初土俵!そして・・・・⑤
名古屋武道館に入る葉月と真奈美。葉月に至っては観客として女子大相撲を見るのは初めての事である。力士引退後いきなりの世界選手権として初のプロアマ混合団体戦大会での代表監督就任は、誰もがその先にあるであろう女子大相撲協会の役職ひいては理事長を視野に入れた動きであろうと誰もが思ったが、葉月は協会には残らず競走馬ビジネスの世界へ、一時は女子大相撲界全体に波紋を広げたがそれも、今は山下紗理奈が定年を待たずして協会から去る事を決断したことで【葉月山】のこともフェードアウト。それがここに来てのまさかの四股名としての【葉月山】の復活はで再度初代葉月山のこともクローズアップされたが、それは力士しての功績の光の部分で影の引退後のことはさして話題にはならなかった。ファンしかり関係者しかり、あえて負の部分を持ち出したところで話題にもならない。それ以上に、同時に桃の山の復活も女子大相撲を活気づかせる大きなトッピク。今更、初代葉月山の引退後に女子相撲界に残らなかったことを蒸し返したところで、さして興味もわかないのは明白なのだ。
二人は館内に入るとそこには土産売り場や飲食の売店が並び相撲ファン達がこの場所を楽しんでいるのだ。そしてそこを歩く二人なのだがどうも葉月だけは違和感丸出しで・・・。
「今更そんな格好しても・・・そもそもそんな痩せてしまったら誰だかわからないじゃない」と真奈美
「ただ、なるべく・・・・・」
葉月はGUCCIのサングラスを掛けその姿はあきらかに場違いと言うか、それ自体が威圧的雰囲気を醸し出してしまっているのだ。自分でどうしても行きたくチケットも用意してもらったのにも関わらずこの場に来ると躊躇してしまう。
「ちょ・・・何するんですか!?」 真奈美は躊躇なくいきなり葉月のサングラスを外したのだ
「別にあなたが相撲会場に来たからどうにかなる話じゃないでしょう何をビクビクしてるのよ全く!」
「それは・・・・」
「まぁあれよ、世間はそんなあなたが思ってるほど気にしてないし、世代が変わって二代目【葉月山】【桃の山】になったわけだし、もう、今日は楽しみに来てるんだから」
二人は、案内所により真奈美はチケットを係りの者に渡すと土産の入った大きな手提げ袋を渡されると席へ案内される。席に到着すると真奈美がポチ袋にはいった多少の心付けを渡すと係りの者は二人に一礼すると係りの者と葉月が一瞬目があう。
「体格よろしいですね、失礼ですが相撲か何かやられてました?」
「えっ?」
「いえ、なんとなくそう思ったと言うかなんか雰囲気が【葉月山】さんに似てらっしやるのですいません」
「あぁ・・・いいえ」
「それでは失礼いたします」とその場を離れる。
葉月はほっとした表情を見せるとゆっくりと座布団に腰をおろす。溜席、通称”砂かぶり”のちょうど一段上の席は相撲観戦には最高の場所である。葉月にとっては初めての光景、まさか観客席から見ることがあるとは考えもしなかった。土俵上では三段目力士の取り組み真っ最中、自分が北海道からやってきたあの日、そして目の前の土俵から自分の力士人生が始まった。自分の意図しなかった女子大相撲入りではあったが、今の自分がいるのはあの土俵のおかげであることは認めざるを得ない。絶対横綱の称号を授かり世界とも戦ってきた。引退後は後進の指導と女子相撲界への恩返しをするつもりで準備までしていたのに、理事長とちょっとした相違と北海道への帰郷、そして名牝【サマーリーフ】との再会、人生は大きく舵を切った。それは相撲との決別とか言うほど大げさではなかったのだが、相撲で築いた有形無形の財産は、横綱【百合の花】にすべてを託した。引退後親方になり小田代部屋を設立し私の意志を継いでくれた。
「あの土俵に立ちたくなってるんじゃないの?」と多少意地悪く言う真奈美
「・・・・・」
「大阪でのトーナメント大会で上がらせてもらってよりによって紗理奈さんとエキビジションとはいえ取り組みしたのが嘘のようよ」
「映見さんのこと恨んでないんですか?」
「内緒で女子大相撲入門決めたこと?まぁその意味ではあなたも共犯だけどね」
「・・・・・」
