土俵という舞台へ! ⑧
女子大相撲常設の会場「辰巳館」の隣にある女子大相撲協会の一階には、四面の土俵を持つはウォーミングアップエリアになっており、本割がないときは、男女のアマチュア相撲選手に貸し出しをしアマチュア相撲の普及に貢献をしている。また、高速度カメラや各種センサー器具など使っての映像分析をすることもでき、その各種機器をリーズナブルにアマチュアにも使用でき、専門のトレーナーからの技術指導も受けることができるのだ。その意味では女子相撲の聖地である「辰巳館」ではあるが、男女を問わずアマチュア相撲の一つの拠点という位置づけもになっている。そんな四月初めの辰巳館では、年に二回ある女子大相撲の新弟子検査が行われていた。今年の新弟子最大の注目は、当然に稲倉映見と石川さくらの二人であることに異論を唱える相撲ファンはいない。
今年の新弟子希望者は31名。高校卒の18歳から大卒・社会人のアマチュア相撲選手が入門検査に望んできていた。身体・体力・運動能力検査を経て、31名の新弟子達に検査合格が告げられる。会場には各メディアも取材に来ており、当然に取材対象は映見とさくらである。両名共に世界選手権無差別の優勝経験があり国内では圧倒的強さであり、名門、西経大学女子相撲部の先輩後輩という女子相撲ファンには最も見てみたい対決の構図が実現するのだ。
当然に二人には、メディアからの取材依頼が協会の方に要請があり、特別に二人揃っての取材を辰巳館の本土俵下で行うことになった。女子大相撲の担当記者が待ち構えていると、二人が東の入り口から入って来た。
稲倉映見は元絶対横綱【葉月山】が着ていたモレウノカ=ゆるやかに渦巻く文様が白地に深い赤で描かれている浴衣姿で、さくらは赤地に桃色の金彩桜霞文様を散りばめた浴衣で登場。本来であるのなら、部屋から支給される浴衣を着るのが常識なのだが、小田代部屋と海王部屋の両親方はあえて、二人には自分の好みの浴衣を着させたのだ。当然に周りの親方や力士達からは不満めいたことも出たが、両親方はその耳を貸さず、好みの浴衣を意図的に着させたのは二人にプレッシャーを課すためにそうさせたのだ。次世代の期待の力士にはそれ相応の決意で臨んでほしいとの想いからなのだ。メディアの中には当然に雑誌【女子相撲】の編集長である中島京子の姿もあった。編集長自ら現場に来ることはほとんどなくなっていたが、さすがにこの二人の取材は自ら行きたかった。ましてや、(旧姓)倉橋真奈美が育てた最後の世代でかつ、もっとも強かった二人の女子大相撲入りは次世代の旗手になることは間違えない。
各メディアが二人に質問を投げかけるなか京子が質問する。
「雑誌【女子相撲】の編集長の中島京子です。お二人の浴衣、華やかではありますが幕下のそれも入門したての力士が着るようなものではないかと、特に稲倉さんのは【葉月山】関が愛用していた柄だと思いますが?」
「これは、私の決意と言うか覚悟と言う意味で、小田代ヶ原親方から着るようにと言われました。当然、四股名は【葉月山】を継がしてもらいます。当然その意味は重々承知しています」
「絶対横綱【葉月山】は一代限りのものであっても当然かと思ったけど、あなたにとってあまりにも重すぎる気もしますが?」
「絶対横綱【葉月山】を継ぐ以上、半端な気持ちでは継ぎません。最低でも横綱!それは、絶対条件だと!」映見は公の場で言い放った。映見の隣で小田代ヶ原親方はその発言に微動だにしなかった。親方にとっても、稲倉映見を入門させましてや【葉月山】を名乗らせる決断は、あまりにも重い決断であることは、映見の覚悟と変わりない。
