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女力士への道  作者: hidekazu
花道の先に見える土俵へ

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308/324

土俵という舞台へ ⑫

 かつての【葉月山】vs【桃の山】の対決は、絶対横綱に君臨する【葉月山】にその葉月山を入門させた妙義山の娘である【桃の山】と言う意味合いにおいて、女子大相撲ファンにとってどこか運命づけられた取り組みに興奮したものである。好勝負を常に演じたものの圧倒的に葉月山が強く、大関に上がってからは常に、絶対横綱【葉月山】・横綱【百合の花】・大関【桃の山】の三人が優勝を争っていたが、桃の山は優勝を手にすることはできなかった。その後、葉月山引退後の横綱昇進は物議を醸しだしたが横綱昇進そしてあの【女子プロアマ混合団体世界大会】での苦悩と激闘は桃の山を覚醒させその後の母の四股名である【妙義山】への改名は、彼女の相撲人生においてのターニングポイントになり、その後の快進撃は誰もが認める絶対横綱【妙義山】を決定づけた。そして時が過ぎ【女子プロアマ混合団体世界大会】で戦った二人のアマチュア力士が世代を超え新たに【葉月山】・【桃の山】として初土俵に上がる。


 記者達も待ってましたとばかりに二人に集中。カメラのレンズは二人に焦点を合わしシャッター音が連続する。


「二人。土俵にあがれ」と海王親方。


【妙義山】は土俵から離れた場所で体の汗を拭きながら注視する。


【伊吹桜】も離れたところから土俵を見るも、息が詰まる緊張感に包まれ、手のひらに汗をかきながら指を顕著に動かしていた。そんな伊吹桜に妙義山との対戦を終えた【天津風】が右手で伊吹桜の左手を握る


「なんだよ!」と伊吹桜


「伊吹桜さんがこんなに緊張してるなんて初めて見ましたよ」と【天津風】は多少の皮肉をこめて


「うっうるさいな、なんなんだよさっきの相撲は全く。先場所と同じ手が通用する訳ないだろうが!少しは考えなよ、まだ日光の猿の方が頭がいいわ!」


「日光の猿?」


「この前みんなで行った奥日光の温泉に行く途中に通ったいろは坂の猿だよ」


「あぁ・・・女ボス猿みたいのがいたじゃないですか」


「あぁ・・・横綱【百合の花】て感じのな、目立たないように見えて威圧感かけてくるって感じの」


「・・・・本音出た」


「はぁ~?」


「それより、映見に何かアドバイスすべきだったんじゃ?」


「アドバイス?私が言うより当人が考えてるだろ?ましてや、高校・大学とライバルでましてや同じ大学だったんだから」


「それはそうですけど・・・・」


(【葉月山】・・・いきなりの試練か!私が余計なことを言ったばっかりに)


 伊吹桜にしてみれば、軽い挨拶程度に石川さくらと初土俵前に手合わせができればと考えていた。でも実際に海王部屋の対応は真剣そのもの、絶対横綱【妙義山】が【天津風】と勝負をそれも横綱の方からとは想ってもいなかった。ぶつかり稽古ならありゆるかもしれないが、『ガチ相撲』なんて・・・・。


「一番だけじゃ持ったないから三番続けて勝負しな。これは稽古じゃない真剣勝負いいわね」と海王親方は二人に告げると二人は大きくうなずく。


 仕切り線の前に二人は立つと大きく四股を踏み始める。取材記者達は待ってましたとばかりに二人の動きの一挙手一投足に注視する。そんななか漏れてくる声は一致した見解が・・・。


「なんか【桃の山】の方が大きく感じるな。さっきの申し合いの時も思ったけど動きがよかったし」


「【葉月山】も地力はあるのは認めるけど、実業団タイトルを獲ったとは言え二年のブランクと言うのは厳しいと言うのが現実か?」


「現状で言えば【桃の山】の方が上って感じだけどな・・・」


 そんな声が囁くように伊吹桜の耳に入る。その声に反発したい一方それを認めている自分もいるのも事実。


(そんなこと言われなくたってわかってるわよ!さくらはつい最近まで学生力士で実戦を踏んでいたんだから、それに引き換え映見は実業団で実戦踏んで実業団タイトルも取った。でもそれは、今までの貯金で勝ったのも事実!)