「やだー冗談よ・・・そうね、色々想うところがないと言ったら嘘になるけど、多分映見にとっては運命的選択、それでも厳しい条件はクリアーしなければならなかった。その条件である実業団タイトルの一発勝負に勝った。その道を導いてくれたのは、紗理奈さんを中心とした女子大相撲のレジェンドのみなさんなん。私にはできなかったわ。後の力士引退後はまた復職できるように道を作ってくれた。そこまでやってもらっていかない手はないでしょう?私にはそこまですることはできなかったし、私なら力士になることを積極的にはなれなかったから、これでよかったのよ、そして、その答えがここまでの成績であることは映見の力士としての疑いのない事実」
「真奈美さん」
「私も行けばよかった。女子大相撲にたとえ大成できなかったとしても・・・・」
「後悔されてる?」
「後悔ね・・・オランダ人研究者のマルセル・ズィーレンベルグとリック・ピーテルスの言葉を借りれば、『人間の認知的な仕組みは、後悔を感じるようにできている』そうよ、その後悔を指導者としての力としてうまく変えられてのかもね、あなただっていつか女子大相撲に残らなかったことに後悔しているかもしれないって、あなたから観戦の誘いを受けた時そう思ったけど?」
「参ったな」とさりげなく苦笑する葉月
「でも、そこを乗り越えられたから観戦に行こうと思ったのかなとも?」
「なんでもお見通しなんですね?」
「初代【葉月山】のパトロンなんで」
「パトロン?」
「パリティービートの2025幾らで買いましたっけ」
「あぁ・・・ありがとうございます」
「私が買ったわけではないけど」と真奈美
「あれはいい馬だと思います。クラッシックも十分狙えます」
「そう願いたいけど」
土俵では三段目力士の熱戦が繰り広げられている。葉月からすれば懐かしくもあり一番精神的には苦しくもあり、先の見えない自分を奮い立たせ・・・。葉月が入門したころとは、女子大相撲の認知度も人気も雲泥の差。そのことは女力士達の収入も今は上位力士となれば億を超える者も少なくないのだ。
(女子大相撲界に残らなかったことに後悔はないと言えば嘘になる。部屋を持つための準備もしていたけど・・・本当に紗理奈さんには申し訳なく思っている。代表監督に就任させてくれたのも女子大相撲界に残りその先の貢献の期待を込めてのことを・・・)
三段目千秋楽は、桐谷部屋の【鷲見山】が全勝で優勝を決めると館内から大きな拍手と声援が湧く。ここからさらに上の幕内に上がるには厳しい試練が待ち受ける。幕下以下で終わる力士が大半であるこの世界。それでも女子相撲をしてきた者にとってはこの舞台に立ちたいのだ。
葉月は土俵で繰り広げられる若き女力士達に心の中で無言のエールを送りながら自分にはどこか自責の念を感じながら・・・。
-----名古屋武道館 三階席------
三階席立ち入り禁止エリアに前理事長で今は顧問として籍を置く山下紗理奈と元横綱の遠藤美香の二人は見下ろす形で取り組みを見ていた。
「理事長辞めてからほとんど場所に顔をみせなかったのに、さすがにこの千秋楽だけはいらっしゃたか」と美香
「幕下優勝見たら帰るから」と紗理奈
「ったく、幕内千秋楽見ないで帰る奴がいるかい、まぁ妙義山にとっちゃ鬼門だからね名古屋場所はね、それに相手は、十和田富士とくれば昨年の再来も十二分にある、今年の十和田富士はここにきて技術が伴ってきた。多少粗削りだった昨年とは違う!なかなか手強い存在になったことは確かだ」と美香
「負けるかもしれないな」
「うん?」
「妙義山は完成しきった。その意味ではもう伸びしろはない、それに引き換え十和田富士はこれから本領発揮ってところだ」
「本気で言っているのかい?」
「妙義山はもう十分戦った。国内だけでなく海外でも、私の頃の比じゃない!もう妙義山に残された時間は長くない、幕下の葉月山と桃の山が次の世代の旗手になる!なってもらわないと!」
「残された時間は長くないか・・・・」
「それでも歴代最強の絶対横綱であることは疑いようがないけどな!」
「初代【葉月山】を超えたってことかい?」と美香は意地悪く
「・・・・当然だよ・・・」紗理奈はボソッとそれでもどこか誇らしくもあり・・・・
「初代【妙義山】も認めざる得ないか?」
「初代は女子大相撲の・・・あえて言えば【神功皇后】次元が違うんだよ!」
「【神功皇后】!?まぁ第15代天皇、初の女帝(女性天皇)て言う意味では似てなくもないが後に歴代天皇から外されたがなと言うか非実在説もあるがな?」
