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女力士への道  作者: hidekazu
花道の先に見える土俵へ

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306/324

土俵という舞台へ! ⑩

 海王部屋の宿舎は、名古屋の中心街から若干離れた東枇杷島の駅の近くに位置する寺で近くには庄内川が流れる。その一角にある屋外の土俵を使い稽古に明け暮れる。絶対横綱【妙義山】を筆頭に、大関【天海】・関脇【海景山】の三役とその他幕内力士多数の女子大相撲の盟主である。その意味では小田代部屋は新設の相撲部屋、幕内力士は小結【天津風】の一人だけだがそれでも、それに続くであろう十両以下の力士が何人か控え、そのうえ【葉月山】こと稲倉映見が入門したことは、まちがえなく部屋の活性化に寄与し、いい意味でのライバル意識を各力士が持つことになっていた。


 そんな小田代部屋から、海王部屋に出稽古にやって来た部屋の筆頭である小結【天津風】と【葉月山】は、海王親方と絶対横綱【妙義山】に挨拶をしたのち相撲場に入る。相撲場では二十名弱の力士がゆっくり体を動かし始める。


 土俵から少し離れて椅子に腰かけていた海王親方が立ち上がり土俵へ上がり集合をかける。幕内力士と十両は土俵に、十両未満は土俵の外で直立不動で親方の話を待つ。その親方の後ろには、【天津風】と【葉月山】が立ちその後ろには、小田代部屋主任の元大関【伊吹桜】が立つ。


「改めて、今日は小田代部屋から小結【天津風】関と初土俵前だけど【葉月山】の二人の親方から出稽古の申し出があり了承した。じゃ二人」と海王親方が言うと後ろへ下がり二人は土俵のなかへ、力士達の表情が変わる。力士達の視線は明らかに【葉月山】に集中していることに映見自身痛いほど感じていた。


「小田代部屋の【天津風】です。本日は海王親方のご厚意で稽古に参加させていただきます。よろしくお願いします」と一礼する【天津風】


「小田代部屋の【葉月山】です。初土俵前にこのような機会を作って頂き感謝しております。この機会を無駄にしないように稽古させていただきますよろしくお願いいたします」と一礼する【葉月山】その時囁くような声が聞こえた。


「【葉月山】だって・・・・」と映見に聞こえるか聞こえないかのように、向かいの土俵外にいる力士達から・・・。


 女子大相撲のファン達にとって【葉月山】の復活は、待ち望んでいたと言うより驚きではあった。それは、【桃の山】の復活も同じ。二人のアマチュア時代での戦績を見れば、その四股名を受け継ぐ資格を持っているのは納得しているし期待もされている。しかし、女子大相撲力士達の間には【葉月山】をいきなり稲倉映見が受け継ぐことに不満がないわけではなかった。【桃の山】も偉大な四股名であり後の二代目絶対横綱【妙義山】の布石であった。しかし、【葉月山】は格が違うのだ。絶対横綱として日本はおろか世界の女子大相撲力士達やアマチュア相撲選手に強い影響を与えた偉大な四股名。それをいきなり受け継ぐ稲倉映見に対しては少なからず嫉妬心があっても不思議ではないのだ。そのことに映見が感じていないワケがないのだ。【桃の山】を受け継ぐ石川さくらに対しても同様の嫉妬心はあるにせよ、【葉月山】とは格が違うのだ。


