偉大なる横綱から今を生きる女力士への伝言 ③
21時20分にセントレアから飛び立ったJAL 208は羽田に22時20分定刻に到着。二人は東京モノレールで浜松町へ、モノレールを降り二人は中河部牧場東京事務所近くにある中河部牧場所有のマンションへ、竹芝桟橋近くの30階建ての最上階から見える景色は東京湾を眼下にしながらレインボーブリッジをすぐ目の前に、遠目には羽田空港から飛び立つ飛行機がリアルに見えてくる。
「千秋楽、妙義山関は盤石でしたね。世間ではもう終わりだなんって言われてますけどなんか一皮むけたというか、妙義山の名に恥じぬと言うか紗理奈さん超えたって感じで」と真奈美はリビングから羽田から飛び立つ飛行機を眺めながら、右手にはスパークリングワインのフェッラーリ ロゼを葉月も同じく右手に持ちながら・・・。
「妙義山はもう紗理奈さんの域を超えてますよ、紗理奈さんや私の現役時代とは比べものにならないぐらいに過酷ですから、疲れてはいたでしょうが、それよりも葉月山と桃の山の相撲は女子大相撲の未来を見せてもらったて感じです。真奈美さんが二人とも育てたわけだし、監督退任は早すぎたんじゃ?本音は戻りたくなったんじゃないですか?」と多少意地悪に
「もういわよもう十分。それはあなたでしょ?と言うよりももうやってるじゃないよく言うわよ」と真奈美は笑みを浮かべフェッラーリ ロゼを一口。深いローズ色に豊かな繊細な泡。フレッシュな花の香りが広がり、甘いアーモンドを思わせる優雅で繊細な余韻が二人を魅了する。
「葉月さん明日は?」
「午前中に京橋で打ち合わせがあるんだけど午後はチョット寄ってみたかった辰巳の女子大相撲資料館でも」
「・・・・」
「東京にはしょっちゅう来てるんだけど、なかなか行く機会がなくて、どう?」
「資料館ですか?」
「変な拘りは捨てて」
「わかりました」
「じゃ、そう言うことで」
-----小田代部屋宿舎 西経大 女子相撲部 相撲場----
【葉月山】は興奮冷めやらぬでもないのだが、誰もいない深夜の相撲場。小上がりに腰かけ土俵を見ていた灯りもつけず・・・・。土俵の上に一筋の月明かりが筆を引く、時たま擦れるような表情を見せるのは大銀杏の木の葉が風に揺らされ月明かりにちゃちゃを入れているのだ。幕下優勝は一つの通過点であり来場所からは関取として本当の意味においての十両力士として認めてもらえる立場になる。上手くスタートダッシュを決められたことに安堵したことは事実。しかし、絶対横綱【葉月山】の四股名で初土俵を踏むことに自分もさることながら女子大相撲関係者から時期早々と言われていたことがなおさら自分を追い込んでいたし幕下優勝は最低条件と言うことを自分で心に誓っていた。桃の山との一騎打ちも想定通りだったが、勢いの桃の山に勝てるのかは正直不安であった。桃の山の四股名を受け継ぐことはさくらにとってもプレシャーではあったろうが・・・・。
相撲場の時計は午後11時を指そうかと・・・・。葉月山・・・いや、稲倉映見は小上がりの畳に大の字に寝そべる。腹ばいになりながら視線を上に向ければ、陳列棚には女子相撲部の栄光の歴史の盾やトロフィーが鎮座している。もちろんそこには、稲倉映見や石川さくらの名が刻まれた物も置かれている。映見にして見ればまさか、女子大相撲の身分でこの相撲場に戻ってくるとは正直思わなかった。この大学での六年間は楽しくもあったし苦しくもあった。この相撲場の空気感と言うか何も変わらず、変わったと言えば、相撲部のが真奈美から瞳先輩に変わったこと。それは一時代の終わりであり次への世代交代を象徴する出来事だった。真奈美世代最後の選手であった稲倉映見と石川さくらが初土俵の名古屋で最終日、全勝同士で迎えた幕下優勝争いは、改めて西経の強さの源泉であった(前)倉橋真奈美相撲部監督の功績を称える出来事でもあったのだ。
(さくらと新たな女子大相撲の歴史を刻むってことか?目指すは女子大相撲横綱であり世界を相手に戦う同士としてなれたなら・・・・)
映見は畳に置かれているグリーン色の皮ケースに収まっているスマホを取り見開く
(メッセージ?さくら?こんな時間?)
