スカウト ③
島尾朋美は教頭の飯尾昭と職員室の応接室で話をしていた。
「相撲雑誌の取材ですか?」
「季刊雑誌の【女子相撲】って知ってるだろう?」
「それは知ってますよ部室にも置いてありますし・・・」
「春号で中京圏高大親善試合の特集をするらしいんだがそこで明星を取材したいらしいんだがどうする?」
飯尾教頭には顧問をお願いしていて相撲部活動の全般を見てもらっている。
「それは部員達は喜ぶと思うのですけど・・・」
「なんか問題あるか?」
「それってメインは石川さくらですよね?」と朋美
「察しの通り。石川さくらに単独インタビューの依頼があるんだよ・・・」
「やっぱり・・・」
今年の高大親善試合は春に行われる世界大会に出場するであろう二人の対決が実現するかが注目の的になっている。石川さくらをエースとする明星高校と稲倉恵美・吉瀬瞳率いる西経大学の対決がもし実現すればそれはさくらと映見のどちらが強いのかを決める大会になる。注目度はファンのみならずアマチュア相撲関係者及び女子大相撲関係者にも次世代の日本の女子相撲を牽引するであろう二人には否応なく注目が集まっている。
「当然、西経も取材を受けるんですよね?」
「うーん。意外なんだが取材は遠慮したいと云われたそうなんだよ。いつも依頼すると快く受けてくれていたのに今回はどうも受けたくないらしくて・・・」
「稲倉の件ですかねぇ?」と朋美
「この前、さくらさんが西経に出稽古に行って何か聞いてないのか?」
「稽古のことは一切聞いてないので」
「なんで?」
「なんでって云われても・・・稽古の一環だと・・・」と朋美
「島尾君には黙ってようかと思ったんだが西経大にさくらさんを出稽古に行かせたことが色々憶測を呼んでねぇ。知ってのとおり関東や関西の有力大学から誘いを受けているだろう」
「それが何か?」
「西経大学に出稽古に行かせたのは何かしらの内定をもらっているのかと・・・・そんな問い合わせが誘いを受けている学校全部からきた」
「はぁーそんなことあるわけないじゃないですか」
「でも女子相撲の関係者はそんな風にしか見ないんだよ。私もそんな事微塵も考えたこともなかったが石川さくらの活躍からしたら是が非でもほしい選手。それがまた西経かって」
「そんなことあるわけないじゃないですか!」
「明星にさくらさんが入ったのは西経付属に入るとあからさまだから倉橋さんの教え子だった島尾のところにエスケープさせてるってことかって・・・」
「馬鹿じゃないですか?なんでそんなデタラメの作り話が・・・くだらなすぎます」と朋美は怒り心頭。
「それっと・・・」と教頭の飯尾は少しあきれた口調で
「まだなんかあるんですかいい加減にしてくださいよ全く!」
「いやうちの話じゃないんだが・・・・島尾先生どのくらい監督のこと知ってる?離婚して監督になったことは知ってるか?」
「離婚・・・」
「なんでそんな話が今頃と思ったんだが」
飯尾は知っている範囲での離婚の理由と元旦那が学生相撲をしていたことそして今は相撲クラブの監督をしていることそしてそのクラブの出身に稲倉映見がいること・・・。
「稲倉映見が西経に入ったのは元旦那絡みかってくだらないとは思ったが・・・ただそれ以上に倉橋監督は知らなかったらしいんだ稲倉が旦那の相撲クラブ出身ってこともさることながら相撲クラブやっている事さえも・・・だって離婚して30年近く経っているわけだから・・・・」
「知らなかった・・・」
島尾が西経女子相撲部で活躍していた頃に倉橋が若い頃離婚してそれからずっと独身だと云うのは知っていた。別にそのことを詮索するつもりもなかったし必要もなかった。裏では監督が独身の理由もわかるとか面白がっていたがそれはあくまでも冗談レベルの話。本当の理由何って誰もたいした関心はなかった。
「とりあえず雑誌の件は断っておくか?」
「いつまでお返事すれば?」
「おい、受けるのか取材」
「何時迄に・・・」
「週明けぐらいには返事が欲しいとは云っていたが・・・」
さくらの出稽古の件で倉橋監督と電話で話をした時に少し弱気なように感じたのはそのせいだったのかと今思うとそんな感じを受ける。監督は自分からは一切プライベートの話はしなかったし部員達も興味もなかったから聞こうとも思わなかった。
朋美は学校を出て自宅へ車を走らせていた。部活の稽古も別に変りなく高大相撲に向けて部全体が盛り上がっていたし出場予定選手はなおさら力が入る。そんな時期なのに島尾の心のなかは倉橋監督のことで頭がいっぱいなのだ。そんなことを考えている時ふと吉瀬の言葉が・・・。
「私は監督を尊敬しています。女子相撲をここまで発展させたのは倉橋監督です。私はその生き方にある種の共鳴と相反する自己犠牲までするのか知りたかったのです」
(彼女何か知ってるの?)
