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女力士への道  作者: hidekazu
花道の先に見える土俵へ

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305/324

土俵という舞台へ! ⑨

 西経大学女子相撲部の土俵に響き渡る女力士達の激しい息遣い。アマチュア女子相撲の女王である西経女子相撲部で女子大相撲力士が激しい稽古を繰り返しているのだ。


「映見、懐に入られるのを恐れるな!」と小田代ヶ原親方の怒号が響き渡る。映見は小兵の十両力士【山茶花】の速く変則的な動きに翻弄されていた。実業団タイトルを獲り特例で入門してきた映見。その実力は小田代部屋の力士達も認めてはいるもののここはアマチュア相撲と力士としての格の違いを思い知らされてやると言う気合は小田代部屋の力士全員思っている。ましてや、あの絶対横綱【葉月山】を受け継ぐなど女子大相撲力士のほとんどが思っていなかった。そんななかでの【葉月山】と【桃の山】の四股名の復活は、少なからず力士達に嫉妬めいたものも生んでいた。【葉月山】と【桃の山】はアマチュア女子選手にとっては、理想とする力士であると同時に憧れ。それは現役女力士にとっても同じである。しかし、それ以上に嫉妬していたのは小田代ヶ原親方かもしれない。


 海王親方にも絶対横綱【妙義山】にも言われたあの件・・・。


>「あえて百合の花と言うよ、【葉月山】はやめとけ、稲倉映見は【百合の花】を襲名させるべきだ!小田代ヶ原親方として、稲倉映見を横綱にする。その四股名は【百合の花】であって【葉月山】じゃない!もうこれ以上は言わない」と海王親方


>「個人的には【葉月山】の四股名は一代で終わらせるべきです。妙義山の名を襲名した自分が言うのもなんですが、ここは、百合の花を継がせるべきです」と【妙義山】


 自分の弟子に、親方自身の四股名を継がせる。それは弟子に対しての最高の称賛であり自身にとって最高の名誉でもあるのだ。でも、小田代ヶ原親方はその打診さえも映見にしなかったのだ。打診して断られたらとかそんな小さな話ではなく、そもそもで言えば、女子プロアマ混合団体世界大会での活躍は女子大相撲ファンに【葉月山】を連想させるのに十分であった。そして、山下紗理奈からの映見の入門の打診、そして、【葉月山】こと中河部葉月自身が認めた力士としての稲倉映見。そして、彼女自身の強い意志と覚悟。親方とすれば才能のあるアマチュア相撲選手を獲得できただけで十分過ぎるほどだし、映見は親方としての自分を尊敬し私の教えを理解し稽古に邁進してくれる。


 大学出身アマチュア相撲選手にありがちなどこか鼻につくようなことは一切ない。他の親方連中からは山下紗理奈を使っての獲得か?とか、最初から一等の宝くじを渡されていたんでしょ?とか言いたい放題の陰口を言われたこともあった。もちろんそんなことはないし、そもそも、映見が女子大相撲に入門するなど想ってもいなかったし、医師を目指すものが、それを途中で中断してまでも女子大相撲に入門するという彼女の熱い覚悟と気持ち、そして、師として映見を向かい入れることができたのは奇跡に等しいのだ。それでも、女子大相撲の世界でどんなに才能があっても精神面や技術面で十分に成長しなければ、女子相撲界での成功は難しい、ましてや横綱という最高位に到達することは難しい。さらに言えば、【葉月山】を名乗る以上、横綱になることは絶対なのだ!


 廻しを締め、鬼の形相での【葉月山】と小兵の十両力士【山茶花】の三番勝負は五番やって、一番取れたのが精いっぱいというか、十両力士から一番取れれば御の字なのだ。名古屋場所一週間前を切った状態でも、稽古の手は緩めないどころか、ますますヒートアップするかのような映見への稽古。そんなことは、親方自身が一番わかっているのに・・・・。疲弊しきっている映見を前に、小田代ヶ原親方の体がうずうずしてたまらないどうしても自ら稽古をつけなければ、そんな時、元大関の【伊吹桜】が親方に近づいてきた。


「なんだ。なんか言いたそうだな」とぶっきらぼうな親方。


「映見はあれぐらいでちょうどいいです。意外とエンジンかかるの遅いですし、多少手荒にするぐらいで、なにせ【葉月山】ですから、葉月さんも表向きには優雅に見えていたけど、裏では誰よりも稽古していた。あの半地下のトレーニングルームで誰にも自分の苦しい姿を見せず、一人稽古していたのが想像できます。映見もその口ですから」と伊吹桜


