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女力士への道  作者: hidekazu
花道の先に見える土俵へ

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出世名は選ばれた者に宿る ⑥

 葉山の高台にある山下夫妻の別荘は今や本宅になっている。秀男の本業であるパティスリーは、順風満帆というか、秀男自身は直接経営にタッチしないことにしたのだ。週一の経営会議ぐらいは出るが、もっぱら自社の店舗回り兼従業員の愚痴を聞くというのが仕事?技術的な指導だとかはしないように心がけている。それは、その店のトップの仕事であり、秀男が自ら指導するのはその店の持っている気風と言うかパティシエとしての各店舗ごとのプロ集団であることを認め自我の横槍は入れない。パティスリー【玉鋼】をここまで大きくした自負はあるが、それは各店舗に経営者意識を持たせ利益の一部を従業員に還元する。そのことは、独立を目指すものには参考になるだろ。独立もよし一生社員として働くのもよし、入るのも出て行くのも、また戻ってくる者もけして阻まない。少数精鋭のパティシエ集団としてのプライドは、勝負の世界で生きてきた。【鷹の里】そのもの、常にガチ勝負!誤魔化しもまやかしも許さない!。お客様からそれなりに対価は頂くが、絶対にお客様を満足させる。それができなかった店のトップはやめてもらう。唯一、秀男が鉈を振るのはその時だけ、ただその鉈も最近は振る必要もなくなった。秀男は早くも隠居生活に身になってしまうほどにパティスリー【玉鋼】は秀男から旅立ってしまうほどに飛躍してしまったのだ。そのことは、嬉しくもあり悲しくもあり・・・・それが高校相撲部のアドバイザー的な金にもならない仕事?いや、ボランティア活動の一環で・・・要するに趣味なのだ。


 たいして、妻の紗理奈は協会をやめ、葉山で秀男の専業主婦にもなれるわけもなく、女子相撲の普及及び発展のためのアドバイザー的なことを・・・・で満足するわけもなく・・・。毎朝時間があれば、朝食の前に、下の海岸まで散歩し、浜でダッシュしたり四股踏んだりと、旦那を誘うのだが・・・「お前と一緒に、ダッシュや四股などできるか!」と言い一緒に朝に浜に下りることはなく、もっぱら朝はルーティンの山登り。ようは「こっぱずかしい」のだ。そんな紗理奈のルーティンで、毎朝見かける一人の女子学生。紗理奈が一通り終えるか終えないかあたりでやって来るのだ。トレーニングウエアーに身を包み、股割・四股・摺り足とした後、ダッシュの繰り返しをするのだ。紗理奈はその様子を見ながら自宅に帰るのが日課のようになっていたが、ある日から紗理奈より前にやって来るように、それは明らかに、自分を意識しているのは明らかである。当然、紗理奈が四股やダッシュをしているのは見ている。紗理奈はその女子にさらさら声を掛ける気はないし、それは向こうも同じだろうと50メートルぐらい離れていつものルーティンを始めると彼女も同じく。そんな日が続いたある日、向こうの方から声をかけてきたのだ。力士で言えば小兵だが、スピード感のある動きは、如何にもという感じで・・・。


「おはようございます。初めましていつもこの浜で相撲の基本運動をされていて気にはなっていて声を掛けてみようかと想っていたのですが」と彼女は頭を下げる。パッと目には中学生で165cm・70kgと言ったところだろうか?どこか中学生時代の娘、愛莉に似ているような勝負とは無縁の雰囲気を感じる。


「私も気にはなっていたが、トレーニングの邪魔をしてはいけないと思ったから声を掛けなかった。相撲やってるのかい?」


「あっはい、一色中の相撲部で一年ですけど副主将をしてる「佐島琴音」と言います」


「副主将してるの、なかなか強そうだね、あなたの基本運動何回か見ているけど動きが良い。相撲はスピードも重要だからね、鋭い出足で立ち合いを制すれば、その後の展開が開ける。軽量級ならなおさら重要になる。それと、トレーニングに手を抜かないストイックさは見ていて強く感じた。甘えが出るからね」


「失礼ですが、相撲をやられていたとか?」


「あぁ・・・学生時代に少しね・・・・」とつい言ってしまった紗理奈。隠すつもりはないのだが、女子大相撲力士絶対横綱【妙義山】と自ら言うのもとまるで旦那と同じなのだ。ごまかしながらも相撲の話で盛り上がる。そして、話は女子大相撲に・・・・。


