土俵という舞台へ! ①
葉月と真奈美は十五階の専用コンシェルジュラウンジで朝食を済ませ、真下の名古屋駅に下りる。時刻は午前九時を回ったところで通勤ラッシュもひと段落と言ったところ。
「なんか、久しぶりに楽しかった夜でした」と葉月
「私もよ。それに相撲の話も、なんか遠い昔話でもしてるかのようで」と真奈美
「昔話って・・・」と苦笑いの葉月
中央コンコースを新幹線改札に向かい歩きながら駄話に花を咲かせる。二人は新幹線改札を抜け、葉月は16番線新大阪方面。真奈美は15番線東京方面へ、階段手前で足を止める二人。
「また近いうちに名古屋で」と葉月。それはあきらかに女子大相撲名古屋場所を意味する。
「そうね・・・・それじゃ」と真奈美は素っ気なく言うと上りエスカレーターに乗りホームに上がっていく、素直に行きましょうと言えない自分自身に違和感を感じつつもその理由はわかっている。石川さくらの海王部屋入門にさいしては、海王部屋を受け継ぐ前の長谷川璃子(元大関 藤の花)を介して、入門の道筋は内々につけていた。でも、映見に関しては色々考えてはみたもののいい案が想いつかなかった。
それ以上に、そもそもが映見の女子大相撲入りに関しては懐疑的だったのだ。相撲の世界に行くことよりも、医師として道を着実に、でも、本心は映見の女力士としての姿、そして、活躍を・・・。そんな葛藤のなか事はすでに進んでいたのだ。それも山下紗理奈主導で、そのことについては面白くない一面もあるが、感謝している。もちろん強制的に入門させたわけではなく、その扉を用意してあげた。その扉を開ける開けないは、映見の決断であり彼女はその扉を開けたのだ。
本音では相談してほしかったのはあったが相談されたとして色よい返事ができたかどうか?
真奈美は9時29分発のぞみ224号で一路東京方面へ。四号車6C通路側の席に座ると、ふとを目を閉じ昨晩の事を思い出す。
-----昨晩 名古屋マリオットアソシアホテル 48階〈那古野スイート〉午後十一時七分-----
真奈美がショートメールを送信すると、一分も経たず折り返しの着信が入る。「えっ」と言うほどに相手の反応が早かったのだ。何回かのコールのあと電話を取る。
「すいません。こんな夜分メールを送ってしまって」と真奈美
「ちょと面食らったけど」
「偶々東京に行く用事がありまして、紗理奈さんにお時間があればお会いできればかと」
「私は暇してるから構わないけど、もう東京に住んでないし、協会辞めて今は葉山で暮らしてるんだけど」
「葉山?」
「もうやることなくてね。いいよ東京に行くから何時ぐらいから会える?」
「私が葉山に行っても構いませんが?」
「いいよ、葉山はまぁまぁ田舎だし東京からは少し遠いから私が行くよ、何時くらいに?」
「午後からでしたら」
「じゃ、レイトランチってのどう?」
「えぇ、お任せします」
「東京ってどこに行くの?」
「聖路加国際病院の近くで」
「聖路加か・・・あぁ・・・だったら後でショートメール入れるわ」
「わかりました。すいません私の勝手で・・・・」
「いや、私も真奈美には会わないといけないと想いながらここまで来てしまったから、もちろん稲倉映見のことで」
「紗理奈さん」
「ついでじゃないけど、元横綱の三神櫻を同席させてもいいかい?」
「三神櫻さんて遠藤美香さんですよね?」
「あいつの発案だったからね、会ったことないだろう?」
「えぇ、一度お会いしてみたいとは思っていましたが」
「じゃ、そう言うことで彼女も色々忙しいからどうだかわからないけど、じゃ、明日改めて連絡するわ」
------のぞみ224号 車内--------
東京に行く用事などなかった。山下紗理奈に都合が悪いと言われたら、そのまま名古屋から福井に帰るつもりだった。映見の女子大相撲入門のことは、人づてに聞いてはいた。山下紗理奈が柴原総合病院相撲部に行き、監督の元十和田富士(南条美紀)と会っているらしいと・・・。正直、関心はなかった。力士時代の妙義山と十和田富士のライバル関係の延長線上の話で、映見が研修医をしながら実業団選手として活躍できるのであれば最高だと・・・。でも、真奈美の想い以上に話は進んでいて、実業団で優勝しその特例で女子相撲入りを目指す。そんな噂話を聞いたのは映見の卒業三か月前。実業団で優勝して入門の特例条件を使うなど、そんな都合がいいことがあるものかとは思ったが・・・・。
