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女力士への道  作者: hidekazu
花道の先に見える土俵へ

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出世名は選ばれた者に宿る ⑦

夜のとばりに浮かぶ江の島。島のてっぺんにある江の島シーキャンドルとその周辺はライトアップされ遠目からもすぐに江の島だとわかる。葉山の高台にある別荘からの夜の眺めは、昼間のリアルさとは違い、どこか幻想的な影絵でもあるかのように・・・。さっきまでいた大井競馬場の華やかさが陽とすれば海から吹く風とクレーターでさえくっきり見える月の下にあるこの場所は陰。大島・伊豆半島を見れば、空には赤の点滅灯が等間隔で右から左へ動いていく。午後7時過ぎ羽田空港は着陸便のピークを迎える。ジェット機は隊列を組み山手線の運行間隔で相模湾上空を飛んでいるのだ。 


 中河部葉月は、ドルチェ&ガッバーナの黒のノーカラースーツで身を包み、リビングの大きな4枚引き戸越しに海を見ている。右手にはWired Beansの グラス ビア le noveノーヴェに注がれた「江の島ビール」が、グレープフルーツ、シトラスの香りが特徴のアロマホップがどこかイラつく自分の気持ちを抑えてくれているような・・・。


「話だけなら、わざわざ葉山まで来る必要はなかったんじゃないの?」


「私のマンションでもよかったでんすが、海王部屋に近いし、葉月さんと会っているのを見られるのも」


「別に私は構わないけど」と葉月はビールを喉に流し込む。


「実業団大会の前に、小田代ヶ原親方と母とで葉月さんと会ったそうですね、稲倉に葉月さん自身が廻しをしめ稽古をつけたとか、小田代ヶ原親方から詳細は聞きましたが意外です」


「たまたま、中学時代の同級生が高校教師で尚且つ相撲部の指導をしてるってことで、あげくに隣が映見の勤務先だったという、まぁよくできた話もあるもんよ」


「稲倉、来年の夏場所がデビューです。うちの部屋からは石川さくらがデビューします。ご存じかと思いますが」


「映見とさくらが同時デビューするのね、女子大相撲界も華やかになるわね、あの大会での二人の活躍が日本を勝利に導いた。私にとって忘れられない大会ではあるわ。それと、あなたが覚醒した大会でもあった。妙義山の四股名は娘に受け継がれ、それも絶対横綱の称号も、出世名は選ばれた者に宿るってところかしら」


「葉月山はどうするんですか?」


「どうするって?・・・映見の事言ってるの?」


「葉月山を継がせるんですか?」


「継がせる?そんな大袈裟な話ではないけどね、映見が継承してくれるのなら私には異論はないわ。葉月山を止め名にしなかったのは、継いでくれる者がいるのならそれでいいのだから・・・心技体、すべてが充実してる彼女なら三役ぐらい普通に行けると思うわ。小田代ヶ原親方ならうまく仕上げてくれると思うし、酸いも甘いも知っている元横綱【百合の花】なら、私の後継とか偉そうなこと言うつもりはないけど、小田代ヶ原親方なら部屋もそうだけど、女子大相撲界の事も期待している、参謀としての伊吹桜も小田代ヶ原親方といいコンビだしその意味でも、女子大相撲界を引っ張ていく部屋になることを期待している。その意味では、映見なら横綱まで上り詰められることは必然だと思うわ。【葉月山】を継げとか本人に言ったことはない、もちろん小田代ヶ原親方にも言ったことはないわ。四股名は映見自身が決めることよ、ただ私は、映見に【葉月山】を使うことには異論はないと本人に言っただけよ。【葉月山】は一匹狼のつもりで貫いてきた。プライドが高かったのよ、それでなければ【葉月山】は絶対横綱の地位には行けなかった。映見も意外と負けず嫌いでプライド高いし、そのうえで相撲の実力は折り紙付き!そういうことよ」


