過去の想い・今の思い ④
イタリアレストラン「ポルトフィーノ」はあえて言えばトラットリアで格的にはリストランテのひとつしただが料理に関してはひけを取らない。住宅街にあるこのレストランは濱田がデートで倉橋とよく食事をした場所でもあった。名古屋の市街地は若干離れてはいるがここは顔見知りに会うこともない。思い付きでこの場所を選ぶ自分もどうかと思うが・・・。
前菜はブッラータチーズとフルーツトマト・島蛸のソプレッサータ
「このお店は常連なんですか?」
「いや起業したのが新瑞橋でねそこからちょくちょく通ってた。あなたから電話を受けた時どこの店が良いかと思ってふとここを思い出してねぇ電話したらまだやっていたんでそれに西経からだったら一本だしと思ってねぇ」
「濱田さん私から連絡来るんじゃないかって予見してました」と瞳
「正直云うとそんなことがあるかも知れないとは思ったけど本当になるとは思わなかった」
ワインを飲みながら前菜を摘まみながら他人が見れば父と娘と云うところだろか
「濱田さん。お互いさん付けはやめませんか?」
「あぁー」
「私はお父さんの娘なんですから・・・」
「それはそうだけど・・・」
「じゃお父さんと呼んでいいですか?それとも(前)お父さんにしましょうか?」と少しからかうようなことを云いながらでも顔は笑っている瞳。
「じゃー(前)お父さんにしてもらおうか」と照れ笑いをする光。
お互い目を合わせながら・・・
「もう過去の話はする必要はないと思います。今日ここで会えたことは私にとっては新しい扉を開けることができたと確信しました。生みの父と育ての父の二人がいる。それでいいじゃないですかそれを不幸と取るのか幸福ととるのかは私のこれからの生き方だと思っています」と瞳は感情を高ぶらせるわけでもなく淡々と話す。
「大人なんですね」と光
「一応成人何で」と瞳
二人にとって今の時間は二十年近くの空白を埋めるのには十分なのだ。
「それじゃ乾杯しませんか?長い時を超えてここで会えたことに・・・スパークリングワイン頼んでいいですか?」と瞳
「いいよ」
瞳は店員にワインリストを持ってきてもらうと念入りに見ていき右手の人差し指をリストの中から指すとリストを閉じ店員に渡した。
「慣れてるんだな」
「ちよっと云い方が意味深な・・・」
「付き合ってる彼とかいるのか?」
「おじさんが聞きたがるセリフ」
「いやそんなつもりは」
「いましたけどふられました何回か・・・」
「はぁ~ん」と光
「あぁそうだろうなとか云う顔しましたよね・・・」と苦笑いする瞳。
「そなことはないっていやもうまいったな。ちょっと( ^ω^)・・・」
まるでいつもいるような不思議な感覚というか血がつながっていると云うことはこのようなことなのか二人ともまるで親子のようないやいや親子なのだが・・・。
店員がスパークリングワインを持ってくる。木製のワインクーラーから取り出し瞳にラベルの確認をしてもらい店員が二人のグラスにを注ぐ。
「お父さんスパークリングワインとか詳しいですか?」
「それなりにはわかると思うけど」
「もしこのワインが何か当てたらお父さんの願い叶えてあげますよ」
「そんな事云って大丈夫か?瞳が想っているほど俺の舌は凄いかもよ」と笑いながら
光はグラスを目の位置に持っていき色合いや泡の付き方を見て一口。そしてグラスをテーブルに置き。
「BERLUCCHI ’61 NATURE(ベルルッキ '61 ネイチャー)」かな・・・と何かドヤ顔で
「・・・・」瞳は絶句
「さっき何って云ったけ・・・・」
「お父さんの願い叶え・・・・なんでしたっけ」と惚けて見せる表情の瞳
「そんな表情見せるんだなぁ」
「・・・・」
「少し安心したよ」
「・・・・」
「偶に食事に付き合ってくれるだけでいい。私の願いはそれで十分だから・・・もし、瞳が私に願い事があるのなら言ってごらん」
「それじゃ一つだけ・・・いやその前に乾杯しないと」と瞳
「たしかに」
二人はグラスを手に持ち触れるか触れないギリギリに合わせた後口に運んだ。
わずかに金色かがった色と少し酸味が強いような気もするがけしてそれは不快ではなく柑橘系にわずかに甘い香りが混在しているようなそこは絶妙な味覚バランスということなのだ。
「それで一つの願いとは?」
「それは最後に全然料理進んでないし」と瞳
「了解」
〈メイン料理〉はチキンとサルシッチャのインヴォルティーニとアクアパッツァ
〈パスタ料理〉はペンネ ゴルゴンゾーラとタリアテッレ ボロネーゼ
〈ドルチェ〉 はゴルゴンゾーラチーズタルトとティラミス
