スカウト ④
椎名葉月(元葉月山)が引退後すぐに日本代表監督に就任ではと云う憶測は世間的には突然のような印象だが関係者の間特に女子大相撲側からは女子相撲が世界的に認知され発展をしているのにもかかわらずアマチュア側が主導しているのは面白くはなかった。そして今回の世界大会でアマチュアとプロの混成団体戦が開かれることを口実に組織改革の一環と称して手始めに代表監督にプロ側の人物を据えたいのだ。
それまでは、関東の女王である青葉大学の諏訪瑠璃子がアマチュアの代表監督として指揮を執っていた。女子大相撲といっても高校・大学を含めても女性の指導者は少ないのだがそれでも西経の倉橋を筆頭にアマチュア女子相撲はアマチュア出身の女性指導者が頑張っている。関東の青葉・中京の西経・九州の筑前は女子相撲の三強大学と称されてはいるが指導者はすべて女性である。
そんななか昨今の女子大相撲の人気は高校・大学に女子相撲部を創設することによっての一つのイメージ戦略の一環として考える学校が多くなってきた。その際相撲部設立に際して一番の問題は指導者の急務。そこで一番手っ取り早いのは元力士を指導者に招き入れることである。大相撲の元力士を指導者として招き入れるのが一番分かり易く特に高校ではそれが顕著である。
高卒からの直行が今やプロの大半であることを考えれば至極当然の話。では大学はと云うと既存の男子相撲部が積極的に女子を入れることによって大きなイメージアップにも繋がるし稽古においても男子並みの稽古ができることは女子選手からすると大きな魅力になっている。
しかし、女子相撲の人気が上れば上がるほど学生の本業である学業より相撲で勝つことが優先になってきているのだ。高校・大学は小・中学生のうちからの青田刈りではないが推薦や特待生扱いが横行しているのは表向きはないようなことを云っていも「既知の事実」である。そのことは学力が多少劣っていても相撲の成績がよければ良いと云う考えだがそれは相撲の成績がずっと良ければいいと云う話であって悪くなれば別の話。
その意味では女子相撲三強大学と云われている各校はあくまでも学業優先であり入学するにあたり優遇するにしても相撲の成績だけではだめで一般受験者と同じくらいは要求してくる。単なるスポーツ学校とは違うのだ。文武両道と云う言葉などはありえないと云う人も多いが相撲がダメになったとしても生きていくためにそれ以外のこともできるようにするのは教育者の仕事である。この三校の女子相撲部から優秀な力士も誕生しているがそれ以上に社会にとって優秀な人材を輩出しているのだ。
そんな話は、マイナースポーツと云われた時代の話。今や文武両道などと云っていてはアマチュア選手であろうともやっていけないのだ。高校・大学は正真正銘の女子大相撲のために特化した女子相撲養成所になってしまったのが現実。ましてや世界も視野に入れた力士の活躍を考えればそうなるのは必然なのだ。
女子相撲協会の理事会で椎名葉月(元葉月山)が監督として承認された時倉橋一人だけは異議を呈したが他の会員から異議は出なかった。倉橋自身はこうなることは今の流れからすれば当然だし女子大相撲の立役者である元横綱葉月山が代表監督に就任することの話題性は計り知れない。倉橋が西経の監督になった時代は女子相撲の終着は大学相撲でその先はなかった。大学卒業後も相撲をやっていける環境を作ってあげたいそれは女子相撲選手及び関係者の悲願であった。しかしそれは理想であって当時は夢の話。だからこその文武両道だと倉橋は肝に銘じて学生選手の指導にあたってきた。それでも若い頃はどうしても熱血的な指導になってしまい勝負に拘り選手に過剰なまでな稽古をさせておきながら学業の成績を要求して潰してしまったこともあった。
時代は女子におけるプロリーグ創設されそれが世界的になり夢が現実になったのだが・・・。
朋美が吉瀬瞳のことを調べ父が倉橋監督の元夫と云う関係にたどり着いてしまったことそして稲倉恵美は元夫の教え子であることを知り少し後悔をしていた。
(知らなくていいことを知ってしまった・・・・)
朋美は昨晩寝ることができず結局、倉橋監督や元旦那さんを詮索するようにネット検索に夢中になっていた。人の過去を探るみたいな行為など好きではないしされたくもない自分がこの件に関してはどうしても知りたかった。二人の大学時代の試合も検索でき濱田光が重量級・無差別級で好成績を上げていたことそして新相撲と呼ばれる前の女子相撲で倉橋真奈美と云う名前も発見することができた。そして
「第一回全日本新相撲選手権大会」が開催され個人で優勝・団体2位であったことも・・・・。
