過去の想い・今の思い ①
濱田は倉橋真奈美との出会いから結婚・会社の起業までをざっと話し終えた。
「会社も順調に成長してどうしても次のステップとして東京進出は必要だった。そんな時、真奈美が西経の女子相撲部の監督をやりたいなんって云い出しましてねぇ・・・・。彼女が西経の相撲部に顔を出していたのは人づてに聞いていました。私も見て見ぬふりをしていました。真奈美はちょっと女子相撲に息抜きの場を求めているんだろうと私はそれはそれで大事なことなんだろうと・・・・」
濱田はコーヒーを一口。
「真奈美が遠慮がちに相撲部の監督になりたい見たいなことを云ったとき彼女の想いを見抜けなかった。多分、私がやんわりと否定すれば事は済んだかも知れなかったがあの時はそんな余裕は私にはなかった。真奈美は私がきっぱり否定してくれれば監督の話は諦めたのかもしれない。彼女は頭もいいし感もいい。会社が大事な時期なのは重々承知していたはずです。でも女子大相撲の発足が現実味を帯びていた時期だし女子相撲をやっていた者にとっては諦めていたものなのに実は種火はくすぶっていてそれに監督と云う木に火が移ろうとしていた時に私が油を注いでしまった」
「油?」と朋美
「たかが女の相撲と・・・・」
「・・・・・」
「そんなことを云うつもりはなかった。無意識のうちに真奈美が西経に行っていることにイラついていたのでしょう」
「濱田さんも相撲をしていてならそんな云い方は・・・」と朋美は悲痛な云い方で
「私と真奈美は高校時代先輩後輩の関係でした。周りの男子からすれば変わったやつが入部したなぁとでもその頃から彼女は強かった。女子も何人かいたがとても稽古相手にならないと云う事で私が相手をすることに・・・。」
「それじゃならなおさらじゃないですか!大学で相撲は辞めたと云っても・・・私も監督と同じ感情を抱くと思います」感情的になる朋美
「朋美さんはなんで監督を受けたんです?」
「私は、偶々配属先に女子相撲部が新設されて成り行きで・・・」
「本当にそうですか?」
「どう云う意味でしょうか?」
「女子相撲部が新設されるだから?」
「そなことありませんよ配属先は一応は希望を出せますがそれで決まることはないと思います。そもそも女子相撲部が新設される何って知らなかったし」
「希望校は出したんですか?」
「濱田さんになぜそんなことまで喋らなきゃいけないんですか!」
「西経付属を卒業されているわけだから西経は考えていなかったと・・・」
「西経は考えていませんでしたから・・・」何かトーンが下がる朋美
「西経に行けばまた相撲にまた倉橋のもとに・・・」
「・・・・」
「私は真奈美を甘く見ていた。あんなに女子相撲に拘っていたとは思ってもいなかった」
遠くで電車が通過するジョイント音が聞こえてくる。
「別れてから一度も会っていないんですか?」
「会ってません。そもそも彼女も私のことはきっぱりとあきらめたのだと思いますよ」
「そんなものでしょうか?」
「彼女が監督になってからの女子相撲部の躍進は正直凄いなーっと思いますよ。そう思うと別れたことは彼女にとっては正解だったと・・・」
「意外とさっぱりしてるんですねぇ」
「もう少し想いがあると・・・」
「彼女の活躍を見て私も再婚しましたけどねぇ・・・でもすぐ離婚してしまいましたが」と濱田は苦笑いしながら
「一つ聞いていいですか?」
「何ですか?」
「吉瀬瞳ってご存じです?」
「吉瀬瞳?・・・さぁ」と濱田は別に表情を変えず
「再婚相手の吉瀬電機の・・・」
「・・・・」
「すいません。こんな人の腹探るみたいな事ばっかり聞いて」
濱田は窓の外を見ながら
「そうか西経女子相撲部の吉瀬って彼女の娘なのか・・・」濱田は深く息を吸いゆっくりっと息をはく。
「濱田さん西経相撲部のHPとか見られるんですか?」
「どうしてもクラブ出身者の稲倉映見は気にはしないようにはしいるんですけどどうしてもねぇ・・・吉瀬瞳・・・彼女はいい相撲しますねぇ」
「監督は吉瀬さんには全幅の信頼を置いてらっしゃいます」
「そうですか・・・吉瀬と再婚して瞳が生まれて・・・でも彼女が二歳になるかならないかの時に妻の方から離婚を云われてましてねぇ」
「奥さんから・・・」
「オーストリアの精神科医ベラン・ウルフは「人は相手の無意識に反応する」と云っています」
「・・・・」
「私は彼女を愛しているようなことを云っておきながら実は最初からその気もなかった。言葉や行動と云う視覚的にわかるものよりも実はそれ以外のことで相手の本当の気持ちがわかってしまう。自分の無意識が彼女には耐えられなかった・・・」
「無意識・・・」
「私は彼女の気持ちを汲んで離婚の判子も押し親権も彼女に渡しました。正直な話私もホッとしたのです」