「親方にも一言、【葉月山】と言うある意味の日本女子大相撲の至宝とも言えるこの四股名を入門時からいきなり継がせる真意をお聞かせ願えれば」
「私は本来であれば【葉月山】さんが引退され相撲界に残り親方として後進の指導にあたるのが当然かと想っていましたし、それは、ファンも女子相撲関係者も気持ちは同じです。そんな時に【葉月山】さんから、私に後継指名と言えば大袈裟に聞こえますが、指導者への道を打診されて今に至っています。【葉月山】の四股名に関しては、事前に中河部葉月さんから稲倉映見本人に言ってあるようなので、本人の希望でもありますし、稲倉が『最低でも横綱!』とここで公言した以上、私がとやかく言う必要はないでしょう」と小田代ヶ原親方はこの話をここで締めた。京子は続けてさくらへ話を持っていく。
「わかりました。【葉月山】とくれば【桃の山】と言う話になりますが、ファンの間では二代目【葉月山】と二代目【桃の山】の対決かと言われていますが?」と話をさくらに向ける。さくらはチラッと映見を見た後、隣の海王親方にアイコンタクトをとると話始めた。
「えぇ、四股名に関しては【桃の山】を継がせていただきます」とさくらが言うと、記者達の間から「おぉぉ・・・」と言う声が・・・。
「【葉月山】と【桃の山】の対決が見られると言うことですよね?」と別の記者
「私なりに色々迷いましたが、【妙義山】関からの直の提案でしたので覚悟を決めて継がしてもらうことに決めました。映見さんが【葉月山】という四股名を継ぐと言う覚悟に触発されたと言うのもありますが、海王親方、妙義山関からの期待を裏切らないように、女力士として生きていく覚悟です」
さくらは映見に鋭い視線を送る。先輩として、女子アマチュア相撲選手女王として、憧れであり目標でもあった。時が経ち、アマチュア相撲選手として切磋琢磨した舞台は女子大相撲の世界へ!さくらにとって、稲倉映見と本物の女子大相撲の舞台で勝負する日が訪れるとは、夢では見ても現実になることはないと想っていた。そして【桃の山】を名乗ることも・・・・。
「それを聞いて稲倉さんは」と京子
「私もさくらと同じ気持ちです。女力士として生きることなど想いのどこかにあったとしても、現実になる事などないと・・・【葉月山】と【桃の山】の対決が名古屋場所で実現できる!今からワクワクが押せさえ切れません」と言いながら映見は初めて表情を緩めた。さくらもその表情を見るや表情を緩める。お互い先輩後輩の仲とは言え、勝負の世界に身を置けばそんなことは関係ない。ましてや二人とも、偉大な四股名を継ぐと言う意味で言えば負けは許されない。
幕下全勝優勝すれば一気に十両昇進は確定。それに近い成績でも昇進できる可能性は高いと言えできれば幕下全勝優勝でと言う想いは強い。アマチュア相撲時代はライバル関係ではあったものの、直接対決はそうは多くはなかった。しかし、これから始まる女子大相撲では、常にライバルとして勝負をすることになる。
「そろそろ時間もありますので」と協会のスタッフが締めようとすると、カメラマンの方から二人並んで握手する場面が欲しいとのリクエストが入る。二人は土俵下に並び立ちカメラに向かいながら両者右手で握手する。一斉にフラッシュが焚かれシャッター音が館内に響くと同時に、記者達から二人の姿に何とも言えない静かなるどよめきとでも言うのだろうか?