 海を見つめる葉月の表情にはどこか充実感が漂う。稲倉映見が実業団全国大会で優勝の知らせは、阪神競馬場での菊花賞の前哨戦である神戸新聞杯が終わった直後、生産馬の一頭が出走して見事三着に入り菊花賞の優先出走権を手に入れたのだ。映見の試合動画は帰りの伊丹空港へ向かうタクシーの中で視聴し、映見が勝った瞬間、ふと笑みが漏れた。と同時に何か背負っていたものがおろせたというか、それは【葉月山】の四股名が映見に継がれるのであろうという安堵感かもしれないと・・・・。映見に一言でもメッセージを送れば良いのだろうが、そこは映見もわかっているだろうし映見からも連絡はなかった。石川さくら・稲倉映見の夏場所デビューは、女子大相撲ファンにとって来年の大きな話題であることは間違えない。


 「私は、映見が【葉月山】としてデビューすることに異論はないし歓迎すべきことだと想っているわ。それよりあなたのお母さんでしょ?映見の件に関しては尽力したんだから。女子大相撲界去ったとおもったら、アマチュア相撲のほうに首突っ込で辞めたと言え相変わらずね」と楽しそうな気持ちが顔の出る。葉月自身も、友人の頼みで高校での相撲指導をたまにすることがあるのも、根は山下紗理奈と変わらないのだ。


「母にとって【葉月山】は至宝ですから、その【葉月山】に映見自身と母の想いが一致したってことです。母は葉月さんと言うより【葉月山】に心酔した。それに映見を選んだってことです。力士としての葉月山を復活させたい誰でもいいわけではない、四股名に見合った器でなければ」


「映見が大会で優勝したことで何か肩の荷が下りたというか、もう、私にとっては【葉月山】の四股名はどうでもいいものだし、使わせる使わせないとか言える権利もないしね、映見が【葉月山】継ぐのなら私としては歓迎することだわ。もし、私が女子相撲界にいて部屋を持っていたなのなら、そうは簡単に使わせることはしなかったかもね、意外と止め名していたかもね」と苦笑しながら葉月はグラスのビールを飲み干す。


 引き戸のガラスに映る葉月の横顔は、力士の顔ではなく一人の女性として競走馬の生産と育成を行う中河部牧場の経営者としての顔なのだ。当たり前のこととは言え、妙義山にとっては中河部葉月ではなく【葉月山】なのだ。


「だったら止め名にするべきじゃないですか、もう女子大相撲界とは切れているわけですし、小田代部屋から【葉月山】を出すのは、まして、親方である元【百合の花】関としての気持ちを考えたら」


「随分偉そうなこと言うのね、それは何?小田代部屋から【葉月山】を出すのは相応しくないって言いたいわけ!?」


「葉月山ではなく、【百合の花】であるべきです!」


「・・・・」


 葉月の表情が変わる。さっきまでの柔らかな表情から厳しく、それは、葉月山であったような厳しい表情に、葉月は体を反転させ、ソファーに座っている【妙義山】を睨みつける。それに反応して、妙義山は立ち上がり、葉月山を真正面に見据える。それはまるで相撲の立ち合いするかのように、二人は微動だにしない。


 葉月にとってまったく想像すらしていなかった。葉山に連れてこられ何を言うのかと想ったら、【葉月山】を映見の四股名に使うことには反対であり、ましてや小田代ヶ原親方の気持ちを考えろと、そんなことを言われるとは・・・。


「小田代ヶ原親方が言ってるの!?」


「小田代ヶ原親方は、そんなことは言いません。ただ・・・」


「そもそも【葉月山】を復活させたいのは、あなたのお母さんでしょ?それを小田代ヶ原親方が受け入れた。言うのなら、私でなくあなたのお母さんの初代【妙義山】に言う話じゃないの!【百合の花】であるべきだ!?何様なのあなた!」


