出世名は選ばれた者に宿る ⑤
-----ウイナーズサークル----
ゴール板前のウィナーズサークルでは、表彰式がおこなわれていた。生産者の中河部牧場 中河部孝之 調教師・助手・騎手・そして馬主である濱田光などが壇上に上る。葉月と真奈美は少し離れたところから見守るのもいつものこと、二人が揃うと相撲の話とも想うが、ほとんどすることはないのだ。さすがに、映見が実業団で優勝した時は、【ツバキヒメ】が大賞典のスッテプレースと選んだ船橋競馬場でさっらと話したぐらいで深くは話さなかった。お互い、映見の女子大相撲の入門の件は、どこか過敏と言うか、お互いに女子相撲とは関係がない立場なのだからどうでもいいと言うと語弊があるが、別に女子相撲がお互いにとって禁句でもあるわけではないのに・・・。ただ、今日はそうも言えないというか・・・・。
「本日はスペシャルプレゼンターとして、女子大相撲横綱【妙義山】関より記念品の贈呈がおこなわれます」と司会者。
深緋色の羽織に深緋色の袴が夕日に映える。威風堂々とした横綱【妙義山】の姿は、競馬ファンの目を焼き付ける。男子大相撲に比べまだまだだが、それでも、女子大相撲横綱【妙義山】を知らない者はいないほどに注目度を高い。世界ツアーシリーズでの横綱【妙義山】活躍が女子大相撲での牽引役となり盛り上げている。いまや横綱【妙義山】は、絶対横綱【妙義山】として国内外の女子大相撲ファンから認められ、母である初代絶対横綱【妙義山】から二代目として娘へ受け継がれてからの活躍は、ストーリーせいから女子大相撲ファンならずとも熱くするものがある。それは、二代目絶対横綱【葉月山】も霞むほどに・・・。表彰式が終わると騎手や調教士など競馬関係者と【妙義山】を加えての記念撮影などが続く、その様子を撮影する競馬ファン。そんななか、スポーツ新聞のカメラマンから元【葉月山】と【妙義山】のツーショットが欲しいリクエストが飛んできた。妙義山は葉月を見るとけして色よい返事をしたくない感じで視線を合わさない。妙義山はけして無理強いをするつもりもないし、葉月が遠慮したいのならそれで良いと・・・。
「葉月さん。妙義山関の隣に立ってくれませんか?」と記者は催促する。葉月はその催促に一瞬断ろとも思ったが、ここで変な噂がたつのも妙義山関に失礼だし、女子大相撲と確執めいたものがあるのかと言われるのも本望でない。
「いいですよ」と葉月は妙義山関の隣に立つもどこか表情がぎこちないというか硬いのだ。
「おぉなんかすごいな二人が並ぶと・・・葉月さんも少しにこやかになんか威圧感凄いんで」と記者が言うと笑いが起きると葉月は多少の作り笑いをしながらカメラ目線で要望に応える。【妙義山】と言えばそこは現役の絶対横綱。カメラマンマンの要望にもそつなく応えるうえに彼女独特の絶対横綱の威圧感はなく、桃の山を名乗っていた当時と同じく、どこか「ふぉわーん」とした雰囲気は、初代妙義山や葉月山とは違うことで女子大相撲ファン以外の人達からも人気がある。
「元葉月山さんは、ド緊張状態なんだからあんまり無理強いとかさせないでくださいよね、あとで私に八つ当たりされたらたまりませんから」と妙義山は葉月を見ながら周囲の笑いを誘う。
「・・・・」葉月は妙義山に瞬間睨みをきかすもあくまでも平静を装うが内心は正直言って腹だたしいのだ。葉月にとっては、妙義山ではなく桃の山なのだ。そんななか周囲から色々言われながらも、写真撮影に応じる二人。柵の外からも観客がスマホやカメラを向ける。新旧の絶対横綱のツーショットはまず見ることができない。それ以上に、女子大相撲協会とほとんど関わることがなくなった葉月が現役絶対横綱【妙義山】と公の場にいる光景はまずないのだ。
「時間もありませんので、この辺で終わりにと」と競馬場関係者が報道関係者に言うと、一人の記者が、葉月に質問をぶつけてきたのだ。
「実業団で優勝した稲倉映見さんの小田代ヶ原部屋への入門は公然の事実ですが、噂と言うか女子大相撲ファンからも二代目【葉月山】待望論がありますが、中河部葉月さんは、もし四股名を使わせて欲しいなどの打診があれば応じる可能性はありますか?」と記者。正直、この場でその話が出るとは思わなかったし、そもそも、【妙義山】が来ることなど知らなかったのだから。葉月にして見えれば、四股名の件は、映見に任せているし、この場で稲倉の事を喋る必然性がまったくないし、ここで葉月自身が、女子大相撲の話をすることは、いらん憶測を生むような気がしてならないし、そもそもが今は競馬界の人間なのだ。
「・・・・すいません。その件に関しては、私がどうのこうの言う立場ではありませんし、この場所での質問はいかがなものかと」と葉月
