初土俵!そして・・・・⑦
土俵下で大きく息を吐き精神集中する二人。幕下とは言え千秋楽と言うことで館内の観客達は序盤から盛り上がる。ましてや二人とも地元西経OGでありアマチュア時代の輝かしい成績を引っ提げての女子大相撲入りは、女子相撲をしている者達にとっては二人がどこまで活躍できるのかを注目せずにいられなかった。そんな名古屋場所での二人の活躍は全勝同士での最終日になったと言うことで見る方は「ワクワク」の一戦である。そして二人が土俵に上がるとまるで幕内の取り組み結びの一番でもあるかのように館内が一気に盛り上がる。
両力士が四股を踏みながら臨戦態勢を整える。新【葉月山】対新【桃の山】の初対決は次の女子大相撲を担うことを運命づけられた二人でもある。全勝で一気に十両昇進!それは二人とも想っていることではあるが全勝同士でここまできた二人にたいしては同時昇進をとの声もあるが、昇進は実力だけでなく、他力士の成績や番付の空き状況にも左右される。女子大相撲は年三場所しかないことを考えれば、昇進のチャンスはそうはないだからこそ全勝で文句なく昇進を決めたいのだ。
「さあ、土俵上はそろそろ制限時間がいっぱいです。幕下最終日の大一番、桃の山対葉月山の全勝対決!この一番で勝った方が十両への昇進が確定します。行事が仕切り線の前に両力士を寄せる」
そして行事の軍配が返る。
『時間です、待ったなし!』両力士がゆっくり腰を下ろすと両力士が睨みあう。稲倉映見こと【葉月山】が見せる厳しい顔、対照的にどこか「ほぉあーん」とした表情の石川さくらこと【桃の山】
『はっけよい!』両力士の両こぶしが土俵につく
お互いに胸から激しくぶつかっていく二人は、がっぷり四つに組み合った。右四つ、左上手。胸を合わせた、お互い十分の体勢。立ち合い勝負に勝ったのは【桃の山】両廻しをがっちり引き付け、がっぷり組んで華菖蒲の胸をを挟みつけるようにして【葉月山】に力をかけていく。
「くぅぅっ・・・うぅぅ・・・あぁぁ」葉月山はおもわず声を漏らせてしまった。
桃の山に完全に力負けの葉月山。土俵上で必死に下半身を踏ん張る葉月山ではあるがじりじりと押され足の裏に潤滑油でも塗られているかのように滑っていく。立ち合い勝負で競り負けた葉月山は初っ端から桃の山の後塵を期すことに、アマチュア時代の映見ならあえてワンテンポ遅らせ相手を受け止めてからの四つ相撲が映見の真骨頂ではあったが女子大相撲はそうはいかなかった。
確かにここまで全勝では来たものの薄氷を踏むかごとき場面も多々見られた。そしてもう一つが場所中のコンディション維持。十両以上の関取陣は本場所15日間全て対戦があるが、幕下以下は7番勝負になり、勝ち越しのラインは4勝で取り日は、1日おきや2日続けて1日休みなど、力士によって様々に組まれるのだが15日間取組のある関取陣は毎日が緊張の連続なのだが、「休み」のある幕下以下も、ある意味においては間が空くことでコンディションと集中力を保つのが難しいとも言える。それは桃の山も同じなのだが、葉月山にとってはその休みが曲者だったのだ。
幕下未満の力士相手なら葉月山にとってはレベルが違えど、幕下附出しのデビューにどこか驕りもあったのだ。幕下レベルなら今までのアマチュア時代の貯金でなんとかなるそんな甘えが・・・。しかし、場所が始まり傍目には盤石なように見えてはいたが、本人の気持ちの中では自分のスタイルである四つ相撲がイメージとしてできないことに苛立ちを覚えていたことそれはすなわちアマとプロの差であり稽古量の差を如実に感じていたことが心技体の心と体を少しずつ蝕んでいた。
たいして【桃の山】は大学での稽古と実戦、そして、卒業までの海王部屋への出稽古と十分に鍛錬を積み女子大相撲に備えていた。特に海王部屋への出稽古は、心技体をハイレベルで鍛え直されていたのだ。
(くっ!甘く見ていたつもりはないけど、出稽古の時とは違う!?手を抜いていた!?)と葉月山
場所前の海王部屋への出稽古で申し合いで桃の山とは何番かあたることができそれなりに手ごたえは掴んだと想っていた。連続して二十番、通算で三十番以上その中で桃の山とは七・八番で疲れていたせいもあったがそれを差し引いても、桃の山とは遜色ない勝負はできていたと想ったがそれは錯覚だったのか?
