初土俵!そして・・・・④
女子大相撲名古屋場所千秋楽。両横綱が全勝で結びの一番を迎える最高のシチュエーションである。絶対横綱【妙義山】が抜けているとはいえ、妙義山にとって昨年、ライバルである横綱【十和田富士】にがっぷり四つの力相撲勝負になり十和田富士に上手投げで敗れた優勝を浚われたのだ。世界ツアーシリーズ前半戦の疲れがあったにせよ十和田富士に力勝負で屈したのは、女子相撲ファン達からは真のライバルの登場であり、絶対横綱が絶対ではない事を印象付けたのだ。優勝回数で言えば十和田富士は横綱昇進後の一回だけではあるが、常に妙義山との一騎打ちの様相を呈している状況は、相撲ファンをおおいに盛り上げてくれている。
-----東 力士控え部屋----
時刻は午後一時、女子大相撲はこの時間からはじまる。そして幕下の取り組みは午後三時ぐらいから始まる。すでに幕下力士達は東西に分かれウォーミングアップ、【葉月山】も【桃の山】も東西の力士控え部屋に入っている。東に【葉月山】・西に【桃の山】が入り対戦の時を待つ。
東の部屋では、【葉月山】が同部屋の十九歳三段目【菊の花】相手に最終調整。【菊の花】は優勝はできなかったものの六勝一敗で幕下昇進を決めていた。
「惜しかったね、最後はうっちゃりかまされて」と【葉月山】
「悔しいです!葉月山さんに色々稽古で対策教えてもらったなのに!」と【菊の山】
「でも、これで幕下昇進昇進決まったわけだし」
「はい!これで葉月山さんと来場所は対戦できるかも」
「ちょうちょちょちょっと、あのさぁ私全勝優勝して十両いくつもりなのね、それはあれですか優勝できっこないんでことですか?うん?」と葉月山
「えぇ・・・あぁぁ・・・私、優勝信じてます!そこは【葉月山】さんなんで!」と異様なほどな目力で必死に
「『私、優勝信じてます!そこは【葉月山】さんなんで!』このお調子者!」
「えっあぁぁ・・・すいませんでした」
「別に謝らなくていいから、まぁねここまできたら優勝したいけど相手は桃の山だからねそんな簡単には勝たしてはくれないから、桃の山だって全勝優勝かかっているしね、それに妙義山関がアドバイスしているだろうしね」
「この前の出稽古で・・・・」
「この前の出稽古は私を試したんだと想ってる。普通はあんなことはしないから絶対横綱と幕下の差は比べるべきものは全くないし、肌を合わせれば即座にわかるし相当加減はしていたから」
「でも凄いですよね、妙義山関から指名されてあそこまで」
「私があの世界まで行けるのか?そして本割で対戦できるのか?葉月山として」
「葉月山さん」
「だからこそ全勝優勝で一気に十両昇進したいの私には時間もないしね」
「時間って?」
「まぁ・・・色々ね」
葉月山にとっての時間。研修医としての大事な時間を一時止めてまでの女子大相撲入りの決断はけしてすべての者から理解してくれたわけではなかった。特に母からは・・・。自分自身が決めた三十歳になったら廃業するという想いは変わらない。ただ一つ変わった事があるとすれば、実家の診療所を継ぐことがとりあえずなくなったということだろうか・・・。それは兄貴がドイツから帰国し名古屋の大学病院の勤務医をしながら診療所を受け継ぐことになったのだ。その意味では自由になったと言えなくもない、女子大相撲入門に際しての契約金はすべて両親に渡した。医大を卒業し国家資格まで取ったにも拘わらず、女子大相撲に行くことになったことにどこか罪悪感を感じていたのだ。
三十歳で区切りをと言う話は今でも変わらない。力士を辞めた後の医師としてのキャリア形成を考えればそこがギリギリであり、力士としてのピークを考えればそこが一つの潮時であることは間違えない。約五年の期間において、女子大相撲における一つの至宝である四股名【葉月山】を名乗る者においては横綱まで行くのは必達なのだ。そんななかにおいて、初土俵の名古屋場所千秋楽は、ここまで負けなしで迎え、最後の相手が後輩である石川さくらこと【桃の山】との取り組みは、まるで必然でもあるかのようではある。
