出世名は選ばれた者に宿る ⑩
--中京競馬場--------
一花の運転するアルファードは西入場門から関係者専用駐車場へ、そこには大柄な女性が二人。一花は車を止め降りるとその二人に挨拶する。
「お久しぶりです。葉月さん・真奈美さん」
その相手は、中河部葉月と濱田真奈美の二人。真奈美の夫である光の所有馬が二頭レースに出場していたのだが、光がぎっくり腰で来ることができず、真奈美が一人でやってきていたのだ。中河部葉月もここ最近は競馬場に来ることも少なくなっていたのだが、真奈美が単身で来ると言うことなので久しぶりに競馬場に来たのだ。そんななか、真奈美の方から一花に会えないかと連絡を入れたのだ。監督引退後は、女子相撲関係者と会うこともなく、さくらと映見の動向に関してもさして関心もないと言うより、意識的に無関心を装っていたのだが、二人の女子大相撲入りがほぼ確定したことで、女子相撲関連のメディアで話題になっていることなど、その辺のことを聞きたかったと言うのがあったのだ。瞳や本人に直接聞けばいいものなのに、何に気を使っているのか本人から聞くことはなかった。監督引退後は瞳監督から相撲部の件で相談その他もあったのだが、以前電話で真奈美自身が瞳に、
「あなたが監督なのだから、自分のカラーでやりなさい。私に相談するふりして、さりげなく二人の事を私に教えてくれてるんでしょう?そう言うのはいいから」と真奈美
「たまには、相撲部の方にいらしていただいても・・・・」
「小姑が行くみたいでね」
「小姑って・・・」
真奈美自身がもう女子相撲に関心がなくなったわけではなく、瞳に監督を任した以上関わらないことを肝に銘じているのだ。客員教授としての仕事も辞めて名古屋に行くことはなくなった。そんななか中京競馬場に行く機会それも単身で、葉月さんも単身でくることもあり、そんなこともあり一花に女子大相撲全般の話を聞きたかったのだ。
「お二人が揃っていると、新緑のオーラというか・・・」と一花
「何が新緑のオーラよ、悪かったわねこんなところまで」と真奈美
「いいえ、今日はさくらの海王部屋の入門が決まりましたので、先程までさくらの自宅で海王親方と妙義山関と一緒にいまして」
「妙義山も?」と葉月は意外と言う表情で
「妙義山関の期待の表れかと、それと、四股名は【桃の山】継がせるそうです」と、その表情は葉月に意識を向けているように、葉月が意外と言う表情をしたのに対して真奈美は何気に納得したような笑みを浮かべる。
「桃の山!?」と声を上げてしまった葉月。
「そんなに驚く程のことではないのでは?ご自身の四股名を映見さんに継承させるのなら」
「・・・・」葉月は一花の言葉に反応する。その隣では真奈美が「ふぅ」と浅く息を吐く。真奈美には昨年、映見に自分の四股名だった【葉月山】を使わせることを許したことを伝えていたのだ。
---東京 【浜離宮恩賜庭園】---
浜松町駅近くのオフィスビルの一角に中河部牧場の東京事務所がある。葉月は馬主との打ち合わせ・親交含め東京での仕事も多く、最近は月の三分の一は東京にいることもある。そんな十一月初旬のある日の午後、真奈美が事務所を訪れてきたのだ。本来なら夫である光が来るの予定だったのが、光の仕事の都合と偶々、真奈美が東京にくる所用がありその代理でやって来たのだ。今後の馬購入や所有馬のレース方針を含めた話を一通りを終えると時刻は午後三時。
「真奈美さんこの後は?」
「うん。そうね、【浜離宮恩賜庭園】でもちょっとぷらっとして、夕方の新幹線で帰ろうかなって」
「あぁ恩賜庭園ですか・・・もしよかったら私も付き合ってもいいですか?」
「構わないけど仕事は?」
「この後は、お客様と会う予定もないので」
