初土俵!そして・・・・⑨
『軍配は東、葉月山』
(負けた。あそこまで追い込んでいながら負けた・・・・)
土俵に点々と広がる雫の跡は汗なのかそれとも涙なのか?自分では万全の状態でこの初場所そして葉月山と全勝対決最終日。桃の山にとって自分の必殺技であるうっちゃりで負けたことは屈辱的である。ただ救いはその相手が葉月山であったことだけかもしれない。アマチュア時代稲倉映見は憧れの相撲選手であり常に尊敬する先輩であった。稲倉映見にとっても桃の山こと石川さくらは可愛い後輩でありライバルであったし、事実西経大学時代は先輩後輩の立場で切磋琢磨してきた。その二人の去就は女子大相撲関係者もさることながら女子アマチュア選手達にとっては気になってしょうがなかった。そんな二人が同時期に女子大相撲に入門し実力通りにというか幕下で全勝同士の優勝決戦でぶつかるなどは、想像できたこととはいえアマチュアの高校生・大学生達には目標とする二人の選手であり力士なのだ。
そんな二人の幕下全勝優勝をかけた取り組みは大熱戦の上に【葉月山】に軍配があがった。葉月山は息を切らせながらもすぅーっと仕切り線から少し離れた位置へ、対して桃の山はしばらく土俵に跪いたまま土俵に手をつけたままでいたが、一瞬土俵にいる葉月山の後ろ姿を見た後に睨みつけるような厳しい表情を見せたが、その後はきりっとしまった表情で土俵に戻っていく。葉月山の脇を通り抜ける桃の山を見ながら表情は一切変えず嬉しさなど微塵もださず。桃の山は葉月山に対して立つも顔は俯き葉月山と目を合わせないかのように一礼し土俵を下りる。葉月山はその態度に正直「イラっ」ときた。
(負けて、意気消沈してるのはわかるけど最後はきちっと顔を見合わせて一礼するぐらいできるでしょうが!)
『勝者 【葉月山】』と行司から勝ち名乗りを受けると館内から拍手の嵐。通常、幕下でここまで盛り上がることはないのだが地元の期待の力士二人ましてやこれからの女子大相撲の旗手として活躍をすることをある意味宿命づけられた両力士の取り組みは、女子相撲ファン達においてはこれから始まる序奏でもあったのだ。これから何度も続くであろうライバル対決であり宿命の対決、葉月山と桃の山の相撲対決は女子大相撲を盛り上げてくれることは間違えない。勝ち名乗りを受け土俵を下りる際チラッと升席を見る。倉橋真奈美は満面の笑みで拍手をしながら【葉月山】の優勝を称えてくれていた。
(監督・・・。とりあえずはこの道は間違えではなかったと・・・・)
葉月山はその笑顔にどこかほっとした自分がいた。卒業後ほとんど会うことがなかった二人。意識的に連絡も会うこともしなかったと言うよりお互い意地を張っているかのように・・・映見の女子大相撲入りに際して、監督とは何かしっくりこないまま別れてしまった。それでも会場まで来てくれてことに心が熱くなる。
(さくらと共に女子大相撲を盛り上げていきます!監督に感謝です!これからの私達を見ていて下さい!)
その隣にいたはずの初代【葉月山】の姿はなかった。この自分の力士姿を見に来てくれたことには熱いものが込み上げてくる以上に本当は直に話たかった。本格的に本気で相撲に取り組んだ中学生の頃から葉月山は理想の力士であった。それは今でも変わりはない。二代目【葉月山】としてその四股名を受け継ぐ重さをこれからひしひしと感じるであろうし、最低でも横綱!理想は絶対横綱二代目【葉月山】!