「二代目【葉月山】待望論においての稲倉映見さんを葉月さんはどのように想われているか、少しお話頂ければ、あの【葉月山】を彷彿とさせた女子プロアマ混合団体世界大会での活躍は、女子相撲ファンには焼き付いているわけですし、女子大相撲入門となれば、当然に四股名のことが話題にあがるし、桃の山から二代目【妙義山】への継承されたことを想うと二代目【葉月山】待望論が湧きあがるのも当然ですし、二代目【妙義山】さんと元【葉月山】さんが公の場で一緒になることは、まずないですし,それに、同大会でもう一人のアマチュアである石川さくらが【妙義山】関の海王部屋に入門するこてとは決まっているわけですし、横綱にもそのあたりの話も一言いただければ」と記者達は二人に矢継ぎばやに質問をぶつける。
「正直、今日はこのような取材はご遠慮してもらいたいところです。私はいいとしても、葉月さんはもう女子大相撲とは関係のない立場ですし、そこのところはわきまえていただきたいところです。あえて女子大相撲の力士としての立場から言わせていただければ、石川さくら・稲倉映見の二人が女子大相撲に入門してくれることは、楽しみでしかありません。女子プロアマ混合団体世界大会での二人の活躍がなければ日本の優勝はなかったし、あの時の私の不甲斐なさに喝を入れてくれた二人です。これからの女子大相撲にとってこれ以上の朗報はありません。私もあの大会で共に戦った二人と対戦する機会があるのなら楽しみでなりません。それでは時間も時間ですしこの辺で」と妙義山が一方的に打ち切る形にして立ち去ろうとした時、記者が再度質問投げ掛けてきた。
「葉月さん二代目【葉月山】待望論がありますが?」とスポーツ新聞女子大相撲担当の女性記者は、名指しで葉月にぶつけてきた。葉月は素知らぬ顔をしながらこの場を去ろうとしたが。
「あなた私の言ったこと聞いていなかったの?」と妙義山が滅多に見せない不機嫌かつ睨みを効かしある意味威嚇するかのように・・・。その若い女性記者は、まるで蛇に睨まれた蛙かごときフリーズ状態になってしまった。その妙義山の表情にいっせいにフラッシュが焚かれる。そこには相撲を離れた温和な妙義山ではなく、本割や世界ツアーシリーズで戦っている時のような厳しい妙義山を覗かせた。二人はそのままま、無言でウィナーズサークルから地下馬道へ消えていく。妙義山は競馬場関係者と談笑しながら「総合事務所」へ入っていくと、濱田夫妻と孝之と談笑中。そんな三人が葉月と妙義山が近づいてくる。それに気づく三人。
「ほんとお母様にそっくりですよね」と真奈美が妙義山にひと言。
「いいことなんだかどうだか・・・」と苦笑いの妙義山
真奈美と妙義山との再会は、女子プロアマ混合団体世界大会以来の久方ぶりであり、話題は桃の山から妙義山になり絶対横綱としての内外での活躍、そして、当然に石川さくら・稲倉映見の話になる。
「真奈美さんが育てられた二人が、女子大相撲で再度土俵に上がるって凄いですよね、私はあの大会で助けられたみたいなもんでしたから、あの大会は私の力士人生において一生忘れることはできない、あの大会で勝てなかったら、私の力士生活は終わっていた。人としても・・・」と妙義山はふと葉月を見ながら
「・・・・・」葉月は、その視線をどこかまともに見ることができなかった。あのどこかガラス細工のような【桃の山】ではなく、母である初代【妙義山】を思わせる相撲は、あの大会の時とは別人なのだ。それは、絶対横綱【葉月山】として、【桃の山】と対戦してきた者として嬉しいはずなのに・・・・。
「失礼ですが妙義山さん。この後、何かご予定とか?」と孝之は唐突に
「あぁ予定はないんですか、お時間あれば少し葉月さんと話をできればと」と妙義山は多少遠慮気味に
「あぁ葉月、東京で一泊してけよ、妙義山さんとそう会う機会もないだろうから」と孝之
「えっ、いや何言ってるのよ、八時の飛行機だってもう取ってあるし」
「妙義山関、もしご迷惑でなければ」
「迷惑だなんて、葉月さんがよろしければ?」
「でも・・・」と当惑した表情で孝之を見るが
「妙義山関お願いします」と頭を下げる孝之
「ちょっと!」と葉月にしてみれば全く考えていなかったことになってしまった。別に妙義山を嫌っているわけではないし、ともに力士として切磋琢磨した仲であり話したいことはお互いある。今の妙義山の内外での活躍は、絶対横綱【葉月山】など足元に及ばない程に元力士としては【桃の山】時代から「愛慕」するほどに桃の山を見てきた。その根底にあるのは、葉月自身を女子大相撲の世界へある意味引き釣り込まれた母である初代【妙義山】であること・・・・。
「いいですか?葉月さん」
「あぁ・・・」と葉月は言いながら真奈美を道連れに誘おうとするも、孝之と濱田夫婦揃ってスマホアプリの【ウマ娘】のゲームに夢中?
