邂逅、そして ④
シャワー室に響き渡る体に叩きつけるような水の音。映見は最大水量にして温水を頭から浴びていた。正直、彼女がかち上げをやるとは考えてはいなかったがここまでして勝ちに拘ることには驚きとある種の悲しさを感じていた。
映見が相撲雑誌でのインタビュー記事で発言していたことがまさか自分に襲ってくるとは思ってもいなかったのだ。
映見が喋った内容は少なくとも小・中の全国大会は再考するべきだと発言したのだ。特に女子大相撲ができたことによって女子相撲をしている者にとっては一つの目標ができた。それはそれでいいとして問題なのは子供のうちからプロを目指していくことに異論を呈していたのだ。沙羅はかち上げなる肘うちを迷いなく顔にぶち込んできた。このことを言葉にすれば勝利至上主義の一言で片づけられる。それ以外に何かあるのだろうか?
勝ち続けることがプロ入りへの道であると云わんばかりの風潮。その諸悪の根源は親であり指導者なのだ。自分の子供・教えている生徒が勝てば本人もさることながら親も指導者もうれしいのは当たり前。でもそれが度を超えてくるとプロみたいなことを平気でやってしまう。たとえば階級制の女子相撲の場合勝てる階級のために減量をしてまで階級を落としたりもちろんその逆もしかり・・・そんなことも小・中学生の段階からさせることには映見自身異論があるし医大生として見た場合健康を考えれは゛成長過程においていいわけはないのだ。
「女子主将の神原です。映見さん大丈夫ですか」と声を掛けてきた。
映見はシャワーを締めて彼女の方を向くとカーテンを少し開け顔を出す
「大丈夫よ今タオル巻いたら出るから」と云うとしばらくして白いタオルに身を包んで出てきた。
神原はシャワー室と更衣室の間に置いてあるベンチに救急箱と大きめのバスタオルを置いて立っていた。
「映見さん・・・」
「そんな顔しなくて大丈夫だから」と云うと「ニッ」と歯を見せて
「とりあえず歯は欠けてないから・・・これでもし欠けてたら最悪だったけどそれは回避できた」と笑いながら小柄な彼女の頭を撫でる。
「とりあえずインナーとスパッツだけ履いてくるからここで待っていて・・・それと座ってていからねぇ」と云うと更衣室に入り暫くすると映見が出てきた。首にスポーツタオルを巻きながらそしてベンチに座る。
「とりあえず出血は止まったから若干鼻は痛いけどそれも明日になれば直ると思う」
「でも一応病院で診察してもらった方が・・・・」
「あっ、その必要性はないから・・・」
「でも・・・」
「家、開業医だから心配しないでそれから一応私、医大生だから一応はわかってるつもりだから」と笑いながら
「医大生・・・」
「意外・・・」と映見は笑いながらスポーツタオルを首にかけながらタオルの端で唇を抑えてみる。若干血の跡はつくがとりあえずは止まったようだ。主将の神原は映見の隣に座り横顔を見る。
「そんな凝視して私の顔を見られても・・・恥ずかしいじゃない」
「でも・・・」
「大丈夫だから私は・・・それよりもクラブの生徒達に怖いもの見せてしまったかなー。流石にあんな鮮血見たの初めてでしょうあなただって?」
「はい・・・。女子の中には泣いてしまった子もいて・・・・」
「そりゃそうだよね顔中血だらけで相撲取って・・・恐怖以外の何ものではないよね」と天井を見る映見。左手の動きに惑わされてしまってとっさの反応ができなかったことは映見としては失態なのだ。あの程度のフェイントに引っかかる何って・・・・。
「沙羅!」と神原が声を上げた。
沙羅は震えながら立って映見を見ている。映見は敢えて顔を背けて・・・。
「何か用かしら?」と素っ気なく。
あれだけ自信ありげな表情を見せていた姿から一転まるで小さくでもなったような体。泣いてはいなかったがいつ泣いてもおかしくない。
「ごごごめんなさい・・・本当に・・・・」と頭を下げた。
「・・・・・」映見は正面の白い壁を前に目を瞑っていた。
どれくらいだろうかしばらくの沈黙が続き・・・・映見が沙羅の顔に視線を合わせ喋りだした。
「そもそも論からあんな技は禁止されているはず。なぜなら一歩間違えれば相手に大怪我を負わしてしまうしもしかしたら何かしらの後遺症を与えてしまうかもしれない。下手したら殺してしまうかも知れない。そんな技をこともあろに意図的に私にぶち込んできた。そんなのすいませんで許される?」映見はあくまでも冷静に云っているつもりだがどうしても語尾は強く出てしまう。
沙羅はもう立っているのがやっとだがそれでも決して泣き崩れたりはしないで映見の目に視線を合わせる。それは敵意の目ではなくちゃんと相手の話を聞くという目に映見には見えた。
「あなたはもう相撲は辞めた方がいい。少なくともこのクラブからは消えてもらった方が良いと思う」
「映見さん・・・」と主将、神原。
