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女力士への道  作者: hidekazu
花道の先に見える土俵へ

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303/324

土俵という舞台へ! ⑦

 さくらと圭太は、辰巳から有楽町線・大江戸線と乗り継ぎ、新御徒町駅でつくばエクスプレスに乗り継いでゆく、時刻は午後四時前。車内は閑散としているので、大柄な二人がロングシートに座っても少なくとも邪魔扱いにはされていなかった。


「そんなに俺の住むところとか見たい?」


「一応見ておきたいし、これからちょくちょく行くと思うし」


「なんかなぁ・・・・」


「何?」


 さくらと圭太との関係と言うか距離感は、高校時代からさして変わっていないのかもしれない。愛しあっている関係と言うよりも友人関係と言うか、そんな微妙な距離感を保ちながらの仲なのだ。深く愛しすぎれば過ぎるほどに意外と深い関係にはならないものだ。お互い相撲を通じ築いた関係がここまで続くとは正直思っていなかったのは事実。でも、それがよかったのかもしれない、圭太が関西の大学に行ってしまったことは、さくらにしてみれば寂しさはあったが、それは、逆に相撲に集中できた環境だったのかもしれないし、圭太にとってはさくらと微妙に距離を取ることは、これからの二人の関係にとって冷静に考えることができる環境になっていたのかもしれない。


 どちらかというと結婚願望を表に出してくるさくらに対して、圭太は一歩引いた感じでいるように見えるが、それは、誰よりさくらが相撲に集中し女子大相撲力士として邁進してほしいと言う彼なりの想い、結婚はその過程での一つの儀式みたいなものだと想っているのだ。さくらが力士として邁進し結婚したとしても多分そんなに変わらないだろう・・・力士引退後に指導者として生きるのかそれとも、女子相撲界から去るのか?圭太自身の想いとしては女子相撲界から距離をおいてもいいのではないかと・・・。


「力士引退後のこととか考えてる?」


「はぁ~?入門もしてないのに引退後の話って・・・何?」


「あぁ、ある程度の力士の地位で引退できれば部屋とか持てる資格を得るだろう?さくら、後身の指導とか考えているのかなぁって」


「部屋を持つのかってこと?」


「相撲の世界で生きていくのなら、引退後はそう言うことも考えているのかなって?」


「多分、それはないと思う。引退後は協会の方で働ければとは思ってる。西経OGの皆さんも多く働いているし、部屋を持つのも悪くないけど、そうすると二人の関係もかなり制約されるだろうし、色々犠牲にしなきゃならないだろうし・・・・」


「本音?」


「本音?どう言う意味?」


「俺の本音はね、力士引退したら女子相撲界から去る選択もあるのかなって、俺はさくらが力士として生きていくことは賛成なんだけど、引退後も相撲界にいるのは俺達の関係にどうなのかなって?でも、そんな話を今言うのもおかしいよなゴメンな」


「圭太、なんかあった」


「えっ?」


 つくばエクスプレスは「六町」のホームにアルミニウム合金の車体は塗装されていないことで地金の色を銀色に輝きを放ちながら入線する。二人は電車から降り地上へ上がる。駅前にロータリーがあり整備されているものの、いかにも最近開発されたと言う感じである。二人はしばらく歩き圭太のマンションへ、五階建ての四階の1Kのワンルームマンション。九畳ほどのフローリングの部屋に極太のパイプベットが置いてある。


「まだ何にもないんだ。来週に荷物は来るんだけどね」


「ここに住むんだね」とさくらは部屋を見回すと、ベランダの方の歩いて行きサッシの窓を開けると、いったん玄関の戻り、自分の靴を持ってきてそれを履きベランダに出る。ベランダから見える景色は、新しい戸建てと空き地が点在しいかにも新興住宅地と言う感じである。夕日が西に沈みかけあたりを茜色に染めていく。圭太もベランダに出ると軽くさくらの腰に手をまわす、二人にとってはこのベランダは少々狭い空間ではあるがそれも二人の関係をより密接にさせるかのように・・・。