「ふん。私に小言でも言いに来たと思ったが」


「まぁ言いたいことはそれなりにありますがね」と笑みを浮かべながら伊吹桜は話を続ける


「海王部屋に映見を出稽古に行かせませんか」


「海王部屋?」


「本番前に、手合わせさせませんか石川さくらと」


「手合わせって・・・・ただでさえ注目されてるのに初土俵前なんだぞ」


「映見、相当に緊張してるし親方も、ここは結果はどうであれリセットの意味で、海王親方が返事してくれるかどうかわかりませんが」


「でも・・・」


「緊張の糸を一回切った方がいいです。このまま場所に入るのはどうかと」伊吹桜の顔は真剣そのもの、小田代ヶ原親方は一瞬強張った表情を見せたが


「ってまったく,結局お前に小言いわれるのか優秀な部下を持つと・・・・わかった」と言うと、親方自身がサイドテーブルに置いてある自身のスマホを取り相撲場の外へ出ると海王親方に電話を入れる。


 梅雨明け後の名古屋の夏は午前中にもかかわらず三十度を超える猛暑にみまわれるも、木々に囲まれ外にある土俵を吹き抜ける風は湿気を帯びるもどこか心地よい。親方はスマホから海王親方へ、何回かの断続的な発信音のあと


「忙しいところすいません。稽古中ですか?」と小田代ヶ原親方


「どうした?」と海王親方


「えぇ、ちょっとご相談したいことがありまして」


「相談?」


「もし、お願いできましたら映見を海王部屋に出稽古に行かせたいのですが、場所前の忙しい時にすいません」


「意外だね、小田代ヶ原親方にしたら」


「えっ?」


「さくらとやらせるかどうかは、約束できないけどそれでもいいかい?」


「えっ・・・それは、璃子さんに・・・」


「璃子じゃねーし、一応『海王』だから言っとくけど!」


「あっ、すいません。つい・・・」


「小百合。稲倉がお前のところに行ったのは『運命であり必然』だったんだよ。他の親方連中は色々言ってるようだけど気にするな。海王部屋に石川さくらが来たのも同じだよただそれだけだ。葉月がお前にあの家と部屋の土地を譲られたことも同じ、葉月からかけられたプレッシャーは凄まじいけどな」といじりも含めて海王親方。


「海王親方・・・」


「明日でも来るか?」


「是非ともお願いします!」


「わかったけどメディアに騒がれそうだよな、本番前の前哨戦じゃないけどやらせないワケにいかないか?私なりには稲倉対策は練ってるつもりだし、正直言うとあまり手を見せたくはないんだけどね」


「私は素の映見でやってもらうつもりです。小細工はなしで」


「余裕ってところか?」


「【葉月山】を受け継ぐ以上・・・」


「【桃の山】も二代目妙義山直系だからね、絶対横綱も期待を賭けて継がしたわけだし」


「でも、正直こんなことになるとは思いませんでしたが」


「ふん。まぁ早いうちに出る杭は叩いておかないとな、稲倉も元横綱【百合の花】もね、『山椒は小粒でぴりりと辛い』小田代部屋の躍進は脅威だからなこれから間違えなく」


「まだまだです」


「まだまだか、葉月が【百合の花】を後継に指名したのは当然か・・・」


「力士としては華がありませんでしたが」と小田代ヶ原親方は自虐ネタっぽく


「やっと認めたか」と苦笑交じりに


「元百合の花は白い花から黒百合になりますので」


「黒百合?」


「妖艶な女親方になりますから」


「妖艶?妖怪の間違えだろう?妖怪【紗理奈】の二代目とかあぁ怖い怖い!」


「言いますよ、そんなこと言って全く」


「冗談はともかく小結【天津風】も来ればいい、小田代部屋の筆頭だしもっとも警戒するべき力士の一人だからな、少し揉んでやるよ!だったら【妙義山】と手合わせしてやるから、横綱も小結【天津風】には先場所やられてるしな、一目置いてるし」


「いいんですか?」


「もちろんだよ。お前の部屋の力士達がみんな急成長しているあたり、親方と伊吹桜の指導者としての力量を物語る。受けてやるから明日来い!」


「ありがとうございます。やっぱり頼れる姉御です」


「じゃ、そう言うことで」



 一通りの稽古が終わり、弟子たちは土俵の清掃その他の行動に移るなか、親方と伊吹桜は外にある土俵に、小結【天津風】と【葉月山】を呼び出す。


「明日、二人で海王部屋に出稽古に行って来い。海王親方にお願いしたから」と小田代ヶ原親方


「海王部屋にですか?」と小結【天津風】は一瞬表情を強張ったような


「先場所での【妙義山】全勝優勝阻止したのは【天津風】だからね、海王親方から出稽古に寄越すように指名された。【妙義山】に揉んでもらえ絶対横綱【妙義山】手合わせしてもらうチャンスなんかそうそうあるもんじゃない」


「わかりました」


「それと【葉月山】一緒に行ってこい、さくらと対戦できるかはわからないけど、女子大相撲の名門【海王部屋】の空気を感じてきな、絶対横綱【妙義山】筆頭に女力士にとっては『虎の穴』的部屋だ。それを肌で感じてきな、多分、石川さくらは激変するぐらい力量が上がってると想う」