「じゃ、挨拶も終わったので稽古始めて」と海王親方の一言で始まる。


 柔軟体操(股割り)、四股踏み(200~300回)、すり足、腕立て伏せ等、稽古前の準備運動を始める。無言で始まり聞こえるのは体の動く肉体の音、そして深く低い息遣い。午前八時前といえ気温は28℃湿度は70%を超える蒸し暑さは、すぐに女力士達の額にびっしりと玉の汗が浮かばせることは訳もない。女子大相撲 名古屋場所は波乱場所とも言われ程に上位陣が崩れることが多いのだ。上位陣は、二月の初場所を終えると、女子大相撲世界ツアーに参戦し、五月の中旬までの約三か月を世界各国を回り前半の六戦を戦うのだ。それが終わると中三週程で名古屋場所という日本の女子大相撲力士にとっては過酷な場所なのだ。女子大相撲世界ツアーに参戦し連覇を達成した【桃の山】も昨年の名古屋場所では後半失速して優勝を逃したのだ。後半の世界ツアーでは、万全な体制で挑み優勝をしたが、世界ツアー前後半の間にある名古屋場所は鬼門なのだ。


まずは、幕下以下力士の申し合い稽古が始まる。一人の力士が手をあげそれにたいして相手を指名して取り組み開始、最初の相手に勝てば勝ったものが次の相手を指名。対戦を待っている相手は勝負がつくと挙手をし勝者にもうアピールし再び取り組みが始まる。勝ち続ければ休む間もなく稽古を積むことになるが、その分の消耗も激しい。勝ち続ける力士が三人目に指名したのは【葉月山】


 待ってましたとばかり、【葉月山】は相手にたいして四つにくみ勝負を挑む。そこはさすがに【葉月山】と言うか余裕で相手を圧倒していく。幕下以下の相手では【葉月山】がひとつ抜けているのだ。二人三人と勝ち抜けていくと挙手している【桃の山】が目に入る。【葉月山】は躊躇なく【桃の山】を指名した。葉月山は桃の山を正面に見据えると立ち合い鋭く一気に胸をあわせると右上手から一気に寄り切る。


 すかさず他の力士が挙手し申し合いは続く、葉月山が十二連勝で再度の桃の山との再戦は、体力を消耗した葉月山が、桃の山の一気の押しにやられ土俵を割ると今度はさくらが五人抜きの連勝。映見は挙手し再度の再戦。葉月山が勢いよく立ち合いに行くと一気呵成に押し込んでいくが、桃の山は冷静に左で巻き替えて一気に寄ると葉月山は土俵際まで追い込まれ、粘る葉月山だったがここは桃の山が冷静に寄り切る。完全に息が上がっていた葉月山に反撃の余裕はもうなかったのだ。


 申し合い稽古は休むもなく連続四十五分ほど続き、その後は幕内力士の申し合い稽古が始まる。その中にはもちろん【天津風】も参加し汗を流す。【天津風】は百合の花が現役時代に所属していた天津山部屋で一番可愛いがっていた後輩力士で、当時は、百合の花引退後、部屋唯一の幕内力士として天津山部屋の筆頭として活躍。天津山部屋から小田代部屋になり小結【天津風】として活躍し部屋を支えている。先場所では絶対横綱【妙義山】に唯一土をつけたことで全勝優勝を阻止した若き二十五歳の力士なのだ。


 幕内力士の申し合い稽古が始まる。土俵際には天津風を含めた八人の力士が囲み激しい稽古が始まる。しかし、その中に絶対横綱【妙義山】の姿はない。相撲場の奥の片隅でしきりに四股を踏み申し合い稽古の様子を見守るというかチラッと【天津風】を睨みつけるように視線を刺していく。天津風と妙義山の視線が交差する。妙義山の不敵な笑いが天津風の動揺を誘うかのような・・・。


 土俵上では、幕下とは違う重苦しい迫力と言うか重く鈍い音ををたて体と体を激しくぶつけあう。【天津風】にとっては小田代部屋とは全く違う厳しい空気感の中で格上の力士とぶつかり合う天津風にたいして容赦はしない。【天津風】も自身の部屋と違う雰囲気に飲み込まれ気持ちが高揚していた。三役未満の力士が一人土俵の真ん中に立つと一斉に他の力士が挙手し申し合い稽古が始まる。連続で勝ち抜いた十両力士は【天津風】を指名。