「あんな派手な鮮血の稽古なんか見たら他の生徒は恐怖以外の何ものでもない。ましてや普通に相撲をしに来ている生徒がどう思う?相撲は危ない。下手すると大怪我するかもって普通に思う。みんながみんな相撲が上手いわけでない体格もみんな違う。あんな相撲とかするんだったら相撲やめて防具なしのフルコンタクト空手でもした方がいいんじゃないの?」
「・・・・・」映見に視線を合わせていた目は俯いてしまった。
映見は大きくため息をつくと・・・。
「主将。ちよっと外れてくれないかなー」
「えっ・・・でも」
「沙羅さんとちょっと話がしたいの」
「・・・わかりました」と云うと神原はその場を離れ相撲場の方に向かう。「バタン」と云うドアの閉まる音を聞くと映見は自分の隣に座るようにと手招きをし沙羅は映見の隣に座るとおもむろに喋りだす映見。
「沙羅、そんなに私に勝ちたかった?」と優しい声で語りかけた。
「・・・・・」
「あんな相撲はプロがやる者よそれでも私は嫌だけどそれはプロだから許される話。アマチュアがましてや中学生がやる相撲じゃない。多分そんなことはわかっているでしょうけど?」
「・・・・・・」
「今からあんな相撲を取っていたらもう成長はできないし少なくともクラブの仲間達はあなたと相撲どころか稽古もしたくないでしょうねぇ怖すぎて・・・」
今にも声を出して泣き出しそうな沙羅。
「まだあなたは中学一年生なのよ。まだまだこれからなんだから」と沙羅の頭を撫でる映見。
今まで泣かずに我慢していた沙羅はこらえきれず声を出して泣いてしまった。映見は沙羅を自分の胸に抱きよせる。
「勝つことだけが相撲じゃない。誰か云ったか知らないけど【劣勝優敗】と云うことばがあるそうなのよ【優勝劣敗】は字のごとく強いものが勝ち残り負けたものが淘汰される。【劣勝優敗】とは競技や試合での「勝敗」と「技の洗練度」は比例しないという考え方。 技が洗練されているから、そのまま勝ちにつながるわけではない。 勝ったから、技が洗練されているわけではない。 一見何を云っているのかわからないようだけど・・・・」
「【劣勝優敗】?」
「沙羅は私に勝つためにかち上げまがいをした絶対に勝ちたいために・・・・。もしあなたがあれで負かしていたらあなたの成長は止まることになったと思う。勝つためにはどんな手段でも使う。よく品格の話が相撲で云われるけどあきらかに強い者がそんな下品な技を使うなと使う必要もないだろってことだと思うのよ。沙羅の相撲の力量からすれば少なくともそんな技を使わずしても同年代には勝てるだろうし上級生にも勝てると思う。私は沙羅より力量は断然上だから使っても構わないと思ったとしたらそれはとんでもない勘違いだわ」
沙羅は映見の胸に顔を埋めたまま話を聞く。
「三本目の勝負あの左手のフェイントの後一本目のようにモロ手突きで突き放しにかかってこられたら多分負けていたと想う。あなたの方が私よりスビートがあったし多分私は負けていたと思うわ。なのにあなたはあんな手を使ってきた。もったいないじゃない。みんなからやっぱり強いなぁって尊敬できる選手になりなさいよ沙羅にはその素質があるし厳しい稽古もしてるんでしょ相撲をとってわかったわだからもっと技を磨いてみんなから信頼される選手になりなさい。ただし、絶対に勝たなければ試合はあるその時は今日のようなことも「やむなし」とみんなが納得できるときだけよ使っていいのは・・・。
もし私が使う時は相撲をやめる覚悟でやるわ。私はそもそも全否定してきたわけだから・・・・」
映見は沙羅の頭を撫でながら
「正直、私はもう相撲は辞めようと思っていたの・・・・みんな勝つことばかりに執念燃やして反則すれすれの決まり手を使ってきたりそのことを云えば色々叩かれたり・・・・・でも今日沙羅と稽古して一つわかったようなことがあった。それは勝つことへの執念と気迫」
映見は沙羅から離れ壁に横たわり沙羅を見る。
「私に絶対に勝ちたいという執念と気迫・・・・結果的には反則技であなたは負けたけど私はその部分が欠落しているのかも知れないと今思ってる。実はそれは相手に対して失礼なのではないかと・・・泥臭さいことを避けてきた。綺麗に勝つとかそっちのほうの美学だけを追い求めていた。勝利を求める泥臭い美学を避けてきた」
映見は今日あったことを想いだす。大学の稽古・さくらとの三番稽古・沙羅との稽古・・・そこには執念も気迫も泥臭さもないことに気づく。
「沙羅と初対面で稽古をして色々気づかしてくれたことには感謝するわ嘘でもなんでもなく。相撲に対して自分の生き方を少し考えてみようと思う。あなたも今日のことを少し考えてみるのも悪くないと思う。今日のことで臆病になることはないわ今日の出来事を一つの経験としてお互い次へ進みましょう」
映見は右手を差し出し握手を求めると沙羅も右手をそしてお互い手を握る。同じ相撲を愛する女性としてそして新たなライバルとして・・・。