最後に濃厚なエスプレッソであるRistrettoで締めた。
料理の間の他愛無い話をしながら父と娘と云うより恋人同士のような二人にとって本当に楽しい時間を過ごせているという事実は何ものにも代えがたい。
「それで一つの願いの話だけど・・・」と光が切り出した。その問いに瞳は一呼吸入れ
「監督、いえ倉橋真奈美さんともう一度寄り添うことはできませんか?」
光はあの晩のことが脳裏に浮かぶ。明星高校女子相撲部監督である島尾の言葉を
「彼女は倉橋監督の生き方には共鳴すると云いながら相撲のために自己犠牲まで負うのは何かと・・・」
(真奈美は俺達二人の人生より女子相撲を取った)あの時俺は一過性のものだと高を括っていた。冷静に考えれば俺と一緒に会社を発展させることの方が最善であると・・・でもあいつは違った。たかが女子相撲で・・・。
「瞳はなんで倉橋真奈美に入れ込む?監督であるだけだろう?」
「母が云っていました。お父さんは私には興味がなかったただ商売上の付き合いで結婚させてしまったと・・・あの人はいまだに前妻のことが忘れられずにいる。前妻の方もいまだに再婚していないと聞くとなにか私の方が息苦しくなるの・・・私の方から離れればあの人も私も呪縛から解放されると思ったから離婚したのに・・・あの人はまだ一人でいる」
「俺は仕事上のことで結婚したわけじゃ・・・」
「私はそんな二人から生まれた娘」
「そんな言い方はよせ!」と少し声を荒げてしまった光
一瞬、店員も他の客もこちらに視線が向けられた。
「母は殆どお父さんのことは喋らなかった。私も聞こうとは思わなかった。そんな時地元新聞のネット記事に女子相撲の小特集が載っていてそれで西経を知り倉橋監督の女子相撲への想いを知りその中で色々検索するうちに濱田光の名前が改めて出てきた。そして私の父親であることそして前妻のこと・・・。でも私の興味はお父さんではなく倉橋真奈美という人物に興味があった」と瞳は飲みかけのRistrettoを一気に飲み込んでいく。
「両親に私が西経に行きたいと云ったら何かしらの反応をするのかと想ったが賛成ではなかっでしょうが反対はしなかった。今考えると両親は私が父親のことを知っていてかつ前妻のことも調べたんだろうと思っていたのかもしれませんしあの時は私の反抗期だったし・・・。さすがに西経で相撲をして見たいとは云えなかったけどそれも黙認してくれた。ただ逆にそれが私は吉瀬家にとっては異質な存在なのかと・・・」
「・・・・」目を瞑り無言の光
「倉橋監督は相撲だけじゃなく勉学もできなければ稽古すらさせて貰えないほど厳しかった。私はこの人なら信頼できる。この人の指導を受けたいと・・・。部の方針のことで対立したこともありましたがそれを自分の意見だけを押し通すようなことはしなかった。忍耐強く・屈強でいながら繊細な神経を持ちみんなに信頼される女性それが倉橋真奈美だと・・・私の目標なんです」と瞳ははっきりと云い切った。
目を瞑っていた光は店員にグラッバのストレートを頼む。無色透明な若いグラッバはアルコール度数40゜以上。店員がグラッバの入ったグラスをテーブルに置くと光は一気に飲み干した。
苦虫をかみ殺したような表情を一瞬浮かべると光はグラスを置くと
「帰れ」と一言。
「えっ・・・」と瞳は戸惑った。
「聞こえないのか・・・」
「私・・・」
「お前に・・・もう一度寄り添うことはできませんかだぁ?お前何様なんだ」
「・・・・」
「お前に何がわかる。あいつは俺より相撲を取ったんだよ。私の目標?頭おかしいんじゃないか」
「なんで・・・なんでそんな言い方になるんですか!お父さんいや濱田光には失望しました」
瞳はそれだけ云うと席を立ち店を出て行った。光はその姿を目で追うこともしなかった。
(あの時と同じことを今度は娘にやってしまった)
「まだ女子相撲がなんちゃらかんちゃらって何なんだよお前はよ。女子相撲の監督?・・・・やればいいよやれよ!たかが女の相撲にいまだに熱上げて馬鹿じゃねぇーの全く話にならないよ」
「・・・・・今何って云った・・・」
「はぁ~」
「今何って云ったのか!もう一回云えよ」と激高する真奈美。
「何熱くなってんだよ馬鹿馬鹿しい話なんねぇよ」
光は天井に目をやる。カラフルなキャンディガラスペンダントライト何色もの光を奏でいる。そしてテーブルに目をやるとそこには一枚のカードが・・・・。それには携帯番号と倉橋真奈美と書いてある。
光はそのカードに書いてある倉橋真奈美の文字を見ながら
(瞳・・・・おまえの気持ちは本当にうれしいけど・・・もう・・・)