 『待ってました!』と言わんばかりに土俵へ。十両力士相手に怒涛の五連勝!格下相手に当たり前とはいえ、とにかく前に出る相撲で寄せ付けない。小田代部屋では、部屋筆頭として後輩力士との稽古中心であるが、今日は女子大相撲最強部屋の【海王部屋】。相撲場の端では絶対横綱【妙義山】を筆頭に、大関【天海】・関脇【海景山】の三役力士が【天津風】の稽古を凝視するかのように見ている。そして、海王親方も、動きの一つ一つを・・・。そして、座敷には各社の大手スポーツ新聞関係の記者や相撲メディアの関係者が【天津風】の動きを注視する。話題的には、【葉月山】と【桃の山】復活の話題なのだが、相撲メディアの本筋の話題は【天津風】の躍進と将来性への期待なのだ。先場所は十二勝三敗で優勝戦線から脱落したが、十四日目に絶対横綱【妙義山】を破った取り組みはあまりにも鮮烈だったのだ。押し相撲で土俵際まで追いつめられた【天津風】だったが土俵際まで追い詰められたとき、天津風の耳に聞こえたのは、妙義山の呼吸音。【妙義山】の息が一瞬乱れたのだ。左一枚だけだった天津風は機を逃さず、天津風は右腕を妙義山の廻しの奥へ差す。


(決まった!)と心の中で叫び、右上手投げを打った。絶対横綱の巨体が土俵の上で弧を描き、鈍い地響き、砂が舞い、天津風の頬に張り付く。気がつけば、行事軍配は天津風に。


 絶対横綱【妙義山】が小結力士に負けるのだ。一度もなかったのだ。ましてや全勝優勝を狙っていた妙義山にしてみればよりによってと言う想いは強いし、新興の相撲部屋であるかつてのライバル元百合の花の小田代ヶ原親方の愛弟子である部屋筆頭の【天津風】に仕留められたことは、女子大相撲ファンの脳裏に焼き付いているのだ。


 十両・前頭との続く申し合い稽古。【天津風】は八人を勝ち抜いたがさすがにそこまで、自身は勝ち続ければ疲弊状態になっていくが、対戦相手は常に新鮮な状態で襲いかかってくる。それでも、休むことは許せない自分にたいして、今場所十一勝上げれば関脇に昇進でき大関も視野に入る。それは、【天津風】自身、ひいては【小田代部屋】の力士達の士気の向上にもなると部屋筆頭力士として部屋をひっぱるためのに、そして、今日は【海王部屋】へ遅れてやってきた大器二代目【葉月山】の稲倉映見と来ているのだ。


 (葉月山の前でぶざまな相撲はとれない!そして、絶対横綱の前で!)と【天津風】の相撲魂が沸々と炎と言うより炭火のように明るい赤熱状態に・・・。


 この輪の中に大関【天海】・関脇【海景山】も入るとさらに【天津風】はヒートアップかと言う展開で、意外な一言が・・・。


「天津風関、ここは一旦そこから外れてください。申し合い稽古が終わったら一本だけ真剣勝負してあげます。稽古ではなく『ガチ相撲』でいいですね!」と絶対横綱【妙義山】の一言は一瞬で相撲場全体に緊張感が走る。


 【天津風】は、相撲場の奥で四股を踏む【妙義山】を睨みつける。その厳しい視線を受ける【妙義山】の口元がふと笑ったように見えた。


(【妙義山】関がそんなこと言う何って!?)と【天津風】にとっては光栄であると同時に表現できない恐怖感も頭をよぎる。


 取材に来た記者達がざわつく、【妙義山】がガチ相撲などと言って他の部屋の力士に挑発的態度をとることなど記憶にないなのだ。


 その様子を見守る二人の元力士の心理は対照的だった。


(妙義山・・・あんたのお母さんは他の部屋の力士をおもいっきり可愛いがったけどね)と苦笑いの海王親方


(天津風!いや格下力士にこんなことを取材陣が来ているこの場所で言う【妙義山】は少なくても私は初めてだ。絶対横綱が指名してくれるなんてめったにあるもんじゃないけど、まさか潰されることはないにせよ・・・)と主任の元大関【伊吹桜】の胸中は期待と同時に多少の不安がよぎる。そんななか、さっきまで申し合いで汗を流した【葉月山】が白木の壁際で息を荒げ汗だくの【天津風】にボトルに入った水を差し出す。