【葉月山】と【桃の山】の取り組みはある意味因縁めいたものもあった。【桃の山】の母である初代【妙義山】にある意味、意に沿わない形で女子大相撲に入門した【葉月山】。【妙義山】との直接対決はなかったが、その娘である【桃の山】との対決は、【葉月山】にとっては無意識でも感情が高ぶる。次世代の旗手。絶対横綱【葉月山】の後継者と言われ、母である初代【妙義山】の娘として【葉月山】との対決はファンならずとも盛り上がった。そんな対決が早くも復活するのだ。ましてやあの伝説的な大会【女子プロアマ混合団体世界大会】で百合の花・桃の山の両横綱と共に世界の強豪達と戦った二人であればなおさら注目を浴びるのは当然である。葉月山と稲倉映見。桃の山と石川さくら。心技体あらゆる意味でよく似ているのだ。
稲倉映見はほとんど闘志を表にだすことはない、どちらかと言えば内に秘める、葉月山もしかり、どちらかと言えば感情むき出しでと言う印象はなく、あくまでもクールに、それでも、感情を爆発させる時もまれにある。爆発すればそれはとめどなくなく・・・。医師として邁進すべきことは、自分が女子大相撲の世界で一時でもいいからとその無意識な感情は止められなかった。柴咲総合病院相撲部監督 南条美紀からの誘いがなければ、女子大相撲への道は永遠になかったのだ。このシナリオをい意味で画策したのが、山下紗理奈であったと言うのも、椎名葉月、のちの【葉月山】との共通点と言えなくもない、その誘いに乗ったのは映見自身でありそれを他人にそそのかされてなどと言う話でもない。
椎名葉月とて、中河部牧場に嫁げば、そこから競走馬ビジネスのストーリーが始まったのに、くだらないプライドが邪魔をしてそのチャンスを逸した。しかし、もう一人の自分は、女子相撲というものに自分を賭けたいと心の奥に潜んでいた想いがマグマだまりのように沸々と・・・。そして、その蓋は山下紗理奈の可愛がりでの怒りで吹き飛んだのだ。医師としての道を目指し研修医として歩き始めた映見も・・・。
石川さくらにとっての稲倉映見は、同じ女子相撲をしている者にとっては憧れの存在。何しろ家まで捜してストーカー行為までしてしまうのだから・・・・。そんなさくらにとって、女子大相撲の世界で生きていきたいと言う想いはひとつの目標であった。高校生になり、個人戦では敵なし海外のジュニア世界大会などでも数々の優勝を勝ち取る。そして、さくらにとっても【女子プロアマ混合団体世界大会】は、さくらの相撲人生を決定づけたと言っても過言ではない。そんななかでの【桃の山】との出会い、どこか波長があったのだ。
【女子プロアマ混合団体世界大会】で日本の筆頭横綱として活躍が期待されたが、ライバル【十和桜】から受けた精神的ハラスメントで奈落の底に落とされた。その策略に嵌められた【桃の山】そんな【桃の山】の強さの中にある心の弱さは、石川さくらにとってもショックであったが、そこからの立ち直りと最後の優勝決定戦においての死闘は、【桃の山】と同じ土俵で生きたいと決定づけた。精神面で母である【妙義山】と比較され、常にその精神的弱さと言うより気持ちの優しさが勝負師として力士として大成できないと言われてきた。それは石川さくらにも同じところがあった。だからこそ【桃の山】にはどうしても自分を同化させてしまっていたのだ。
そして今、憧れていた女子大相撲の聖地である【辰巳館】の土俵下でインタビューを受けていることは、至極当然のことも知れない、ましてや相撲の先輩であり常に目標としていた稲倉映見と同期入門など夢のような話であり、次世代を担う二人の女力士と言われることには、その期待に応える強い意志を持ち合わせていることは四股名【桃の山】を継ぐことで女子相撲ファンは十分理解しそれ以上に二代目【桃の山】への期待は大きいのだ。
土俵下で写真撮影を受ける二人。さっきまではお互い意識しあい硬い印象だたのが握手をすると、気が緩んだのか穏やかな表情になる。そんな二人の遠くには、天井から吊り下げられている歴代絶対横綱の三枚のパネルが見える。左から初代【妙義山】・【葉月山】・二代目【妙義山】が見えている。二代目【葉月山】と二代目【桃の山】に焦点を合わせたレンズをファインダーから覗けば、遠くに見える三人の絶対横綱は、まるで蜃気楼であるかのようにおぼろげに見える。二人はあの三人の世界に行くことができるのか?興奮と熱気に包まれるであろう女子大相撲名古屋場所はすぐそこだ。