(葉月山さんがいなければこの場にいなかった。監督・葉月さんありがとございました)葉月山は真奈美がいる升席の方に深々と頭を下げる。観客のほとんどは葉月山がなぜ頭を下げたのかわからないだろうが・・・。
それに応えるように真奈美も座りながら軽く頭を下げる。正直に言えば今でも映見が女子大相撲を選んだことには納得していない部分もあったが、ひとつの結果を出した以上それは映見の選択が正しかったことを認めざる得ない。真奈美的にはさくらの方が一枚上だと踏んでいた。現状のできや将来性か言えばさくらがあるのではと想っていたが、精神面ではまだまだ映見の方が上、それどころかまだまだ進化の余地を残している相撲をしたことは、改めて潜在能力の深さを思い知らされた。映見はまだまだ進化していることを・・・・。
(私の目は節穴だったわ。勝負に対する執念というか、ガラスの女王だと大学時代は想ったていたけど力士になると変わるのね、紗理奈さんはそこまで見ていたのかな?葉月さんを北海道まで自身がスカウトしたのと同じようにあなたに目をつけていた。私は心のどこかに女子大相撲に行っても成功できないかもと言う疑念を持っていたのよ。あなたのアマチュア相撲女王で引退してあなたは医師として邁進すればそれがあなたにとって一番のしあわせだと、でもその答えは違っていたようね、私的には嬉し悔しじゃないけどなんかね、なんかさくらは運がなかったわね、闘志が少し空回りしちゃったか?でもこれから映見と幾度も対決する場面がある。さくらは楽しくてしょうがないでしょう?それは私もだけどね)と一人慈愛に満ちた満面の笑みを浮かべる。
映見はその真奈美の表情を見ても映見は浮かべずあくまでも平常心に、感情は表に出さずあくまでも平常心で土俵を下り東の花道を出口に向かう。その姿を見終えるとふと隣の葉月に視線を・・・・。
「えっ?どこに?どこに行ったのよ!?」
-----西 花道出入口---
負けた桃の山が引き上げてくる。このエリアには一般客がここから館内に出入りする力士を見ることができる。幕内の取り組みが始まれば人気力士をまじかで見られる場所でもあり推しの力士目当てにファンが集まる場所でもあるが、さすがに幕下が終わった直後では待ち構えているのはカメラマンぐらいそんななかの一般人である女性が引き上げてくる【桃の山】を待ち構えていた。
俯き加減で肩を落とし引き上げてくる【桃の山】普段はアマチュア時代と同じどこか「ほわぁーん」と言う感じで力士の厳しさとはどこかかけ離れた存在であり勝っても負けても露骨に感情は表には出さずも自分として納得できない相撲を取ってしまった時は明らかに落ち込んだ表情を見せる。引き上げてきた桃の山は明らかにそれである。
その女性は桃の山が横を通り過ぎようとした時にあからさまに挑発するようなことをさっらと言ってのけた。
「まだまだね、桃の山らしいというか似てしまうものね初代の悪いところも受け継いだか?」
「・・・・・」
桃の山の動きが止まる。ファンの中には多少の皮肉を込めた掛け声をする者もいないわけではないが、そんなことにいちいち反応していてはとてもやってられないしその程度の事で右往左往しているようでは女子大相撲の世界では生きていけないし心技体がとても持たない。桃の山こと石川さくらとてアマチュア時代は日本はおろか世界の厳しい大会でも数々の勝利をもぎ取り勝てないときは辛らつなことを言ってくるファンも女子相撲選手や関係者からも言われることもままあり耐性がないわけではないがその一言は許せなかった。
桃の山は葉月の方を向き怒りの表情をあらわにし睨みつける!あきらかに敵意の目。警備員がトランシーバーでどこかへ連絡している。テレビ局のカメラマンがいるだけだがカメラマンは即座にハンディを持ちこの二人にレンズを向けた。この女があの【葉月山】だとは誰も想ってはいない。
「葉月山の方にまだ一日の長があるわね、差は僅かかもしれないけど最後にあなたの秘策であるうっちゃりでやられているようじゃね」
「!!!・・・・許せない!」
葉月にたいして真正面から睨みつける【桃の山】下手はすれば一触即発の雰囲気だが、葉月の威圧感に押され気味の桃の山。葉月の目力は引退して五年以上体形も全く変わってしまっても、そこは元絶対横綱【葉月山】なのだ。
(うっ、この人・・・いったい!)桃の山の額に汗のすじが・・・・。
「桃の山!初代は葉月山と常にいい勝負はしていたけどまだまだ経験が足りてなかったわ。色々な意味でね」