「小田代ヶ原部屋にとっての名跡は【百合の花】であって【葉月山】でないはずです!母が主導していたのは認めます、【葉月山】を誰よりも愛していた。自分が唯一入門させた力士ですから、そして、絶対横綱の称号まで手に入れた。当然、力士引退後の指導者としての期待に応えるものだと、関係者のみならずもっとも期待したのはファンだったはず、それを・・・」


「私は部屋を持つつもりで準備はしていたわ。ただ色々あってね・・・・でも、結果的には戻るところに戻ったと想ってるわ。【葉月山】はもう一人の自分だった。初代【妙義山】には感謝している。自分のいる部屋に入れなかったのもお母さんらしかったけど、ある意味さすがというか、そこが初代絶対横綱【妙義山】たるところよ!四股名はあなたのお母様がつけてくれたわ。名前をつける単純なと想ったけどね。でも、今は感謝している。でもね、あえて言わせてもらえば、あなたのお母さんだって部屋を持たなかった。それが、私もそうだけど女子大相撲界から去ったのに今になって相撲にそれもアマチュア相撲に、首を突っ込むなんて因果なものね」と言うと葉月はグラスをテーブルに置き部屋を出ようとする。


「どこ行くんですか?」


「隣の相撲場見せてよ」


「・・・・・」


----------相撲場---------------


「随分、本格的というか本物じゃない。それに木札まで」


「父が高校で相撲のアドバイザ的なことをしていて、月に何回かここを使って実戦稽古してるそうです」


「ふーん、「佐島琴音」って女子も指導してるの?」


「それは母です、近所の中学生だそうです、たまたま海岸で知り合ったとかで」


「ふーん。そのうちここで相撲クラブでもするんじゃないの」と多少の皮肉を込めての笑みを浮かべながら


「・・・・」


「そんなきつい顔しなくてもいいんじゃない・・・言いたくないけどお母さんの【妙義山】も部屋を持たなかったと言う意味では同じじゃないの?まぁ紗理奈さんの場合は、女子大相撲の実務を引っ張ってきたことでは、私とは違うけど・・・・四股名は当人と親方で決めるものよ、そもそも、他の部屋のあなたが首を突っ込む話?」


「今、最も勢いがある部屋は小田代ヶ原部屋です。映見が入門すればなお更でしょうだからこそ、小田代ヶ原部屋の名跡である【百合の花】を映見が継ぐべきだと」


「【桃の山】はどうするのよ?偉大なる【妙義山】の四股名だって止め名にするべきだったんじゃないの?だったら桃の山のまま絶対横綱【桃の山】で・・・」


「【妙義山】は私と母との絆ですから、【妙義山】を受け継ぐのは私しかいない!他人には絶対に譲らない!私が力士を目指した時から思っていましたから、それは、母も・・・」


「妙義山・・・」


妙義山の視線は、葉月に向けられる。針で刺す鋭い視線ではなく、熱い「熱視線」と言うべきか。【妙義山】の四股名は入門前はいつか継げればと言う想いはあった。母、妙義山は娘の入門に反対していたのにも拘らず、独断で新弟子検査に現れ入門することに、当時、海王部屋は母との直接的関係性もなく、偶々あるスポーツ雑誌で知り合った当時、前頭だった長谷川璃子(元大関 藤の花)を通じ当時の親方から力士検査届けを提出。妙義山の娘である愛莉に以前から入門の話を相談されていた当時の葉月山は、妙義山に相談。その答えは、「リンチまがいの可愛がりで諦めさせろ」しかし、そのことが愛莉の心に火をつけた。妙義山の作並部屋とライバル関係にあった海王部屋に行くことが愛莉が力士になるのには、それしかなかったのだ。


 葉月と妙義山は、相撲場の白木の板壁に身を預け土俵越しに漆黒の海を見る。僅かに開かれた跳ね上げ式の窓から入ってくる。風の音とともに入ってくる相模湾の潮風はどこか重く・・・。


