邂逅、そして ①
土曜日の地下鉄の車内は家族連れや若者達が楽しそうな表情で・・・・。その車内に不釣り合いなやたら体格がいい女子。映見は周りからそのように見られているのだろうか?。
このまま家まで真っすぐ帰るつもりだったが映見は途中駅の「名城公園駅」で下車。二番出口から外に出て公園内にあるスターバックスへ入店。ドリップコーヒーを飲む。一人用のソファチェアーに座り公園内を眺める。世界女子相撲選手権以降稽古にはほとんど出ていない。基本的に週4回で平日は17時から20時まで。土曜日は10時から12時までが基本である。
今日はさくらの都合もあり午後からのスタートになったがそんなことはどうでもよく結局はさくらに惨敗して追い出されたようなことになってしまった。映見自身は楽しみにしていたことは本心である。でも現状のさくらとの差は歴然としていた。そのことは映見自身当然だと思っていたのだがそれ以上に自分の相撲ができなくて悔しいとか云う気持ちにはならなかった。そもそもさくらと対戦することに高揚感すらなかったことに納得しているのだ。
高校・大学と快進撃を続け映見は日本女子相撲期待の星として世界大会でも遺憾なく強さを発揮。周りの期待は強まるばかりだが映見にとってはそれによって失うものもあった。それは相撲のおもしろさと技の探求。そして友人達と語らい・・・・自分が強くなればなるほどいつのまにかそれは離れて行ったというより気づかぬ間に自分がそれらを含めて相撲そのものを否定していたのだ。相撲の勝ち負けは結果であって映見にとってはその過程が自分の想い描いているものにどれだけ近づいたかが相撲の面白さなのだ。しかしそんなことを云っているのは映見だけの話。スポーツとして相撲を考えれば決められたルールに基づき勝敗を決めるそれは誰に聞いても当たり前なのだが・・・・。
それともう一つは医学部の勉強がなかなか大変になってきたことも一因である。一年生まではなんとかなったものが二年では専門教育の段階に入りすべて必修科目で一科目も落とすことができない。でもそれは単なる言い訳であってようは相撲に関心がなくなったと云うのが正直な話。
相撲の歴史を辿れば日本書紀や古事記などにも相撲の記述が残されているおり古墳から力士を模した人形が出土していることからも、古墳時代には既に相撲があったことが推測できる。鎌倉から戦国時代にかけて、相撲は主に武士のトレーニングであったそうでそれはある意味において武術なのかもしれない。相撲と云うのは武術・武道・格闘技・神事が混在している稀有なものだと・・・・。
力士の作法にも意味があって
邪気を払う「四股踏み」・土俵を清める「塩まき」・体を清める「力水」・正々堂々と戦う表明「塵手水」とそれぞれにちゃんと意味があることを実は最近映見自身も知ったのだ。
相撲を単なるスポーツととらえればそれでいい話なのだが映見にとっては相撲は相撲道と云う言葉が似合う武道なのだと・・・・。
海外での女子相撲の活況はスポーツとして競技であってそこには武道も神事でもないのだ。日本の女子相撲選手も相撲で生計をたてられることを望んで女子版大相撲も年二回開催されるようになった。しかし映見にとってはそれは窮屈なこと。相撲関係者はいやがうえにも女子大相撲に入門してくれることを切に望んでいることはわかっているが「私は医者になるために医学部に入り相撲は好きだからやっている」ただそれだけ・・・・。しかし、世間はそうはさせてくれない。映見が医者を目指しているのでプロには行きませんのでと云うだけで良いことをここ一年の彼女の発言は相撲関係者どころかプロを目指している選手でさえも神経に触るような発言が多いのだ。
代表選考会での審判への批判もそうだが相撲雑誌での「女子大相撲で生計を立てようとはおもいません」と人によっては女子大相撲を小馬鹿にしたように聞こえなくもない。まだそれでも勝ち続けていればいいのだが世界大会でのメダルなしは映見に嫌悪感を抱いている者からしたら格好の材料を提供して自爆してくれればと想っている者は少なくない。そのことも相撲に情熱が涌かなくなった一つの要因。
今日のさくらとの稽古も映見自身が一番喜ぶことなのだが結局は無様な負け方どころか今日は一言も彼女と口を聞かなかった。(さくらは私のことをどう思ったのか・・・・・失望させたかな・・・)
テーブルに置かれたカップの底には微細なコーヒーの粉が薄く広く乾いて固まっている。(そろそろ出よう・・・)と思ったとき・・・・。
(うっん?????)ガラス越しの向こうでスーツを着た男性が自分を自分で指さして何かを映見に向かって云っているような?