「さっきの話なんだけど・・・」と切り出すさくら


「あぁ・・・ゴメンあれはないよな、力士引退後の話なんて」と圭太はすーっと腰に回していた右手を外す。


「本当はね、力士以外の選択もしてたの、何社からは二次面接まで進んでいたの」


「えっ?そんな話初めて聞いたぞ」


 さくらは海王部屋に入門前提の稽古に来るたびに、会社面接も受けていたのだ。もちろんその段階では、海王部屋に正式に入ることは決まっていなかったがある種の背信行為であることは重々承知していた。さくらの女子大相撲入門は少なくとも相撲関係者やファンは既定路線だと想っていたし、実際さくらもそれを匂わせていたし少なくとも女子大相撲以外の選択など想いもしていなかったはず。映見が卒業時での部の追い出し会で、映見の女子大相撲への挑戦宣言で決めたはずなのにまだ迷いが経ち切れず安全パイを掛けていたのだ。


「映見さんは凄いよね、医師への道を一旦休止してまで大相撲を目指す。私はあの宣言に感化されて女子大相撲入門を考えただけなのよきっと、圭太は高校の時から私の女子大相撲への入門に賛成していてくれたし、卒業後にでも行くべきだと言ってくれただけど・・・」


「あれは、その方がいいと想っていたしそれとあの時から俺はさくらと一緒になるつもりでいたから」


「圭太・・・」


「さくらにこんなことを言うのはあれだけどちょと安心した」


「えっ?何が?」


「相撲一辺倒ではなかったんだなぁって、今思えば西経に行ったことは正解だったんだよな、「グローバル・コミュニケーション学科」を受けるって聞いた時、まぁ無理だろうなとを想ったっけど」と圭太は鼻で笑いながら


「失礼な!全くもう。まぁ相撲推薦って言うのもあるけど・・・でも、留年せず卒業までできたことは、あたりまえだけど自分を褒めてあげたいし、力士引退後のことを考えたら相撲一辺倒ってわけにもいかないし、そもそも西経は『文武両道』の精神。成績が悪ければ、試合どころか稽古もダメなんなんだから」


「『文武両道』か・・・・でも、もう女子大相撲に行くことは決定したわけだし、迷いも吹っ切れたわけだし、俺も社会人一年生として、そして、さくらに相応しい男として精進します」 


「嘘くさい」とせせら笑うさくら


「バレたか・・・・」


「本音出た」


 そう言いながら、さくらは身を圭太の背後に回り、圭太の背中に身を委ねる。微かに香るライトブルーの爽やかな香りがさくらの熱くなった想いを冷ましてくれるかのように・・・。久し振りの圭太の背中は広く感じられた。背骨を構成する椎骨の一個一個のごつごつ感がたまらず、つい頬にあて感触を楽しんでしまうのさくらの常になっていた。高校時代、稽古で圭太と稽古相手の関係以上になっていくにつれて、いい意味で感情を抑えきれない自分がいた。今まで男女関係と呼べるまでの付き合いはしたことがなかったさくらにとって、はじめての恋人であり異性としての親友。圭太からすれば、さくらの稽古相手というのは、本意ではなかったかもしれない。圭太は消して相撲選手として弱いわけでなかったし、本当ならばさくらの稽古相手として時間を割いてもらったことで、圭太自身の相撲の稽古ができず潜在的な実力を阻害してしまったのではないかと言う想いを抱いたこともあった。でも、圭太は・・・・。


>「俺、さくらが俺と稽古してどんどん相撲上手くなっていくの体感しているし自分自身もそれをモチベーションにもっと相撲うまくなって強くならなきゃって・・・・。だって世界大会に行っている選手の稽古相手してるんだもの」


 圭太は、さくらの想いをまるで理解しているかのように事あるごとに言ってくれた。正直言うとその言葉に心苦しいこともあった。でも、圭太はさくらが相撲で活躍するたびに我が身のように喜んでくれた。もちろん苦しんでいる時も我が身のように痛みを分かち合うかのように負ってくれた。けして、そのことでさくらを自分に振り向かせようなどという空気は微塵もなく、あくまでも相撲をしている者の同志として、そして、親友として、そこに恋愛だのと言う感情はけして見せてはくれなかった。でも、その裏返しはさくらへの無情の愛であるかのように、さくらが圭太に恋を抱いたのと対照的に圭太はさくらに愛を抱いたのだ。


