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女力士への道  作者: hidekazu
花道の先に見える土俵へ

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299/324

土俵という舞台へ! ③

「はい立って!まだまだ終わらないよ!」と小田代ヶ原親方は白廻しをつけ映見との三番稽古の真っ最中。すでに、何番いやなん十番取ったのかわからないぐらいに、現役を引退したといえ元横綱【百合の花】の動きに錆びた感じはまるでなく、もし現役復帰しても三役相手にいい勝負をするかのように写る。そんな相手に、実業団タイトルを取った稲倉映見とて歯が立つはずがない。土俵の周りには部屋の筆頭 小結【天津風】と前頭三枚目の【夕凪】が見守る。そこへ稽古場の座敷に入って来た三人。里香は稽古場にすでに入り稽古を見守る。


 紗理奈と里香は、座敷に座りあぐらをかくが、真奈美は立ったまま座ろうとはしない、親方は三人が入ってきたことに気づき、軽く会釈。映見も気づいているも、ましてや真奈美が来ていることに驚いてはいるものの、反応する余裕がない程に疲弊していた。


「う~ん・・・う~ん・・・」


「くぅ・・・あっ・・・ん~ん~・・・」


「・・・・・・くっ!!」


「・・・・・・うあっ・・・」


映見の限界はとっくのとうに過ぎている。これは、可愛がりと言う稽古ではなく可愛がりの名のもとのリンチに近い、今の真奈美にはとても見ていられない!全身にまとわりつく土砂は汗のせいで張り付くように、その姿は蟻地獄にでも嵌った気高き女王がもがき苦しむかのように、そして、その周りを取り囲むのは女子大相撲のレジェンド達である。彼女達は映見に手助けをするどころか、小田代ヶ原親方いや元【百合の花】が稽古を締める素振りを見せるとあからさまに睨み返す紗理奈と美香。土俵上で両手を着き四つん這いの映見は立ち上がる気力もないほどに消耗しているのは、誰が見てもわかるがそれでも稽古の場の空気は続けろとそれは一人を除いて・・・・。


(女子大相撲なら許されるのこんな稽古!‥‥あっ!?)真奈美にとって見ていられない自分の監督人生において最高傑作という自負がある映見をここまでやる必要が!でもその思いと裏腹に脳裏に浮かぶシーンが・・・。それは自分だって同じだった。映見がアマチュア女王であるがゆえに、自分が今までの部員のなかでも最高傑作だとだからこそ、どうしても自分自身が熱くなってしまう。


「この稽古止めてもいいぞ、真奈美」と紗理奈は自分の後ろに立っている真奈美に聞こえるように、隣の美香は聞こえてないふりをしているが・・・。


「これが女子大相撲ですか!?」と真奈美は過去の自分をさておいて


「【葉月山】を継ぐものがこの程度で心が折れるのならやめた方がいい、新弟子検査を受ける前なら言い訳は色々たつだろうが」と紗理奈


「何を今更!」と真奈美はつぶやくように、その紗理奈の言い方に腹がたつ。


「アマチュア女王だろうがなんだろうが、稲倉映見自身が【葉月山】を継ぎたいという以上生半可な気持ちで継がせるわけにはいかない!これは入門前の総見なんだよ、医師の道を一旦中断してまでも女子大相撲に来たいというのはうれしいが、ここは、親方と稲倉が体と体のぶつかり合いでわかる最後の意思確認、人生をかけるんだからな彼女は、もちろんそれを汲んでの親方の覚悟もな」


 紗理奈はそう言いながら、土俵の二人に威圧するように視線を向ける。かつて函館に、椎名葉月のちの【葉月山】に稽古をつけるために、空いている時間をみつけ何回か函館に行ったことは、紗理奈と葉月にとって相撲人生の運命を決めた。いや、女子大相撲の将来を決めた出会いであり、お互いの決断のときでもあった。


 椎名葉月にとって実家の窮地は彼女自身の運命を左右する決断を強いられていた。譲渡先の中河部牧場に嫁ぎ、葉月の目標であったホースマンとして生きる選択をする、常識的にその一択しかなかったはずだったのだ。しかし、その選択に割って入るようにやってきたのが女子大相撲絶対横綱【妙義山】である山下紗理奈。葉月の苦境を見透かしたうえでスカウトをしに来ていた紗理奈。他の親方は、葉月に注目はしていなかったが、紗理奈は直感でこの子は大成すると・・・。何回か稽古をし体と体がぶつかり合うことはお互いの気持ちのぶつかり合いでもある。葉月の相撲における潜在的能力の高さもさることながら、お嬢様の雰囲気の中に見え隠れする気性の強さとそれでいながらの忍耐力。その時、葉月の相撲人生の将来が紗理奈にははっきり見えたのだ。