「【桃の山】の四股名はさくらに継いでもらおうと想っています、まだ話していませんが」


「さくらに?」


「さくらが継いでくれればですが」


「そう・・・彼女に相応しいわ。【桃の山】は強くもどこか繊細で脆かった。さくらには、同じものを感じる。いいんじゃない。それでも、【桃の山】はけして軽い四股名ではないけど」


「大関の時に、初めて母が力士になった私を許してくれた意味で、【妙義山】への改名の打診がありましたが、とても受け入れられなかった。力士になり出世するほどに母の偉大さをひしひしと感じ、横綱になっても、恐れ多くてというか自信がなく・・・。もし、私が最初から【妙義山】だったらここまではこれなかった。多分潰れていました。忖度横綱・・・・本当にそうなっていたかもしれません」


「妙義山・・・・」


「すいません。つい・・・。妙義山の四股名に恥じぬ相撲をしなければと」


「妙義山。あなたは、責任感が強すぎる。あなたの今の強さだろうけどそれは諸刃の剣よ、今のあなたの相撲だったら、三年も持たないわよ!」


「・・・葉月さん」


「馬に例えれば、ズブくいきなさい!ガンガン突っ走る馬ではなく、騎手が何かしらのアクション(手綱をしごいたりステッキを入れるなど)を起こさないことにはスピードを出さない馬のことなんだけど、突っ走るのは【桃の山】時だけよ、【妙義山】はズブくいきなさい!絶対横綱になった以上負けは許されないけど、最後に勝てばそれでいいのよ、圧倒的に勝つ必要はない。怪我をしないための相撲をしなさいよ!適度に手を抜く相撲をしなさい!あなたは、日本女子大相撲の絶対横綱!女帝なのよ!」


「・・・葉月さん」


「(父)大関【鷹の里】×(母)絶対横綱【妙義山】技巧派でスピードタイプの父とパワーとスタミナで相手をねじ伏せる母から生まれた山下愛莉か・・・・生まれながらのサラブレッドところね、サラブレッドは牡馬の影響を受けやすいことを考えると、鷹の里さんの相撲に似ているのよね、桃の山は・・・・」


「妙義山ですけど」憮然とした態度の中に笑みを浮かべる


「あぁごめん。つい桃の山って言っちゃうのよね本当にごめん」


「葉月山さんからしたら、まだお子ちゃまなんで」と妙義山は頬を膨らませつつも目は笑っている。


「何、そのふくれっ面は全く。うん。妙義山の言っていることはわかるわ。でもね、映見は【葉月山】を継ぐと言う意味はよくわっかているはずよ、最低でも横綱になる。それは、私の課した最低条件。それをできなかった時、【葉月山】は死ぬ!永遠に生き返ることはない!四股名【百合の花】は小田代ヶ原親方自身が育て、本当に自身が認めた時継いでもらえばいい、葉月山から百合の花に改名してもいいと想っている。私の後継は百合の花なのよ!あなたが初代【妙義山】の後継者のように、私には、まだあなたは、【桃の山】よ!【妙義山】を名乗るなんておこがましいわ!」と何故かふと目を潤ます葉月


「葉月山さん・・・・」


「あぁぁなんか、お腹すいちゃった。当然、こんなところまで連れてこられたんだからおいしいもの食わしてくれるんでしょうね?」


「葉山牛のサーロインを、葉月山さんは肉食だから・・・・」


「人をライオンみたいに言わないでよ、最近は菜食主義なんで」


「そうなんですか・・・じゃー葉山牛食えませんね、可哀そうだけど」


「・・・・」


「葉山牛のサーロインとヒレを300gずつ用意したのに、そうですよね、葉月山さんサラブレッドだから、草ですよね主食は、だから菜食主義者なんですよね、気付かなかったわ。ごめんなさい」と小馬鹿にする妙義山


「桃の山の時は性格すごいよかったなのに、妙義山になると性格まで継いじゃうのね?」


「誰のことです?」


「私の口からは言えない・・・・」


 それは、横綱【葉月山】・大関【桃の山】の時代に戻ったように、少女から女性に、力士時代の自分が蘇るかのように・・・・。

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