「さくらとやれるんですか?」


「さくらとやれるかどうかわからないけど、海王親方のことだから無下にはしないと想う。それなりの稽古はしてくれると想う。初土俵前の力士に出稽古に行かせるのは異例だけど、あの海王部屋が受け入れてくれたんだ無駄にするなよ!」


「わかりました」


「詳しいことは、あとで伊吹桜から聞いてくれじゃ上がっていいよ」と小田代ヶ原親方


「それじゃ先に失礼します」と【天津風】と【葉月山】は親方と伊吹桜に一礼し相撲場へ戻る。


 親方は土俵脇にある大銀杏の木に背を預けふと考え込む素振りを見せる。その前に伊吹桜が立ち親方を不安気な表情を見せる。


「すいません。私が余計なことを言ったばっかりに・・・」


「いや、私も考えていなかったわけではないんだ。海王部屋は初代妙義山の時代から常に女子大相撲を引っ張て来た。歴代の横綱の輩出数を見れば圧倒的だ。初代妙義山・二代目妙義山の二代の絶対横綱を輩出している。それは稽古の厳しさと比例するように、そこで石川さくらがどこまで覚醒したのか、正直怖いって言うのが本音なんだよ」


「親方・・・」


「力勝負になった時、さくらの方が上と見てる、映見だってがっぷり四つになれば力は発揮できるが正直キツイと想う」


「だからこそ、出稽古で映見の弱点をさらけ出すんじゃないんですか!」


「伊吹桜・・・」


「ここは、映見の好きなようにさせましょう。海王親方の事です、当然、策は練っているはずです。できればその策を出させたいというのが私の本音です、映見の弱点をあえて言えば」


「王道の左か?それを誘い出すために右から攻める?」


「さすがですね親方、私もおなじです。左を封じる!それが映見を攻略する鍵です!海王親方の事です。そこ徹底的についてくるはずです。それと・・・」


「一気に押し込まれた時に弱点をのぞかすってところか?」


「さすがですね」


「伊吹桜、付き添いで【天津風】と【葉月山】とで海王部屋に行ってくれ、明日の稽古は私が見るから悪いな」


「わかりました」


「海王親方の事です。事前に映見が出稽古に来ることをマスコミに言ってるでしょうし?」


「璃子さん。意外とやることはえげつないから、これから各方面からプレッシャー掛けられるのは当然だからな【葉月山】ならなおさら」


「映見がこの部屋に来たのは、女相撲の神様からの贈り物であり親方や私に対しての試練だと想っています。どんなに優れた逸材であってもうまく育てられなければそれは指導者の責任です。【天津風】も小田代部屋に来る前までは、才能がありながらその目が開かず前頭で悶々としていたけど、親方の指導で目が開いた。そこから部屋の勢いがついた。そして私も、横綱【百合の花】ともに自分の相撲人生を賭けたののは間違っていなかった」


「伊吹桜・・・・」


「【天津風】に【百合の花】を継がすのが筋だと思います。【百合の花】と【葉月山】の二枚看板力士が揃いた立つ。それが小田代部屋です!女子大相撲の新時代は小田代部屋が作る!それが【葉月山】への恩返しであり、【葉月山】の呪縛からの決別。新生【百合の花】として!」


「伊吹桜・・・あんた」


「私の目に狂いはなかった。そして、【葉月山】も・・・・」


「・・・・」


 ついこの間まで落葉した銀杏の木もいっせいに芽吹き(めぶき)明るい緑色の若葉を纏うかのように枝葉がこの大木に新緑のざっくりとしたジャッケトを羽織る。大銀杏の下の土俵に木陰を作りながらも木漏れ日の光が少々荒れてている土俵ではあるが、どこか輝いて見えるのは気のせいなのか?


 元横綱【百合の花】・元大関【伊吹桜】。二人は静かに土俵に上がると仕切り線の前に立ち四股を踏む。それはまるで金剛力士像のように向かい立つ。「阿形像」と「吽形像」。「阿形像」は、口を「あ」の形に開き、「吽形像」は「うん(ん)」の形に口を閉じている。「阿吽(あうん)の呼吸」の由来でもある。


 二人はけして花型力士ではなかったかもしれない、【百合の花】は絶対横綱【葉月山】と若き横綱【桃の山】の影に隠されどこか華がない力士と言われ、【伊吹桜】は相撲の才能がありながらもなかなか目が出ずいいところまで行きながらも足踏みを続けていた。その一つの原因は協会に歯に着せぬものいいをしていたことが他の親方や力士に疎まれていたりしたこともあったことが精神的にきつかったのかもしれない。そんな二人だが部屋は違えどどこか波長が合っていたのだ。


 そんな二人が、引退し部屋を二人で担うのは必然だったのだ。葉月山から譲られた相撲資産と稲倉映見と言う逸材。小田代部屋の第二章が芽吹き始める。


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