土俵という舞台へ! ④
------小田代ヶ原親方 自宅------
「本当に凄い、自宅の中にこんなトレーニングルームがあるなんて、光さんからは聞いていたけど・・・」
真奈美と小田代ヶ原親方は相撲部屋から徒歩で自宅へ、映見の無限三番勝負の最後は、西経女子相撲部OGの元大関【伊吹桜】との十番。結果は映見の全敗ではあるがそれは当然の事で、それ以前に部屋の力士達との合同稽古を終え、さらに映見への個別稽古と休む暇さえも与えなかった。稽古が終わり映見を部屋の風呂へ、紗理奈と美香は、稽古を見終えると二人でそそくさと帰っていた。真奈美も帰るつもりでいたのだが、親方から自宅への誘いを受けのだ。
「横綱【美瑛富士】・絶対横綱【葉月山】の偉大なるお二人が住まわれたこの家に住んでいいのかのかと思ったこともありましたが」
「親方は二人ができなかった相撲部屋を持ち、自ら稽古の相手もする。その意味ではもう超えてるし、横綱【百合の花】は歴代の女横綱に何も見劣りしない。そこは、葉月さんが一番理解されていたのでしょうからここを譲ったってことだと」
「引退後の事も現役当時から考えて当然部屋のことも、なのに!」
「牧場の娘が寄り道はしたけど、その寄り道はけして無駄ではなかった。女力士として得たものは計り知れない、特に精神的な意味で、さっきの映見の稽古を見た時に、女子大相撲と言う世界で生きていくには、精神的に強くなければ生きられない!私だって同じようなことをしたことだってあるのに、いかにも偽善者ぶって、そもそも女子大相撲の世界にアマチュアの私が稽古に異論を言うかのような・・・」
「真奈美さんにこんなこと言うべきではないんですが、正直【葉月山】の四股名を背負う力士の育て方などと言うのもおこがましいですかが、どう育てればという一面もあって、映見も伊吹桜も西経出身というより真奈美さんの教え子ですし、私が部屋を維持できるのも伊吹桜のサポートが大きと言うか、まだまだ力士としてやれたなのに、私が引退して部屋を持つと言ったら、何の相談もなく力士やめて、部屋の主任として百合の花を支えるなんて言い出して、横綱だって射程に入れることだって」
「里香は親方の事を尊敬してますし、色々勉強されて稽古や実戦をされていると、里香も映見に似てるところがあって、彼女の大学時代の評価からすれば就職は相当にいいとこに行けたはずなのに、正直、大相撲に行きたいと言われた時、「なんで!」と言う想いはあったんです。女子大相撲を蔑視しているような言い方ですが、『西経から入門した力士は大成しない!』って言うのは通説ですし、幕内に上がった力士は、何人もいましたが上がったところでそこで終わり,彼女達に女子大相撲は合わなかったのよ、まぁなんとなくわかっていたけど・・・」
「西経出身の力士達は、相撲も稽古も考え方もすべて新しかったし、私も見るべきものはあったし稽古の考え方も参考にしたこともありましたが、今は別としても私が入門した当時は、どうしても大相撲を見習ってと言う感じでしたので、それが原因だと今は全然違いますが」
「女子には女子の稽古がありますから、男子並みの稽古をすればいいだけの話ではないですし、その意味ではアマチュア相撲の方が上だと思ってました。今はもう違いますが、たださっきの映見への稽古を見て、『これ!?』って言うのはありましたけど」
「普段はあんなことはしないんですが、映見の覚悟を再度確認する意味もあって、加減はしていたつもりですが、私もつい熱くなってしまって、それに、重鎮が座敷に居たせいもあったんですが」
「二人はよく来るの?」
「いえ、正式に映見と契約を交わしてはじめてです部屋に来るのは、その前まではこちらで会うぐらいで、色々相撲関係者や取材記者とか来てたので気を使ってくれていたのだと想います。映見の取得にはお二人がいなかったらできませんでしたし、正式に契約するまでは表立って出ることは・・・でも、本当に知らなかったのですが?」
