スカウト ②
「新年度は入門者枠はないんだ」とさくらはスマホで中部女子大相撲協会のHPを見ていると脇から部の先輩でありもうじき卒業である主将の石倉梨花が覗き込んできた。
「主将、覗き見はしないでくださいよ全く」
「御免、さくらがあまりにも真剣に見てるもんだから・・・・」
「相撲協会のHP見てたんです。今年は取らないんですね」
「人数枠に空きがないみたいねぇもっと増やせばいいのにとは思うけど・・・・」
「主将、関西の大学行くんですよね?」
「そう教育学部に自分でもなんでそんなことになったか疑問だけどね」と笑いながら
「主将、勉強もできるし・・・・教師になるんですか?」
「島尾監督いや島尾先生の影響かな三年間相撲部で指導受けて先生みたいになりたいって・・・」
「島尾監督は私も憧れます。ちょっと怖いですけど・・・」
「先生に云っとくわ・・・・わ冗談だけど先生に相談したら想っていることはチャレンジしなさいって云われて、正直教育学部に受かるのは無理かなと思ったけど色々勉強の方法をアドバイス受けて正直進路指導の先生より参考になったけどねぇ」
相撲部の部員は監督であり教師である島尾には絶対の信頼を持っている。一見、島尾の指導は自主性を重んじているように見えるが要所要所はちゃんと指導し時には激昂することもある。みんなのレベルが上れば上がっただけの厳しい指導になることも昨今多くなったがそれはせっかく部員達の自主性で上げたものを下がらないように下支えをするのが指導者の役目だとそしてそこから先に上がるためのヒントを教えるのも役目だと云うのが島尾の持論なのだ。そして一番大事なことは部員達の将来の話。島尾は今まで一度もプロ力士になるように仕向けたことはない。けして部活の延長でプロ力士にはなってほしくない。なるのならそれなりの覚悟を持っていなければ力士生活は通用しない。西経の後輩・同期・先輩とプロ力士になった選手は多く見てきた。その中である程度成功したと云える選手は極僅か・・・。
島尾の母校である西経大の女子相撲部はけして相撲一辺倒ではない。学業の成績が振るわない部員には試合どころか稽古にも出させない。それは倉橋監督の考えで【学業優先で相撲はその次】と云う相撲部の理念なのだ。相撲の成績が良かろうが悪かろうがそんなことは関係なく部員には違う意味での厳しさも課している。昨今の学生相撲においては相撲優先で学業は甘く見ると云うのが現状であることは認めざる得ない。スポーツでの活躍が大学や高校においての知名度アップには大きく貢献していることはそのまま学校経営に係わってくる。
島尾とてけして学業は優秀ではなかった。高校でも倉橋イズムではないが学業が振るわないものは相撲はできない。正直、あこがれて西経付属高女子相撲部に来たのに・・・・。しかし、そのおかげで大学を卒業でき教師になれた。あの時は理解できなかったが今更ながら学生の本文である学業の意味を痛感している。だからこそ部員達には将来のために学業優先で相撲は二の次を通している。当たり前の話なのだがその当たり前をしない学校が多すぎるのだ。
石川さくらの卒業後の進路に関しては強豪大学から何校か誘いめいた事は受けている。明星高校は中より少し上くらいの学校でありけして学力が低い学校ではないし難関国公立大にも毎年何人かは進学している。石川さくらとてけして低いわけではないが実力からするとこの学校は少しレベルが高いことは確かだし実際入学試験の結果から云えば補欠合格すれすれだった。入学後はなかなか大変だったがそれでも頑張ってそれなりの学業成績を維持している。相撲と勉強をなんとか頑張ってきているさくらを島尾は褒めることはしないが頑張りは認めている。だからこそ色々な引き出しを作っておいてあげたい相撲にすべてをかけるようなことはさせたくない。それも指導者としての役割かと・・・・。
(さくらが高校卒業後にプロに行きたいと云ったら行かすべきなのか?)