「好きな力士います?」


「えっ?」さすがに【妙義山】と言うわけにもいかずつい【葉月山】と言ってしまった。


「葉月山さんですか、最強女力士でしたよね、でも今の二代目【妙義山】さんの方が最強だと思います。女子大相撲もそうですけど、世界ツアーでの強さは凄いです。相当無理してるような気がしますけど」


「妙義山か・・・初代も強かったけど」と紗理奈はついいらんことを言ってしまった。


「初代?あぁ・・・鬼の妙義山ですよね?」


「鬼って・・・・」


「二代目は才色兼備の絶対横綱【妙義山】ってまさしくその通りだと思います」


「才色兼備?誰がそんなこと言ってんだ!?」


「女子大相撲協会HPのプロフィール紹介に書いてありますよ?初代は鬼の妙義山って紹介されてますし、化粧廻し締めた写真はまさしく鬼って感じで・・・・まるで正反対」と微苦笑する琴音


「・・・・・」その無邪気な言い方が余計にカチンとくる紗理奈。無意識に表情がきつくなるそれは、まさしく鬼。その視線は琴音に向かう


「えっ?私何か!?」琴音にとって初代【妙義山】など大昔の力士であり、そんな関心もない。もちろん目の前にいる初老手前の女性が初代【妙義山】などと知る余地もないのだ。


「近いうち時間作れる?」


「時間・・・ですか?」


「せっかく知り合えたんだが、廻し締めて相撲しない?」


「えっ?相撲?廻しを締めて・・・」


「やるわよね?」と紗理奈はワザと低い声で


「・・・・・・」鬼に睨まれた琴音に断る勇気はなかった。


--------------十二月 十三日 葉山の別荘-------------


「妙義山が来るなんてどういう風の吹き回しというか」と初代


「その、妙義山と言うのはやめていただけませんか」と二代目


 紗理奈が理事長を辞め、葉山に移り住んで以降、訪れることはほとんどなかった。本当の意味での夫婦生活をそっとしてあげたっかたのと、多忙を極めていた【妙義山】にとってはなかなか訪れる時間もとれなかったのだ。そんななか、秋場所後の足首と膝の怪我で、海外の大会はすべて辞退するはめに、日本の絶対横綱【妙義山】としての苦渋の決断だったが、それは、間違えなく最良の選択であり、年明け後の女子大相撲トーナメントからの春場所への、いい休暇になっていたのだ。


 二人は海が一望できるリビングからサンセットを見ながら、スパーリングワイン。ペリエ・ジュエ「ブリュット・ブラン・ド・ブラン」を嗜む。佐島のタコのカルパッチョを摘まみながら。


「怪我の方はどうだ?」


「えぇ大怪我になる前に休んだのは正解でした。初代なら意地でも出たでしょうけど」


「公傷制度なんか甘えだと言ってきたけど、さすがにここまで過酷なスケジュールを考えたらある意味の逃避場所を作っておかなければ力士生命なんかあっという間に終わる。美香と大喧嘩になったが彼女の方が女子大相撲界先の事を誰よりも考えていたんだ。私は自分の事しか考えていなかったから」


「でも、商業主義に走りかけていた女子大相撲の場所を増やさなかったのは、お母さんの見識だと想いました。あくまでも力士のために」


「妙義山。無理はするな!自分の力士生命を自ら削るようなことは!」紗理奈は元力士としてではなく母親として・・・。


「鬼の目にも涙ですか」と妙義山は苦笑気味に・・・。


「私は真剣に!・・・」


「ありがとうございます。それでも、四股名【妙義山】を受け継いだ以上それは宿命だと思っています。初代絶対横綱【妙義山】の心技体を受け継いだ力士の宿命!そして、山下紗理奈の娘として!」


「愛莉・・・」


娘である愛莉からそんなことを言ってくるとは思わなかった。桃の山時代のどこか脆弱で強いのだが、ちょっとしたことで壊れてしまうさまはまるで薄ガラスでできた人形のようだった。でも、今の妙義山にそんな危うさはない!母である初代妙義山など霞むほどに・・・。


「さっき相撲場に行ったら、木札が一杯掛かってましたけどその中に、女子の名前と思しき札がありましたけど、お父さん女子にも手を伸ばしたんですか?」


「手を伸ばしたってなんか言い方が、あぁ・・・私だよ」


「えっ?お母様まで?」


「誤解しないで。たまたま海岸で相撲の基本運動していた近所の中学生と知り合ってね、その子と話していて何気ない言葉が「カチン」ときてね、それでちょっと・・・」


「「カチン」とって中学生じゃあるまいし、全く。でも、お母さんに稽古をしてもらえるなんて、その中学生は驚いたんじゃないんでっすか?なんったて初代絶対横綱【妙義山】なんですから」