のぞみ224号 が浜名湖を横目に走り続ける。その時真奈美にショートメールが入る。
「スカイツリー正面エントランス入ったところで午後一時半に来て。遠藤美香も誘ったから、それでよければ」と紗理奈。
真奈美は折り返しのショートメールを送るとスマホをテーブルに置く、流れる車窓の景色を見ながら浅い眠りにつく。
-----東京スカイツリー 正面エントランス----
東京駅に定刻十一時六分に到着。待ち合わせ時間までの約二時間弱を八重洲近辺の画廊巡りで時間を潰すことに、夫である光と一緒ならば、作品解説付きで案内してくるところだが今日はあくまでも真奈美の視点と感性で、嫌いではないが光の若干鼻に突く評論家的解説もないし・・・。そんな感じで画廊めぐりで時間を潰し終えると、都営浅草線「宝町」から最寄り駅の「押上」へ。
(東京スカイツリーって、別に観光するつもりはないんだけど・・・・)
駅を降り、東京スカイツリー 正面エントランスを入るとあたりを見回す。すぐに異形のではなく体格のいい女性二人が威風堂々というのがふさわしく。紗理奈はグレーのニットになかから白のTシャツを覗かせ、黒の薄手のコートを羽織る。美香は白のオーバーサイズのシャツと、黒のタック入りのワイドパンツに2ボタン スモーキングコートを羽織る。
女力士を引退し30年近くになろうともその迫力は異彩を放つ。たとえ六十に近いとも・・・。
「お久しぶりです。紗理奈さん」と軽く会釈する真奈美
「郡上以来だね、本当はもう少し早く再会するべきだったんだけどね、それとこちら、最弱元横綱【三神櫻】ね」
「初めまして遠藤美香です。以下省略」と美香は苦笑い
「以前より一度お会いしてみたいと思っていましたので光栄です。今回の映見の事も」
「その話は、あとでいいだろう。じゃ行こうか」と紗理奈
「どこへ?」と真奈美
「上の天望デッキ」
「えっ、観光?」
「まぁいいから」と紗理奈はレストラン専用カウンターで受付を済ませエレベーター天望シャトル搭乗口へ、エレベーターに乗り込みそこから一気に地上350mまで引き上げられる。エレベーターを降りるとそこにひろがるのは、快晴の空とはるか下には、東京の街並み。天望デッキをぐるっと一周しながら、真奈美にしてみればおのぼりさん気分。仕事で東京には月に何回かは来てもこのような観光名所などまず来ることはないし行こうともおもわない。そんな真奈美ではあるのだが、いざ来てみると結構興奮気味で、スマホで、写真を撮りまくり・・・。
「紗理奈さん美香さん三人で写真撮りましょうよ」と真奈美は近くにいたスタッフにお願いし東京スカイツリーならではの、最高の景色をバックに撮影。歳のいった三姉妹ではないが末っ子の真奈美が一番はしゃいでいるのだ。長女の紗理奈もそれなりに、真ん中の美香が少し冷めた目で見るみたいな・・・。大柄な三人の女性、そのうち二人が、元横綱の女力士だと気づく人はいるだろうか?二代目【妙義山】や二代目【十和田富士】ならすぐに反応するだろうが・・・。真奈美はひとり天望デッキをぐるっと二週目、紗理奈と美香は下りエスカレーターの前で立ち話。
「西経の元名将は高校生か?」と美香は皮肉交じりに・・・。
「いいじゃないの、福井の田舎から上京してきた小娘なんだから」と紗理奈も、そこへ二週目を終えた真奈美が戻ってくると、何気に二人を凝視する真奈美。
「何?」と紗理奈
「私の事言ってましたよね?」と真奈美
「はぁー?」
「言ってたわよ。田舎から修学旅行でやって来た中学生とさして変わらねぇじゃないかって、紗理奈が・・・」と美香はしれっと
「はぁー!?」
「紗理奈、鬼の初代絶対横綱【妙義山】が出ちゃうのよね、よくないわそう言うのねぇ真奈美さん」と美香は平然と言いのける
「なんだと!」
「美香さん。そこは私も馴れてますから・・・」と真奈美も性格が・・・
「お前ら・・・・」
「じゃ下に下りましょうか」と美香はさっさとエスカレーターに乗り下へ、続いて真奈美、その後ろに紗理奈が・・・。
(調子に乗ってるなよ、この婆ぁ連中!あぁ!)と紗理奈は形相は、後ろから真奈美の背中を突っつきそうな・・・。それに、どことなく殺気を感じた真奈美が急に紗理奈の方を振り向く。
「なんだよ?」
「・・・・・特に・・・」と言いながら一瞬「クス・・・」という表情を見せ前へ
(なんだよ今のはよ!)