吉瀬はある種監督の秘書的参謀役と云ってもいいかもしれない。石川さくらへの出稽古の誘いも監督の彼女への信頼感といい・・・。彼女の物言いもそして相撲も・・・。もし彼女がスカウト的な役割を担っているとしたらそれはそれでおかしくはないし学生同士の集まりで偶々石川さくらと出会いちょっとした揉め事で知り合った。そんなことは普通にあることだしでもスカウト目的なら接近方法はいくらでもあるだろうしましてや西経は一度さくらを取りに行っているのだから今更小細工時見たいなことをしても・・・。
教頭の飯尾が最後に島尾に対して云った言葉がある意味の学校の本音なのかも知れないと
「島尾先生、とりあえずは石川さくら個人をあまり西経と接近させることは控えてくれ」
「どういう意味ですか?」
「うちの女子相撲部も島尾先生の指導のおかげで好成績を取れるようになって知名度も上がった。女子相撲部を持っている全国の大学からも評価をしてくれてる。そのことは大学進学に際して優遇的な処置をしてくれているし実際女子相撲部から何人も進学している。そのことは島尾先生も理解していると思うが・・・」
「教頭、そんな遠回しな云い方・・・要するに他校を勘違いさせるような行動は控えろと」
「先生だって教師やって何年になる。大学進学はすべて一般入試じゃないましてや今はAO入学を初め多様化している。もちろん本人が西経に行きたいと云うのならそれはそれでいいよ本人の希望が最優先だから・・・」と教頭
「石川さくらから進路のことはまだちゃんと聞いたことはないんです。三年になればその話は否応にも出てきます。出稽古に個人で行かせたのはさくら本人のためだと思ったし本人が私に行かせてほしいとか云うぐらいの覚悟でお願いしてきたのであれば行かせてあげるのは当然じゃないですか私も事前に西経の監督に確認もしました。個人で行かすことは正直躊躇したこともありましたが私は行かせて正解だと思ってます。それと彼女が西経に行くい行かないとは全く関係ない話ですよ」と島尾
「島尾先生、高校と大学の関係って複雑なことくらいわかるだろう?何も女子相撲の強豪大学は相撲選手だけを取っているわけではない普通の生徒だって取っているんだ。そのような生徒達に影響が出ないとは限らんのだよわかるだろうそのぐらい・・・。ましてや先生は西経出身で相撲部。ましてや石川さくら獲りに西経は失敗している」
「教頭もういいです。雑誌の取材は断ってください。それと石川さくら個人での西経への出稽古は本人が行きたくても許可しません。それでいいですか」と強い口調で島尾
「島尾先生・・・」
朋美は途中コンビニでノンアルビールとナッツ類を買い自宅へ戻る。朋美はノートパソコンを開き「稲倉映見・相撲クラブ」で検索すると何件かヒットした。「羽黒相撲クラブ」で検索するとFBが出てきた。そこには日々の稽古風景や試合結果の他にレクリェショーンなどの詳細も掲載されていた。そして掲載されている代表者の名前で濱田光で検索すると相撲ではなく濱田が代表を務めていた会社のことが・・・・。島尾は濱田がベンチャー企業を立ち上げて成功を収めていたことを知らなかったのだ。
そしてさらに調べていくとふと目に止まった文字が・・・・。
「吉瀬電子工業の業務提携」の記事と他のサイトの記事では濱田が吉瀬電子工業創設者の次女と結婚したことが記載されていた。
(吉瀬瞳って・・・監督の元夫の娘さん?そんな訳ないか・・・でも・・・)
朋美はしばらく考えた後、中部部屋の広報兼スカウトを受け持つ新崎一花に電話を入れた。
「夜遅く御免」
「朋美から電話をかけてきてくれると云うことは石川さくらさんはプロ希望と云うことでいいかしら」
「御免、今日は別件」
「まぁそんなわけないだろうとは思ったけどねぇって別件って何?」
「西経の吉瀬瞳って知ってる?」
「えーっと確か三年で副主将だったけ?それが何?」
「吉瀬瞳のご両親って何やってる人?」
「なぁーにそんなの聞いてどうするの?」
「さくらが出稽古に行った時の件で色々話してちょっとなんか雰囲気違うからどんな子なのかなーって」
「なんか云っている事よくわからないけど確か吉瀬電子工業っていうコネクターとかの部品を作っている会社だと思ったけど・・・」
「やっぱり・・・」
「やっぱりって・・・何?ってそれより朋美、石川さくらの件で色々揉めているみたいじゃない?もう素直にさくらさんにプロ志望宣言させてすっきりしたほうが良くない?」
「一花、夜遅く御免ありがとう」
「はぁ~あのねちょ」
朋美は一方的に電話を切った。
吉瀬瞳は監督の元夫の子供だったのだ。
(監督は知っていて彼女を相撲部に入れた。もしかして知らない?)