「神秘性に満ちているんだよ!【妙義山】わ!」
「妙義山と神功皇后がごっちゃになってるし」と美香は苦笑い
「『カス』の横綱には理解しがたいだろうがね」
「ついに『カス』呼ばわりかい」
「美香には感謝している。あんたがいなかったらとっくにこの世界から消えていたよ」
「うん?どうした急に!?」
紗理奈はふと笑みを浮かべ天井のLED照明を仰げ見る。その様子を横目で見る美香。アマチュア時代から美香にとっては身近にいた多少の憧れ的存在ではあった。そんな美香は御多分に漏れず相撲は学生で終わりと決め、卒業後は信用調査会社に就職も内定していた。そんななかにおいて女子大相撲が現実味を帯びてきて、美香の心を多少なりとも刺激していたのは事実だが、その心のどこかに女子大相撲なる男子の亜流なるものが流行り定着すらしないだろうと想っていた。
アマチュア女子相撲において日本は競技人口が少ないながらも、そこは相撲の国であり優位性は揺るがずも、海外ではひとつのムーブメントとして注目されプロ力士なるものも誕生し、東欧ではリーグ戦も開かれるほどになっていた。紗理奈とは大学の同期で女子相撲の選手として対決も多々あったが、レベルの差は如何ともしがたくと言うよりも相撲への情熱の違いで優勝争いはするも一度も勝てず。女子大相撲の可能性に賭けていた者とどこかに馬鹿にしていた者の差とでも言うべきか・・・。
そんな学生時代において、遠藤美香の卒業論文は「世界的女子相撲の潮流と日本における女子大相撲の可能性」という題であった。信用調査会社に就職し相撲はやめると言うよりやれる環境もなかったのだが、偶々取引先の相撲クラブで選手を募集していてことがきっかけで息抜きも兼ねまたぞろ相撲に興じることに、しかし、そこへふと湧いた出来事が・・・。
就職して三か月後のある日の事、卒業前に大学から『優秀卒業論文集』に美香の論文を載せたいとの依頼があり美香は快く快諾、別に断る理由もなかったし掲載されることは名誉なことであるし、その論文が公開された夏、会社に山下紗理奈から電話が・・・。美香からすれば、大学時代相撲に興じ優勝争いも何回かはあったがそこまで親密な関係でもなく卒業後は一切会う事すらなかった。そんな紗理奈が実業団のある会社に就職したのは風の噂で聞いてはいたが・・・。そんななか、紗理奈と美香は会うことに場所は靖国神社相撲場。
美香は青山の会社からタクシーで靖国に、すでに紗理奈は相撲場のコンクリ敷きの観覧席にクッションを敷き座っていた。隣にも同じクッションが、美香とすれば久しぶりに会う相撲仲間という認識程度だったのだが・・・。美香は紗理奈の隣のクッションに腰を下ろす。するといきなり不意打ちをくらわすかのような言葉を
「あの卒業論文はなんだい」
「卒業論文?」
「『世界的女子相撲の潮流と日本における女子大相撲の可能性』だよ、アマチュア女子相撲選手として活躍していた者の本心は女相撲は所詮男の相撲、大相撲とは違うってことか?」
驚き以外のなにものでもなかった。自分の卒業論文などを読んでいたなど
「用件はあの卒論のことですか?」
「女子大相撲など男子の亜流であり真の相撲にあらずか!」
「新相撲は女子スポーツの新たなるジャンルではあるけど男子の大相撲とは違う、世界の女子相撲の潮流はプロ化に棚引いている。相撲と言うよりプロレスだったら日本では女子大相撲なるものは成功しない。世界的ムーブメントを作れるものがいなければ無理です。日本においては相撲においての歴史的・文化的背景を考えれば、そこは海外の潮流とは違う、新相撲と男の相撲は全くの別ものであって、そこに女子大相撲なるものの誕生などあり得ない、少なくとも日本では、それが私の卒論です。新相撲協会はプロを視野に動いているようですがそれは失敗に終わります。日本の女子大相撲が男子大相撲の亜流なら私にはそうでしか見えない、最初はそれも仕方がないが、その少し先のビジョンが見えない、紗理奈さんは女子大相撲に参加を見込んで、男子の実業団チームに入られたようですが、女子大相撲の構想には気乗りはしません。その少し先の希望が見えたなら心動かされたかもしれませんが」
「私はその先の希望を見出すために動くつもりだ。誰かが行動を起こさなければならない!