「知らなかったわけではなかったのよ、初めてその噂を聞いたのは、海王親方の「藤の花」さんから顕著に青森に行ってるって聞かされていたのよ、その時はピンとこなかったけど・・・そろそろ帰るは」
「えっ?あぁ映見来ますから待ってください。着替えて来るように言ってありますから、帰る時間もあるでしょうが、もしよかったら泊って頂いて明日にでも」
「いや、でも・・・・」
二人はダイニングキッチンにあるダイニングセットのチェアーに座りながら半地下のトレーニングルームを見ていた。縦に長く摺り足をするには十分な長さに、鉄砲柱など相撲の基本動作をするのには十分。土の香りが真奈美の心を刺激する。監督引退後はしばらく大学の仕事をしていたが相撲部にはほとんどかを見せることはなかったし、福井に移住後は名古屋に来ることは一切なかった。女子大相撲・アマチュア相撲も、せいぜいテレビやネットで見るぐらいで、それも気が向いた時ぐらいで・・・。それでも、映見の女子大相撲への入門が現実味を帯びてくれば気にならないワケがない。女子大相撲メディアやSNSでも、にわかに話題になり、「実業団タイトルを取り女子大相撲か!?」と少しずつ騒がれるようになっていく、そのことでの、取材の依頼もあるのだが一切断ってきた。そんななか旧知の仲の【女子相撲】の編集長である中島京子からの依頼も断っていたのだが、偶然にも東京ステーションホテル バー【oak】(オーク)で会ってしまったのだ。
カウンターで京子はカクテル「ミントジュレップ」をテーブルに、バーボン・ウイスキーをベースとする冷たいタイプのロングドリンク(ロングカクテル)。競馬のケンタッキーダービーのオフィシャルドリンクとなっていることでも知られている。真奈美は一瞬、店を出ようとも思ったが、京子の肩が上下に揺れていることに気づく、笑いを堪えてるかのように、まるで真奈美を待ち構えていたかのように・・・。店を出ようかと思ったが、そこは、腹をくくって京子の隣に座る。
「奇遇ですね」と京子は嫌味半分に
「奇遇?そうとも思えないけど」と真奈美
「仕事?」と京子
「えぇ、私も色々忙しくてね、56分の最終「かがやき」に乗るんだから、あんたと駄話なんかしてる余裕はないから」と言うと、目は京子のカクテルグラスに・・・。
「ミントジュレップか・・・・じゃ私も」と真奈美
「ここに来ればいつかあなたに会える気がしてね、取材とかお願いしても相手にしてくれないし」
「ここに来ればって東京には月一ぐらいよ、それなのに出会ってしまうなんて、取材とかお断りだから」
「もういいわよ、他の取材とか受けてるんなら許さないけど・・・」
「ごめんねぇ・・・」と言いながらカウンターに置かれた「ミントジュレップ」を口にする
バーボンウイスキーの風味が際立つ、甘さと爽やかなミントが調和したカクテルは、気持ちまで好きっとさせてくれる。真奈美が東京に来た際には福井に帰る時は、ここで一服してと言うのが定番ではあるのだが・・・。
「あなたと【oak】に来たことあったけ?」
「あなたに連れてきてもらったのは【カメリア】よ、あの時のあなたは・・・覚えてるでしょ?『濱田を愛してるのよ』とか『はぁ~』とか思ったけど」
「言ってないわよそんなこと、私はそう言うキャラじゃないから」
「まぁいいわ。どうなの?旦那さんとはうまくやってる?」
「いってない!」
「えっ?」
「なんかさ、またぞろベンチャー魂が再燃というか、経営戦略の刷新でって事で、招かれたのに、開発部門に口出しし始め、いまや開発部門の統括までしだした上に、営業部門まで・・・あんたの会社じゃないんだから!勘違いも甚だしいというか、自分のポジションを考えてよ全く。みんな私に言ってきて」