 (旧姓)倉橋真奈美が歴代の西経の選手で最高傑作と評した稲倉映見。でもそれは過去の話であり動きで言えばさくらの方が最近まで、西経の横綱として実戦で戦ってきたのだからこればっかりはしかたないのは認めざるを得ない。伊吹桜の本音で言えばこの三本勝負で一本でも取れたらそれでいい!下手に勝ち越すぐらいなら全敗の方が得るものは多いはず。それでも相撲メディアは面白おかしく書くだろうことを覚悟はしている。


(【葉月山】の四股名を受け継ぐと言うことの意味を素直にとらえれば、同等かそれ以上の成績を取らなければ誰も納得しない!それ以上に映見本人も)


 仕切り線の前で腰を下ろす二人。張り詰めた空気が否応なく稽古場の雰囲気が何か息苦しくさせる。



「じゃいくよ。はっけよい、のこった!」


 立ち合い――桃の山の鋭さが光る。低く潜り込むような踏み込み。葉月山の胸板にぶつかると、そのまま前傾を崩さずに一気に押し上げた。葉月山はあっさりと何もできずまともに受けてしまった。もうそこから逆転の余地もなく土俵の外に押しだされる。映見の相撲スタイルの一つに「後の先」というのを持っている。男子大相撲双葉山が極めた究極の立ち合いでありそれを女子大相撲では【葉月山】がみせていた。相手より一瞬遅れて立つものの、その分、相手をよく見て自分が先手を取って攻めかかる立ち合いだが・・・・。


「押し出し――桃の山!」と海王親方。


 一瞬だった。葉月山は目を見開いたまま、土俵を見下ろすと「ふっー」と息を抜き唇を噛むも、どこか納得してしまっている自分がいた。


 (今の私はこんなものか?)とどこかさばさばした表情。その表情に表には出さずともイラついている力士がいた。


 (何その表情!いかにも納得しています見たいな、ふざけんな!それが【葉月山】を受け継いだ者の表情なの!)


 絶対横綱【妙義山】は【葉月山】の態度に無性に腹が立っていた。桃の山時代の大阪でのトーナメント・女子プロアマ混合団体世界大会前に見せた自分の心の弱さ。それとは対照的な映見の心の強さというか闘争心は、相撲関係者のみならず女子相撲ファンから【葉月山】を彷彿とさせるオーラを醸し出していた。しかし、今の映見から【葉月山】が持ち合わせていた気概というか心の強さは微塵も感じないことに無性に腹が立つのだ。


(【葉月山】はけして自分の気持ちを表に出すことはなかった。それはたとえ負けても・・・。それでも本割で戦った当事者達はわかる。【葉月山】の奥深い心の怒りをそして次の対戦ではけして同じ手でやられることはない。それなのにあなたは!)


「次いくよ仕切り線の前に」と海王親方。二人は仕切り線お前に、引き締まった顔の【桃の山】とどこか僅かに緩く見える【葉月山】取材に来ている記者達にはわからないかもしれないが、力士や元力士にはわかる。それは女力士として戦ったことがあるものでしかわからない。そして、映見とさくら当事者同士ならなおさらに!


「はっけよい、のこった!」


立ち合い、葉月山は得意の左四つに組みに行く。かつてアマチュア時代を制した時も、この左四つの形から相手を封じ、圧殺してきた。


だが――


桃の山は、初動でそれを読んでいた。


一瞬、左を封じるように体を開き、腕を巻き込むと同時に右から張ってきた。葉月山の左が完全に死ぬ。


「……!」


崩せない。


まわしを取れないまま、葉月山は土俵中央へ、桃の山は軽やかに、そして緻密に動く。下からの当てと細かい足の送りで、ジリジリと葉月山を追い込んでいく。


(得意の左を封じられたままでは勝てない)と【葉月山】は一瞬怯むも策は練っていた。



 実業団の間に、密かに磨いていた技――それは、自分で命名した「背掬い(せびすくい)」極めて珍しい体捌き。押される中で、相手のまわしを取らずに背中ごと巻き込んで体勢を崩す裏技。