私はそのために人柱になってもかまわない!その覚悟で女子大相撲に参加するつもりだ。力士としてはもちろんだが、その先の女子相撲界を見据えて、でも私だけでは足りない優秀な参謀が必須なんだ!」
「まさか私に女子大相撲に来いと?」
「・・・・」紗理奈は躊躇なく遠藤美香に深く頭を下げた。
美香の女子大相撲力士としての人生はそこから始まることに、紗理奈に負けず劣らずの我の強さは、対立を生むことも数え切れず、お互い力士引退後に協会の仕事に従事するようになり女子大相撲は男子大相撲からの亜流から脱し新たな道を模索。紗理奈が理事長に就任それはその少し先の希望が見えた時期でもあると同時に紗理奈の驕りが出た時期でもあった。そのことで、生まれた亀裂は美香さえも協会から去ることになってしまった。参謀のいなくなった紗理奈は運営に行き詰ることに、紗理奈に面と向かって意見を言えるものは皆無であり、結果、美香の協会への復帰を関係者は望むも美香は首を縦には振らず。すでに、美香は小説家やコラムニストなどマルチな才能を発揮し活躍、いまさら女子大相撲協会に戻るという選択はないし、今の仕事を制限してまでの想いもなかったのだ。そんななか、こともあろうに紗理奈自身が助けを求め高輪の事務所にやってきたのだ。
「女子大相撲がやっと軌道にのってきたが、自分の不徳の致すところでもうどうにもならない、女子大相撲全体の再構築に力を貸してほしい!」と深々と頭を下げる紗理奈。それは、あの靖国で見せたあの姿勢と同じように・・・。
「力は貸せない。女子大相撲が男子大相撲の亜流のように先祖返りし、拝金主義的志向での力士達の扱い、公傷制度の必要性もあれだけ解いたのにあんたは・・・・今更戻るつもりはないわ。どうしてもと言うのなら、あくまでも外部からの提言ぐらいしかできない、それだって本当なら・・・・」
「それでも構わない!美香のアドバイスが必要なんだ。参謀としての美香の能力が痛いほどわかった」つついには土下座まで・・・。
「絶対横綱【妙義山】も地に落ちたもんだね!」
「・・・・」
「あなたのそんな姿は見たくなかった」
「申し訳ない・・・・」
あれ以降、協会には戻ることはなかったが形態としては昔のように紗理奈の参謀というか協会の参謀として、協会の連中はまずは美香に意見を求めることが多くなり、結局は美香が紗理奈にものを言うことになっていたのだ。そのことで協会裏のラスボスの異名を授かることになってしまった。いい意味でも悪い意味でも・・・。
紗理奈が理事長職を去り名誉顧問的立場になり、少しは大人しくなるのかと想ったが我の強い二人が大人しくなるわけもなく、仲がいいほどなんとかなのだ。
「私はこれから解説の仕事があるからね打ち合わせとか色々と」と席を立つ美香
「私だったらもう少し的確な解説ができるけどね」
「だったらW解説でもいいんじゃないかい、まぁ恥をかくだけだろうけど」
「けっ、最弱横綱は口だけはなんとかだな!」
「それじゃ」と言いながら美香は席を離れ消えていく。
紗理奈がふと目を下に向けると三階席から升席にいる二人が目に入る。葉月と真奈美に升席のチケットを贈ろうとも想ったが・・・
(来るとおもったよ驚きはしないけどね・・・・)