 紗理奈がアマチュア時代に唯一負けた相手である倉橋真奈美。女子大相撲に再三誘いをかけたのにも関わらず袖を振られた。そのことをいまだに恨んでいるという多くの女子大相撲関係者は多い、あの大阪で女子大相撲トーナメントでの手討ちは、その後の女子プロアマ混合団体世界大会へのアマチュアとの関係を良好に見せたかったからというのが目的だったのだと陰で言われているが、そこまで深い意味はない。そこは、純粋に真奈美との関係をリセットしたかった。リセットであってその後のことは成り行きで・・・。


 紗理奈の誘いを断っておきながら、その話のほとぼりが冷めようとした時に、西経女子相撲部の監督になったことは面白くなかった。その後の西経の躍進は認めつつも、真奈美との関係はどこか憎しみになっていく。女王のごとく女子アマチュア相撲においては、一つも二つも抜きん出た西経女子アマチュア相撲部でありながらも、こと女子大相撲においては入門者は少なくその理由は、真奈美自身が女子大相撲に進むことにたいしてはあまり積極的ではなかったことがある。実際に主だった力士で言えば大関まで行き、今は小田代ヶ原親方のもとで指導者として活動している【伊吹桜】ぐらい。入門者は少ないとは言え、十両・幕内には昇進するもののそこからが伸び悩み早晩に廃業してしまう力士が多いのも事実。そこには、女子大相撲とアマチュア相撲における考え方、強いて言えば稽古そのもの考え方ひとつとっても、真奈美の理論的な稽古は、常にその稽古の意味を選手に納得させ、その後の稽古やトレーニングの道筋を立てていく。しかし、入門した女子大相撲は、男子大相撲の亜流の域をなかなか抜け出せず、そのことに西経出身力士は、稽古そのもので幻滅するのだ。しかし、葉月山や百合の花が女子大相撲を引っ張て行く頃には、稽古も変わり、稽古量はもとより稽古の質に拘るようになり、あらゆる面で必ずその稽古に意味を持たせ、客観的に評価をすることで、力士に意識を持たせる。そして座学も取り入れ、知識としての力士の在り方を問うなど、いままでの女子大相撲にはなかった取り組みが広がりつつあり、そのなかで、元横綱【百合の花】が率いる小田代部屋は、力士時代には、常に新しい観点で稽古に相撲に取り組んでいた。


 そして、もう一人は、西経出身で大関まで上り詰めた【伊吹桜】は、西経時代からの流れを汲み、理論的な稽古と相撲を常に意識をしやってきた。その流れのなかで横綱【百合の花】と意気投合し、可愛がられ、引退後は、小田代部屋で小田代ヶ原親方と一蓮托生を選んだのは必然だったのだ。


 しかし、それは稀の話で多くの西経出身力士の廃業後は、民間企業や公務員になるものが多いと言え、協会に残り実務の方を担う力士も多い。真奈美が常々言っている【文武両道】の意味が力士になったものにとってどれだけ助けられたことか、真奈美の想いの中に力士での活躍より廃業後の生活においてどうあるべきかを考えているのが真奈美だたのだ。


「力士でいられる時間は短い。力士廃業後の生活をどうあるべきか?そこは、常に頭の片隅に置いておきなさい」西経から女子大相撲に入門しようとしているものに、廃業後の自分の生き方を常に頭の片隅に置いておけとは、如何なものかとは思っても、力士を辞めた時に監督の意味を実感するのだ。


 映見の相手は、小田代ヶ原親方から前頭三枚目の【夕凪】に変わる。小兵ながらスピードと相撲のうまさが定評。万全な映見ならいい勝負はできたかもしれないが散々ぱら親方にいいように遊ばれ、足腰さえおぼつかない有り様。そんな映見が勝てるわけがない!すでに何十番もこなす無限三番勝負。これは、明らかに、稽古を超えたかわいがりでは済まされないリンチに等しいとしか言いようがない。


 相変わらず真奈美は、紗理奈と美香の後ろで立ったまま、とても座って見れる気持ちにはなれない。真奈美だって、これに近いことはやってきたがそれでも明らかにレベルが違う。相手は加減をしているとはいえプロの力士なのだ。


「もういいんじゃないの!」と真奈美の映見に対する心の叫びを声に出してしまった。もし、現役の監督の立場なら容認していたかもしれない。これぐらいの事ぐらい・・・・。でも、今の真奈美にはその免疫もない。今は名将と言われた(旧姓)倉橋真奈美ではなく濱田真奈美なのだ。


 映見との稽古を一旦止めた前頭三枚目の【夕凪】。廻し姿の親方はじめ土俵の周りにいる力士達は、真奈美を見返すように見えた。でも、その視線は真奈美をではなく、紗理奈と美香のレジエンド二人に向けられているのだ。親方や力士達にとって今の真奈美は、いち見学者であって、女子大相撲関係者からすれば、部屋の稽古に指図をするようなことはあり得ない!いや、たとえ現役の西経女子相撲部の監督だとしてもあり得ない!