土俵際、追い詰められた葉月山は、意を決してその技に賭けた。腰を落とし、【桃の山】を引き込む。重心を低く沈めた桃の山の背中に腕を差し入れ、体をずらしながら巻き込もうとする。


その瞬間桃の山が一気に体を開いた。


(さくらに読まれてる!?)映見はさくらの動きにたいして反応ができない。桃の山は、葉月山の動きとタイミングを完全に察知していたのだ。


逆に重心の崩れた葉月山の右上手を取りながら押し出すように、最後の一歩を踏み込む。


「寄り切り――桃の山!」


 稽古場にいる取材陣から「おー」と言う声が上がる。葉月山は、膝をついたまま、土俵を見つめる。それでも【葉月山】の秘策は不発に終わったものの、表情に失墜したような雰囲気ははなかった。それでも目は次を見据えているように見えなくもないが、結果的に言えば【桃の山】の二連勝且つ完勝と言っていい内容は、取材陣には強く印象に残った以上に【葉月山】という四股名の命名が果たして稲倉映見に相応しかったのかという疑問符もつきかねない内容にざわつく以上に落胆したような空気感が漂っていた。


「二人仕切り線の前に」と淡々という海王親方。しかし、意外な人物から待ったが入る。



「桃の山、土俵から出て」


「えっ?」


「出ろと言っているの、聞こえない!」


「あっ、はい」桃の山は親方の方を見ると海王親方の視線は・・・・。


「【妙義山】この稽古は私が仕切ってんだよ!」と海王親方は【妙義山】を叱咤する。絶対横綱であろうと親方が絶対!そんなことは当たり前の話でもあるのにもかかわらず、妙義山はそれを無視し再度【桃の山】に土俵から出るように指示、【桃の山】はちらっと海王親方の顔を見ながらも土俵から出る。それを見ていた取材カメラマン達は一斉に【妙義山】レンズを向けシャッターを切る。ざわつく稽古場、それは力士達も同じ。それは誰も見たことがない絶対横綱【妙義山】の態度と言動。


「葉月山!私とぶつかり稽古する気はあるかい?」と【妙義山】


「・・・・」


「返事がないねー、やる気ないかい」と妙義山は葉月山を追い込む。


「ある意味の可愛がってやるって意味ですか!?」と息が上がり気味の葉月山はいらん事を口にした。絶対横綱【妙義山】が初土俵前の新人に稽古をつけるなど通常あるわけがないのだ。本来ならありがたく受けるものなのに、葉月山は逆に妙義山を挑発するかのような言いぐさである。


「だったら?」と素っ気ない妙義山


「ちょっと待った!私はそんな勝手なことを許さないよ!」と海王親方が割って入るが・・・。


「お願いします」と妙義山に頭を下げる葉月山。それを見た妙義山は、側に置いてあるボトルのミネラルウォーターを口に注ぎ込むと大きく息を吐き、頬を自身の両手で挟み撃ちに引っ張たき気合を入れる。稽古場の雰囲気が一気に引き締まる。


 海王親方も伊吹桜もこの状況下ではもう止めることはできない。妙義山と葉月山の間でこの稽古は成立したのだ。絶対横綱が初土俵前の新人力士とぶつかり稽古など通常は成立しないと言うより稽古にはならないあまりにもレベルが違いすぎて、でも・・・。


 海王親方はこの二人の阿吽の呼吸とでも言うのか、それはかつての初代絶対横綱【妙義山】と入門まもない初代【葉月山】が巡業先の妙義山の地元である群馬県高崎の相撲場で深夜ぶつかり稽古したことがあったのだ。現役当時の元大関 藤の花(現海王親方)が食事をしようと幕内初土俵前の葉月山を誘い出したのだ。そのことが頭をよぎる。当然にその稽古は一方的なものであり見方によっては暴力と言われても久しいものだった。そんな一幕は初代絶対横綱【妙義山】が引退前の最後の場所の出来事。


   (まさかこの場所であの時の再現か!?それも、妙義山と葉月山なんて・・・・)


 土俵で待ち構えている葉月山に威風堂々と妙義山が立つ


 

「よし、来い!」


妙義山の低く太い声が響いた瞬間、葉月山は全身の筋肉を総動員して飛び込む。


「はっ!」――ガツン!