時刻は土曜日の午前四時。結局寝れなかった。朋美の勤務する高校は公立で基本土日は休みなのだが特別講座と称して月二回午前中だけ授業と云うか補習及び受験対策なようなものである。教育委員会的にはバツなのだがそこは黙認してもらっている。今日はその週なのだがそれが終わったら行きたいところがあった。それは、倉橋監督の元旦那さんが代表の羽黒相撲クラブを見てみたいと・・・。朋美自身何をやろうとしているかわからない。ただどうしても監督の元旦那さんを見てみたいただそれだけなのだ。離婚して以降ずっと再婚せず独身を通しているいや通させているのは?。
高校での特別講座を終えいったん帰宅しようと車に乗り込もうとした時、「はっ」と教頭が呼んでいるのに気付いた。教頭は小走りで朋美に駆け寄ってきた。若干息を切らせながら・・・。
「島尾先生いくら呼んでも気づいてくれないしなんか急いでいたようだけど?」
「すいません教頭気づかなくて」
「先生この前の件なんだけど」
「この前の件?なんでしたっけ?」
「なんでしたっけって先生、相撲雑誌の取材の件ですよ」
「あぁー」
「あぁーって先生あれだけ怒っていたのに」
「すいませんまだ何も考えていなかったので」
「先生、取材は断ってくれて云われていたけど私も色々考えたんだけどどうだろう取材受けてみたら」
「えっでも色々とあるんじゃないですか?」
「私もつい大人げないことを云ってしまったのとちょっと反省したよ。どうだろう取材受けてみたらそして石川さくらさんに好きなように喋らせたら本人が現時点で進路のことをどう考えているのか?」
「でもそのことで大学との関係が・・・」
「いや、その件も冷静に考えればおかしな話なんだよ。だから島尾先生気にしなくていいよ。西経の出稽古の件も世界ジュニアに参戦する選手なんだから大学生相手の稽古ぐらいしなきゃ話にならないそれでいいんじゃないか?」
「教頭。すいません」
「別に先生が謝ることでもないしまぁーその辺は顧問としてうまくやるよ。ただ先生が西経出身って云うのは事実だけどね」と苦笑いをしながら
「じゃ教頭。雑誌の取材は受けます。ただ石川さくら個人のインタビューはさくらの意向を聞いてからに本人が断りたいと云ったらその時は上手く断ってください」と頭を下げる朋美。
「わかった。ところで先生何急いでいるの?」
「えっ・・・あぁー人と会う約束をしていまして・・・」
「彼氏か?」
「はぁ~」
「先生にそっち系の雰囲気全くないから・・・でもやっと」
「教頭・・・」
「何?」
「そのような発言はストレートにセクハラなんですが」
「あぁー御免つい・・・」
「教頭、私に貸しってことで許します。ですので取材の対応よろしく」
「島尾先生の貸しはデカそうだな」
「はぁーい」と島尾は笑いながら
朋美はいったん家に戻ると軽く食事を取ると昨晩寝れなかった分の仮眠ではないが三時間ほど寝て車を羽黒中央公園にある羽黒相撲クラブに車を走らせていた。別に行って監督の元旦那に話を聞こうなどと云うことは全く考えていない。ただ監督が今でも独身を通しているのはやっぱり元旦那への想いがあるからではないか?もうそれは単なる朋美の興味本位でしかないのだ。
朋美は公園の駐車場に車を止めると公園入口の園内の案内表示板を見て相撲場の位置を確認するとその方向に歩いていく。朋美にとって相撲クラブのようなところに行くのは本当に久しぶりである。本当は相撲部で監督をしているぐらいなのだからあちらこちらの相撲クラブを見に行って有力選手を探すのもやってもいいのだがそこまでは関心がないしスカウトしようなどとは全く興味がない。そんな監督が相撲クラブを見に行きたいと云う理由が全くもって不純なのだがそんなことは朋美の頭の片隅にもなかった。
相撲場が近づくとすでに明かりが点いていて人影もみえる。朋美は外から中の様子を窺うと何人かが股割やら四股を踏んで稽古の下準備をしている。小学生から中学生ぐらいまでの子供達が十人ぐらいいるのだがその中に一人だけやたら体格が良い女性が・・・。
(えっ・・・あれってもしかしたら稲倉映見?)
稲倉映見がこのクラブ出身だと云うことはつい最近知ったことではあるが・・・・。別にいることがそんなに不自然ではない。たとえば稽古の手伝いにクラブOGとして行くことだってあること。中部ブロックの中部部屋の広報兼スカウトを受け持つ新崎一花から聞いた話では出稽古に行った石川さくらと三番勝負をして二番やってさくらにボロ負けして倉橋監督に帰させられたと聞いていた。その主たる原因は昨年の世界大会でのメダルなし以降稽古にもろくに出ず監督との間も何かしらの軋轢があって・・・と云う話だった。
(西経が色々云われているこの時期にこの子は何をやっているの!それに当然そのことは元旦那さんだって知らないはずないのに平気でクラブに来させているなんって・・・ただでさえ倉橋監督が云われてるのになんで・・・)
朋美は腹立たしかった。倉橋監督と関係がよくないから元旦那のもとで稽古の真似事をする。それでも別に付き合っているわけではないのだからそんなに怒る話ではないのだが・・・。




