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女力士への道  作者: hidekazu
劣勝優敗

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邂逅、そして ⑤

 映見は更衣室で着替え相撲場に入るとそこはシーンと静まり返った湖のように誰も稽古をせず。沙羅は見知らぬ男性の脇で俯いたまま・・・。その男性は映見が相撲場に入ると映見によって来ると何も云わず頭を下げると映見を正面に視線をずらす事無く。


「私の娘がとんでもないことをしてしまい本当に申し訳ない」と再度頭を下げる。

「頭を上げてください。さっきのことは娘さんに烈火のごとく説教しておきましたからもうあんな危ないことはしないと思います。だからもう気になさらずに」と視線を下におろしたときに父親が素足のことに気づいた。靴のままは論外としても通常スリッパとか草履とかを履くのが一般的なのだが・・・。


「なぜ素足なんですか?」

「あっ・・・学生時代相撲をやっていましてねどうも相撲場に入るときは素足でないと落ち着かなくて」とちょっと照れながら

「そうですか・・・だったら娘さんに相撲の稽古もされているんですか?」

「手作りで土俵も作りました。それとトレーニング関連も・・・・」

「・・・・・・」

「映見さんはそんな親は嫌いでしょ?相撲雑誌のインタビュー記事読ませてもらいました」

「えっ・・・」全くの赤の他人にそんな事云われるとは思っていなかった。


「女子学生横綱のあなたに素人の私が云うのもおこがましいがあなたの相撲はある意味の理想かも知れない。でも理想と現実は違う。プロを目指している選手は勝つことが第一なんです。沙羅のやったことを肯定する気はありません。あれは明らかに反則ですただ、プロに入ればそんな理想は通用しないアマチュアとの大きく違うところです」


沙羅の父親は別に感情的になるわけでもなくただ淡々と話し続ける。


「自分がやられて嫌なことはしない。今日の相撲とて張り手やかち上げでやり返せばいいと思う。でもあなたはしない。一見フェアプレーいや公明正大とでも云いましょうかでもそれはあなたの自己満足ではないでしょうか?。あなたがこの前の世界選手権で負けたのはそれではないかと思っています。私はあなたの相撲好きですよ。綺麗な相撲でいながら強いでも・・・」と云いかけて

「すいません。学生横綱のあなたに説教じみたことを本当に申し訳ない」と頭を下げる

「・・・・・」

「とにかく今日のことは沙羅が全面的に悪いし親として娘の教育がなっていなかったと云うことは弁解しようがありません。治療費その他は私が全部責任をもって対処しますので」

「気になさらないでください。大した怪我をしているわけではありませんから大丈夫です」

「わかりました。それと・・・」

「何か?」

「いや・・・あなたの理想とする相撲から外れたようなことをしたとしてもあなたの評価は下がるもんではない少なくとも自分は・・・だからあなたなりの勝ちに行く相撲を見せてください」

「・・・・・」映見は何も言葉にはできなかった。それを聞いて父親に何も云わず一礼すると濱田のところへ

「今日はもう帰ります」とそれだけ云うと映見は相撲場は出で靴に履き替え自宅に歩いていく。


「映見!」と後ろから和樹は少し早歩きで追いかけてきた。映見は立ち止まり。

「何?」

「何ってさっさと帰っていくから」

「和樹、実家に行くの?」

「いやもう東京に帰るから・・・・」

「東京って?実家によって行かないの?」

「まぁーなかなかちよっと・・・相撲やめちゃったしちょっとなんかねぇ・・・・」と云いながら歩き出す和樹、すると映見もいっしょに。

「それにしても何だよあの親。娘のことは置いといて映見の相撲に説教見たいな‥‥子供は親の鏡とはよく言ったもんだけど・・・・」と多少興奮気味で喋る和樹。

「・・・・お父さんの云う通りだと思う」

「えっ・・・何言ってるだよあんな親の云ったことなんか気にするなよ」

「・・・・・」


 二人は公園の正門を出る。


「それじゃ俺帰るからまだ最終の新幹線に間に合うから」と和樹は映見に手を振ると駅に歩き出す。

「和樹!」と急に声を上げる映見。

「・・・・」と振り向く和樹。

「家に泊まっていかない?」

「えっ?」

「久しぶりに会ったからなんか・・・色々話したいし・・・」と映見は和樹に合わせず若干視線をずらして

「映見・・・・」


 和樹は映見の様子がなんとなくおかしかったのは気づいていた。けして人の前では弱音を見せない。それが和樹の知っている映見の姿。でも今の彼女は弱々しく今でも折れてしまうような・・・。


「泊っても大丈夫だから・・・・今日、両親いないし」

「あぁぁ・・お兄さんいるよねぇ?」

「兄貴はドイツに行ってる」


 和樹にとっては意外な展開になってしまった。確かにそもそもが映見に名城公園で思いがけず会ってしまったのが事の発端とは言え・・・・。


「御免。私どうかしてるわ・・・気にしないで和樹の都合もあるのに御免」と云うと足早に自宅の方へ背中のバックパックが上下に激しく揺れる。映見の姿がだんだん和樹の視界から小さくなる。街路灯もない田んぼや畑を突っ切る一本道。遥か前方には信号機の明かりがそして空からは満天の月明かりが映見を僅かに照らし出している。