控え力士部屋には、すでに十両力士は揃い、幕内力士達もポツポツと入って来ていた。そんな力士の中には【葉月山】にたいして良しと想っていない者が少なからずいることは確か、なかにはあからさまにな鼻でであしらう者もいる。
「葉月山とはずいぶんたいそうな」 「見ものよね」 「名前負けしなきゃいいけど」などと・・・。
そこは、【桃の山】とは違うのだ。葉月山が女子大相撲界に残らず去ったことにいまだに幕内力士達には悶々としたものがある。あれだけの功績を残しながら将来の女子大相撲界のために尽力してくれるのかと誰もが期待したのだ。しかし、あっさりと女子プロアマ混合団体世界大会 の代表監督を最後に葉月は競走馬の世界へ・・・。桃の山が初代妙義山の娘でなければ、もしかしたら葉月山をついでいたのかもしれない昨今の活躍を見ればその可能性は高かったかもしれないがそれはそれとして、いきなりの葉月山襲名は、他の幕内力士の心情としてはおもしろくなく力士によっては潰しがえがあると想っているのだ。そんななかでの葉月山の海王部屋への出稽古そして妙義山自身がぶつかり稽古の相手になったこと、葉月山への辛らつな言葉はファンはもとより力士達にも波紋を広げることになった。海王部屋に至っては、小田代部屋の葉月山にたいしての一種の脅しと言う力士もいる。桃の山の援護射撃の一因と見る者もいるがもちろんそんな薄っぺらい話ではないのだが・・・・。
葉月山こと稲倉映見にしてみればそれぐらいのことは想定ししていたし、多少の嫌がらせは覚悟していた。それは自身が所属する【小田代部屋】でさえなかったわけではなかった。でもそこは勝負の世界、強ければ力士達も認めるし、厳しい稽古も真正面から受け止める葉月山の真摯な態度に部屋の上位力士もしだいに認めると同時に、それは葉月山にしても鳴り物入りで入門し変に意識していたがそこはあくまでも自然体で向き合えるようになっていったのだ。
全勝で迎える千秋楽。遅れてやってきた大器は前評判偽りなくここまでやってきた。最後の相手は間違えなく永遠のライバルになるであろう【桃の山】こと石川さくら。アマチュア時代からの二人、西経における倉橋時代、最後のアマチュア女王二人・・・・。
----西 力士控え部屋----
【桃の山】は若干緊張気味で控え力士部屋の小上がりに腰かけ出番を待っていた。ここまで【葉月山】と同じく六戦全勝で千秋楽までやってきた。評論家やファンは年齢的にこれからの【桃の山】の評価の方が葉月山より高い。名門海王部屋において絶対横綱【妙義山】を頂点に、多数の力士に稽古で揉まれ鍛えられることは、まさしく女子大相撲虎の穴と言っても過言ではない。その中での二代目桃の山の存在は、部屋にとって期待の星であることは確かである。初代桃の山と二代目桃の山が格は違えど現役力士として共存している事の意味は海王部屋の層の厚さそれも強い力士の厚さを意味しているのだ。今場所の海王部屋も、幕下では【桃の山】幕内では絶対横綱【妙義山】とでダブル優勝を目指しておりその実現が非常に高い。
「桃の山少し緊張気味よ」と隣で声をかけてるのは、女子アマチュア相撲における東の名門である青葉大学出身で島津部屋の幕下付出【玉椿】。桃の山とは同学年で大学時代は何回か対戦している仲でありある意味気心が知れた力士である。初土俵の今場所は二敗で優勝戦線から脱落はしたが、来場所勝ち越せば十両昇進が見えると言う意味では玉椿自身は納得はしているのだ。
「さすがだよね桃の花は、大学時代よりさらに磨きが掛かっていると言うか」と玉椿
「そんなことはないけど、モチベショーンは高いよ」と桃の花
「葉月山か・・・」
「呼び捨てはどうなのよ?でも、葉月山さんと言うか映見さんは流石と言うかやっぱり凄いと想うここまで無敗で来てるんだから」