着信は午後10時50分。映見は全く気付かなかったのだ。メッセージを開く
「幕下優勝おめでとうございます。正直勝てると想っていたのに!。。。_| ̄|○。来場所は十両決定ですね悔しい!!!。東京に戻ったら小田代部屋に出稽古に行きたいです。そん時はよろしくです」
(甘いなさくらは・・・・まぁ至極当然な結果だね、なんて言ったらキレるか?とりあえずメッセージ送っておくかね)
「さくら!当然の結果だから!(`・ω・´) それはさておき、またぞろさくらと相撲、それも女子大相撲の世界で切磋琢磨できることは本当に楽しみでありある意味の必然なことなのかもしれないね、【葉月山】と【桃の山】の因縁の対決!いや宿命の対決!勝負はこれからだから油断はしない!遠くの頂へまだ始まったばかり!なになに家へ出稽古に来たい・・・虐めてやるからな(笑) 」
メッセージを送ると間髪入れず電話がかかってきた。相手は当然に【桃の山】である。話長くなりそうだし無視しようとも思ったが・・・映見の方から連絡を入れると即座に繋がった。
「こんばんわさくら」
「映見さんこんばんわ」
「どうも・・・幕下優勝の【葉月山】です!当然の結果ではありますが!!!」と映見はわざとらしく
「幕下優勝おめでとうございます。実力の違いを思い知らされました」
「うん?えっ?いやいやそこは突っ込まないと」
「突っ込まないとって、正直そう思ってますし、それに葉月さんに言われました」
「【葉月山】さん?来てたよね升席に・・・っていつ話したのよ?」
「映見さんに負けて帰りの関係者通路で、励ましと叱責と言うか葉月山に厳しい言葉を受けましたけど感謝です。映見さん会ってないんですっか?」
「うん・・・うぅん」
「そうですか・・・そう言えば監督来てましたよね、久しぶりに話したかったのに・・・」
「葉月さんと来ていたのには、ちょっとびっくりしたけど」
「監督の旦那さんと葉月さん競走馬の関係があるからじゃない」
「そうか・・・」
「でも、今日の一番は流石に興奮して我を忘れたわ。これからこんな相撲が続くと考えるとわくわくする一方でちょっとしんどいかな?」と映見
「十両になれば15日間ですからね、うん-なんとか上がれないかな十両に・・・・」とさくら
「『万難を排して天命を待つ』を待つ。あれだけの相撲したんだからさくらも昇進できなきゃおかしいよ、少なくとも二人は十両陥落しそうな力士いるでしょ?」
「あぁぁ、家の部屋の二人の先輩力士ですかね?・・・・さすがに二勝と三勝じゃ・・・・うん?映見さん?」
「あんたよくいけしゃあしゃあとよく先輩力士の事ディすれるよね、私は海王部屋の【白梅山】と【恵那錦】とは言ってないからね!あっ・・」
「出た黒【葉月山】!先輩、たまに出ますよね大丈夫ですか!?」とさくらは失笑気味に
「さくらだからね言ったのは!」
「固有名詞はあげてませんからね腹黒【葉月山】きゃ!」
「さくら、言っとくけど来場所は私は十両力士だからさくらと格が違うから、幕下は力士じゃないから!」
「私も、十両に行くかもしれないのにいいんですかそんなこと言って・・・」
「絶対行かせない!審判部に意見しとくから!品位に欠けてるって」
「マジ切れしてるし・・・あっ、そう言えば明日の力士慰労会出るんですよね?」
「慰労会?」
「聞いてないんですか?幕内力士の慰労会ですよ」
「聞いてないと言うか、私達関係ないじゃん?」
「あぁ、力士会会長の【妙義山】関が特別に招待してくれるって、【天津風】関に言ってあるそうですよ」
「初めて聞いた。何にも言ってなかったけど・・・あぁなんかどっか主任とで飲みに行っちゃってるし」
「幕下優勝祝勝会とかしないんですか?」
「改めて部屋の近くでやるからとは言われた」
「そうですか」
「海王部屋は忙しかったんじゃないの妙義山関優勝して」
「さっきまで、関係者の方がたくさん来られて大変でしたけどなんとか終わって」
「そうなんだ。でも、妙義山関凄かったなぁ。けして体調は万全じゃなかったみたいだけど」
「世界ツアー前半戦の疲れが残っていたし、寝れない日もあったみたいで」
「絶対横綱の【妙義山】さんが・・・」