(映見先輩その程度ですか!出稽古では実力は見せる必要はない!親方の言葉です。この一番に親方は葉月山は疲れているからがっぷり四つの勝負はしてこない速攻相撲でくる。立ち合いから当たって、差して、一気に攻めの相撲で来るからと言っていましたが、私はがっぷりの四つでくると想っていました。案の定きましたね、映見先輩ならこの大一番、絶対自分の取り口であるどっしり構えて四つに持ち込み、胸を合わせて正面から寄り、押しで決める。それが先輩の王道の横綱相撲!でも、そんな相撲は大相撲では通用しない!レベルが違うんです!立ち合い勝負で後手を踏んだのは、迷いですよね?もし、立ち合い勝負で私が負けていたらそれも通用したでしょうが・・・映見先輩!この勝負貰いました!)と桃の山
葉月山は桃の山の激しい引き付けに抗いながら、葉月山は足を踏みしめながらグッと腰を落としなんとか踏みとどまる。葉月山自身は桃の山との力での真っ向勝負では劣勢であることを自覚していながら、あえて一気に吊り上げようと模索しているのだ。しかし、相対する桃の山は葉月山が真っ向勝負してくることは望むところと言うよりそう来るであろうと確信していた。
(映見先輩!今の私に真っ向勝負で勝てるなんてありえませんから!)
(私はこの一番に賭けているんだ!さくら!私を・・・【葉月山】を舐めるな!)
力比べなら桃の山は絶対の自信を持っていた。ここまで六番桃の山にとっては完勝と言って良い内容で他の力士に隙はなかった。四つも突き押しもいけるが特に四つ相撲の強化に向けて日々の稽古に取り組んでいたのだ。特に、組み手の技術や体勢の安定性を高めるためのトレーニングを積極的に、在学中でも海王部屋での出稽古で鍛錬にいそしんでいた。そのことがここまでの成績もさることながら自信へとつながりい意味での余裕があるのだ。
桃の山が両腕に力を込め一気に引き抜こうとし廻しを激しっく引き寄せる!歯を食いしばり全身全霊を込めこの相撲にすべてを賭けて!
(えっ!?なんで、なんで!) 「くぅぅぅ、くぅぅぅ、あぁいや・・・」と桃の山にとって意外な展開に!?
(単純な力勝負で決まるのならさくらの方が上であることは認める!でもね勝負は気持ちなんだよ!追い詰められるほどにアドレナリン分泌されるとう言うか湧いてくるかのように!)
桃の山の右足の指先が僅かに浮き上がるかのように、劣勢だった葉月山が強烈な引き付けで、桃の山の身体が吊り上がりつつある。火事場の馬鹿力ではないがここぞの一発勝負に賭けるかのように・・・。
(えっ嘘でしょう!?どこにそんな余力が!?)
吊り上げかかった状態で強引に土俵際まで持っていく葉月山。本来であればこの形は桃の山の得意なところなのだが完全にお株を取られたと言う感じなのだ。自分のすべてを出し切るかごとく葉月山はあらん限りの力で葉月山をがっちり廻しを掴み吊り上げ土俵際へ、必死に抵抗する桃の山。立ち合いからの休むことないガチンコ相撲、当然に両力士から激しく息が漏れ、腹部は激しく波打つほどに、二人の動きがぴった止まる。両力士ともどうしてもひとまず息をいれ体制を整えたかった。
「さぁここで両力士の動きが止まった!まもなく一分を超える、これは大相撲の様相になるのか!?」と実況席のアナウンサー
(映見の馬鹿たれ!あんたにがっぷり四つの相撲なんかやってる余裕なんかないでしょうが!あれほど速攻相撲で決めろって言ったのに!)と解説の部屋の主任である伊吹桜の心中は穏やかではない!
「いいね、葉月山対桃の山!こんな相撲を期待してるんだよ」と元横綱【三神櫻】はおもわず本音を声にして漏らしてしまう
「はぁ?」と主任の伊吹桜もつい声を出して三神櫻をがん見!