 恋が自分本位なら愛は相手本位、圭太だってさくらに恋を抱いているぐらい痛いぐらいわかる。でも、圭太は口に出すことはなかった。高校時代、私の稽古相手をしてくれたことこそ彼なりの「無情の愛」だと、お互い離れ離れといえ、中京と関西なのだから新幹線なら一時間であまり会おうと想えばいつまでも会える環境だ。


 最初の一年は毎月のように会っていたのにいつの間にか回数が減っていき、四年生ではほとんど会うことがなくなっていた。だからと言って二人の想いが希薄になったと言うわけではなく、会う回数が減るほどにお互いの想いは募るばかり・・・。四年になりそれぞれの進路を決めることに、リソースを割き二人で会うことはほとんどなかったのだ。卒論・就職活動とやることに追われた日々が続いたがそれも決着し、遅まきなながらの再会が今日だったのだ。


 お互いの進路が決まり、来月には新たな人生のスタートを切る二人。


「さくらとの出会いは・・・・感謝してる」と圭太は再度、さくらの腰に手を回すと締め付けるように


「何?どうしたのよ急に、それに、言葉になってないし」と言いながらさくらは、圭太の横顔を見る。夕日に照らされた圭太の表情はどこか妙な緊張感をさらけだしている。二人でいることに、何の緊張も生まれるはずなどないのに・・・。


「圭太、私はあなたと出会っていなかったら、ここまでの自分にはなれていなかったと想う。高校時代あなたは私にとって精神的支柱だったし、もちろん今も、感謝するのは私の方よ、私の相撲を底上げしてくれたのは、間違えなく圭太だし、私が監督とうまくいかなかったときも、盾になってくれた。圭太にとっては、何のメリットもないのに、だから・・・」


「当然だろう!俺はさくらの夫になるんだからさぁ、さくらを守れるのは俺ぐらいしかいないだろう!それに意外と小心者と言うかさぁー、そして、時たま見せる甘え上手なところなんか、ころっと」


「ころっと?って何?」


「えっ?あぁ・・・って、さくらそろそろ帰らないと、もう六時だし東京駅まで送るから」と話題を逸らそうとする圭太


「あぁ・・・どうしようかなぁ」とさくらは腰に巻かれていた圭太の右腕をはずし、体を入れ替え圭太の背後に回ると、圭太の右肩に顎を乗せると、耳穴の息を吹き込んできた。


「!?」


「圭太、泊っていてもいいですか?」とさくらは左頬を圭太の首筋にあてながら舐めるかのように動かしていく


「さっ・・・さくら!?」


「いいですか?」と猫なで声のビックキャット?


「えっ、あぁ、やあ、いやこの部屋ベットしかないし、ねっ」


「それで十分よ、まだ何もないこの部屋に、なぜかポツンと置かれたそれもダブルベット・・・意図的よね」


「いやいやいやいやあれだよ、東京勤務になって色々来る機会があって・・・・」と圭太が言っているさなか、突然、目を両手で覆うってきた。


「誰だ」といいながら、さくらは右手人差し指を圭太の下半身のあそこに、下から上にゆっくり摩っていく・・・・


(あぁ・・・)


「反応しちゃってるし、全くもう・・・圭太、気持ちは隠せないよね」とさくらは緩急つけながら不規則に今度は手のひらで・・・・


(さくら・・・おい・・・)


 来月になればもうこんな戯れ事も顕著にできなくなる。圭太は就職。そして、さくらは女力士として生きていくのだ。さくらが猫なで声で甘えてくるときは、不安な気持ちを紛らわしたいサインなのだ。


(さくらが女力士として生きていく不安よくわかるよ、でも、さくらならきっと大成できるから、それは、俺が一番知ってるし、俺が育てようなもんだからさぁ)


 圭太は、さくらの両腕を取り、首もとに巻き付ける


「圭太・・・」


「俺には、さくらしかいないから」


「圭太・・・」


 ベランダから見えていた茜色の景色はいつの間にか僅かな宵の景色に変わっていた。空に浮かぶ月は時たま恥ずかしげに隠れるかのように・・・・。学生最後の宴は二人静かにでも燃えるように・・・・。


 


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