「あの出稽古に来た日も本当は基礎運動だけで切る上げるつもりでいたようですが、どうしても天津風関との勝負。そして葉月山さんと体を合わせたかったみたいです。帰られたあと相当ぐったりしてはいましたけど、過労気味であったのにせっかく出稽古に来てもらって将来を期待されてる二人をタダで帰らせては申し訳ないからって言ってたそうです。特に【葉月山】さんには思い入れが強いようですし・・・」
「私が【葉月山】を継いだことに良しと想っていない?」
「横綱は人一倍初代【葉月山】には思い入れが強いですし、たしかに映見さんに対してのぶつかり稽古は感情が高ぶっていたのは確かですし、親方から後でこっぴどく怒られていたようです。ただ絶対横綱は映見さんを高く評価してたと関脇【海景山】さんが言ってましたし、私とはまだ差があるって率直に言われて、正直『カチン』ときたんですが結果を見ればその通りでした。悔しいですけど」
「そうか・・・横綱動きに精彩がないなとなんとなく感じていたけど、【葉月山】を継いだことやっぱり良くは想ってないんだね」
「映見さん誤解しないでください!妙義山と言う四股名を初代から受け継いだ。親子二代それも絶対横綱としてです。あのぶつかり稽古は尋常ではなかった初土俵も踏んでない映見さんにですよ!それでも試したかった。【葉月山】の名に値するのか!羨ましいです。あそこまで絶対横綱を本気にさせた映見さんは」
「さくら・・・」
「私はまだ認められてないってことです。妙義山関が望んでいるのは、葉月山との本割での対決!それが実現するまでは意地でも引退はしないでしょうけど」
「それは、桃の山との対決だって同じだよ。さくらに桃の山を継がせたことは認めている証拠でしょ?ましてや、妙義山と桃の山が現役で揃っている部屋なんかないんだからさぁ・・・名門海王部屋が名門である所以は、所属の女子大相撲力士の層の厚さはやっぱり脅威だし、そこで鍛えあげられる【桃の山】の成長は計り知れないことは容易に想像できる。今回の結果に安堵はしていない!さくらと私の差なんてないものに等しい!『勝負は時の運』それだけよ」
「映見さん・・・」
「来場所はさくらと十両で相撲をしたいし、その先は幕内力士として、順調に行けば今頃幕内力士として、それは、さくらも同じだよ」
「映見さん・・・そうですね、来年の名古屋場所が凄い楽しみ!」
「さくらの場合は来場所でしょ?私としてはしばらく幕下で揉まれてもらって、その間に幕内に・・・」
「嫌な言い方・・・意外と性格歪んでるんだよね」とさくらつい独り言が・・・
「えっ?今なんてった?」
「えっ!?言ってませんよ何も・・・映見先輩は私の事気にしすぎですよ、まぁライバルししてくれるのは光栄ですが」とさくらは苦笑い
「性格歪んでるんで・・・」
「えっ?」
-----東京 浜松町 午前3時30分 -----
ダイニングテーブルの上にノートパソコンを広げ、競走馬管理アプリから調教管理メニュをアクセスし各馬の調教メニューを閲覧する。葉月のメインは牧場の営業活動などの実務面を受け持つことが主になっていた。本音で言えば、牧場で馬の育成にあたるのが性分に合っているとは思っているのだが、そこはビジネスとして割り切ってはいるものの、つい馬の状態を確認してしまうのは治らない、以前ならつい調教メニューに口を挟んでしまうことも多々あったが・・・。
馬主管理メニューを開き、今日会う馬主の情報から馬のレーススケジュールや仔馬の購入商談など多岐にわたる。いまの葉月は牧場での仕事よりこっちがメイン。そのことに不満がないわけではないが、あくまでもビジネス。そう言い聞かせて・・・。馬と戯れそのなかで生きてきた少女時代、それを仕事にしたかった。現実は遅まきながら叶ったものの馬と戯れと言うよりも馬主と戯れとでも言うべきか?
ひととおり今日会う馬主のチェックを終え、一息いれるとテーブルに置いてあるスマホにメールの着信音。
葉月をスマホを取りチェック
(紗理奈さん?)
「もし、東京にいるのなら午後、時間を作れないか?」 午前4時32分着信
(こんな時間に)
折り返すべきなのか?一瞬の躊躇はあったものの葉月は迷わず折り返す、メールではなく電話で・・・。
何回かの発信音の後に、電話がつながる
「おはようございます。葉月です」