(なんだよ!)と三神櫻もがん見。
(黙ってろよ!)
(はぁ?誰に面と向かってんだよ小娘!)
実況席でもがっぷり四つの相撲が展開されているのだ。基本的に関係は良いのだが両力士ではなく両者とも我が強くて・・・・。
土俵上では依然として拮抗状態での攻防戦が続いているが、心理的には二人の間に大きな差ができていた。
「さくら、私は半端な気持ちでこの世界に入ってないから!【葉月山】の名にかけて【桃の山】に負けるわけにはいかない!私には時間がないんだ!」
「映見さん・・・・」
桃の山は葉月山の肩に顎を乗せ、息を整えながらも精神的にはどこか追い込まれていたと言うか気概で負けているかのようにさくらの心をひどく動揺させていた。立ち合い勝負で競り勝ったのにも関わらず、葉月山の壁に阻まれ逆転攻勢を浴びようとしていたのだ。
(私だって半端な気持ちで入門してないわ!)
桃の山ももちろん半端な気持ちで入門は考えてはいのは当たり前だし、名四股名【桃の山】名にかけて無様な相撲は許されないとは思っている。しかし、この大きな一番それも取り組んでいる最中に口に出して言ってくるとは考えたこともなかった。この真剣勝負のガチ相撲の勝者がほぼ間違い十両昇進で関取になり本当の意味での力士になれる。【桃の山】【葉月山】にとって十両昇進は壁でもなんでもなく単なる通過点であり、たとえこの一番に負けたとしても、十両力士の何人かの成績から行くと二人人ほど陥落する可能性があると言われている。もちろんそんな話は二人には関係ない、状況的には二人の同時昇進も確定的だと言う話が関係者的には大勢である。
「お互い膠着状態のまますでに一分を超える大相撲になっていることに館内はざわつき始めたか両力士に声援が飛ぶ、初代【葉月山】と初代【桃の山】の取り組みを彷彿とさせるような熱戦。伊吹桜さんどうですか」
「・・・・・」苦虫を噛むように土俵を見ている伊吹桜は全く聞こえないのか無反応
「あぁぁ・・・三神櫻さんは如何ですか」
三神櫻は隣の伊吹桜をチラッと横目で見ると僅かに苦笑気味の表情を見せる。
「桃の山にとっては大誤算と言うかショックだろうね」
「と言いますと?」
土俵上では依然と銅像のごとく動きが止まったままお互い次の攻略の展開が開けないかごとき動けずにいた。
「隣にいる主任には申し訳ないが、単なる力勝負だったら今の【葉月山】には勝ち目はない、【桃の山】は立ち合い勝負で勝って、あとはパワー勝負で一気にましてやがっぷり四つの相撲の得意な体勢だったらすでに勝負ありなんだろけどそうはならない初代【葉月山】の勝負魂がまるで宿ってるような・・・この勝負は気持ちが切れた方が負けだ。その意味では【桃の山】は自分の最も得意とする形を封じられた。精神的ショックは大きいな、【葉月山】はそこを突いてきた。速攻相撲で勝負をつけるのが常道だろうけどそこは違うんだよ、この一戦はこれからの力士としての意思表示!勝ちに拘ることよりも自分相撲を取ることの意味合いだよね、これから続くであろう【葉月山】と【桃の山】のライバル関係と次の女子大相撲を背負う二人が示す女子大相撲の近未来。いいじゃないかがっぷり四つの大相撲!見るものを魅了するこの一番!」
「・・・・・」主任の伊吹桜はちらっと三神櫻は見る。三神櫻は意図的にその視線を逸らしつつも横目で見るとその表情はどこか納得したと言う表情で口を真一文字に軽く頭を上下させた。
(葉月山と桃の山の復活は少々は早いとは想うがこの二人なら許せるかな・・・・。時代は常に新たなるヒロインを求める。【妙義山】と【十和田富士】が衰える前に次のヒロインが絶対に必要なんだ。勝ちに拘ることよりも女子大相撲がなんたるかそしてファンは何を求めているのか!?それがこの一番なんだよ!)と三神櫻
『はっけよい、よいはっけよい!』と行司の囃す声
すでに二分を超えようとしている大相撲。館内のざわめきはいつしか静寂に変わる。二人の息遣いがまるで聞こえるかのような・・・・。