「好きな力士は二代目【妙義山】で初代は関心がないみたいでね、才色兼備の二代目【妙義山】には敵わないわ!」


「才色兼備?まぁなんだか知りませんがついに指導者ですか、まぁあんな相撲場なんかあるんですから、お父様とライバルですね」


「何がライバルだい冗談じゃないよ全く。でも、なんか楽しいよ、中学生相手に指導することに教えたことを海綿スポンジのような柔軟な体に染み込みすぐに理解し実行できる。若さゆえの特権って感じで・・・私も葉月も何がそれを否定してしまったのかね・・・・・」


「お母さん・・・少し前に、小田代ヶ原部屋が出稽古にやってきて親方と話をするチャンスがあって、一緒に映見のところに行ったそうですね、実業団の大会前に、葉月さんが映見に稽古をつけていたって」


「稽古ね・・・葉月は映見に色々思い入れも強いし、四股名【葉月山】を継がせられるのか試していたんだろう?結果は女子大相撲入りの特権を手に入れいた。稲倉は【葉月山】と言う四股名に恥じない力士になれる!葉月はそう確信しただろうし、【葉月山】の復活は、女子大相撲にとって新たな幕開けになる。稲倉映見・石川さくらの入門は、妙義山・十和田富士の次の世代を担う力士になるしなってもらわなければ」


「映見はなんて?」


「四股名の話は、映見と葉月の間の話だからね、だから聞かれたこともないし聞く必要はない。ただ二人の意思は一致してるんじゃないか、私として復活を望むけどね」と紗理奈は陽が落ちた相模湾を見ながらグラスを口に運ぶ。


「小田代ヶ原親方はなんて?」


「何を?」


「何をって、四股名のことです」


「それは、小田代ヶ原親方と映見の間ことだよ、そこに私が入る余地はないと思うけど、少なくとも葉月は、映見に継がせることは良しとしたんだから答えは出てるし、女子大相撲ファンはそれを望んでる。そう言うことだよ」


「小田代ヶ原部屋に入門するのであれば、葉月山でなく【百合の花】を継ぐのが筋じゃないんですか」


「・・・・」


「そのうえで【葉月山】を襲名するならわかりますが最初から【葉月山】ありきというのは」


「小田代ヶ原親方に言われたのか?」


「そんなこと言うわけないじゃないですか!小田代ヶ原親方は納得してるんですか?」


「納得?・・・そんなこと聞くまでもないと言うか、葉月山を名乗るに値する力士が誕生するんだよ、出世名は選ばれた者に宿る。もし、【百合の花】を継がせたいのならそう言うべきだろう稲倉映見に、少なくとも、そんな話をしたことは一回もない!【妙義山】がお前に宿ったように、【葉月山】は稲倉映見に宿る。それだけの話だ」


「いまだに【葉月山】に固執してるんですね、その四股名はお母さんの四股名ではない!【葉月山】は一代限りの名跡!そうするべきなんです!もう女子大相撲界には【葉月山】はいない!もういい加減に」


「稲倉映見は、【葉月山】を継ぐと言う重い意味を重々承知しているはずだ!葉月が稲倉映見を認めたんだよ!そして、その四股名の力士を小田代ヶ原部屋から出すそのことの重みを親方は覚悟するはずだ!最低でも横綱!二代目絶対横綱【葉月山】を誕生させる!それが小田代ヶ原親方の使命なんだよ!それからしたら、【妙義山】は軽いんだよ!初代も二代目も!海王部屋の頭が他の部屋の事に首を突っ込むような真似をするのはやめろ!みっともない!」と紗理奈は言うとグラスを持ったまま部屋を出た。


 【葉月山】は、日本の女子大相撲にとって燦然と輝く。それは、葉月が女子大相撲界から去った今も【葉月山】の四股名はまだ日の浅い日本の女子大相撲の歴史において、そして、世界の女子相撲に多大なる影響を与えた。そのうえで、稲倉映見と言うアマチュア相撲選手が女子大相撲入りをし【葉月山】が復活するかもしれないと言うことが、もはや既定路線として、関係者も女子大相撲ファンの間に語られている。しかし、二代目【妙義山】には、小田代ヶ原親方の四股名であった【百合の花】をまるで、継がせないような流れは、現役絶対横綱【妙義山】には、どうしても納得ができないのだ。【葉月山】が引退し、部屋を持たずして女子大相撲界から去って行ったのにも関わらず、いまだに葉月山なのならば、一代限りの名跡にし、永久四股名にするのが筋だと・・・・。その四股名をいきなり稲倉映見に継がすことはあまりにも・・・・。


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