(いい歳して何夢中になってるのよ!)
「それじゃ葉月さん。車で」と妙義山
「はぁー!何!」と明らかにぷりぷりしている葉月
「えっ?何?・・・・・」 (えっ?なにそんなに怒ってるんですか!?)と妙義山。何も悪くないのに・・・。
大井競馬場総合事務所前に横付けされた。三台の黒のアルファードのハイヤー。濱田夫妻は東京駅へ、孝之と牧場スタッフは羽田空港へ、そしてもう一台は、【妙義山】が呼んだハイヤー。
「じゃ、年明けは海外遠征をメインに行くと鶴嶺厩舎も言ってますんで、その線で」と孝之
「なんか凄いことになっちゃったな、香港・ドバイ・ブリーダーズカップ・・・いや、もう仕事なんかどうでもいいわ。真奈美を役員に選出して俺は馬主として専念するって言うのはどう?才能というか馬を見極める類まれなるセンスと言うか!」と光は真奈美に真顔で・・・。
「あなたは、孝之さんに進められた馬を買ってるだけでしょうが、何が類まれなるセンスよ!いい加減いしなさいよ!ねぇー」と孝之はを見ながら
「光さんに信用されていると同時に、ごまかしが効きませんのでそれなりの馬を」と孝之
「中河部牧場と一連托生なんで」と光
「いゃーなんか怖いな」と孝之は苦笑い
そんな話をしながら、孝之と葉月は濱田夫妻を東京駅へ見送ると、孝之と牧場スタッフは羽田空港へ、そして、残された葉月は、妙義山関とハイヤー乗り込む。二人が乗ったアルファードは、大井南から湾岸に入り横浜方面へ、京浜島から空港北トンネルを潜り羽田空港を抜け多摩川トンネルを潜り抜け、浮島JCを過ぎ、扇島の製鉄所群を右手に見なが長い直線を制限速度プラスαで鶴見つばさ橋へ。
「どこへ行くのよ?」と葉月はサイドガラス越しに見える鉄鉱石の赤茶けた山を見ながらボソッとガラスに映る妙義山を見ながら。
「両親が住んでいる葉山の別荘です」
「葉山・・・ちょと!そんな話きいてないわよ!」
「ご心配なく。二人はハワイに行ってますから」
「・・・・だ、だからって!」
「葉月さんと会うチャンスがほとんどなかったので、今日はちょっと、映見とさくらの事で話がしたかたかったので」
「私は特段話しをすることはないけどね、それに、わざわざ葉山でいく必要があるの?」
「私のマンションでもよかったのですが、海王部屋や相撲関係者が多い場所なので、あまり葉月さんと会いるところも見られたくないし、それは葉月さんも」
「だから、付き人を先に返したの?私が多いに来ていて、付き人だけ先に返せば普通に憶測はたつと想うけど?」
「とにかく、落ち着いて話せる場所は、葉山の別荘しか思いつかなかったので」
「それで、話ってなに!」
「・・・・・」
妙義山は右手に月明かりの三渓園の緑を見ながら何も答えず。葉月はその態度に内心、腹が立ったが・・・。
左手には根岸の精油所のタンクがライトアップされてるかのように、昼間のリアル情景とは明らかに違う。二人は無言のまま、アルファードは一路葉山へ。