(何?・・・・この男)と思いながら見ていると今度は四股を踏みだした。
映見の周りの客はクスクス笑い始める。
「あっ!」と思わず声を上げてしまった。クスクス笑っていた客の視線は映見に・・・・。
(もしかして、甲斐くん?)もしかしてしではなく同じ相撲クラブだった甲斐和樹であることは間違いない。ただ・・・・。
(私だって認識したのなら普通に声かけてくれればいいじゃんなんでこうわざと・・・もう)
映見は右手を小さく上げながら愛想笑いをすると四股をやめると店内に入ってきた。カウンターで注文して商品を持ちながら映見の隣に座る。エスプレッソ ドピオとプリンチーナをテーブルに置きエスプレッソを飲みプリンチーナを食す。それを横目で見ながら和樹は美味そうに食している。
(まず食べる前に一言二言あるんじゃないの?)と映見
和樹はきれいに食し終えて最初に出た言葉は・・・・。
「あー旨かった。久しぶりなんだよねエスプレッソなんて普通の人はこんなの砂糖なしでは絶対飲まないだろうけどプリンチーナ―の濃厚なチョコレートとさくさくのカカオタルトが絶妙似合う・・・そこなんだよね」
「・・・・・・」
「いやーでも気づいてもらってよかったよ。四股踏んで無視されて帰られたらどうしようかと思ったよ本当に」
「・・・・・・」
「あーなんか怒ってる?」
「あのー普通に声かけてくれればいいんじゃないですかねぇ?」
「いや万が一間違えていたら嫌だし・・・」と和樹。
「間違いられた方はもっと恥ずかしいと想いますけどねぇ」と映見は少し強い口調で
「御免。本当に悪気はないんだよ・・・ただなんとなくわかりやすいかなぁって」
「馬鹿じゃないの」
「・・・・・・・」
しばらく沈黙が続いた後映見の方から喋りだした。
「甲斐くん変わったよねなんか」
「・・・・・・」
「相撲クラブにいた時はあんまり喋らなかったしどっちかと云うと人と付き合うの苦手だったよね社交性何って皆無みたいな」
「あーそうだったなぁ。さすがに高校・大学ではそうもいかず・・・それでも得意でないけどねぇ」
「スタバの前で四股踏んでそれも私の前で・・・」
「相当怒ってる?」
「いいよ。もう」と映見は苦笑気味に
映見は二杯目を和樹も同じものを
「和樹何で名古屋に?東京の名門相撲部のある大学に行っているはずじゃ?」
「なんか棘のある言い方だよなぁー。映見って性格悪くなった?」
「何それ云っている意味がよくわからないんですけど?」
和樹は一呼吸おいて
「相撲やめたんだよ知ってるだろう?」
「えっ・・・」
映見は初耳だった。高校・大学と全国大会の常連だった和樹が相撲をやめたなんって
「色々怪我とか体調面でうまくいかなくて・・・・相撲部やめることもなかったけど何かモヤモヤするものがあって・・だからきっぱり決断した」と和樹。その顔はどちらかと云えばすっきりしたというような・・・。
相撲クラブ在籍時。映見にとって和樹はライバルであると同時に相撲の色々なことを教えてくれる師匠なような存在だった。そんな和樹が相撲をやめた・・・映見にとっては軽いショックに近い。
「映見の相撲見て色々考えることはあったけどちよっと悔しいけど相撲はこの辺が潮時だと思ってねぇ。映見が海外の試合でも活躍しているのは羨ましかったけど・・・・」
「私の相撲見てるの?」
「そりゃ相撲クラブのOBとしたら注目するでしょましてや今はネットで動画は見れるし日本・世界大会問わずLIVEで見れるんだから」
「和樹にとって相撲って何だった?」
「何だよいきなり」
「相撲で生きていくのかなぁーと思ってたし高校だって関東の名門と云われているところに行ったんだし・・」
「名門って・・・・なんか一言多いよな・・・まぁ事実ではあるけど」と笑いながら
「でも高校では全国大会で団体戦とか個人戦でも優勝してなかったけ?」
「何俺の相撲とか気になった?」
「それはやっぱりOGとしてそれにライバルとして・・・・」
お互い顔を見合わせ思わず鼻で笑ってしまった。男女の関係と云うよりも同じ相撲クラブの仲間としてリスペクトしていたことは確かである。ただ、今は和樹が映見を尊敬していると云うことは口が裂けても云えないが・・・。
「もし、映見みたいに活躍してたら相撲やめようかなんって思わなかったのかなーとも想う時もあったけど冷静に考えたら相撲で生きていくのは余程の頑強な覚悟がないと・・・俺にはそこまでの覚悟はできないと・・・」
「和樹・・・・」
「映見が西経に入った時、あー映見はプロ目指すのかなーと思ったけど大学は医学部を選んだって知った時、あー女子大相撲には行かないんだなぁって・・・」
「・・・・・・」
「正直云うと残念だなぁーと云う想いはあるけどなんかその方が映見らしいかなって」
「私らしい?」
「映見勝ち負けに拘る奴なのかと想ったよ最初対戦した小5の時」
「・・・・・」
「でもあれって勝負どうとかではなく作戦とか実際の取り口のイメージ通りにできるかと云うのに拘っていたのかなって」
「・・・・和樹・・・」
「当然俺に勝つために考えていたとは思うよ。でもあれって小5の女子で相撲もしたことない奴はやらないわなぁ」と笑いながら
「・・・・・」映見の表情が一瞬曇るような
「映見のやりたいように相撲を続けてほしいねぇ。だって映見はあと四年学生できるんだし留年すれば最長六年だっけ?」
「勝手に留年させるな!」と笑いながら
時間は午後四時半近くもうじき陽が落ちる。二人は店を名城公園内を散策している付かず離れず・・・。
「俺、これから濱田先生のところに行くんだけど行かないか?」
「えっ・・・」
「このまま家に帰るんだったらクラブに行かないか」
「・・・・・」
公園内にあるオランダ風車の前で二人は立ち止まる。レンガの基礎の上に木製の小屋がだいぶ傷んではいるがそれでも大きな羽をまとった小屋は観るものを飽きさせない。
「行かないか?」
「・・・・・・」
陽は完全に沈み風車の前にある一本の水銀灯だけが風車を照らし出している。