「映見!」和樹は彼女を呼び止めるが止まらない。まるで逃げるかのように・・・和樹は全速力で追いかける。県道との交差点でやっと捕まえることができた。和樹は息を切らせながら・・・。背中越しに声を掛ける。


「なんで止まらねぇーんだよ。俺が呼んでいるの聞こえてるだろう!」

「・・・・・」

「なんで黙ってるんだよ」

「・・・・・」

「こっち向けよ映見!」


交差点の信号が赤から青に映見はまた走り出そうとするところを和樹は映見のバックパックを掴み走り出せないようにしたのだ。


「映見!」和樹は強引にバックパックを右へ半回転回すようにして映見の顔を自分の正面に持ってくるように映見は激しく抵抗するがそれでも強引に向けさせた。


「映見・・・おまえ・・・泣いてるのか」


 映見の顔は今まで見たこともない・・・いやそもそも映見が泣いた顔なんかみたことがなかった。泣き言一つも云ったことがない映見が泣いている。和樹は映見にかける言葉が見つからなかった。初めて女子に抱いた恋心。高校・大学と相撲に邁進していた時もふと相撲クラブの時のことを思いだす。


 相撲のことそして映見の事。それは永遠の片想い・・・・だったけどそれでもよかった。片想いだった記憶は薄れてはいったけど消えることはなかった。初恋を大学生までになって引きづっている自分に「いい加減にしろよ」と別の自分が声を掛ける。


 和樹はベンチコートのポケットに手を入れている映見の手をそっと自分の手を入れ取り出すようにすると自分の手のひらの上に映見の手のひらをのせる。体格に見合った大きなひらと長い指。それでもけして無骨ではなく女性らしく繊細に柔らかく・・・。

 和樹は映見の手のひらの下から親指だけを伸ばし手のひらを指で撫でるように・・・。


「冷たい手してるな」と云いながら下からギュッとしながらも優しくゆっくりと包むように握る。


 激しく抵抗していた映見はしだいに落ち着き力が入っていた体はスーッと無駄な力が抜けていくように・・・・。


「今日は映見と色々な話をしよう」と云うと自然と和樹は両手を離すと左手で映見を抱き寄せる。映見は抵抗することなく和樹に身を預けた。


 交差点を渡り真っすぐの一本道を歩く。街路灯もなく頼りは遠くに見える民家の明かりと月の明かり。雲一つない夜空に一点物の月の白い光は二人の歩く先を照らすのには十分である。川を渡りきったところに映見の自宅兼診療所がある。けして大きくはないが地域医療にとっては大事な診療所である。


 そして診療所の裏はちっょとした里山になっている。中学生の時に二人で里山の開けた部分に・・・。和樹はふと思い出したように映見に語りかける。


「映見、里山に作った土俵どうなってる?」

「えっ・・・」

「えって・・・二人で作ったじゃないか忘れてるわけないだろう?」


 裏の里山の開けた場所に土俵と呼ぶのには到底値しないが雑草を円状に全部取ってそこを耕して足でで固める。近所の米農家さんから藁を貰い徳田藁もどきを作り円周の四隅に置き細い徳俵を作りそれを円周上に置いていき円土俵を作る。二人はそんなことをしていたのだ。


 和樹は里山を見ながらあの頃の楽しかった想い出を呼び戻すように映見に喋ていた。自然と笑みがこぼれる。


「映見あの時に戻れ」と喋りかけた時、急に映見が口を開いた。


「相撲しようか・・・・」

「えっ・・てっ・・・相撲?」

「裏山で相撲しようか・・・あの頃のように・・・」


 相撲クラブだけでは飽き足らず里山に土俵を作り学校帰りや学校が休みの日。二人は裏山で相撲を取っていた。どっちかがまいったと云うまでトコトン立ち上がれなくなるまで・・・。


「和樹と久しぶりに相撲を取ってみたい。あの頃のようにまた相撲をしてみたい」


 映見の表情が一変している。さっきまでのあの表情から想像もつかないほど生き生きと・・・。


「よっしやろう。あの頃のように・・・でも相手は現役の大学横綱って云うのはちょっと」

「ふーん。随分弱気ですねぇー」

「いやいや相手は世界大会に出ている天下の横綱ですから」

「馬鹿にしてるでしょ?」

「いえいえとんでもございません」と笑う和樹

「ともかく本気でやりましょう。廻しは私の用意するから」

「廻しって・・・」

「和樹は裸の上からきちっと廻ししてねぇ」

「えっ・・・」

「何・・・どういうこと?」

「本気でやるんだから当たり前でしょ?何とぼけたこと云ってるの全く」と映見は不満爆発と云う感じで

「・・・・・」和樹は何も云い返せなかった。


 お互いの気持ちは一致していたのかもしれない。お互いに悩み苦しみ口に出せないものはある。そんな二人が相撲で切磋琢磨したあの頃に帰れることができたなら・・・。


 里山からフクロウの鳴き声が聞こえてくる。「森の哲学者」とも云われているフクロウはこの二人をどう見ているのだろうか?





 




 


 





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