「ありがとう」と【天津風】は体にボトルの水を流し込むと大きく息を吐く。


 葉月山が初めて見た。【天津風】の本気の一端。部屋で小田代ヶ原親方相手にへとへとになった姿は見たことはあったが、今の姿は明らかに違う。本当に疲弊しさらに次には心理的にさらに追い込んでやらおうとあの絶対横綱が手ぐすね引いて待ち構えているのだ。


「天津風関・・・・」と葉月山は自分の事のようにどこか不安になる。


「光栄だよ。妙義山関から直に指名だからね、それもガチ相撲なんて有難い以外なにものでもないよ」


「でも・・・・」


「葉月山。女子大相撲は男子以上に厳しい、日本だけではなく世界へ出て戦う力士と言うか戦士だからね、妙義山関はその戦場で戦う日本の女力士の頭!その人が指名してくれたと言うことは少しは認めてくれったてことかな」と天津風の表情が僅かに緩んだような。


「凄いですね天津風関は、私の方がどこか緊張と言うか怖さを感じてしまって」


「多分、一本ぐらいは【桃の山】と真剣勝負させてくれるはずだ。その前に私を可愛いがって葉月山にプレシャーかけるってところだろう?桃の山には当然に【葉月山】対策は仕込んであるはずだから」


「天津風関・・・」


「勝てなくても無様な負け方はしたくない!自分のため、そして、小田代ヶ原親方のために!」


「天津風関・・・・」


    葉月山の心が震える。部屋の筆頭力士と言う責務とはいかに厳しいものなのか。


 稽古では部屋の力士達に厳しく全力をかたむけてくる。それ以上に自分に厳しく。場所中取り組みが終わり部屋に帰れば、相撲場に置いてあるモニター画面に今日の取り組みを映しながらその時の動作を自ら体を動かしもう一度見直し改善点を探る。それを一時間でも二時間でも納得するまでやるのだと先輩力士に聞かされた。そして、小田代ヶ原親方いや、元横綱【百合の花】との三番稽古は、【天津風】にとってかけがえのない稽古であり、その稽古にとことん付き合う親方。その姿を初めて見た時に、男子大相撲関係者やファンからすると女子大相撲が単なる男子大相撲の亜流だとか『女が大相撲などあつかましい』とか言う声もいまだに少なくないのは事実。それでも、わかってくれる人がいる以上女力士達は女相撲道ではないがそれに邁進してやってきた。


 絶対横綱【妙義山】がゆっくりと土俵の中へ入ると大きく四股を踏みだす。カメラマン達が一斉にシャッターを切りだす。それを見て【天津風】も土俵へ、背中に張り付いている【葉月山】の両掌を感じながら・・・。


「天津風関の相撲見せてやってください!」と【葉月山】は小声で


「もちろんよ!でも葉月山、あなたの手の震えは勘弁してよ伝染するじゃないまったく」と【天津風】は苦笑気味に


「すっすいません。なんか・・・つい」


「葉月山。本場所が始まれば、毎日この連続だからね、私の相撲をよく見ときなよ!」


「はい!」


 【天津風】は、一瞬目を閉じるとすぐさま目を開き臨戦態勢に、仕切り線の前に立ち絶対横綱【妙義山】の視線を真正面から受けて立つ。ここで逸らしてるようでは、気持ちにで勝負に負けてしまう。部屋の空気が一気に重苦しくなる。


      まるで永遠の静寂が支配するかのような・・・・。勝負の時は今ここに!




 



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