「さっきから・・・何が言いたいんですか!」と声を荒げる桃の山。それはそうだろうが相手が元【葉月山】など知る余地もないのだ。そんななか慌てて親方連中がやって来る。警備の方から連絡を受けたのだろうそのなかに桃の山の師匠である海王親方や遅れて葉月山の師匠の小田代ヶ原親方の姿も・・・。
「葉月さん」と真っ先に声をあげた小田代ヶ原親方
「葉月?葉月って?・・・葉月山か!?」と海王親方が言うとその場にいる親方連中がざわつきだす。
葉月山が相撲界から去った後ほとんど相撲関連のメディアに出ることもなく相撲の会場に姿を見せるなどなかったのだ。協会は何回かイベント関連で出演や取材の話もお願いしたこともあったがけんもほろろだった。そんなことが続き協会も声もかけることもなくなった以上に山下紗理奈との確執がいまだに続いてるのかとそんな思いがあるなかで突然の葉月山こと椎名葉月が相撲観戦に来たことはほとんどの女子大相撲関係者には驚き以外の何事でもないのだ。
(葉月さん!?)それは桃の山にとっても驚きであると同時に何故私に声をかけてきた。真っ先に声をかけるのなら葉月山ではないのかと?・・・・
「どういう風の吹き回しかい」と海王親方。でもその顔にはどこか嬉しさも染み出しているような
「お久しぶりです藤の花さん」と葉月も同じような表情で
「ご存じだと想うけど一応は海王部屋の主なんで」
「さすがは業師と言いましょうか?つきいる隙は流石だと」
「はぁ?・・・たくっ・・・毒舌が過ぎやしないか」
「私の師があれなんで」
「あぁあれじゃなぁ」
「本音出た」
「言い出したのは葉月だからね」
「来てるんですか?」
「貴賓席でって言ったんだけど三階でいいって多分上にいらっしゃると思うよ?」
「そうですか」
「あのー・・・葉月山さんだったんですね、私・・・・」と桃の山
「ごめんなさいね、あなたにあんな失礼なこと言って、悪気があったわけではないんだけど」
「葉月山さんに声をかけなくていいんですか?」
「映見はいいのよ彼女とはもう十分に話もしたし、【桃の山】は【葉月山】という目標がいるのだからとにかく葉月山を自分なりに研究しなさい!それと、ちょとでも慢心したら葉月山には勝てないわよ、今日の勝負はあなたに少なからず自信と言う慢心があった。それが最大の敗因よ!勝負の世界で隙を生んではだめ!絶対にそこを突かれる。今日は葉月山に見事にやれてしまったのはそこよ!今日の負けはあなたにとって大きな財産になったはず、それと観客に見せる相撲はああいう相撲よ!幕下でこれだけ盛り上がる取り組みはなかった。ファンがあなた達をどれだけ期待しているか、それに応えるのが力士よ!」
「葉月山さん・・・」
「一応言っとくけど、葉月山じゃなくて中河部葉月だから」
「葉月さん・・・・」
「じゃ升に戻るわ。連れを一人にさせちゃってるし」
「会っていかないのか?」
「紗理奈さんとは、もう十分プライベートでお会いしてるし」
「いいのか?」と海王親方
「それじゃ」と言うと葉月はその場を離れ東の升席へ歩いていく。通路の先を右に折れ葉月の姿も消える。
(葉月山が会場に来るんなんてあれだけ頑なに女子相撲と関係を断っていたのに・・・恋しくなったか?)
「師匠すいませんでした。葉月さん言う通りです」と桃の山
「私も勝てると想っていたけど葉月山の方が一枚上手だったな」
「悔しいですけど、葉月山の凄さを思い知らされました」
「だってよ!小田代ヶ原親方」と多少ぶっきら棒に海王親方
「えっ、あぁぁ・・・・あぁまぁ葉月山なんで」と小田代ヶ原親方
「まぁー百合の花だったらコロッと負けただろうけどね?」と皮肉を込めて
「はぁ?」
「早く東の控え部屋に行けよ!弟子が幕下全勝優勝なんだから」
「あぁはい!すいません」と小田代ヶ原親方は西の花道から東の花道出口へ
(おいおいお前が花道通ってどうする!まったく百合の花はだから・・・あっいけない百合の花とかおもちゃった)
まもなく幕下・三段目・序の口の優勝の表彰式が始まる。
「桃の山。ここからが本番だからね、桃の山と葉月山のこれからの勝負、私も楽しみだから」
「師匠・・・」
「来場所は十両に上がれないかもしれないが」
「もう一度気持ちを入れ直します!ご指導お願いします!」と桃の山
「うん・・・」と言うと軽くハグする親方と弟子の桃の山、桃の山の体が少なからず震えているように海王親方は感じたが、それは自分も震えていたのだ。桃の山にとっての初土俵の名古屋場所は悔しい結果にはなったが、桃の山自身はやり切った感はあったのだ。
(こんな初土俵でしかも名古屋場所、負けたけど優勝争いを映見さんとやれたこと、これから始まるんですね二人の物語が!)