「倉橋監督に想いが・・・」
「さぁーどうでしょ」と濱田はぐらかすような
「監督にお会いになったら」
「会ってどうしろと?」
「どうしろって・・・」
濱田が吉瀬と離婚してからわとにかく仕事に邁進した。モヤモヤするものを忘れ去るにはそれしかなかった。そして会社も大きくなり順風満帆と云っていいいぐらいに・・・しかしそこにはぽっかりと開いた心の穴が・・・そんな時実家の母の軽い認知症が・・・。そのことで地元に戻り会社は優秀な部下たちに渡し一線を退いた。母の介護の相談なので度々訪れていた役所で以前仕事でお付き合いをさせていただいた方からスポーツ施設の新規建設の話の流れで既存の相撲クラブの先生が年齢的に厳しくなっていてそこで私にと云う誘われた。非常勤の役員みたいなモノを優秀な元部下たちは私に与えてくれたが偶に東京に行くくらいであとは暇している自分には相撲教室の話も悪くないと・・・。
プロ力士を養成したいとかそんな意識は全くなく。きれいごとで云えば青少年の健全育成ぐらいの考えであった。そんな教室に甲斐和樹と稲倉映見という才能ある二人が入ることに。二人とも小学生から中学生へ互いに切磋琢磨していく姿は、かつての自分が倉橋真奈美の稽古相手をしていたように二人を自分の過去とだぶらせることが多くなった。そして、稲倉映見が進学先に西経付属高校を選んだことには正直云って動揺した。別に自分が進学するわけでもないのに・・・・。もしかしたら真奈美と接触する機会があるかもと淡い気持ちもあったが今のここまでそんな機会はなかった。
「倉橋監督は稲倉映見がここのクラブ出身って知っているのでしょうか?」と濱田
「知らなかったようです」
「ようですと云うのは今は知っている?」と濱田
「たぶん・・・」
「そうですか・・・」
「稲倉映見は知らないのですか?」と朋美。
「さぁーどうでしょうかね?知っていても私には云わないかもしれませんね貴女と違って」
「すいません・・・」
濱田はさりげなく空になった朋美のカップにコーヒーを注ぐ。
「できたら吉瀬瞳には会ってみたいです。何で相撲をやってるのか?なんで西経なのか?偶然にしてはよくできていると云うかと云うよりも彼女の記憶には私はいないでしょうけど・・・」
「実の父親として・・・」と朋美
「私が一線を退いた十年前に別れた妻は再婚したそうです。そして今はその夫との間に二人の男の子がいるそうです。大手自動車会社の研究開発部門勤務だとか元部下から聞きました。その時思ったのは別れた妻の幸せより娘の瞳の事・・・」
「・・・・」
「瞳がもし会ってくれるのなら・・・」
「濱田さん。もし私でよければ私がセッティングします」
「貴女が?」
朋美は石川さくらの西経への出稽古の誘いは吉瀬から受けたこととあとはネットで色々詮索したことなど
「瞳さんも大学三年ですしもう親の許可もいるわけではないですし会ってみたらいいかともし瞳さんが会いたくないと云えばそれで・・・どうです?」
「お気持ちは有り難いがあなたにそんなことをさせるわけには」
「彼女はなかなか頭がきれる女性です。おそらく倉橋監督の元夫は濱田さんと知っていて西経の女子相撲部に入っていると・・・」
「なんのために?」
「彼女は倉橋監督の生き方には共鳴すると云いながら相撲のために自己犠牲まで負うのは何かと・・・
」
「自己犠牲?」
「多分、濱田さんと倉橋監督が結婚し離婚して倉橋さんが西経の監督になったことをどこかで調べたのだと思います」
「だからと云ってそれが相撲をするきっかけになりますか?」
「云い方が悪かったら謝ります。吉瀬さんは倉橋監督に何か哀愁と云うか物悲しいと云うかそれを自分とだぶらせているのではないかと」
「・・・・」濱田は何も云わず外を見ている
朋美はその姿にある種の悲哀のようなものを感じていた。倉橋との別れ・真の意味での愛もなく生まれてしまった娘。朋美はこの濱田と云う中年男性に心を動かされている自分に我を失いかけそうになっていたが・・・
「濱田さん。やっぱり瞳さんに会うべきです。彼女が相撲を志してそして倉橋監督の指導を受けているのは彼女の計画通りなのかもしれません。でもそれは必然だったのではないでしょうか?」
「・・・」濱田は無言のまま朋美と眼を会さずただ外を見ている。
「濱田さん!」と強い口調で
「島尾さん降りていただけますか」と云うと濱田は席を立ちスライドドアを全開にした。
朋美は一瞬濱田に何か云おうと思ったが何も云わず席を立ち車から降りた。スライドドアがゆっくりと閉まり。ゆっくりと車は走り出していった。朋美は星空の寒空の下で意味なく目を潤ませてしまった。