---------Sky Restaurant 634-------
天望デッキ内フロア345にあるレストラン。地上345mにある日本一眺望がいいと言われてもおかしくないレストランである。三人はテーブル席へ、真奈美と美香、対面に紗理奈が座る。左手に荒川をその先には、【東京ゲートブリッジ】を望み、東京湾・羽田空港が見える。
三人の手には、スパークリングワインの入ったワインを持ちながら。
「じゃ、乾杯と言うことで」と紗理奈はグラスを軽く上げると、二人もグラスを上げ触れるか触れないかにグラスを合わせると一気に飲み干す。
「二代目【葉月山】誕生に乾杯ってところか、お二人さん」と美香は意味深な表情を見せる。
「紗理奈さん・・・」と真奈美はどこか困惑したような表情を一瞬のぞかせた。
「なんだいその表情は・・・悪かったとは思ってる」と紗理奈
「いえ、私はそんな」と真奈美
一瞬の間が空く二人。そんな二人を横目で見ながら、どこか楽しそうな表情の美香。それに気づく紗理奈。
「何が可笑しい?」
「おかしくはないけど、ここに呼びたいね初代【葉月山】を彼女ならどんな表情を見せるか?まぁこの話の続きは、デザートのあとにってことで」と美香はホールスタッフに料理の合図を・・・。
料理がはじまる。昼間の景色は如何せんリアルすぎると言うか、これが夜景であるならばロマンチックな一面もあるのだが、それはそれとして、景色としてはこれ以上のものもないだろう。この三人が揃うことはそうはないと言うか、少なくとも真奈美はすでに、西経の相撲部監督を辞めて久しくアマチュア相撲関係者とも、今はほとんど持っていない。そんななかでのこの三人が食事をすることのきっかけは、映見であり葉月山なのだ。雑談をしながら食事は淡々と進んで行く。メインディッシュが終わり最後のコーヒーを飲む。話は映見の話になる。
「実は彼女を家の事務所に泊めたことがあってね」と切り出す美香。二人にとっては初耳というより誰にも喋っていないのだ。事の経緯を説明し話を続ける。
「稲倉映見に惚れたと言うわけではないけど、葉月山と同系の雰囲気を持っていると言うか、真奈美さんや紗理奈が稲倉にご執心なのはなんとなくわかった。私もね。医大生卒と言うことにちょと罪悪感もあるんだ私自身。研修医として大事なキャリアを積む時間を放り投げて力士にさすことがいいのか?ただ、彼女の意志としてその道を選択して、その道を実力で勝ち取ったわけだから、私が言う話ではないのかなって・・・真奈美さんに黙って事を進めたのは、紗理奈じゃなくて私だから・・・不快な想いをさせて申し訳ない」と席を立ち頭を下げる美香
「ちょっと待ってください私そんな」とあわてて席を立つ真奈美
周りの客は、その雰囲気に一瞬会話も手も止めてしまう。
「座りなよ二人とも」と紗理奈が落ち着いた声で場を鎮める。
「真奈美、これから小田代ヶ原部屋に行かないか?」
「えっ?」
「小田代ヶ原部屋の親方に会ってみないか」
「紗理奈さん・・・」
「じゃ、小田代ヶ原親方に電話してみるわ」と席を立ち消えていく美香
二人ともお互いを見合ってしまう、対立とかではなく・・・・。