ぶつかった瞬間、胸の奥まで響く衝撃。肺の中の空気が一気に押し出され、世界が一瞬白く霞む。


(……動かない!)


まるで土壁に体当たりしたようだ。押しても、びくともしない。押し返されるのではなく、ただ止められている。


「もっと腰を入れろ!」


 妙義山の檄と同時に、鋼のような腕が葉月山の肩を掴み、軽々と土俵中央へ押し返す。


 地獄の連続投げ。妙義山は葉月山をわざと土俵際まで押し込み、最後は軽く腰を捻って投げる。

土の上に叩きつけられた瞬間、背中に熱い痛みが走る。


「起きろ、もう一丁!」


その声に従って立ち上がるが、立った瞬間にまたぶつかり、また投げられる。


投げられては起き、ぶつかっては倒される。この繰り返しが永遠に時間の感覚を奪っていく。


 周囲で見守る若い衆をはじめ、誰一人として口も開かずただ二人の姿を凝視する。相撲に興味がないものからすれば妙義山の稽古は稽古という名の無限地獄。大人が幼児を虐待しているようにしか見えないだろう。


 肺が焼ける、脚が止まる十五本目のぶつかりで、葉月山の脚が土俵の中央で止まった。もう踏み込めない。腰も膝も、もはや自分のものではないように重い。


(……無理だ)


 そう思った瞬間、妙義山の右手がまわしを掴み、全身を振り回すようにして横に投げ飛ばす。

土俵下に転がった葉月山の耳には、自分の荒い呼吸音しか届かなかった。



「もう終わりかい!【葉月山】とか偉そうに名ばかりね!」


 妙義山の言葉は【葉月山】の屈辱と言うより残酷だった。【桃の山】の時とまるで違う。あの時、「女子大相撲の横綱はこの程度かと性懲りもなくそう思っていた。日本優勝の要因は、自分とさくらの自分達アマチュア選手の力だと、そして、桃の山などとたいして差はないと、でも、今は明らかに違う、とてもたちうちなどできない稽古相手をしてもらうなどおこがましい!


(これが絶対横綱の力・・・・)


 葉月山は、腕が上がらないままなんとか立ち上がり、また【妙義山】に飛び込む。一歩、二歩……三歩目で押し返され、土俵際で受け止められた瞬間にはもう身体が宙に浮いていた。土俵を割り葉月山は崩れっるように両手を土につけたまま息を荒げる。肩は激しく上下し腹部はまるで激しい心臓の鼓動を模しているように、さすがに【妙義山】も息を乱しているが、それでも凛とした佇まいは絶対横綱そのもの、【葉月山】とは明らかに違う。


 やっとのおもいで立ち上がった葉月山の体にはびっしりと土俵の土と砂が張り付いている。妙義山の目に映るその姿は、かつて、葉月山の自宅で砂をかまされたあの夜のぶつかり稽古が鮮明に脳裏にと言うより、目の前にいる葉月山はあの時の桃の山のように・・・。仁王立ちの【妙義山】は【葉月山】に辛辣な言葉を放つ。


「【葉月山】の四股名は稲倉映見には不釣り合いだわ。うちの【桃の山】の相手じゃないわ。名古屋場所で無様な相撲をするくらいなら・・・・」妙義山はその先の言葉をさけた。と言うより言葉が浮かばなかった。妙義山は伊吹桜と天津風に軽く会釈すると無言で風呂場の方へ無言で歩いていく。その姿を唇を噛み締めながら見つめる【葉月山】


 カメラマン達はその姿を逃すまいとシャッターを切る。少し離れたところから不安そうに見る【桃の山】。場所前の波乱は、葉月山と桃の山の初土俵に水を差すことになるのか?










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