「そう、じゃー行きましょうか」
浜離宮恩賜庭園は、徳川将軍家が所有した江戸の代表的な大名庭園で、都内に残る大名庭園の中では、一番大きい庭園である。二人は庭園内にある御茶屋で「季節の上生菓子とお抹茶セット」を注文し外で食す。汐入の池の海の香りを感じながら江戸時代に想いを馳せるもその先に見える勝どきのタワーマンション群の景色で現代に戻される。
「葉月さんとこんな場所で一緒にお茶を嗜むなんて想像したこともなかったけど」と真奈美は紅葉に抜かれた淡い柑子色の生菓子をいただく。風もなく穏やかな秋の日差しを浴びながら。揺れる池の水面の上を鴨が二羽、滑るように池の中では黄赤色の足で水中を掻きながら・・・。
「映見さん勝ちましたね。順当と言うか」と言いながら葉月は抹茶を飲みながらふと真奈美の表情を見ると目が合ってしまった。濱田光が中河部牧場で売れ残っていた牝馬を買ったことから、葉月と真奈美の関係は相撲から競走馬を通じての関係に変わっていた。そんな関係の中で相撲の話をすることは一切なくなった。二人とも意識的にすることをしなかった。そんななか、葉月の方から相撲の話を持ち出したかった。もう変な拘りは捨て、道立苫小牧北高校に月二・三回指導に行っているのだ。それは、楽しく・一つの生きがいとして、競走馬ビジネスはあくまでもビジネスなのだ。しかし、そのことをかつて濱田光に突かれたこともあった。
かつて日本へ輸入された種牡馬ファーディナンド。ケンタッキーダービーやブリーダーズカップクラシックなどを勝った名馬だったが、種牡馬として結果を残せず、あっさり屠殺された。このことは米国でも話題になったのだ。日本は種牡馬の墓場、サラブレッドの墓地とさえ言われ。しかし、結果を残せなければそうなるざる得ない。
>「今日は孝之さん来てないから言うけど、この馬を買う時あなたは、この馬は走れないかもしれない、だから処分するつもりだと・・・。孝之さんは絶対そんなことは言わなかった。あなたがさらっと言ったことに、正直がっかりした。競走馬ビジネスの世界とてドライでなければ生きていけないぐらいわかりますよ、あなたの考えは間違ってはいない。それでなければ今の飛ぶ鳥を落とす勢いの中河部牧場はないと想うがそれでもサマーリーフがいなくなるとこうもドライになるものかと・・・」
葉月からすれば、それは全く違う!サマーリーフは結果を残したのだ。葉月が絶対横綱【葉月山】として残したのと同じく、ただ、ひとつ重大な過ちをしていたかもしれなかったことがある。それは、馬の才能を見抜けなかったこと・・・。その馬が濱田光の馬になり、のちに三歳秋にやっと3勝クラスに、芝のレースではいまいち成績が上がらず、ダート路線へ変更後は快進撃の無敗記録を更新中の砂の女帝である【ツバキヒメ】を、葉月はレースにも出さず屠殺しようとしたのだ。葉月自身が初代【妙義山】に相撲の才能を見出してもらっていなければ、とても今の自分はいなかった。もしかしたら、両親と弟を追い自ら命を絶っていたかもしれない。
「西経は真奈美さんが辞めても、凄いですよね大学リーグ戦も優勝したうえに、映見もさくらも女子大相撲へ、真奈美スピリットは受け継がれるって感じですかね?」と葉月
「何が真奈美スピリットよ、そんなこと今迄言ったことないじゃない?それに女子相撲の話なんて、あなたから相撲の話を仕掛けてくるなんて?」と真奈美
「もう、相撲と決別だとかそう言うことはやめようかと、でも映見さんを見い出したのが紗理奈さんと言うのはなんとも・・・」