「親方、もう終わりかい?」と紗理奈は土俵に跪く映見を見ながらつぶやくように、隣に座る美香は薄ら笑いを浮かべ相変わらずと言った表情で、横目で紗理奈を見ながら・・・。稽古に響くのは、映見の激しい息遣い。紺の稽古用のレオタードは、汗で濃紺になり、腹部は激しい心臓の鼓動を表現しているかのように、口元からは汗と唾液が入り混じり土俵に垂れる。顔に浮かぶ汗はまるで荒波にでも浴びたかなように額に張り付く黒髪は砂が付着し薄汚れ、まるで戦いに敗れた落武者のように・・・。


 【夕凪】は親方に視線を合わせるも、その目に映る親方の目は、どこか焦点が収まらないかのように土俵に目を落としている。稽古の場の雰囲気は明らかに重い。それは、映見にたいしてのこの無限三番勝負に、理論的稽古の欠片もない精神論という名の元の虐めを超えた・・・。それは、親方も里香も最も嫌う稽古のはずなのだ。なのに!


「もぉ.もぉ・・・十番、もう十番、十番お願いおねがいします」と映見は額を土俵につけ懇願する。その姿に稽古相手をしていた【夕凪】は、困惑した表情を浮かべ里香を見る。里香はちらっと映見を見ると、大きく息を吐くと映見に近づき、自分の右腕を映見の左の脇の下に入れ無理やりに立たせる。


「夕凪。私に変わりな!」と里香は土俵に、夕凪が土俵を出ると里香は目を一瞬閉じると「ふーん」と鼻で息を吐くと、目がいっきに稽古モードになると映見の顔に視線を突きさすかのように、そこに見えたものは、やられてもやられても立ち向かってくる不死身の力士がごとく、西経OG同士のぶつかり合いは、座敷でたつ真奈美へのメッセージかなように【熱く・激しく】お互いの相撲にかける情熱と魂をぶつけるように、そこには、雑念の欠片も混じっていないのだ。でも、そのことに納得できない者が一人。


 真奈美にはとても見ていられない!。こんな精神論的稽古は時代錯誤もいいところだ。そんな稽古をいまだにやっているなんって、そして、よりによって相手をしているのが里香であることが真奈美の怒りに拍車をかける。


(少なくとも、さくらの件で訪れた海王部屋ではこんなバカげたことはしてなかった。親方や里香はこんなくだらない稽古など認めていなかったのではないの!?それに、映見まで!?どうかしてる!)


 真奈美は、座敷においてあるコーチのマンハッタントートバッグ取り部屋を出ようとする。


「逃げるのか?お前は」


「逃げる?」


「この稽古をまともに見れない奴に女力士になんかなれない!当然女力士の覚悟などわかるはずがない!【葉月山】を継ぐことの覚悟!映見はそのことを理解してるんだよ!当然に【伊吹桜】もだ。お前には覚悟ができてないんだよ、お前の教え子が絶対横綱【葉月山】継ぐという厳し試練を!それは精神論そのものなんだよ!」


「うっ・・・・」


 土俵上では、映見が里香に手も足も出ず土俵上に転がされる。砂の衣でも纏うかのように汚れていく映見、【葉月山】を継ぐことのプレシャーと責任。その壁をぶち破っていくのには、精神論で己を鼓舞して気力を湧き立て突き進むしかないのだ。そこに論理だての稽古など意味がない!それを一番自覚しているのは映見なのだ。


 部屋を出ようとした真奈美は、もう一度土俵の映見を見据える。それは、真奈美にとって辛く、痛々しく、自身が最高傑作と言い放った女子アマチュア相撲の女王は、もがき、苦しみ、見えない壁にぶつかっていく。その先の何も見えない自分と言う相手に・・・・。


(映見・・・・)真奈美には見せなかった映見の覚悟を・・・・・。それを受け取るべき真奈美の心は如何に!?


 

 

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