「さくらだって無敗じゃん。納得したくないけどどうなのよ行けそう優勝?」
「ここまできたら当然優勝狙っているのは当たり前でしょ!一気に十両昇進したいし」
「一昨日の【白菊】との対戦勝ったとおもったのにうっちゃりなんかあぁ!」
「はぁ?それは香織の油断でしょ?あそこまで押し込んでやられるところが・・・・ぁっ」
「舐められたもんね、あぁぁ腹立つ!」と首を絞める真似をする玉椿
「でも、香織だって来場所成績次第で十両昇進はあるわけだし、そんな悲観することにないでしょ?」
「その言い方。自分が優勝するのは既定路線みたいな言い方よね?ここは葉月山さんに頑張ってもらわないと!」
「何それ?まぁ映見さんの強さはよくわかっているけど・・・」
「【葉月山】の四股名は伊達じゃないよね、当然、先代の葉月山さんには許可貰っているだろうけどその意味では認めているって事でしょ?まぁさくらも絶対横綱に認めてもらっているから【桃の山】を継いだわけだけど、ちゃんとそれに応えて負けなしで千秋楽を迎えて相手は【葉月山】ってデキ過ぎでしょう?」
「正直、最後は映見さんとの優勝争いになることを望んではいたけど、本当にそうなるとは・・・・」
「やりにくい?」
「・・・・多少ね、研修医を中断してまで・・・なんか色々想うところもあって」
「何を言ってるのよ!勝負なのよ!何相手の心情とか想ってるのよ、少し甘すぎない!?」
「わかってるけど・・・・」
さくらにしてみれば、いまだに映見が力士になったことが信じられない。ましてや、医師の道を中断してまでも、この世界に飛び込んだ事は正直理解できないところもあるのだ。それはさくらにしても、相撲以外の道の可能性も開け、事実、就職活動においては何社か二次面接を突破して最終面接を受けるか同化まで行ったのだ。女子相撲部での追い出し会においての映見の言葉いまだに忘れられないのだ。
>「自分事ではありますが・・・・女子大相撲に挑戦することをここにいる皆さんに公言します」
あの追い出し会での映見の宣言は正直驚いた。そのことが自分の目指すべき道を迷わせたことは疑いようもなかった。国際学部グローバル・コミュニケーション学科に在学、大学三年の一年間は英国への海外留学。女子プロアマ混合団体世界大会 以前のさくらなら卒業後は、女子大相撲入門一択に近かったのに・・・・。自分の知らない可能性を咲かせてくれた。そのことが自分を迷わせ、密かに決めていた女子大相撲入門だけが自分の生きる道ではないことを、でも結局は相撲なのだ。そして、稲倉映見という尊敬する先輩と同じ土俵に立つ。そして、千秋楽での幕下全勝優勝がかかった大勝負!結果は時の運ではあるが、入門場所いきなりの大舞台はいきなりの大一番。
(勝つか負けるかは別としても、映見さんといきなりのガチンコ勝負!でもどこかに楽しんでいる自分がいる気が・・・)
ふと、さくらに笑みがこぼれる。それは勝負がどうのこうのではなく純粋に葉月山こと稲倉映見と相撲ができることに、高校・大学と常に稲倉映見を追いかけてきた。そして今、女子相撲最高の頂点である女子大相撲千秋楽の舞台へ!
「さくら、何笑みなんか浮かべて、全勝優勝が懸かっている大一番に緊張感がたりないんじゃないの?」と玉椿
「凄いよね、葉月山もそして私、桃の山も」
「うん?なに?自分に酔ってるの?」
「玉椿にはわからないだろうけど」
「何、その言い方、なんかむかつくと言うか」
「ごめんね、つい自分が出ちゃって、所詮、玉椿はあれだからって・・・」
「はぁ?あれだからって何よ!」
「・・・・女力士としての気品と言うか気高いというか」
「気品?気高い?さくら意味わかってる?」
「だって【桃の山】だから」
「・・・・・」
桃の山は大きく深呼吸をすると、何回か四股を踏み両頬を両手で叩き気合を入れる。目を閉じてそこに浮かぶ絵はなんなのか・・・・。