「紗理奈さんは女子相撲のために生まれてきたような人よ、ご自身の活躍もさることながらその後の女子大相撲の躍進はあの人なくしてはなかったわ。葉月さんを見出したのはあの方の功績、映見の件で言えば私にはできなかった。紗理奈さんの女子相撲の人脈含め私なんか足元に及ばない、映見の女子大相撲入りには正直今でも否定的なのよ、偉大な葉月山を前に言うのもなんだけど、彼女は医師の卵なのよ。女子大相撲じゃないでしょう!って・・・でも心の奥の私は映見の力士姿を見てみたいそして活躍を見てみたい!全く自分では何もしなかったなのに」
「私も同じですよ。紗理奈さんに見出してもらってもらっておきながら、女子大相撲界のために恩返しをすることしなかった。でもそれでよかったのだと・・・私には力士を育てるなどとてもとても、馬を見る目でさえ・・・」
「【ツバキヒメ】のこと言ってるの?まぁあなたと旦那の事は聞いてるけど・・・」
「孝之が旦那さんに薦めたことを罵倒しましたけどね、結果は御覧の通りです。新進気鋭の女性ホースマンなんって言われてますが眉唾ものです本当に」
「いいじゃないの、私だって光の足元にも及ばないわ。わたしもあなたも旦那が黒子としてやってくれてるから輝いている、それでいいじゃない」
「今になって、女子大相撲が恋しくなっているのはなんでしょうね?子供の頃から描いていた馬の仕事に付きこれだけ成功しているのにも関わらず、いまさら!って・・・」
「私もいまさらよ、監督引退して瞳に託して私以上に成功している。さくらも海王部屋に入門は確定しているし、映見も優勝した以上は、女子大相撲に行くんでしょう?それも、新鋭の小田代部屋に行くと聞いた時、収まるところには収まるなって、私も監督は辞めたとしても、相撲とはなにか接点を持つべきだったかなって、でも根がひねくれ者でね」と真奈美は苦笑い
「お互い様です」
「何がお互い様よまったく。でも高校に指導に行くのか・・・でもそれちょっとずるいわよね」
「ずるい?」
「絶対横綱【葉月山】が直接指導なんて他校からしたらずるい意外の何ものでもないでしょう?道立苫小牧北高校が飛躍したのはあなたか・・・知らないわよ他校からクレームきたって」
「クレームって・・・そこはたまたま中学の同級が監督やっていて、そもそも指導なんてやるつもりはなかったんですが、色々あって…勝負で負けてしまって・・・」
「勝負?なんの?」
「ゴルフ勝負で負けたらやってやるとか言ってしまって、最終ホールロングでツーオン成功してイーグルで逆転だったのにまさかのスリーパットで、あぁぁ悔しいったらありゃしない!」
「そうなんだゴルフするんだ。ねぇ、今度握らない?ちなみにハンデ15ぐらいなんだけどどう?なんだったら北海道行ってもいいし」
「真奈美さん・・・別にいいですけど」
「じゃー決まりね!雪が解けた五月ぐらいに・・・」
「わかりました」
「話は変わるけど、あなたが相撲の話をするのなら、映見、以前から【葉月山】に憧れていたし、葉月山の四股名をなんて言っていたこともあったけど【葉月山】を継ぎたいと言ったら?」
「映見には勝負で負けたので」
「勝負?」
葉月は映見との五番勝負の話をし、映見が勝負に勝ち、【葉月山】を継がせることにしたことを話す。
「映見は【葉月山】を継ぐのね、葉月山の四股名はあまりにも重いけど・・・・」
「彼女、本当に相撲が上手くなっていた。もともと技巧派だったけどそこに、彼女の勝負師としての一面も初めて見せた。自分で言うのは何ですが、私を超えてほしい!紗理奈さんの目には狂いがない!来年の名古屋は盛り上がりますね!私も一相撲ファンとして」
「一相撲ファン!?」
「今はホースマンなんで」
一花の運転するアルファードは、二列目キャプテンシートに葉月と真奈美を乗せ、名古屋高速3号大高線を一路名古屋中心街へ・・・。




