにグラス。
テーブルにそれぞれ置いていき真奈美はグラスに氷を入れる
「きれいなグラス・・・」
「いいでしょそのグラス。菊つなぎ紋を施した江戸切子なのこれだけ全面に施すのは気が遠くなるような仕事でしょうねぇまして手作りなんだから」
「監督さっきの話ですけど」
「監督って云うのはやめて真奈美でいいわなんか相撲部の延長みたいで・・・」
「それじゃ真奈美さん。さっきの監督の話ですけど」
真奈美はグラスに氷を入れそこにさくら白波を注ぐ。そして軽く一口。
「そろそろ監督をやめようかと思っているの・・・今まで人前で口にしたことはなかったんだけど・・・瞳ならいいか」
「・・・・・」瞳は驚きの表情を見せる。倉橋監督がやめるなど想像したことすらなかったし辞める理由がわからない。
「そんな驚いたような顔しないでよまったく。辞めようと思ったのはここ2-3年かな別に今思い付きで云っているわけではないのよ。辞めるにしても私が辞めたから相撲部もおしまいというわけにはいかないし後継にやってくれる人がいないか色々動いては見たんだけど中々いなくてねぇ」
真奈美の表情はけして寂しいと云う表情ではなく。ある意味さっぱりしたとでも云う感じで・・・。
「今まで私が西経女子相撲部を常に全国トップクラスに君臨させてきた自負はある。相撲だけじゃなく社会にもそれなりの人材を相撲部として出してきたことも・・・女子相撲部出身の学生が企業から高い評価を受けてきたのは相撲で好成績を取ることよりも私にとっては誇りなの・・・。」
グラスの氷が「カタっと音を立てる」
「ただ、私はやらなければいけないことをしてこなかったがある。それは門戸を広げると云う事。私は少数精鋭で本気の者だけが相撲部に来ればいいと思っていた。嫌な云い方をすれば教える方も教わる方もその方が効率的。でもそのことを教わることになる・・・貴女に」と真奈美は瞳の方を見ながら・・・。
「私・・・そんな私は別に・・・。」
「少数精鋭と云う事で色々な意味で深く追求できた。ただその事は悪い面もあったが私はそれには目を瞑った。先輩後輩との過度な上下関係・・・稽古も稽古と称したリンチまがいなこともあったしそこが選手達のストレス発散の場所にもなってしまった。そこまでになっていたことを知っていながら私は知らぬふりを通していた。そんな時貴女が西経付属高に入って相撲部に入部最初の一年は厳しい上下関係に苦しんでいたでしょうけど学年が上がることに貴女は部を改革していった。待ちの姿勢の部から自ら動く姿勢に変えていった。女子相撲をしている者にとっては西経はある種のブランド見たいになっていたことは確かだったけど相撲だけしかできない人物にとっては地獄・・・」
「西経の女子相撲部は「文武両道」・・・」と瞳
「女性だから才色兼備の方がいいのかもしれないけど私は肝心な人間性をないがしろにしようとしていた。相撲ができてある程度学業ができていれば他のことは目を瞑る。指導者として実は一番大切な人間性をどう構築していくと云う事を教えることをぞんざいにしていたことに・・・それを貴女に恥ずかしながら気づかされた」
「私はそんなことは・・・」
「貴女は門戸を広げ入部者は増やしていった。それは部としては活気づくかも知れないが練習の質は落ちるし意識の差が露呈して成績的には低迷した時。正直このガキがと思ったし云わんこんちゃないと本心で思ったものよ今思うと本当に恥ずかしいわいい大人が・・・私はいつのまにか勝負ばかりに拘っていたのよ」真奈美は焼酎を口へ氷が溶けてだいぶまろやかに・・・。
「石川さくらをこっちから取りに行ったなんて典型よね今までそんな事しなかったのに・・・どうしても勝負に徹するには石川さくらが欲しかった・・・・」
「監督・・・」
「でも彼女が来ていたら私が潰していたかもねぇ・・・」
「私の相撲人生が延命できているのは貴女のおかげかも知れない。貴女は私が指示する必要がないぐらい率先してやってくれている。と云うより私にその隙さえ与えてくれない。だから私はもう貴女に部の運営を任しているのただ、最近の貴女は全くもって不安定だったとても危なかっしくてとても見ていられなかった」
「すいません」
「でもその原因が私と濱田だとなると私もねぇ正直、冷静にはなれなくて・・・ましてや濱田の実の娘であることを隠して私に接していたと思うと正直恐ろしささえ感じた」
「本当に私は隠す意図とかなかったんです。ただいう必要もないと思って・・・」
「なかなかの食わせ者だなぁって・・・・」
「私にそんな意図は本当にないんですただ監督のことを知りたくて・・・」と必死の形相で
「冗談よもうわかったから・・・でも半分は・・・ってやだもう1時回ってるじゃもう・・・瞳は私のベットで寝て私はこのソファで寝るから」
「でもそれじゃ」
「貴女はお客さんなんだからいいのよ」
「あのー・・・真奈美さん」
「何?」
「一緒に寝てくれませんか?」
「えっー・・・」
真奈美は返答するのに間があったが瞳の気持ちを汲んで一緒に寝ることにした。クイーンサイズのベットは独身の真奈美には不釣り合いだが・・・。
真奈美と瞳はベットの中。真奈美はプラムパープルのシルクのネグリジェ・瞳は下着のままでお互い顔を向き合わせながら横になっている。
「なんか変な気分ね・・・」と真奈美
「私は別に変だと思いません。むしろ幸せさえ感じています」
「それはどうなんだろうか・・・・男はいるの?」
「いません。何人かと付き合ったけどみんなふられて」
「男が貴女を見る目がないのよ・・・ただ私が男だったらちょっと考えるかも」
「それは似た者同士だと思いますが・・・」
「云ったなこのー」と云うと真奈美は瞳を強く抱きしめてきた
「真奈美さん苦しいです」と笑いながら
(私が光と結婚生活が続いていたのなら・・・・)
真奈美の歳なら瞳ぐらいの娘がいてもおかしくない。ただそれはもう叶わないこと。
「瞳」
「はい。なんですかー」と笑いながら
「相撲部の監督やってくれるって云ったら考えてくれる」
「えっー・・・なんでいきなり」
「もし、その気があるのなら」
「真奈美さん・・・」
「起業したいとか云っている学生に相撲部の監督にならないか何って云う方おかしいのだけど」
「そんな突拍子なこと云われても・・・」
「御免、瞳」と云うと顔を反対側に向けてしまった。
「監督・・・・」
真奈美自身何で云ってしまったのだろうかと・・・。大学も卒業もしていない学生に次期監督をやってくれないなんって馬鹿げている。ましてや起業したいと云う高い志をもっている女性を・・・。
(私は何をやっているのいったい)
真奈美はそっと顔を反転させる。そこにはもう眠りに落ちてしまった瞳の姿が・・・・。真奈美は額に掛かっている髪をそっと払ってあげた。そして思わず頬に口づけを・・・。そして思わず涙を流してしまった。この20年女子相撲に人生をかけてきたでも今、瞳の寝顔を見るほどに自分自身の人生を幸せを無駄に使ってしまったのではと・・・でも今は・・・・。