島尾は自宅マンションで授業の資料を整理しながらふと机の隅に置いてあるスマホを見ると着信のメッセージが・・・・。
「西経の吉瀬?・・・・何の用?」着信時刻は午後8時。部屋の時計は午後10時を回っている。さすがにこの時間に折り返すわけにはいかないが・・・・。
とりあえず着信を確認したことだけをショートメールで伝え寝ることにしようとした時スマホの着信音が鳴る。相手は吉瀬・・・。
朋美は一瞬でることに躊躇したがほんの一分前にメールを出しておいてでないわけにはいかず・・・。
「はい、島尾ですが」
「すいません夜分遅く」
「私に何か?」
「急用ではないのですがちよっとさくらさんのことで・・・」
「さくらの事?」
吉瀬からの着信表示を見た時に瞬時に思ったのはさくらの事だろうとは思ったが自分が監督をしている部活の部員のことで他校の生徒がよりにもよって監督に電話をかけてくる神経が朋美には理解できないし失礼じゃないかと・・・。
「よく考えたら島尾監督に直接連絡を入れるなんて非常識で無礼でした本当に申し訳ありません」
「えっ・・・あっ気にしないで」と想っていることと逆のことと云うか云わされたと云うか
「出稽古のあとよく考えたらさくらさんに何かしらの誤解を与えてしまったのではと?」
「誤解?」
「あくまでも私個人の想いでつい出稽古に来させてしまったことがさくらさんにいらぬ期待を抱かせてはいないかと?」
「御免なさい貴女の云っている意味が理解できないのだけど・・・・」とは云ったものの彼女が何を云いたいかは想像できた。
「私は、さくらさんは西経に来るべきだと思っています。本人は女子大相撲に行きたいようですが私は大学相撲を経験してからでも良いと・・・」
「・・・・」朋美は倉橋と電話で話した時の事を瞬時に想いだした。
「吉瀬が石川さくらに声をかけたらしいが何かピンと来るものがあったんだろう出稽古の話は相談されたがすべて吉瀬に任してある。話は彼女にしてくれ」
「監督は吉瀬さんに全幅の信頼を置いてらっしゃるのですね?」
「吉瀬が入って女子相撲部は変わった。私の全否定から入ってそれを見事に変えちまった。とても私の敵う相手ではないよ。古い昭和の指導者は陰から支えるぐらいがちょうどいいってことかな」
吉瀬と云う一部員の存在が西経女子相撲部にいかほどの影響を与えたのかそれは悪い意味ではなく良い意味での影響力は朋美も一目置かざる得ないが・・・。
「さくらに西経に来るべき見たいなことを云ったと云う意味かしら?」と強い口調で云う朋美。
「そこまでは云っていません。私はスカウトではありませんしそんな権限もありません」とはっきりした口調で云って来た。
「わかったわでも、もしさくらが西経に行ったとしてもあなたはもう卒業してるでしょそれでもいいの?」
「そんなことはわかっています。私は西経で石川さくらと稲倉映見の活躍を見たいのと・・・倉橋監督の・・・・」と云いかけて云うのをやめてしまった。
「監督が何?」
「私は監督を尊敬しています。女子相撲をここまで発展させたのは倉橋監督です。私はその生き方にある種の共鳴と相反する自己犠牲までするのか知りたかったのです」
「自己犠牲?」
吉瀬瞳は小中とレスリングをしていた少女であった。地元には女子レスリングの付属高校及び大学の強豪校がありそこに入ることが目標ではあった。そんな時,ふと見たネットの記事が瞳の心をくすぐった。女子大相撲と女子相撲強豪校である西経そして倉橋監督の素顔という記事だった。
女子大相撲は知ってはいたがそんな関心もなかったし自分が住んでいる県に女子相撲で日本最強の西経があって女子大相撲に多くの力士を輩出していることも知らなかった。そして倉橋監督の存在。倉橋監督を調べるほどこの女性の生きてきた道に共感をしつつも自分の幸せを捨ててまでもなぜ相撲に人生をかけるのかが知りたかった。中学生ながら倉橋真奈美と云う女性の生き方を知りたかった。
レスリング仕込みの足取りなどの技で面白いように勝つことができた。でもそんなことが長く続くことはない。そこから瞳の苦悩は続き勝つことが全くできなくなった。そして一年生の夏、大学との合宿で倉橋真奈美から指導を受けることがあった。
「相撲はレスリングじゃないんだからまずレスリング出身と云うことから捨てなさい。それと廻しひとつ掴むのもどの指をどれくらい入れるのがいいのかそんな事だけでも勝負は決まるのよ。せっかく相撲部に入ったのだから相撲の奥深さと難しい意味での厳しさを体験すればするほど知ることができる。そして勝つためにどうすることができるかの答えを見つけることができればまたその上を目指すことができる。相撲もレスリングと同じ体重制限での階級制だけど無差別級もある相撲の基本は無差別よ」
倉橋の口調はけして優しくは語りかけてくれないが
「小兵であっても大型の力士に勝つこともできる。それには色々なことを考えないと勝てない。頭を使わない力士は勝てないわよ。それと一年生は部活での上下関係とかで悩むかも知れないけど部活だけじゃなく学校生活でも物凄く悩み苦しむと思うけどそれも子供から大人になるための大事な一年だと思うわ。まずは他の部員達に認められるように相撲に邁進しなさい。そうすれば自ずと認めてもらえるからそしてもしうちの大学に進学することになったらそしてまだ相撲に興味があったなら大学の相撲部にいらっしゃい。吉瀬瞳。覚えておくわ」とそれだけ云うと倉橋は他の部員の指導に行ってしまった。
高校での上下関係は中学以上だったましてや名門相撲部。正直、心も折れそうなぐらい厳しかった。体力的にもそうだが精神的にはもっと苦しかった。ほとんどリンチかと云うぐらいに苦しい稽古は上級生の不満のはけ口としか思えなかった。二年になり後輩として映見が入学すると映見は格好の標的に・・・。
「西経は島尾先生の時代とは変わりました。相撲の厳しさは変わらないかもしれないけど私は石川さくらさんの稽古姿を見てあそこまでやれるんだったら西経に来るべきだと思ってます」
「貴女の噂は色々聞いている。良い意味でのねぇ。石川さくらから進路についてはちゃんとまだ聞いていないし云ってもきていないわ」
「わかりました。出すぎたことをしていることは重々承知していますが私は西経の石川さくらと稲倉恵美のコンビを見てみたいのです」とその言葉には嘘はないと朋美は想った。
朋美は電話を切りベットに潜り込むもなかなか寝付けなかった。自分が指導している部員が自分の母校に行くことに何の躊躇も必要ないのに・・・・。