「当然じゃないの?あなた秘書であり妻なんだからそこをちゃんと手綱を引いたりしてコントロールするのがあなたの仕事でしょ?本当は嬉しいんじゃないの?何せあの「ホークアイソリューションズ」の創業者なんだからさぁ、あんたはそんな濱田さんと結婚したわけだし、そんでもって別れてまた再婚ってどんだけ好きなのよあんたは、それに、競馬の世界でもいまや一目置かれてるし、十億ぐらい稼いだんでしょあの馬で、家の旦那なんかあの馬の一点買いで稼いで家のリフォーム費用を稼ぎ出したのよ、「ツバキヒメ」さまさまよ、あなたの旦那には感謝だわ。まぁ競馬で得た不労所得をリフォーム費用に充ててしまう堅実さがうちの旦那がいまいち出世できないところなのよ、石橋を叩いて渡るというか・・・」
「はぁ~、競馬でそれも一点買いのどこが堅実なのよまったく。そのうちとんでもないしっぺ返しが来るわよ、ちなみにいくら?」
「真奈美、そんなこと聞く?うん・・・まぁリフォーム費用と中古だけどポルシェのケイマン買っちゃった。てへ!」
「あんた・・・・・」
そんな駄話をしていたら、時間はあっという間に過ぎていく。時刻は七時三十分。
「もう時間だから、今度はちゃんと時間作って会いましょうね、じゃー」
「真奈美・・・」
「うん・・・」
「稲倉映見の入門前に一回会うべきじゃないの?」京子はカウンター席に座ったまま、二杯目のマッカラン 12年 シェリーオーク をストレートで、バカラ(BACCARAT) ルクソールタンブラーに注がれているその琥珀色の中に映し出される影狼のような真奈美の表情は、どこか寂しくもそれを隠そうとすることに必死に見える。グラスの中の真奈美の心に張り付いている膜を剝ぐように・・・・。
「もういいのよ、映見はもう私から羽ばたいて自分の空を飛び新たな地へ向かっているのよ、私に便りの一つもよこさないのは彼女の覚悟だと想っているわ。私は映見を遠くから見つめるだけでいいの、今、会ってしまうと色々といらん事言ってしまいそうだし、監督を辞めて、時が経ち映見との思い出は薄墨色に染まっていく、消えることはないけど・・・さくらとは連絡はそれなりに、海王部屋には何回か行ってるし知ってるとは想うけど」
「稲倉とはだいぶ違うのね」
「あの【葉月山】を継ごうとしているのよ映見は、その意味を考えれば、そこに甘えは許されない!」と真奈美は小さな声ではあるが続けて・・・
『花は黙って咲き
黙って散って行く
そうしてふたたび枝に帰らない
けれども
その一時一処に
この世のすべてを托している
一輪の花の声であり
一輪の花の真である
永遠にほろびぬ生命のよろこびが
悔なくそこに輝いている』
「京都・南禅寺の管長でいらした、柴山全慶老師の詩なのよ、映見の力士人生がそうでありますように・・・私は、映見と会うつもりはないわ。少なくとも自分からは」
「真奈美・・・」
------小田代ヶ原親方 自宅------
玄関のチャイムが鳴る。キッチンにあるモニターに映る、映見と里香の姿。
「今、開けるわ」と親方である小百合が解錠ボタンを押す。真奈美は意識的に半地下のトレーニングルームを見ている。すでにダイニングの隣のリビングに二人がいるのに、顔をすらその方向に向けないのだ。三人の視線が真奈美の背中を突きさしていることは、痛いほど感じているのに・・・・。
「それじゃ、私と里香は三階にいますので」と言うとそのままリビングを後に、二階の空間には、映見と真奈美しかいない・・・・。
「監督・・・・」と映見の声。
(もう監督じゃないし・・・・・)
「私・・・」
「下のトレーニングルームに下りない!」と言うと真奈美は席を立ち反転すると映見を見る。久しぶりに本当に久しぶりに、平静を保ちつつとも映見の姿は真奈美の想いを刺激する。女力士の雰囲気を漂わせ、真奈美の妄想は現実に・・・・。




