過去の想い・今の思い ⑤
(私は本当に監督とお父さんがもう一度一緒になってもらいたい。ただそれだけなの!)
「お前に・・・もう一度寄り添うことはできませんかだぁ?お前何様なんだ」
「・・・・」
「お前に何がわかる。あいつは俺より相撲を取ったんだよ。私の目標?頭おかしいんじゃないか」
瞳は名城線の地下鉄車内のドアにもたれかかるように・・・。ドアのガラスに映し出されている自分の顔は悲愴感そのものまともに自分の顔を見ることすら心が痛む。こんな事になるとは想像すらしてなかった。
電車は金山に停車。瞳はここから中央西線に乗り換える。時刻は九時半を回ったところでも人の流れはそれなりにある。車内から下りると反対側の栄町方面の電車からも乗客が下りている。エスカレーターで上に上がり南改札口を出たところで誰かに後ろから声を掛けられた・・・。
「吉瀬!」
瞳は後ろを振り向くとそこには倉橋真奈美が・・・・。ミッドナイトカラーのバーバリーのトレンチコートにモノグラムモチーフ のレザー トートを左にかけながら瞳のもとへ寄ってくる。
「何やっているのこんな時間に・・・あれお酒飲んでる?」と真奈美
「えっ少し・・・」
「ふーん」
「監督のそんな姿初めて見ました」
「そう?・・・まぁ私が帰るころには誰もいないしねぇ」
「監督・・・」瞳は今にも泣きだしそうな
「何?急にそんな顔して・・・彼氏にでもふられたか」と真奈美が云ったとき瞳はいきなり顔をコートに埋めてきた。
「ちょっと・・・」
瞳は真奈美に身を委ね泣き始めてしまった。声になるかならないかぐらいの鳴き声で・・・。
「どうした・・・」と云いながら瞳を両手で抱いていく。どれぐらいの時間が経っただろうか・・・瞳は多少落ち着いてはいたがそれでも泣き止んではいない。ここ最近の瞳の不安定さは普通ではなかったことは真奈美自身が気にかけていた。それ以上に気にかけていたことそれは元夫の実の娘であったと云う事。
「今日・・・会ってきました・・・お父さんに・・・」
「えっ・・・」
「私は余計なことを云ってしまった・・・・」
「瞳あんた・・・」
瞳が本当に濱田に会いに行くとは正直思ってもいなかった。行くとしてもそれはまだ先の話だと・・・。濱田に会いに行くことは実の娘なんだからましてや成人を過ぎているのだから別に親の承諾も要らない。ただそこに私のことが絡んでいることが私自身も悩ましいのだ。別に瞳と私には血縁関係はないわけだから気にする話ではないのだがこの子は私が前妻だと知っていて相撲部に入ってきた意図が分からない逆に怖いものでさえ感じていた。でも今の瞳を見ていると本当に抱きしめて慰めてあげたい濱田と何があったかは知らないが・・・。
「私のマンションにいらっしゃいここから歩いて(十分ぐらいだから・・・・」と云うと右手で瞳を抱くようにして自宅マンションの方に歩き出す。
倉橋のマンションは20階建てのタワーマンション12階にある1LDK。17畳のリビングダイニングと8畳のベットルーム。一人で住むには十分すぎる広さである。今の収入からすると少し見合っていないかもしれないが濱田と起業した際の株と真奈美自身の金融投資でそれなりの資産は持っていた。少なくとも自分一人なら働く必要もないぐらいの余裕はある。
「そこに座って・・・コーヒーでも入れるから」と真奈美はキッチンへしばらくするとフレンチプレスに入ったコーヒーと焼き菓子をテーブルに置いた。
「今日はもう遅いから家に泊まっていきなさい。だからご両親に連絡して私が出るから」
「えっ・・・でも」
「気にしないでいいからそれより貴方のことが気になってとても一人で帰らすわけにはいかないからだから早く電話して」
「でも監督に出てもらうわけには・・・」
「あなたが気にするのなら出ないけど私に変な気はまわさないで過去は過去だから」
「わかりました」
瞳はスマホから母に電話する。
「瞳ですお母さん。今、相撲部の監督のところにお邪魔していて泊っていきたいのだけどいいですか・・・それと監督が話をしたいと云っているんだけど・・・・其れじゃ代わります」と云うと瞳はスマほを真奈美に渡す。
「相撲部監督の倉橋と申します」と云うとベランダへ出ていく真奈美
「改めまして倉橋真奈美です」
「瞳の母です」
「偶然に瞳さんと金山の駅で会ってそのまま私のマンションに誘ってしまって・・・」
「そうてすか・・・わかりました。それじゃよろしくお願いします」
「あの」
「何か?」
「・・・いいんですか私のところに娘さんを泊めて?」
「濱田さんの前妻だったから・・・という意味ですか?」
「私のせいで・・・」
「今、私には夫がいて子供もいます。今の私にはもう過去を振り返る必要はないのです。倉橋さんに恨みなんかありません。私からすれば濱田と再婚していないほうが不思議なくらいです」
「私はもう」
「瞳が西経の相撲部に入ったのは私と貴女への反抗だったのかも知れません。瞳にはつらい思えをさせてしまったし今でも辛いのかもしれません。瞳が家を出たいと云ったらその通りにしてあげようかと思います」
「瞳さんはそんな風には・・・」
「異父から生まれた・・・やめましょう貴女には関係ない話ですねぇ。すいませんが今日は娘をお願いします」
「わかりました」と真奈美が云うと相手の方から電話を切った。
ベランダの手すりにもたれかかり夜の街を眺める。目の前には公園とその奥には真宗大谷派 名古屋別院が見える。
真奈美が部屋に戻ろうと思ったとき着信音が鳴った。相手を見るつもりはなかったが
(濱田光・・・)
その表示を見た時一瞬体が固まってしまった。二回・三回と鳴り続ける。スマホを持ったまま部屋の中の瞳を見ると俯いたまま動かない。着信音は五回で鳴りやんだ。ベランダから部屋に戻る真奈美。
「お母さんに許可をいただいたから」と云ってスマホを返す。
「えっ・・・」画面に表示されている濱田の文字
「私が出るわけには行かないでしょ?」
「折り返しましょうか?」
「別に私に聞く事ではないと思うけど」
二つのカップにはコーヒーが注がれているが瞳は手を付けていない。真奈美はソファーに座るとため息にも似たような声を。そしてコーヒーを一口。薄くオイルが浮いた野性的な味わいはフレンチプレスならではものだ。
「瞳はなぜ私に執着するの?」
「父と別れた女性がどんな人なのか興味があっただけです」
「そんなことあなたに関係がある?」
「相撲の監督するため別れたんですか?」
「だったら?」
「・・・・・」瞳は答えなかった。
瞳はスマホを手に取り濱田の着信表示から折り返した。何回か呼び出し音が鳴った後濱田がでた。
「瞳です」
「あっ・・・さっきは申し訳なかったどうしても・・・」
「お父さんいまどちらですか?」
「家だけど・・・」
「電話代わります」と云うとスマホをテーブルに置き瞳はベランダに出ていく。
「もしもし」
スマホから聞こえる濱田の声にスマホを手に取ることを躊躇していたが真奈美はスマホを手に取り耳に当てた。
「もしもし瞳聞こえてないのか」と濱田の声
「もしもし」
「うっん・・・誰?」
「倉橋真奈美です」
「真奈美?・・・なんで?」
ベランダにいる瞳の背中を見ながら・・・・
「金山の駅で瞳に偶然会って・・・そのうえ私に抱き着いて泣かれてねぇ。だから私のマンションに連れてきたのよ」
「・・・・そうか・・・」
「あんなに気丈な実の娘に人前で泣いてしまうようなことをしたのね貴方は」
「今日、瞳から会いたいって電話が会ってね」
「そう・・・・」
「それで「ポルトフィーノ」で食事した」
「「ポルトフィーノ」・・・今もあるのねぇ」
「真奈美」
「・・・・・」
「今更何だが会わないか」
「・・・・・」
「瞳が貴女と会ってくれって云われてつい・・・」
「相変わらずね」
「えっ・・・」
「貴方とは正直もう会わないつもりだったけど・・・」
「ある人に色々と貴女との過去の関係聞かれてねぇ何で今更とは思ったんだが瞳の話まで出てきちゃってねぇ・・・そもそも瞳の話は貴女には関係ないんだけど」
「瞳さんのこともそうなんだけど映見があなたのところで稽古まがいのことをしてるらしいけど風の噂で聞こえてきたわ」
「稽古日に来ているよ」
「監督としては正直看過できないわ」
「どうせ倉橋真奈美とちよっと喧嘩でもしてるんだろうぐらいの話だろうからほっといてる。別にクラブで遊ばせてるわけではないよ。西経ほどではないかもしれないが最低限のことはやらしているつもりだけど・・」
「たかが街の相撲クラブのくせして偉そうなこと云うのねぇ」
「何ー!おまえにそこまで云われる理由はねぇーだろうが!」
「あの時、あなたは私に同じようなことを云ったのよ」と淡々と声を荒げるわけでもなく
「あっ・・・真奈美・・・」
「今の私なら聞き流す余裕もあるでしょうけどねぇ・・・」
「真奈美・・・すまん・・・」
「今更ねぇ・・・どうなのよ」
「・・・・」
「あの時は二人とも勢いがあってそして二人とも勝気だった。あの時私に一呼吸置く冷静さがあれば別れることはなかった・・・」
「俺も同じだよあの時は会社が飛躍できるかできないかの分水嶺だと思ったから・・・あの時ばかりはお前の話を聞いてやる余裕もなかった・・・」
「ところで、瞳に何泣かすようなことをしたのよ実の娘なのに?」
「倉橋真奈美さんともう一度寄り添うことはできませんか?とか云いやがってつい・・・」
「変わった娘よね瞳さんって・・・それで何そう云われて逆上でもしたの?」
「ちよっと・・・」
「相変わらずお子ちゃまねぇよくそれで会社大きくできたわよねぇ・・・。あなたに仕えていた部下はさぞかし神経すり減らしていたでしょうねぇ想像しただけで可哀そうだわ」と少し笑いながら
「・・・・・」
「無言と云うことは図星ってことなのねぇ」
「勘弁してくれよ本当に」
「とりあえず月曜日あなたの相撲クラブに行くわ。映見の件で西経女子相撲部監督として行くわ。なんじにいけばいい?」
「稽古は6時からだけど5時前には来てる」
「わかったわそれじゃ5時前に伺います。一応終わりまで稽古見させてもらうのと映見を絶対に来させてよ主題はそれなんだから」
「あんまり映見を責めるようなことは・・・・」
「あなたらしからぬ言葉ねぇ」
「真奈美・・・」
「冗談はともかく・・・御免ちよっと何云って良いかわからなくて・・・」
「月曜日楽しみにしているから・・・・じゃ」と濱田の方から電話を切った。




